第4話 絶対服従の呪い『隷属印』

 魔王が何やら面白いことを聞いたと言わんばかりの声を出したが、何か言ったか俺?

 ユイユイが幼馴染だって答えただけだぞ。

 俺に対してユイユイが人質になれば有効なのに気づいて満足?そもそも何でユイユイの名前を魔王が知っていたんだ?


 ……グリネアが引き出したんだな。多分そうだ。そうだろ。あいつ頭の中覗けるみたいだし。仮にそうじゃなくてもどうでも良いや。

 俺の場合、クラスメイトで1番最初に思いつくのは、ジョージ量産男か幼馴染のユイユイか親友の謙次だし。


 ……で、だ。

 ユイユイが俺の幼馴染だと知って魔王が満足することか。

 あれだ。ユイユイが人質になれば俺は多分勇者をやめると思うから、反対に考えて俺を人質にすればユイユイが勇者をやめると思っているんだ。

 そうだろ。そうじゃね?仮に違っても、もう他の仮説考えられるほど頭が働かねえから代案出せねえぞ。


「……嫉妬しちゃうな〜、僕」


 メラケムが不満げな声を出す。

 首に回る力が少し強くなった。冷たい腕がより密着して、気持ち良い。


[……好都合ですな]


 グリネアが魔王に対してそんなことを言ってくる。

 言葉の内容と裏腹に、声から伝わるのはなにかに悩むようなモヤモヤした感情だ。

 ……何でだ?考えても答えを出せるほど思考が働かないから、グリネアのことは無視しよう。


[この、下等種族めが……!同情する気も失せるわ、地獄の運命に苛まれ心が壊れてしまうが良い!]


 グリネアが俺に対してキレてきた。

 こいつ、カルシウム足りてねえだろ。短気な俺が言えたことじゃねえけど。

 こっちは怒れるほど思考が働かないので、キレ返すことはないが。


「ダメだよ、グリネア。センリの心を壊すのは僕だよ、この席は譲れないね」


[悪趣味な……請われようとも要らぬ]


 メラケムとグリネアが何かを言い争う。

 決着はすぐに着いたらしい。

 メラケムの言うことは噛み砕けなかったが、グリネアの考えは直接頭に響いてきたのでわかった。


 何でも、俺の心が要らないらしい。

 ……いや、こっちから願い下げだわトカゲ野郎。


[……減らず口が]


 捨て台詞を頭に直接響かせてグリネアは出て行こうとする。

 しかし途中で反転し、何か仕事があるのか魔王に対して伝える。


[魔王様、では人質の小娘を用意します]


「うむ。それまでにこちらも準備を済ませておく。話はそれからだ」


[魔王様の御意志のままに]


 どうやら人質がもう1人いるらしい。

 小娘、人質という単語がしきりにこいつらの会話に出てきたし、もう1人いるっぽい人質は女か。

 誰だ?……知らね。そんなこと考えるほど思考に余裕はない。人質はもう1人いる、そいつは女である、という2つの認識だけ持っておけばそれで良いや。


 グリネアはそいつをここに連れて来るらしい。

 人質は1つにまとめておこうということか?

 この部屋が人質の檻ということか。多分そうだろう。

 理由を考えようにも靄がかかった頭はそんなことしか思いつかず、俺が出した結論はこの部屋が人質の監禁部屋になるのだろうということにした。


「では、こちらの準備もすませるぞ」


「仰せのままに。ますは魔力封じの結界からですね」


 魔王とメラケムも動き出す。

 メラケムの言葉から、先ほどグリネアが提案した魔力封じの結界の展開を施すということはわかった。

 俺かこれから連れて来る人質が魔法を使って抵抗できないようにするわけか。


 抵抗する術を失うよりも、この働かない頭はメラケムが離れることに寂しさを感じた。


 メラケムが床に何かを描いているのがぼんやりと見える。

 そういえば、メラケムは鎧を脱いでいるんだったか。

 視界は相変わらずぼやけているためはっきりとは見えない。

 メラケムの背中がその視界に入った時、白黒の鎧を身にまとっておらず白くて華奢な素肌がぼんやり見えた。

 コウモリみたいな翼と尻尾があるみたいだが、あとはほぼ人間だ。やはり、グリネアに比べてだいぶ人間に近いっぽいな。あとはわからない。


「準備が整いました」


「うむ。では、起動する」


 メラケムが床に何かを描き終える。

 おそらく魔力封じの結界というものだろう。

 それを魔王が発動させると、グリネアに体を貫かれてブチギレたときに体の奥底に感じていたエネルギーが無理やり塞がれるような感覚に見舞われた。

 身体から力が抜けていく。もともと入れる気力が湧かない状態になっていたけど。


「次だ。心臓に隷属印を刻むぞ」


 魔王が次の指示を出す。

 隷属印とかいう絶対服従させるための代物を俺の心臓に刻むっぽい。

 すると、メラケムがすぐに作業に取り掛かることをせず、魔王の前に跪く。


「畏れながら、魔王様。センリへの隷属印ですが、僕に刻ませていただけないでしょうか」


 そして、魔王に対してそんなことを願い出てきた。

 魔王ではなくメラケムが刻むらしい。

 何でだ?……別にどっちでもよくね?

 刻まれること自体が避けるべき事柄だという判断ができるほど今の頭は働いておらず、俺はそんな呑気な疑問が浮かんだ。


 一方の魔王は、跪くメラケムを見下ろしながら少し考えるように顎に手を添えると、やがて結論を出したのか頷く。


「良かろう。貴様を主とし隷属印を刻むことを許す」


「ありがたき幸せ!」


 魔王は許可を出した。

 隷属印を刻む権利を得たメラケムは心底嬉しそうな声で返事をする。


[魔王様、人質をこれに]


 グリネアが到着したらしい。

 誰かを担いでいる。多分、あれがもう1人の人質の“小娘”と散々連中が呼んでいるクラスメイトだろう。


「じゃあ、刻むね?」


 メラケムの方は、再び俺の背後に移動して隷属印を刻む用意を始めた。

 俺は隷属印を刻むというのがどういう工程を取るかは知らないが。


 メラケムの手が背中に触れてくる。

 冷たくて、柔らかくて、気持ち良い感触だ。ぼんやりとした頭は、メラケムに触られる心地よさに酔いしれている。


「痛いけど我慢してね?ふふふ……これでセンリは、僕のモノ」


 メラケムが耳元で囁いてくる。

 この気持ち良い感触を得られるなら奴隷みたいになっても良いやと、働かない頭は思考を放棄していた。


 だから、その後のことを無抵抗で受け入れてしまった。







「––––う、ぐがアアァァァァァァァ!?」


 頭の中を占める靄が消し飛び、半分夢の中にいた意識が覚醒する。

 そのきっかけとなったのは、胸の奥から走る想像を絶する激痛だった。


 グリネアに腹を殴られた時など霞むような、心臓に刃物を突き立てられているかのような激痛。


「ガッ……うぅ……」


 目覚ましにしてはあまりにも強烈な、あと少し続けば意識が飛ぶようなその痛みは波のようにすぐに引いて行ったが、全身に脂汗が滲みすぐには動けなかった。


 激痛で覚醒した意識が、先ほどまでの会話を通じて拾い上げた情報を集めて、今まで放棄していた思考を展開していく。


 くそッ……!

 薬を食らっている間に抵抗する術をほとんど奪われた。


 あの時、デリトラに殴りかかった時に確かに感じたエネルギー。

 あれは魔法だった。冷静になり、意識が明確になった今なら理解できる。


 魔力という特定の生命が持つエネルギーを用いて超常現象を起こす、この異世界に存在する超能力のようなもの。

 感情が爆発した際に、使えるようになったのだろう。あれが腹の傷を治し、人間離れした身体能力を獲得できた源だった。


 だが、それは封じられてしまった。

 体内に魔法の源となるエネルギーである魔力を感じ取ることはできるが、それを引き出すことができない。

 そのため今の俺は元の非力な工房になってしまっている。


 そして、もう1つ。

 グリネアが担いできたもう1人の人質。

 何で魔王たちがユイユイの名前を知っていたか、そんなことこの状況を少し考えてみればすぐに答えが出る。

 もう1人の人質、奴らが小娘と呼んでいたのが結衣なのだ、と。


「ユ、イ……ッ!」


 歯を食いしばって顔を上げる。

 グリネアが肩から下ろす彼女の姿が、今ははっきりと見える。


 そこにいるのは、間違えなく渾名で呼び合うくらいには仲の良い幼馴染の姿だった。


 ここに来る前、教室で普通に日常を過ごしていた時の同じだった。

 背中まで届く赤みを帯びた髪と、可愛らしさを感じるたれ目が特徴のタヌキ顔。そして中学の頃からお互い見慣れている紺色のセーラー服。


 ただし、スカートとローファーに汚れが付いており、黒い瞳がある筈の両目が開かれていない。


「……ユイッ!」


 俺の方も呼吸が整っていないが、そんなことなど気にしていられなかった。

 無理な姿勢と先ほど激痛に苛まれていたせいでかすれたが、それでも声を張り上げて結衣に向かって叫ぶ。


「んっ……」


 その声が届いたのか、グリネアが床に下ろした時には無反応だった結衣がわずかに反応を示した。

 表情と体がわずかながら動く。


「ユイ!」


 人質だから殺されてはいないだろうと思っていたが、それでもやはり確かな生きている反応を見た時の安心感は代えがたいものがあった。


 よかった……!


 仲の良い幼馴染であり、振られたとはいえそれでも惚れた相手だ。

 見たところひどい怪我をしている様子はなさそうだし、服は多少汚れているが乱暴されたような様子もない。


「ユイ!起きろ、ユ––––ギッ!?」


 だからこそ、今の状況が危険だと伝えようと名前をもう一度叫ぶ。

 しかし、起きろという言葉の続きを言う最中で俺の声は止められた。


「気持ちはわかるけどさぁ、そんなことされると妬いちゃうよ〜。君はもう僕のなのにさ、他の女に目を向けないでよ」


「……ッ!」


 声が、出せない……!

 体が言うことを聞かない。

 喉の奥に言葉を押し込められているように、やれ、という意思はあるのに体が言うことを聞かない。


 何で、声が出ない!?

 少しだが呼吸ができるようにもなった。苦痛から覚醒して、意識をなくした結衣に向かって名前を叫んだ時よりもむしろ声は出しやすくなっていた。


 なのに、声が出ない。


「ねえ、なんか呼ばないで。これは、僕の最初の命令」


(ユイッ……!)


 メラケムの声が耳元に響く。

 命令。それは、他人から言われても普段ならば知るかと跳ね除けるものだ。


 だが、メラケムのこの命令には逆らえなかった。

 ユイの名前が、声になって出てこなくなった。


「メラ、ケムッ……!テメエ、俺に……何しやがった!?」


 ユイの名前じゃなければ、声に出すことはできた。

 首を動かせる限り後ろに向けて、視界の端に入る真っ白で滑らかな肌の手の持ち主に向けて怒りを露わにする。


 理屈はわからない……いや、心当たりはあるがカラクリまではやはり分からない。分からないが、それでもこの異常な事態を起こしている犯人は分かる。

 その犯人であるメラケムに対して怒りを露わにする。

 首が後ろまで回らないのでその姿を見ることはできないが、どんな顔をしていようが殴りたい衝動が湧き上がるだろう。


 怒りをにじませる俺の声を受けながら、メラケムは俺の背中に頭を預けながら答えた。


「何って、他の女のことばっかり見るんだもん。僕のことを見てくれるようにし・た・の。君の心臓に刻んだ印でね」


「テメエ……!」


 やはりと言うべきか、隷属印とかいう代物を使ったらしい。

 これは本当に問答無用で相手を強制的に命令に対して絶対服従させる代物なのだろう。


 ユイはまだ起きない。

 鎖に縛られている現状、幼馴染を起こして危機を伝えたいのだが、メラケムのせいでユイの名前を呼びかけることができなくなった。


「……クソがッ」


 どうすれば良い?どうすればこの現状を打破できる?

 何とかしてこの拘束を解いて、ユイを取り戻してここから逃げるためには。

 何とか考えをまとめようとするが、動けないように鎖で縛られ、覚醒することができた強力な武器である魔法は封じられ、絶対服従させられる呪いまでかけられた。

 逃げるどころか、ユイを助けることすらできない現状に、悔しさから歯ぎしりすることしかできなかった。


「ふむ、隷属印は勇者にも有効だな」


 メラケムに良いように弄ばれる俺を見下ろしながら、魔王は隷属印とやらの効果を確認している。


 この野郎、また俺を見下しやがって……!


 だが、縛られ無力化されている俺には悔しさを噛み締め睨み上げることくらいしかできなかった。

 そんな俺の反抗的な目を受け、魔王は気分を害するどころかむしろ面白いというかのように笑みを浮かべた。


「抵抗すらできぬ状況にありながら、なおも吾輩を敵視するその反骨心、実に面白い。カハハハハ!貴様のような輩は嫌いではないぞ!」


「面白がってんじゃねえぞ、クソ魔王が……!」


[どこまでも無礼な口をッ!]


「うんうん、僕も嫌いじゃないね」


 メラケムとグリネア、テメエら少し黙ってろ……ッ!

 茶々を入れてくる2人に怒鳴り返す手間すら鬱陶しいので、喉元にでかかった怒りの言葉は一度飲み込んでせめてもの反抗に魔王を睨み上げる。


 そんな俺を愉快げに見下ろす魔王は、グリネアの手によりその傍らに置かれた未だに目が覚めないユイに一度目線を向けてから再び煽るような目を向けてきた。


 その目はまるで、ユイに危害を加えるぞと脅しをかけるような目線。

 人質を勇者として今頃召喚した本人の元に送られているだろうクラスメイトたちではなく、俺に対して突きつけるような、悪意に満ちたものだった。


「テメエ、まさかッ––––!」


「だが、立場をわきまえるべきだな。貴様は何もできない。そう、吾輩がこの小娘に手を出そうとも、な」


 俺の嫌な予感は的中した。

 魔王はまだ眠っているユイの髪を掴むと、強引にその身を引き起こした。


「いた……ッ!」


「––––ッ!?」


 ユイが痛みを感じ、顔を歪める。

 目が覚めたらしい。

 幼馴染に呼びかけようとするが、その名前を口にすることはメラケムが許さず、言葉は喉にでかかったまま止まる。


「い、痛い!誰!?止めて、放してよ!」


 ユイが目を覚ました。

 もともと呼びかけに反応を示していた。時間が経てば、もしかしたら自然に起きるくらいにはなっていたのだろう。


 しかしその起こし方は女にするにはあまりにも乱暴な手段であり、状況もつかめないままに髪を掴まれる痛みに混乱しながらユイは目を覚ました。


「テメエ、ユ––––ぁヴッ……!そいつを離せ、クソ野郎!」


 頭に血が上り、声を張り上げて魔王に対しユイから手を離せと叫ぶ。

 メラケムの隷属印のせいでユイの名前を口にすることができない。

 それでも、魔王の意識をこちらに向けるにはある程度の効果はあった。


「カハハハハ!好いた女のためによく吠える」


「いい、痛い!なんでこんな事……離しなさいよ!」


 魔王が上機嫌に笑う。

 そのせいで奴の手にも力がより込められ、結衣が痛みを訴える声を強くした。


「離しやがれ!女の髪を汚い手で掴むんじゃねえ!」


「ふん、まあよかろう」


「いたっ!」


 俺の怒鳴り声を聞き、魔王は結衣の髪から手を離した。

 しかし半ば強引に巨体の魔王に立たされていた結衣は、その場に踏ん張ることもできずに崩れ落ちる。

 その際、膝を床に打ち付けたらしく小さな悲鳴をあげた。


「そこから逃げろ!」


 すぐにでも駆けつけたいが、俺は動けない。

 だから俺は結衣に向かって叫んだ。

 そこから逃げろ、と。


 それが俺にできる精一杯のことだった。

 だが、それは周りの状況が許さない。


「え、センリ?––––って、何処なのここ!?」


 まず、結衣は今目を覚ましたばかりだ。現状など理解できるはずもなく、ましてや異世界召喚されて今まさに身の危険が間近に迫っているという状況をいきなり把握することなどできなかった。

 そのため、俺の声を聞いた結衣はこちらを向いて、そして見知らぬ場所に驚き混乱して動けなかった。


 もう1つ。

 例え結衣が身の危険を察知して逃げ出したとしても、現状はまだなんの力も持たない単なる高校生。

 化物揃いの魔王とその配下に囲まれたこの場から自力で逃げることなどできるはずもなかった。


「はい、確保〜」


「何––––キャッ!?」


 状況が理解できず何もできなかった結衣に対し、メラケムがすぐに鎖を伸ばして結衣の身動きを封じた。


「うっ……!な、何なのこれ……ッ!?」


 腕と足と身体に巻きついた鎖に自由を奪われ、その場に引きずり倒される結衣。

 俺は結衣の名前を叫ぼうとしたが、メラケムの刻んだ隷属印が口に出すのを妨害してきたせいで言葉を出すことができなかった。


「メラケム……ッ!」


「そうそう、他の女じゃなくてそうやって僕の名前を呼んでよ〜。選んでくれたみたいで嬉しいなぁ!」


 背中にいるせいで顔を見れない魔王の配下のコウモリに対して敵意を隠すことなく怒りの感情を向けるが、メラケムには何ら効果がないらしい。

 それどころか名前を呼んだことに対して嬉しそうな声をあげた。


「何なの……?センリ!?と、誰?」


 魔王が手を離し、鎖に拘束されたが周りを見る余裕はできた結衣が、未だに現場に混乱しているが俺の存在に気づいた。

 メラケムとは初対面の結衣が、俺の背中にひっついているメラケムを見つけて当然の疑問を口にする。

 結衣にはメラケムの顔が見えているのだろうか。

 縛られて地面に倒されたせいで、横に立つ巨大な魔王の存在は見えていないらしい。


 いや、そんなことよりもと考えを直す。

 結衣はまだ魔法を拘束されてないし、隷属印も刻まれていない……はずだ。自力で逃げられる可能性が残っている。


「そんな……た、助けてセンリ!」


「今すぐ逃げろ!」


 鎖に縛られる異常な事態を前に、混乱する結衣が俺に助けを求める。

 それに応えたいが、俺の方も鎖に縛られて何もできない。

 助けるどころか結衣の名前を口にすることすらできない俺は、とにかく彼女に逃げるように叫んだ。


[逃がすわけがない]


 だが、混乱から立ち直っていない上に鎖に縛られた彼女が1人で逃げることはできなかった。

 俺の言葉を噛み砕く暇すら与えず、結衣の元に移動したグリネアが逃げられないようにと脛を蹴り抜いた。


「––––––––ッ!!」


「ユ––––ゥァッ!?」


 結衣が声にならない悲鳴をあげる。

 その光景に俺は彼女の名前を叫ぼうとして、だがそれを隷属印に阻まれた。


「ほどほどにな、グリネアよ」


[足の一本を折ったまで。脆弱な人間といえども、仮にも勇者の卵ならば死ぬようなことはないかと]


「グリネア、テメエェェェええええ!!」


 怒りで頭が真っ赤に染まる。

 体が壊れてもいいからと鎖を解こうとするが、しかし抜け出せない。

 魔法も使えない今、俺には結衣の足を平然とした様子で折ったグリネアに向かって怨嗟の慟哭をあげることしかできなかった。


「い、痛い……!何なの……何で、私の脚……うぅ……ッ!」


 結衣が涙を浮かべながら折られた足の痛みに苦しんでいる。

 なのに俺には駆け寄ることも、治すことも、守ることも、幼馴染の足を壊したクソ野郎を殴ることもできない。


「テメエら……許さねえ!それ以上手を出してみろ、ぶち殺してやるからな!」


 そう叫ぶしか、できなかった。


 そしてそれを聞いたグリネアは––––


[立場をわきまえろ、下等種族]


 そう吐き捨てて、もう一度足を上げる。


 グリネアの声が聞こえる時、奴の考えも直接流れ込んでくる気持ちの悪い現象が起きる。

 だからこそ、その行動の意図が俺にはすぐに理解できた。


「ま、待てッ!やめろッ!」


 やめるように叫ぶ。

 だがグリネアは俺の言葉を無視して、そのあげた足を結衣の折れていない方の脛に落とした。


「––––––––ッッッ!!!」


 結衣の声にならない悲鳴が響き渡った。

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