最終話 「確かにいたよ……」
パトカーに乗せられた冬彦は、呆然と意気消沈したままだった。ドアが閉められ、夕暮れの方向に向かってパトカーが走り出していく。遼太郎たちは黙ってそれを見送っていった。
「通報したのはお前か、木虎」
「……うん」
結果的にアキラに関しては証拠不十分ということで逮捕はされなかったが、『フォーチュンフロント』の役員たちはほとんど振り込め詐欺に加担していた証拠が見つかって逮捕されたとのことらしい。
「あらあら、一足遅かったみたいですわね。せっかく自前の手錠を持ってきたというのに」
「それ鞄に仕舞ってくださいね、先輩」
遼太郎が呆れながら、視線を闇樹からアキラへと移す。
アキラはといえば憑き物が落ちたかのように肩を落として気力を失っている。おそらくだが、春奈とはなるべく視線を合わさないようにしているようにも感じ取れる。
「……ありがとう、灰場くん」
「俺への感謝は後回しにしてくださいよ」
「……そう、だね」
呆然としているアキラを後回しにしておいて、今度は視線を夏樹に移した。
「ご協力ありがとうございました。おかげで助かりましたよ」
「全く、夜中にいきなりおしかけてきたときはびっくりしたぜ。実家に忍び込んで盗聴器仕掛けろ、だなんてさ。しかもそのあとに振り込め詐欺が来たらばあちゃんを騙せ、って」
「あはは、こうでもしなけりゃ財前先輩の本気度を確かめられませんでしたから」
夏樹と遼太郎はお互いに見つめ合って苦笑いをし合った。
「……でも、灰場くん。よく分かったね、お兄ちゃんがここで働いているってこと」
「ああ、それな。それに最初に気付いたのは俺じゃない。雀部だよ」
「えっ……?」
春奈は横にいる緋音のほうを見た。
「うん、実は、ね……」
「いつ、気付いたの?」
「ほら、最初にここで恋愛審査を頼まれた時。春奈ってば、『大きな声で話さないで』って言ってたじゃない。まるで誰かに聞かれたくなかったみたいで」
「あっ……」
そういえば、と春奈は思い出した。
「あの時は特に気にも留めていなかったけど、そういう話を聞かれて困るような人がもしかしたら近くにいたのかもなって思ったの。例えば家族、とかね」
「そっか……、それで気付くなんて凄いね」
「完全に勘、だったけどね」
苦笑い気味に緋音は春奈に微笑みかけた。
「でもそれを急いで木虎に調べさせたら案の定だったわけだし。突貫作業だったけど、おかげでこうして作戦も上手くいったからな。今回はウチの“副委員長”の手柄だよ」
――えっ?
今、遼太郎の口から“副委員長”という言葉が出た?
緋音は赤面が止まらなかった。心臓が高鳴っている。褒められた、というわけではないのだろうが、それでも彼女にとっては嬉しいものでしかなかった。
「そうなんだ……緋音ちゃん、ありがとう。言ってくれたら私が協力したのに」
「春奈には言えないよ。これは先輩の本当の気持ちを伝えるための作戦だったからね。春奈にはずっと先輩のことを好きでいて欲しかったから、ちょっとでも先輩のことを疑わせるような真似はして欲しくなかったもん」
緋音は春奈に微笑みかけ、春奈もそれに呼応するように微笑み返した。
ふぅ、とため息を吐くと、緋音は笑顔を翻してキッとアキラを睨みつけた。
「……それで、先輩」
緋音の睨みに怯えているのか、アキラは更に委縮して肩を竦めた。
「……すまない」
「謝るのは私じゃありませんよね」
「……そう、だね」
アキラはトボトボとした足取りで春奈と夏樹のほうへ向かった。
静かに地面に膝を着き、そして手を着いた。
「本当に、すみませんでしたあぁぁぁぁぁぁぁッ!」
突然のアキラの土下座には、春奈も夏樹も目を丸くして驚いた。
「俺、オレ、ずっと兄貴の言いなりになって、悪いことだと分かっていても、兄貴のことが怖くてやめられなくて……。春奈のこと、騙していて、おばあちゃんにも悪いことして、どれだけ謝っても許されないと思うけど、せめて罪だけは償わせて……」
「顔を上げてください、先輩」
春奈が優しく声を掛けると、アキラは涙顔をゆっくり上げた。
「はる、な……」
「ありがとうございます。先輩の気持ち、分かりました。安心してください、先輩のことを嫌いになったりはしませんよ」
「……許して、くれるのか?」
こくり、と春奈は頷いた。
「先輩、本当はずっと罪悪感に苦しんでいたんですよね。付き合い始めた頃からどこかそんな雰囲気はありました。気付いていたんですよ、私。何か申し訳なさそうなところがあるって」
「……気付いていたんだな。はは、彼氏としても詐欺師としても失格だな、俺」
「ホントだな。全く、春奈は春奈でお人好しだしな」
間から夏樹の冷たい声が割って入った。
「お、お兄さん……」
「お前にお兄さんなんて呼ばれる筋合いはねぇよ! 俺がいつも笑顔で仕事していると思ったら大間違いだからなッ! あーあ、妹がこんな男に引っかかっていたなんてな」
「う、うぅ……」
夏樹の冷ややかな言葉にアキラはたじろいだ。
「てめぇ、ウチの妹とばあちゃんを騙した罪は重いぜ。本当なら簀巻きにして海に沈められているところだがな……」
「……すみません、本当にすみません」
何度も謝るアキラを見据えながら夏樹は立ち上がり、店の帽子を被りなおした。
「ま、今回だけは許してあげる。今度は二人で来なさい。簀巻きにする代わりに、美味しいクレープでも巻いてあげる」
先ほどまでの冷淡な態度はどこへいったのか、夏樹はいつも店で対応しているときの笑顔で夏樹にウインクを飛ばした。
「あ、ありがとうございます、ありがとう……」
「私は許しませんからね、先輩」
今度は緋音の声が割って入った。
「緋音、ちゃん……」
「どんな理由があろうとも、先輩が春奈を騙していたことには変わりありませんから」
「おいおい……」
これには横で見ていた遼太郎も困惑している。
「……そっか、許されない、か。そりゃそうだよね」
「ええ、許しません。だから……」緋音は真剣な面持ちをアキラに見せ、「だから、春奈を二度と裏切らないでください! 次は本当に、恋愛審査を許しませんからッ! 今度こそ、春奈を、真剣に愛してくださいッ!」
緋音は大声でアキラに怒鳴りつけた。
「あ、ああ。勿論! 絶対、もう二度と彼女のことを騙したりはしない! 約束する!」
強く誇らしげに声を挙げるアキラの姿を見て、緋音の強張った表情がようやく緩んだ。
「さて、それじゃあいいっすかね。お二人さん」
遼太郎が鞄の中から一枚の紙を取り出した。
「いいって、何が……」
「財前アキラ、布施春奈――」
「は、はい……」
遼太郎は二人にその紙を見せつけた。
「恋愛審査委員会の名の下、両名の恋愛を、許可する――」
しばらくの沈黙――。
そして、アキラと春奈は二人揃って、
「あ、ありがとうございますッ!」
二人は再び見合って、そして顔を赤くしながら微笑んだ。
「雀部もこれで文句はないよな」
「……うん。繋がったんだね、『赤い糸』」
少し黙り込んだ後、遼太郎は
「まぁ、な……。てなわけで、副委員長」
「うん? なぁに?」
遼太郎は緋音へ手にもった申請書を手渡した。
「あとよろしくッ!」
意気揚々と手を挙げながらその場から走り去っていった。
「え、ちょっとおおおおおおッ!」
「寄るところあるからさぁッ! そんじゃまた明日ッ‼」
遠くへと去っていく遼太郎の様子を見送りながら、緋音はため息を吐いた。
「緋音ちゃん、私たちもそろそろ行くね」
「ありがとう、雀部さん」
「あ、うん……また申請書通ったら連絡するね」
そう言って二人も公園の外へと去っていった。
――いいな、あの二人。
紆余曲折はあったが、二人は何だかんだでお似合いだと緋音は感じた。もし今回の件がなかったら、と考えると怖い部分はあるが、今となっては深く考えるべきではないと思った。
――私も、遼ちゃんとあんな風になれたら。
緋音は妄想する。あの二人のように仲良く手をつないで帰れる自分と遼太郎の姿を。
だが――、
『……いたよ、俺にも。好きな人』
あの時言われた、この言葉が再び緋音の脳内に蘇った。
「ねぇ、みんな」
その場に残ったアルバニア、闇樹、蒼空は「……何です?」「どうしましたの?」「何だい?」と返事をした。
「あのさ、みんな……。遼ちゃんが昔誰かと付き合っていたとか聞いたこと、ある?」
緋音がたどたどしく尋ねると、
「……初耳」
「聞いたことありませんわ」
「一体誰だい? そんなの知らなかったよ!」
三人ともどこか目を輝かせて緋音に顔を近付けた。
「いや、私も詳しくは知らないんだけど……」
緋音はたじろいだ。てっきり、遼太郎の赤い糸が見える力のときのように、三人だけ知らされていたという可能性があると思ったからだ。情報が得られなくて残念だったような、逆にほっとしたような複雑な気分になってしまう。
「――いたよ、奴には」
「えっ?」
突然、どこからか野太い声が聞こえてきた。先ほどまでいなかったはずだが、聞き覚えのある声である。
「ククク、ご苦労だったな、諸君」
公園の傍らに現れたのは、彩央学園理事長、茶谷垣内創世だった。
「理事長⁉ どうしてここに……」
「フッ、邪悪な風の噂で、何やら面白いことになっていると聞いてな。そうして来てみれば、二組目のカップ……じゃなかった、生贄が誕生したようだな」
「そこはカップルで間違ってないです……。じゃなくて、知っているんですか⁉ 遼ちゃん……灰場くんのこと!」
「奴とは長い付き合いだからな。確かに、奴には恋人が『いた』、よ――」
本当だった。嘘を吐くとは到底思えないが、ようやく確信が持てた。
「いた……って、別れたんですか? だって遼ちゃんは赤い糸が――」
「奴が中学時代、確かに恋人はいた。そして、その二人は間違いなく赤い糸で繋がっていた」
「じゃあなんで……」
赤い糸で繋がっている。それは即ち、二人が永遠に結ばれることを意味する。
もし二人が永遠に結ばれているのであれば、今でも彼には恋人がいるはずだ。しかし、全くそのような素振りは見せたことはない。緋音にとって遼太郎は高校からの付き合いなのだが、それでも見たことはない。
――まさか、赤い糸がインチキだった?
少しだけ考えたが、それは違うと思いたかった。赤い糸を否定するということは、折角結ばれた瑞樹と香織、そしてアキラと春奈の二組を否定してしまいそうだったからだ。
「灰場遼太郎は赤い糸で繋がった相手がいた。そして、それは間違いなく永遠の恋だっただろうさ」
「だったらなんで――」
「ただし――」
――えっ?
理事長から出た言葉に、緋音は唖然としてしまった。
彩央学園から少し離れた古寺。
遼太郎は手に持った花束を置き、ふぅ、とため息を吐いた。
「……なかなか来られなくて悪かったな」
返事はない。当然なのだが、遼太郎にとってはそれでも良かった。
線香に火を付け、腰を下ろして静かに手を合わせる。
「あの理事長にメンドくさい仕事押し付けられたからな、色々忙しかったんだよ。すまないな」
目の前の墓石に水を掛け、遼太郎は空を見上げる。既に日は傾いており、もうそろそろ夕日も消えてしまいそうな時間だ。
「ったく、お前にそっくりな奴がうちの委員会にいてさ、色々メンドくさいんだよ」
墓石だから当然だが、やはり返事はない。
遼太郎は荷物を持ち、再び立ち上がった。
「色々話したい事あるけどさ、今日はこれぐらいにしておこうか」
墓石を再度一瞥し、遼太郎はふっと微笑みかけた。
「じゃあな、“
『
『灰場遼太郎は赤い糸で繋がった相手がいた。そして、それは間違いなく永遠の恋だっただろうさ』
――ただし、
『あまりにも短すぎた、“永遠”だったが、な――』
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