第1話 異世界召喚されたのは魔王の所!?
ついさっきまで、なんの変哲も無い日常だった。
所属している高校、私立桜峰高校の3年2組の教室で普段と何ら変わらない平凡な日常の放課後を迎えた所だった。
精々、アホなクラスメイトが「やっほージョージ。いい天気じゃ無いかベイビー」と訳のわからんことをほざいてきたくらいである。
いや、誰がジョージだ誰が。
俺の名前は
ジョージを量産するアホなクラスメイトにそう反論した。
そこまでは、普通の日常として俺––––拝郷 宣利の記憶に明確に刻まれている。
ただ、その後が曖昧だ。
突然教室の床が光り出して、あまりの眩しさに目を瞑った。
眩しくて目は開けられなかったが、その最中に体が浮いたような感覚がして、そしていきなり誰かに右腕を掴まれて引っ張られるような感覚に見舞われて……
そして、まぶたの向こう側の光が弱くなってくれたのでゆっくりを目を開いた。
––––すると、いつの間にか目を瞑る前までいたはずの教室の風景は消え去り。
代わりに全面を石造りの壁で覆われた、真っ暗な見知らぬ場所が辺りに広がっていたのである。
イメージとしては、映画に出てくるような近世ヨーロッパの要塞の地下に広がる牢獄みたいな場所だ。
松明が2本だけ壁に立てかけられており、目の前に広がる真っ暗な闇はどれほどの奥行きがあるかもわからない。
教室で突然襲ってきた先ほどの閃光もあって、目が暗闇に慣れておらず、松明の照らすかすかな範囲しか視認できない。
訳が分からない。
分からないけど、床についた手のひらから伝わってくる冷たくて硬い石の感触は夢とは思えないほどリアルなものだった。
「何処だよここ……?」
混乱する頭は、とりあえずこの暗闇に目をなれさせて状況を把握しなければと判断した。
ここ何処よ、とぼやきながら暗闇に目をこらす。
返事がない所を鑑みるに、この不気味なほど静かで暗い場所には誰もいないみたいだ。
「つーか、寒いな……」
床が心地いいを通り越して不快なほどに冷たいのと同様に、ここの空気は肌に突き刺さるような寒さの只中にある。
まあ暖かい空間に対して金属製というならともかく、石造りの床が冷たかったらそれはそれで不気味だけどな。
とりあえず、詰襟だけだと寒すぎる。
普段は外している第一ボタンをつけ、襟のホックも装着して、若干息苦しくあるもののそれなりに暖かくなる格好になってから、それでもやはり寒いので暖をとるために松明に向かって歩き出す。
ひとまず寒いのをどうにかしたい。
「あったけ〜……」
松明に手を近づけると、この寒さにはよく効く暖かな熱が両の掌に伝わってきた。
人間の本能なのか、火を見ると落ち着く。
特にこういう訳のわからない寒くて暗い場所に放り出されると、光源という意味でも熱源という意味でも頼りになる存在であり、火があるだけで心が穏やかになっていくのだ。
獣は火を怖がるが、これで安心感を得るならば俺は立派な人間を名乗ってもいいのでは無いだろうか。
––––その通りだよ、ジョージ♪
なんか普段の3倍増しでムカつくアホの戯言が聞こえた気がする。
まあ、気のせいだろう。
それから、誰がジョージだ誰が。
あいつの頭の中だと、他人はすべてジョージなのか?
「……しかし、誰もいねえな」
ジョージを量産するアホはどうでもいいが、先ほどまで同じ教室にいたはずのクラスメイトの気配も無い。
本当に俺1人しかいないようだ。
ここが何処かはわからないが、クラスには一緒につるむことの多い友達もいるし、いつの間にか惚れてしまった幼馴染もいる。
こういう状況に陥った時に自分のことを差し置いても心配になるくらいには大切な人たちだ。
ここが何処でどうして教室からこんな場所に来たのかわからないが、同じ床の光った教室にいたクラスメイトたちの行方も気になる。
火で暖を取れたことでクラスメイトたちの安否を気にするくらいには落ち着きを取り戻したところで、そういえばとその友達が好きだった漫画の話を思い出した。
「そういや、
クラスではよくつるんでいた親友と言える間柄のクラスメイト、
その謙次が愛読していた漫画の1つに、突然床が光って瞬間移動したという内容の話があった。
今の状況に似ているといえば似ているその漫画は、所謂『異世界転移もの』のネット小説を原作とした漫画だった。
普通の高校生達がある日突然異世界に召喚されて、勇者となって魔王と戦うというストーリー。
その冒頭の異世界召喚の状況に、この状況がよく似ていたのである。
もっとも、そちらの漫画では異世界に召喚されてから瞬間移動した先では、主人公たちを召喚した異世界の人間たちが歓迎するという場面となったが。
現状、俺の方はその歓迎をしてくれる気配は無い。
「……つか、異世界召喚とか非現実的だっつの」
状況が似ているとはいえ、異世界召喚なんてあるはずも無い現象だ。
あれはあくまで漫画の中の創作による設定だ。馬鹿馬鹿しいと一笑する。
そんな非現実的なことを考えるよりも、まずはクラスメイトを探すべきだろう。
ある程度の時間を置いたことで、暗闇にも目が慣れてきた。
とりあえず松明を外して手に持ち、もう片方の手はポケットに入れて石造りの床の広がる空間を歩き出す。
方向などわからないので、適当に起きた時前だった方向へと進むことに。
その一歩目を踏み出した時だった。
「うおっ!?」
また、あの現象が。
床から眩い閃光が出て、そのあまりの眩しさに目を閉じる。
体が浮くような感覚に見舞われて––––
まぶたの向こうの光が落ち着いたところで、ゆっくりと目を開ける。
「ほう……2匹も釣れたのか」
そこはまた、先ほどまでいた暗闇の中の石造りの空間ではなく。
かといって教室でもなく。
まるで中世の城の城主の間のような、高い天井から絢爛なシャンデリアや派手な絵が描かれた布がぶら下がる、豪華な空間となっていた。
ただし、先ほどの空間とは違い、今度は俺1人という状況ではなかった。
「……はい?」
さきほど、目を開ける前に聞こえてきた初めて聞く声。
それを発したと思われる男が、この広間の主人を主張するように広間の奥の高くなっている場所に立っていた。
ただし、その男。明らかにおかしい。
格好はいかにも高そうな勲章が多数散りばめられているマント付きの派手な黒い軍服に身を包む、ヨーロッパのお貴族様か何かのように見える。
この服装も十分おかしいのだが、それ以上におかしい要素がある。
「デカッ……!」
そう、その男はとんでもなくデカイのだ。
男との間には5メートルほどの距離が空いているのだが、ここから見ただけでもゆうに4メートルはあるだろう人間離れした大きさをしていた。
ギネス記録に乗っている世界最大の身長を持つ人でも、確か251センチメートルだったはず。
だが、その男の身長はそれを優に超える、建物ならば三階にも余裕で手が届くだろう化物じみた高さである。
混乱する俺に対して、男はこちらの驚く反応を見て満足そうな、しかしとても堅気とは思えない凶悪な人相の笑みを浮かべる。
「ククク……その驚く様も実に面白い」
壇上から降りて、こちらに向かって歩いてくる巨人。
威圧感がはんぱねえ……。
しかし、口の動きといい歩く動作といい、とてもロボットとかとは思えないほど滑らかな動きである。
人間ではありえないデカさだというのに、作り物とは思えない。
混乱からその場で動けない俺の前に近づいてきた男は、1メートルほどの距離で立ち止まるとその場にしゃがみ込んだ。
それでも男とやっと同じくらいの目線の高さになる。デカいにも限度があるだろ……。
「……誰っすか?」
極度の混乱状態に陥っていた俺の口から出たのは、巨人に対する誰何だった。
混乱していたとはいえ、この明らかに人間では無いだろう存在に対して最初に言うことが「あんた誰?」というのは、さすがにアカンだろと言ってから後悔する。
いきなり食われたり踏み潰されたりしないかな、俺?
服着てるけど、進○の巨人に出てきても何ら違和感無いサイズだよこの人(人間ではない)。
そんな俺の言葉に対して、言葉が通じるらしい巨人は豪快に笑い声をあげた。
「カハハハハ!この
さて、あんた誰と言われた巨人は。
それがよほど受けたらしく笑いながらそんなことを言ってきた。
あんた誰に対しての答えはなかったが、その言葉の中に聞き捨てならないものがあった。
(異世界人!?待て待て待て、この巨人今異世界人って言ったよな!?)
この巨人は確かに俺を指して『異世界人』という単語を口にした。
巨人が何者かはわからないが、少し前に漫画の中だけだ、ありえないと切り捨てた現象に結びつくワードを口にした。
そのことを聞きたいのだが、いや聞いてもらえるか分からないのだが、とにかく巨人の言葉を確認したい。
したいのだが、この巨人の笑い声がデカすぎて何も言えない。
まさか、本当に異世界召喚されたというのか?
非現実的だが、こんな人間離れした巨人がいるならば異世界と言われた方がしっくりくるかもしれない。
異世界召喚という非現実的な現象に遭遇したかもしれない可能性が高まりより混乱している中で、巨人はひとしきり満足するまで笑うと、俺が口を挟むよりも前に次なる爆弾を投下してきた。
「面白い小僧だ。魔王たる吾輩に対して臆することなく誰何するその度胸、先の小娘とは気骨が違う」
「……え?」
……今なんて言ったこの巨人。
いや、俺のこと小僧と呼んだのはまあ、この巨人から見ればはるかに小さいから納得できる。
問題は小僧呼びではなく、巨人が自分のことを指した称号である。
「まおう?ま、魔王!?」
そう、この巨人は自分を魔王と称した。
異世界召喚ものの漫画において主人公たちを召喚する異世界人たちではなく、その主人公たちが倒すラスボスに当たる存在。
……どうやら、俺は魔王の所に異世界召喚されたらしい。
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