第2話 魔王に異世界召喚されるという非日常について
「その胆力に免じ、貴様の問いに答えてやろうぞ。吾輩はこの世界オリスデンを飲み込まんとする魔王軍の首魁、名は“デリトラ”よ!」
巨人がその名を告げた時、空気が震え体が押しつぶされるような重圧が両肩に降り注いでくるような感覚が襲ってきた。
……どうやら、俺は魔王の所に異世界召喚されたらしい。
––––いやいやいや、何でラスボス的な存在の面前に召喚されるんだよ!?普通は勇者という名の異世界人を求める魔王の侵略に抵抗している人々の前に召喚されるものだろうが!
思わずそう盛大なツッコミを心の中でぶつける。
口になんて出せない。
さすがに混乱している中でも魔王の前で大声でツッコミかますのが危険な行為だという分別は付いている。一応。
謙次の好きな異世界召喚ものシリーズと違う。俺、こんな展開知らないよ。
「どうした?吾輩を魔王と知った今、翻って子鹿のようになるか」
睥睨してくる魔王を名乗る巨人。
言葉を発せなくなっている俺に対し、蔑みと嘲りを交えた目で見下してくる。
––––いやいやいや、そりゃ小鹿のようになるだろ!今大混乱している真っ最中!
怯えているといえば怯えているけど、どちらかというと続々と驚愕の事実が明らかになるこの現状に混乱して言葉が出なくなっているから!
そんな俺に興味が失せたのか、先ほどまで笑っていた魔王はつまらなそうな表情となる。
「いかに勇者といえど、現状の理解もできなければ所詮は一介の人間か……」
[それでも勇者としての力は警戒するべきでしょう]
「!?」
果たして魔王が興味を失ってくれたのは良かったのだろうか。
そんなことを思った矢先、足音などなかったのにいつの間にか真横にトカゲと人間が融合したような男が立っており、そいつの声なのか低い声色の意味不明な言語が俺の頭の中に直接響いてきた。
言葉は知らないのに、テレパシーみたいなその声は意味は理解できるという気持ち悪い仕様となっている。
「グリネアか……」
魔王もそのリザードマンみたいなトカゲ人間を認識したのか、いつの間にか俺の横に立っていたそいつの登場に驚くこともなく声をかける。
魔王に声をかけられたグリネアというらしいそのトカゲ人間も、膝をついて魔王に拝礼をした。
[デリトラ様、魔王軍参謀総長グリネア再び参上いたしました。小娘の方は手筈通り、拘束を完了いたしました]
「……ッ!」
グリネアが魔王に何かを報告する。
何やら不吉な内容だが、正直魔王から発せられる重圧からくる息苦しさに加えて、頭の中に響き渡るこの声が気持ち悪くてまともに内容を噛み砕けない。
頭を押さえてうずくまると、立ち上がったグリネアが俺の頭を片手で鷲掴みにしてきた。
「いててててて!?」
そして掴み上げられる。
いやいやいや、こいつどういう握力してんだよ!?頭つかんで片手で人間1人持ち上げるとか、化け物かよ!そしてめり込んでくる指が痛い!その握力で握ってくる手が食い込む頭が痛い!
状況が理解できぬままに威圧されて腰が抜け、そして突然登場した謎のリザードマン野郎に驚いているうちに頭鷲掴みにされ、もうわけわからん。
誰かこの現状を説明しろよ!
俺、結局異世界召喚されてどうなったわけ!?なんで魔王の元に召喚されて、こんな目に遭ってんのさ!?
「つーか、離せこのトカゲモドキ!」
魔王相手には子鹿みたいになってしまったが、頭が潰れる激痛に苛まれているならば話は別だ。
横に立って脅かし威圧するまでなら下手な抵抗はせずに大人しくしているだろうが、危害を加えてくるならさすがに抵抗くらいさせてもらう。
とりあえずこの頭を鷲掴みにされるのはめちゃくちゃ痛いから止めて欲しいので、なんとか振りほどこうともがいてみる。
[黙れ、下等種族風情が。デリトラ様の御前であるぞ]
「ぐぼぁっ!?」
だが、トカゲモドキの手は一向に振り払うことができず。
むしろ暴れる俺が癪にさわったのか、空いている方の手で人の腹を殴りつけてきた。
頭を握りつぶされそうな痛みを超える激痛と衝撃が、腹から背中まで貫く。
割とやんちゃをやらかすので不良と喧嘩することもあったので腹を殴られ蹴られする程度は慣れているのだが、はっきり言ってグリネアの拳の威力はチンピラのそれとはわけが違った。
意識が吹き飛びそうな衝撃が、背中から全身にまで伝わっていく。
腹の底から胃液が逆流し、どこかで混じったのか大量の血の塊と一緒に口から溢れ出してきた。
「がぁ……ッ!?」
歯を食いしばって情けない嘔吐を止めよう、などということすらできなかった。
体の中で明らかにアウトだろうと言いたくなるような強烈な熱が湧き上がってくる。
骨か、もしかしたら臓器がやられたのかもしれない。
呼吸がうまくできない。
[……この程度すら防げぬとは]
ドサリ。
ゴミを捨てるように、グリネアが頭から手を離して死に体の俺を床に投げ捨てる。
「ぁ……ッ!」
抵抗する気力は、先の一撃で完全にへし折られた。
……こいつら、正真正銘の化け物だ。
異世界召喚されて、勇者になって魔王相手に無双するとか、謙次の漫画の内容なんて夢物語に過ぎなかった。
本物の魔王相手に、その仲間相手に、俺たちみたいな普通の工房風情が召喚されてどう立ち向かえっていうつもりだよ。
「ぁぇ……」
声が出ない。
呼吸を保つだけで精一杯だ。
とにかくなんとかして欲しい。このままじゃ死んでしまう。
命の危機を感じる苦痛に、なんとかそれから逃れたいと強く願い、魔王に向かって助けを請うように手を伸ばす。
だが––––
「……なんだ、弱者よ。貴様を助ける義理など、吾輩にはない」
地面を這いつくばる俺を見下ろす魔王の目は、虫けらなど助ける気もないという冷たいものだった。
––––弱者、だと?
「…………ッ!」
その魔王の目を見上げた時、ふつふつと苦痛とは別の感情が湧きあがってきた。
死に体になって、自棄になったのだろうか。
肩にのしかかっていた重圧を感じなくなった。苦痛でぶっ壊れた感覚がイカレて検知できなくなったのだろうか。
「ググ……ッ!」
テメエ、誰が弱者だゴラ!
悲鳴をあげる体を動かす。
呼吸もできない中でも、感情が生存本能を凌駕して体を動かす。
腹の中から知らない何かが、流れるようなエネルギーみたいな力がわき上がるような感覚がするが、そんなの関係ねぇ。
ある程度利口だと思っていたのだが、やはりこう呼ばれるとタガが外れるのは昔から変わらない。
「誰が弱者だ、くそガァ!」
怒りで頭が吹いているのか、それとも吐いた血が顔にかかったのが理由か。
目の前が赤く染まる中、俺は立ち上がって魔王に向かって殴りかかった。
一発ぶんなぐらなきゃ気が済まねえ。
俺が弱いかどうか、この拳受けてから判断しやがれ!
「……ほう」
そんな俺を見て、魔王の目の色が変わったように見えた。
だが––––
[控えろ下郎]
「ガッ!?」
後ろから背中をグリネアに殴りつけられ、俺は再び地面に叩きつけられた。
いや、叩きつけられたなんて生易しいものじゃない。
縫い付けられた、そう表現するのが適切だろう。
「がふ……ッ!」
グリネアの拳は俺の背中を腹まで文字通り貫通し、そのまま床に突き刺して俺の体を縫い付けたのだ。
だが、痛覚がいかれたのか殴られただけよりも明らかに重傷だというのに、痛みは不思議と感じない。
そして、体も苦しくない。
絶対に臓器が潰れているのに、最初だけしか血を吐くことはせず、もう呼吸も普通にできる。
体の奥底から湧いてくるエネルギーが体をめぐっている気もするが、今はそんなことどうでもいい。
[治癒魔法だと!?馬鹿な、異世界人は魔法を知らない世界の住人のはず!]
「極限状態の中で魔力が覚醒したのか……カハハハハ!1ヶ月はかかる魔力の開花をこのわずかな時間で、それも独力で成し遂げるとは!面白いではないか」
「がああああぁぁぁ!」
なんか魔王とグリネアがほざいている気もするが、そんなこと関係ない。
俺を弱者とのさばったそのツラ絶対殴りつけて謝らせてやる!
頭に血が上った俺にとって、魔王を殴る以外に興味なんかない。
「離せ、トカゲモドキが!」
[こいつ、まさか!]
とにかく俺をこの床に縫い付けている鱗を纏う腕が邪魔くさい。
体をあげて床との間に隙間を作ると、人の腹を貫いているグリネアの手首を掴み握りつぶすつもりで両手で握りしめる。
「ぐおおおおぉぉぉ!」
[強化魔法まで!?ば、馬鹿な、我が鱗が!?]
ミシミシミシ、と掌を通じて鱗が割れ、骨が軋む音が聞こえる。
あと少しで潰せる。
その確信を得て、より力を込めた。
バキッ!
グリネアの手首の骨が折れた音が聞こえた。
[ぐあああぁぁぁ!?]
グリネアの悲鳴が頭の中に響いてくる。
うるせえ、腹貫かれたわけじゃねえだろうが!
「黙って離せよ、クソが!」
手首を砕いたからといって縫い付けられた状況が変わるわけではない。
いい加減に離せと、肘鉄をグリネアの腹に叩き込む。
直後、雷が落ちたような巨大な雷鳴と稲妻が走り、グリネアの体が吹き飛ばされた。
[か、雷魔法まで……!]
当然、縫い付けられていたので俺ももれなく吹き飛ばされたが。
ダメージは圧倒的にグリネアの方がデカいみたいで、吹き飛ばされた勢いで腕がひっこぬけた。
ヨシ!これで魔王を殴れる。
なんか腹がグニャグニャと蠢いているように見えるけど、そんなの関係ねえ。
「死ね、クソ魔王!」
自由になったならやることは1つだけ。
魔王を殴るだけだ。
というわけで、遥か高みにある魔王の顔面めがけて床を蹴り飛び上がる。
冷静に考えたら、あんな怪我してピンピン動けるわけないし、肘鉄で雷を起こせるわけないし、そもそも魔王の顔まで届くような大ジャンプ何ぞできるはずもないのだが。
このようにおかしな現象に見舞われていたのだが、俺にとってはどうでもよかった。
魔王の元まで飛び跳ねて、その薄ら笑いを浮かべる顔面に拳を叩きつける。
––––叩きつけようとした。
……そう、叩きつけようとしたまでしかできなかった。
「異世界の勇者とは、面白き余興となるな」
魔王が薄気味悪い笑みでそんなことをほざいたように見えた直後、突然天井や壁、床から無数の鎖が伸びてきて、俺の体に絡みついてきたのである。
その鎖に邪魔され、俺の拳は魔王に届くことなく床に落下した。
「て、テメエ!この、クソ!離しやがれ!」
鎖を解こうともがくも、その鎖は頑丈であり、しかも力が入らない体勢で拘束してくるので引きちぎることもできない。
結果、身動きの取れなくなった俺は床に這いつくばる形にされ、魔王を前に殴れないという屈辱を受けることとなった。
魔王は俺ではなく、すでに別の方を見ている。
その目線は俺の後ろに向けられており、魔王が声をかけるとグリネアとは別の、今度はちゃんと耳に聞こえてくる高い女の声が返事をしてきた。
「吾輩としては面白いものを見せた礼に、一撃くらい受けてやっても良かったのだがな。メラケムよ」
「それはそれは、差し出がましいことをして申し訳ありませんでした。どうかご容赦を、我らが偉大なる君主」
コツコツという音が響く。
それがヒールのような靴が床を叩く音だと理解すると、俺の横に先ほどの声の主と思われる踵の高くなっている白いサバトンとかいうらしい金属鎧の靴が立ち止まった。
メラケムとか呼ばれたそいつは、グリネアのように魔王に対して膝をつく。
そこで這いつくばる俺からもメラケムの全容が見えた。
トカゲモドキの次は、コウモリモドキか。
そいつは全身を白と黒に光る金属鎧に覆い背中にコウモリみたいな翼を生やした、兜で顔は見えないが女であることは分かる、グリネアに比べてだいぶクオリティーが低そうなほぼ人間の見た目をしていそうなコウモリモドキだった。
多分、魔王の言い草からしてこのコウモリが俺の体を縛る鎖を操っているのだろう。
魔王を殴らなければ気が済まない俺は、なんとか拘束を解こうともがきながら、メラケムとかいうそいつに向かって鎖を解くように喚く。
「おいテメエ!俺は魔王を殴らねえと気が済まねえんだよ、離しやがれ!泣かすぞゴラ!」
「…………」
すると、メラケムがこちらを向いた。
兜に隠れた顔は何を考えているのかわからないが、鎖に縛り付けられている現状では俺がどうしても見上げる形となるので、上から目線で蔑まれているように感じてしまう。
それが怒りに油を注ぐ。
「テメエ!見下ろしてんじゃねえ、鎖を解け!やっぱテメエ問答無用で泣かす!」
だが、縛られた俺の現状では檻の奥の犬の遠吠えも同じ。
どこ吹く風と言わんばかりに、俺を見下ろしながらメラケムは魔王に向かって声をかける。
「随分と活きがいいですね。先ほどの小娘とは気骨が違うように見えます」
「カハハハハ!当初は大差ない様子だったのだがな、弱者と囀ればこの通り頭に血を昇らせた上に自力で魔法を覚醒させて見せたわ」
「それはそれは……ふふ、面白いですね」
「テメエら俺を無視するんじゃねえ!」
芋虫みたいな体勢にされるのはもう我慢ならない。
頭に血が上って内容が素通りし理解できなかったが、俺を無視していることだけはわかった。
「少し落ち着いてもらうよ、勇者クン」
すると、喚き続ける俺をさすがに無視できなくなったのか、メラケムが初めて俺に対して声をかけてきた。
しかし鎖が緩む気配はない。
「テメエ、離せつってんだろうが!」
なんとか抜け出そうともがく中、メラケムが俺に近づく。
するといつの間に出てきたのか、悪魔のような先端が鏃状になっている尻尾がメラケムの鎧から伸びており、その先端が俺の首筋に突き刺さった。
「少し痛いかもしれないけど、我慢できるよね?君みたいな強い子は」
「何するつもりだ、テメ……ッ!?」
その尻尾から何かが流れ込むような感覚がすると、何か薬でも流し込まれたのか急に頭に上った血が下がり始め、意識が半分朦朧としてきた。
「何を……ッ」
「大丈夫だよ。少し、落ち着いてもらうだけだから」
意識が混濁してくる。
高ぶっていた感情が沈むとともに体もうまく動かなくなり、暴れる気力もわめく気力も削がれて鎮められた。
「良い子だね……ちゃんと効いたみたいだ」
「…………」
半分朦朧とする意識の中、メラケムに頭を撫でられる。
その手は甲冑で覆われているせいか冷たかったが、先ほどまで血が上っていた頭を冷やすのにちょうどよく、この化物に囲まれる空間で呑気にも心地よいと感じてしまった。
「少し時間を置けば多少意識も明確になるでしょう。その間に、先の小娘と合わせて予定通り勇者に対する人質として拘束しますか?」
「ふむ……しばし待て。目が覚めたか、参謀グリネアよ」
[不覚をとりました。申し訳ありませぬ、魔王様]
「お主は頭脳労働が専門、不得手があるは致し方なきことよ。それよりも、貴様の意見も聞きたい」
[では、僭越ながら。すでにこの勇者は魔法を覚醒させました。危険因子ゆえ、直ちに処分するが良策かと]
「え〜、殺しちゃうの?もったいないよ。殺すくらいなら頂戴」
[メラケム、馬鹿げたことを抜かすな]
「カハハハハ!この場で殺すなどつまらぬだろう。吾輩はもっと面白い使い道を思いついたぞ」
[それは!?魔王様、いくら下等種族といえど異世界人はこの世界の争いに巻き込まれたよそ者。戦う道理も持たぬ存在に、それはあまりにも酷では……]
「ちょっ、ずるいぞグリネア!僕は君みたいに他者の心を覗けないんだぞ!」
「グリネアよ、なればこそよ。戦う理由もなくこの世界に連れてこられたものに、意義を与えてやるのだ。カハハハハ!同胞のために同胞と殺しあうという意義をな!」
「え?つまり、どういうことで?」
[魔王様は、この者を他の勇者と戦うコマとするつもりだ。先ほど捕えたあの小娘を人質としてな]
「何それ!?それは……最高の愉悦じゃないですか!素晴らしいです魔王様、異世界人が苦悩して壊れる様が今からでも思い浮かべられます!」
「カハハハハ!人間の堕ちる様は最高の娯楽故な!」
[……恨むならば己の不運を嘆くことだな、異世界人よ]
混濁する意識の中、ぼんやりと魔王とグリネアとメラケムの会話が聞こえてくる。
内容が理解できるほど意識がはっきりしていなかったが、この時の魔王とメラケムの愉しそうな笑い声と、グリネアが初めて発した見下すことのない同情するような悲しげな声に乗せられた感情は、なんとなく感じ取ることができた。
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