3話 「恋愛なんて無用の長物」

「おい、どうしてくれんだよッッッ!」

「お前らが勿体ぶって恋愛をなかなか認めないからこんなことになってんだろうがッッッ!」

「ちゃんと責任取りなさいよッッッ!」

 恋愛審査委員室の外からは生徒たちの怒号で溢れていた。扉を力強く叩く音も聞こえている。先生の「教室に戻りなさい」という声も聞こえてくるが、ほとんどかき消されている。

 委員会のメンバーは部屋の中でお互いにしかめっ面をしながら見合っていた。

「大変なことになってしまいましたわね……」

「やれやれ……困ったことになったねぇ」

「遼ちゃん、どうしよう……」

「どうしようったって」遼太郎は椅子を倒しながら座っている。「どうしようもないだろ、こんなん。てかさぁ、恋愛禁止に戻すって誰が言い出したの?」

 あっけらかんとした態度で遼太郎は言った。

「おやおや、ハニーはあの騒動を知らなかったのかい?」

「ぐーすかと寝てたもんね……。あれだけの騒ぎの中でよく寝れたもんね」

 緋音は呆れ気味に額を抑えた。

「それにしても、何故前理事長はあんなにも恋愛を禁止にしたがるのでしょう?」

「ホントだよッ! 大体、もう引退しているのに、突然しゃしゃり出てきてやることがこれ⁉ 私たちが恋愛を解禁させるのにどれだけ苦労してきたのか知らないで、酷くない⁉」

 緋音が物凄い剣幕で怒りだした。

「ボクも同感だ。何か理由があるとは思うけど……」

「……前理事長のこと、調べたけど、あまり資料がなかった」

 アルバニアも困り気味にタブレットを見せてきた。

「理由、ねぇ。ま、何かにつけてクレーム入れたがる婆さん特有のアレなんじゃね?」

「ちょっと、遼ちゃん! もっと真面目に――」

 そのとき――、

「理由、知りたいかい?」

 突然、何者かが扉を開けて入ってきた。

 外には大勢の生徒たちが立ち止まるようにその光景を眺めている。その中心にいたのは、背の低い老婆――あの、前理事長である彩子だった。

「え、いきなり……?」

「邪魔するよ」

 杖をつきながら彩子は静かに一歩一歩前に進んでくる。

「おや、前理事長様のお出ましですか?」

 フン、と息を鳴らして彩子は遼太郎たちを睨みつけた。

「アンタらはどうやら恋愛禁止に納得がいっていないみたいだねぇ」

「あ、当たり前ですッ! いきなりやってきて、な、何の権限があって、そんな……」

 緋音は勢いよく言い放つが、どこか声に震えがあった。正直、この老婆の小柄な体躯からは想像もつかないほどに威圧が凄く感じ取られた。

「理由は単純だよ。アンタら高校生が未熟だからさ」

「ど、どういう意味ですか……」

「どうもこうも、誰かを本気で愛したことなんてない癖に、いっちょ前に恋だの愛だのに現を抜かすのが気に入らないだけさ。未熟な恋愛ごっこが生み出すのは悲劇しかない。そういうのをね、あたしゃこの歳になるまで何度も見てきてんのさ。そこで己の身の破滅になっていく様も、ねッ! アンタら高校生に、恋愛なんて無用の長物でしかないんだよッ!」

 彩子は圧を最大限に上げて怒鳴った。

 緋音は引き気味に言葉を失ってしまう。

「……で、でもッ!」ようやく緋音の口から言葉が発せられた。「だから私たちがしっかり審査して……」

「審査して、なんだい? 他人の色恋沙汰に口を出すだけの仕事なんて信用できないね」

「うっ、そんなハッキリ言わなくても……」

 流石に緋音も口を噤んだ。ここまで信用されていないものか、とがっかりした。

 彩子が視線を遼太郎の方に移す。

「アンタがこの恋愛審査委員会の委員長かい?」

「そっす」

 遼太郎は全く怖気る気配も見せず、いつも通りあっけらかんと返事をした。

「聞いたよ。にわかには信じられないけど、アンタ、赤い糸が見えるんだってねぇ」

「……そんなこと知っているんですね」

「あたしの情報網をナメてもらっちゃ困るね。その赤い糸とやらがどれほど信用できるかは知らないけど、結局繋がったのはこれまでで二組だけなんだろ?」

「ま、恋愛が解禁されてまだ三週間なんでこんなもんですよ」

「ふんッ! たった二組、でしかないんだよ」

「でも……」遼太郎は少しだけ声のトーンを落とした。「その二組だって、決して最初から赤い糸が繋がっていたわけじゃないんですよ。もう少しで繋がりそうだったところを、みんな自分自身の恋心と向き合って、それでようやく赤い糸が繋がったんです」

「……ほう?」

「なんかアンタ、俺ら高校生が未熟だからとか言っていましたけど、間違いのない人間なんてこの世にいないんですよ? 間違えて、失敗して、そこからしっかり学べって今までそうやって教わってきたんです。恋愛だって同様だと思うんですけど」

「おや、随分知ったような口を利くじゃないかい」

「知っているからですよ。さっきアンタは俺ら高校生の恋愛は悲劇にしかならないって言ってましたけど、俺はしっかりこの目で見ましたよ。アイツらは、その悲劇のフラグを自分自身でへし折ったんです。俺らはただ、その手助けをしたに過ぎないんですよ」


 ――遼ちゃん。


 いつになく遼太郎が真摯な目つきで彩子に反論していた。

 緋音は知っている。普段やる気のなさそうな彼が、本当は誰よりも真剣に生徒たちの恋愛のことを考えているのだということを。だからこそこんな真剣な目つきになっているのだろう。

 だが、彩子は歯牙にも掛けない様子でそっぽを向いて、

「フン、信用なんないね! なんならアンタの赤い糸とやらだって……」

「へぇ……」遼太郎が鼻で笑うように返事をした。「アンタの小指にも赤い糸があったとしても?」


 ――え?


「あたしの小指に? フン、馬鹿馬鹿しい」

「それが本当なんですよねぇ。もしかして、元理事長も誰かに恋をしている、とか?」

「何言ってんだかねぇ」

 剣幕の如く彩子は怒鳴った。

 が、遼太郎はといえば全く気にする様子もなく、あっけらかんとした態度で、

「俺らでよければその赤い糸を繋げてもいいんですけど……」

「馬鹿にすんじゃないよッ!」

「あ、でも、やっぱ駄目ですね。だって生徒たちの恋愛を禁止しておいて、自分は恋愛するだなんて、教育に携わる者として信じられないですもんねぇ」

「いい加減におしッッッッ!」

 流石に彩子もこれまでにない大声で怒鳴った。

 その場にいる者は皆黙り込んでいる。緋音もまた、これまでにないほどのおびただしい量の冷や汗を流した。

 だが、それでも遼太郎は怯む様子を見せず、

「では、こういうのはどうでしょう?」

 彩子を見据えながら、こう言った――。


「もし俺らがアンタの赤い糸を繋げたら、恋愛

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