第3話 魔王に召喚された理由
夢と現実の区別もつかない浮ついた意識の中で、鎖の拘束が変化したことがなんとなく理解できた。
動けないように全身に絡みついていた状態から、腕に巻きつき斜め上にそれぞれ引っ張り上げる形に。
その上で膝立ちにさせられ、今から処刑される罪人みたいな格好にされる。
首を切る処刑人はいないけど。
「聞こえるかな?」
顎を撫でられる。
この手は……メラケムのものか。グリネアなら鱗と爪の感触がするはずだし、魔王にしては小さすぎる。
それに、耳元で囁かれる声を拾う聴覚は比較的はっきりと仕事をしてくれているので、音を聞き分けるのは若干靄のかかった頭でもできる。
「ここは……?」
まだ半分眠っているような感覚だが、多少思考回路を働かせることはできるようになってきた。
それでもやはり靄かがかかったような感覚で、ぼやけた視界では自分がどこにいるのかも正確に把握できていない。
「言葉は話せるみたいだね。少し意識がはっきりしてきたかな?でも、まだ怒ったり暴れたりするまでにはいかない。うんうん、ちょうど良いね」
俺の問いに対して返事はない。
代わりにメラケムはこちらの状態を把握するようにペタペタと顔を触ってくる。
鎧を外しているのか、冷たいが柔らかい感触がする。
程よい力加減で触ってくるメラケムの手は不愉快なものではなく、むしろ触られるたびに心地よい感覚がする。
……これは童貞の性なのか。
「いや、誰がジョージだ誰が……」
「え?」
何を言っているんだ俺は?
なんか、クラスメイトに人のことジョージと呼んでくる奴がいるせいで変な言葉が口から出てきた。
あと、俺は童貞じゃねえ(童貞です)。
「メラケムよ、こやつは何を言っている?」
「いや、僕に聞かれましても……」
魔王の声が聞こえてきた。
困惑しているようだが、らしくない。多分、今の魔王の声は幻聴だろう。
「まあ良い」
魔王の声の調子が戻った。
やはり先ほどの言葉は幻聴か。
もし本当だったら、あいつの意味不明なジョージ量産発言は魔王すら困惑させる効果があるということになる。それはないだろう。
[魔王様、念のため魔力封じの結界の展開とこの異世界人の心臓に隷属印を刻むことを進言致します]
グリネアの声は頭の中に直接響いてくる分、はっきりと聞こえる。
半分寝ている頭でもないよう一言一句に至るまで聞き取れたそれは、知らない単語だが意味はわかる不穏な代物を提案されているようだった。
魔力封じの結界とかいうのは、魔法を使えなくするとかいう代物みたいだ。
俺は魔法の使い方なんぞ知らないが、グリネアに撃鉄を打ち込んだ時、突然電撃が発生した。
たぶん、異世界召喚された際に勝手に使えるようになったのを本能的に使ったのだと思う。
それを封印するつもりか。
そして、心臓に隷属印を刻むとかいうのはもうあからさまである。
発音は意味不明な言語なのに意味は理解できるからこそ、その言葉がいわゆる刻んだ相手に絶対服従を強いる呪いみたいなものだということは理解できた。
刻まれるのがヤバイということは理解できるのだが、半分眠っている頭では理解できても行動を起こそうという意思を作ることができない。
抵抗する意思がわかず、ただただ魔法が使えなくなるのかとか、奴隷みたいにされるのかとかいうふわふわした感想が浮かぶだけであった。
「…………」
「グリネアの発言でも特に暴れたりせず、だね。うんうん、良い子だ」
メラケムが後ろから首に抱きつくように腕を回して、耳元で囁きながら頭を撫でてくる。
鎖で縛り上げ変な薬を打ち込んできた相手だが、ふわふわしている頭はあたたかいとか心地良いとかいう感想しか浮かべることができない。
「メラケムよ。会話はできるのだな?」
「簡単な対話程度でしたら可能です。そうだよね?」
「……はい」
魔王と会話するメラケムが声をかけてきた。
簡単な対話程度はできるか?答えはYesだ。半分夢の中でも返事をすることはできた。
「僕の名前はわかるかな?名乗ってないけど」
メラケムがまた問いかけてくる。
耳元で囁かれる声が心地良い。
うまく思考をまとめることができない。問われたことが返答できる内容なら、その通りに答えを口にする。無意識にそんな行動をとる。
「……メラケム」
「正解!ふふ、こういう反骨精神の強い人間が素直になっている姿は可愛くてたまらないんだよね〜」
[……理解に苦しむな。ペットにして遊ぶのは良いが、魔王様の御前であることを忘れるな。メラケム]
「うわぁ……相変わらず堅物だな、グリネアは。君もそう思うよね?」
「グリネア……堅物……」
メラケムの言う通りかもしれない。
同意しておこう。
「カハハハハ!参謀とは堅物であるべきだが、確かにグリネアは度が過ぎておるわ!」
[魔王様、お戯れが過ぎますぞ]
魔王もメラケムと同意見なのか、ともにグリネアを笑った。
それに対して心外だと言わんばかりの不満げな返答をするグリネア。
「さて、戯言はこれまで」
グリネアを揶揄うのに満足した魔王が、今度は俺の方を見てきた。
視界はぼんやりとしていたが、魔王は巨人だ。ぼんやりとした視界でも視線がどこを向いているかは分かる。
どこ向いているか、俺を向いているな。
半分夢の中にいるため、そこから先に思考が展開しないが。
俺の方を向いたということは、俺に声をかけるつもりなのだろうか。
そんなことをぼんやりと思っていたところ、顎に触れている冷たい手が俺の顔を魔王の方に向くように上げてくれた。
「異世界人よ。貴様の名は?」
「ほら、名前。魔王様に教えて」
魔王に名を尋ねられ、メラケムに促される。
尋ねられるまま、促されるままに自分の名前を答えた。
「はい、ごう……拝郷、宣利……」
「ハイゴー・ノブトテュシー?言いにくいよ、渾名とかないの?」
名乗ると言いにくいのか、メラケムが別の呼び方はないかと尋ねてくる。
顎に触れる手が心地良い。
メラケムに尋ねられるがままに、幼馴染につけられた渾名を答える。
「センリ……」
「センリ。うん、これなら僕も覚えやすいね。じゃあ、センリって呼ぶね」
「どうぞ……」
「ふむ、センリか」
魔王とメラケムはセンリ呼びの方を気に入ったらしい。
俺もだいたいセンリかジョージと呼ばれていたから、特に不便はない。
「誰がジョージだ誰が」
「いや、本当になにそれ?」
「何故その謎の言葉ははっきりと言えるのだ?」
[この人間、何故他者を手当たり次第にジョージと呼ぶ?」
ジョージを量産するアホのセリフを思い出して反論したところ、三者三様の言葉が返ってきた。
グリネアに関しては頭の中を覗かれたことでジョージを量産するアホが俺をジョージ呼ばわりする場面を見ていたらしい。
……だからなんだ?考えがまとまらねえ。頭を覗かれても、別に良いか。
魔王が次の質問をする。
「さて、センリよ。貴様は吾輩がオリスデンの勇者召喚に干渉してここに釣りだした。そこは覚えているか?」
「……覚えてねえ」
異世界召喚されたのは理解できたけど、オリスデンの勇者召喚とかいうのはわからない。
わからないが、知りたいと思えない。なんで釣りだしたのかとかもわからない。
一応、魔王の話の内容はなんとなく把握できるが。俺たちを召喚した別の存在がいたが、そこから魔王が俺をここに引っ張り出してきたとかいう理解であっているのだろう。
それは理解できるが、頭がぼうっとして知らないことに強い関心を持てなかった。
「……でも、召喚されたことは理解できる。そこからお前のせいで俺だけここに来たことも」
[魔王様に向かってなんという口の利き方を!]
「構わぬグリネアよ」
グリネアが魔王をお前呼ばわりしたことに怒りをあらわにした。
魔王が制してことなきを得たが、お前呼ばわりするのは良くないのか?
……結論が出ねえ。考えがまとまらないから、この件は思考を放棄して魔王のことはお前呼びを継続することにした。
魔王が話を再開する。
お互いの認識から状況を確認しているようだ。
何故そんなことをするのか……考えがまとまらない。訊かれたことだけ答えよう。
「吾輩の目的はオリスデンの征服よ。矮小なる人間どもは吾輩に抵抗しているが、所詮は下等種族。雑多がいかにしようが吾輩の脅威たりえぬ」
オリスデンというのは知らないが、魔王は世界征服でもしたいらしい。
魔王らしいな。……あとは、なにも思いつかねえ。
「故に、オリスデンの女王は異世界より吾輩に対抗するための強力な存在、勇者を召喚した。貴様ら異世界人よ」
魔王が俺を指差す。
オリスデンとかいう魔王と戦っている国の女王が、魔王と戦うために俺たちを召喚したというのが異世界召喚の真相らしい。
俺は魔王に引っ張られてこちらに召喚されたが。
「故に、だ」
魔王が俺を指差したまま、こうしてわざわざ魔王城に勇者として召喚されたはずの俺を引っ張り出してきた理由を告げた。
「勇者に対する人質として、吾輩は貴様らをここに釣りだしたのだ。勇者どもにとって同志であり同胞のな」
同志?同胞?
……ああ、クラスメイトだからか。で、同じ勇者だからと。
つまり、魔王は俺を勇者に対する、すなわちクラスメイトに対する人質にするために召喚したらしい。
……だから鎖で縛られたのか。
次は檻にでも入れるのか?それとも……だめだ、考えがまとまらない。もうどっちでもいいや。
「人質……」
「然り。勇者と言えど所詮は人間、何ら義理のないオリスデンの者共よりも同胞である貴様の方が大切であろうからな」
「そういうものか……?」
クラスメイトが人質になったら、魔王と戦うのを止めるものなのか?
その予測に当てはまらなそうな奴にも心当たりがあるが、大多数の連中はそういうものかもしれないなと納得する。
俺はどうするだろうか?
……人質によるだろうか。嫌いなやつとかどうでも良いやつが人質なら、見捨てると思う。
「……まあ、それも先ほどまでのことだがな」
魔王がそんな言葉を吐いた。
まるで、先ほど自ら語った人質作戦を否定するような言葉だ。
すると魔王は、先ほどの言葉の真意も語らぬままに話を変えてきた。
「センリよ、2つ目の問いだ」
何か訊きたいことがある?
1つ目の問いは、俺の名前か。
ユーのネームはジョージだね?
「誰がジョージだ誰が」
「それ、センリの国の挨拶なの?」
「違う」
ジョージ呼ばわりされるのが挨拶なわけねーだろ。
あったとしたら、その国にはあのアホを放り込んで俺は絶対行かねえ。
「話を戻すぞ。2つ目の問いだ」
魔王が軌道修正した。
そもそも脱線してたかこの話?
……していた。1つ目の問いに関して話をぶり返したのは俺が勝手にやったことだ。
ジョージ量産男の呪いだ、許せ。
「センリよ。貴様、“ユイ・アヤシマ”という同胞を知っているな?その者との関係を言え」
魔王が発した問いは、ユイ・アヤシマとかいうクラスメイトのことを知っているかどうかの確認と、そいつとの関係が何であるかを尋ねるものだった。
何で魔王がそんなことを知りたいのか……は、考えても半分働かない頭ではまとまらないので無視する。
なので、尋ねられたことについて答えることにした。
ユイ・アヤシマ……結衣のことか?
綾島 結衣というクラスメイトはいる。そして、知っている。
知っているというか、いわゆる幼馴染という関係のクラスメイトの女子だ。渾名はユイユイ。
割と仲は良い方、だったと思う。お互い渾名で呼び合うくらいだし、良い方だとは思う。一応。……まあいいや。
あと、俺が好きになった女だ。告白して振られたことがあるけど、吹っ切れずにまだ片思いを引きずっている相手だ。
結衣のことを連ねるというなら、幼馴染で好きな相手というくらいだろうか。
「ユイユイは……俺の幼馴染で、異性として好きな相手、だ」
深く考えることもできずに、魔王に対してそう答えた。
……答えてしまった。
「……ほう」
俺の答えを聞いた魔王は、何やら良いことを聞いたとでも言いたげな声で頷いた。
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