4話 「見えるけど……」
「どおおおおおおおいうことなのおおおおおおッ⁉」
一旦廊下に遼太郎を連れ出し、凄い剣幕で緋音は怒鳴った。
「どうもこうも、さっき言ったとおりだよ」
「だって! 財前先輩は春奈のことを利用しようと近付いたんだよ⁉ それなのに許可する方向って……」
「だからまだあくまで”方向”だっての。許可するかどうかはまだ分かんねぇよ」
やれやれ、と呆れたような顔ぶりで話す遼太郎の態度に、緋音も更に腹が立った。
「あのねぇッ! いつもいつも恋愛を不許可とか言いまくっている癖に、何で今回に限って許可になるワケッ⁉ 言っておくけど、春奈に何かあったら私だって遼ちゃんのことを絶対に許さないからッ!」
「分かってる。俺だって現状のままなら許可を出すつもりはねぇよ」
「現状のままって……先輩が心変わりするとでも思うの?」
口調を冷静にして、緋音が尋ねた。
「さぁな。それこそ最終的に先輩次第だろ」
「さぁなって……」
しょげたような顔つきで緋音は落胆のため息を吐く。
彼は何を思ってそのような判断をしたのか、謎のままだ。もう少し考えがあるものだと思っていたが、どうやらそうではないらしい。
――ん?
「……まさかとは思うけど、赤い糸が?」
緋音は思い出したその言葉を出した。
理事長から聞いた、話。
灰場遼太郎は『赤い糸が見える』というもの。それが繋がった二人は、未来永劫最高の恋が実るらしい。
「……どこでその話を?」
「あっ、えっと……理事長に……」
「あんの中二病オヤジ……」
遼太郎はため息を吐き、額をポリポリ掻く。
「……本当に見えるの?」
「まぁ、な。小さい頃からなんかそれっぽいのが、な」
「つながると永遠の恋が叶うって聞いたけど……」
緋音がそういうと、遼太郎は眉間に皺を寄せる
「そうかも知れないし、そうじゃないかも知れないとしか言えないな。最初に見えるようになったのが四歳の頃だっけか。確かにそこから何度かカップルの小指の間に見えることはあったし、実際それが繋がった連中は今のところ別れてはいない、けどな……」
遼太郎は歯痒そうに、説明を続ける。
「けど、たかだか十年ちょいの話だぜ。たまたまそいつらがそれぐらい長続きしたってだけだとしても何も不思議じゃないだろ」
「で、でも見えるんでしょ、赤い糸……」
「知らねぇよ。生まれつきの幻覚の可能性だって充分あるだろ。どこかの少年漫画の異能みたいに、神様とか仙人とかに『お主にこの能力を授けよう』とか言われて授けられたものじゃないんだよ。それを過信されてもこちらとしては困るの」
遼太郎の言いたいことは一理ある。
とはいえ、あっけらかんと言われてしまうと納得したくないという気持ちもこみ上げてくる。
「……なによ、それ。そんな気持ちでよくみんなの恋愛を不許可にしてたの?」
「一応言っておくけどな、今までだって別に赤い糸が繋がっていなかったから不許可にしていたわけじゃねぇんだよ。何のために皆のことを調べて裏付けしていたと思ってんの?」
そう言われて、とうとう緋音は口を噤んだ。
過信していたのは寧ろ自分の方だったのかもしれない。遼太郎は、彼なりの信念で、生半可な気持ちで恋愛審査委員会の委員長という職務をこなしていたのではないのだ。分かってはいたはず、なのに――。
「……ごめん、遼ちゃん」
「別に、まぁいいけどさ……」
「だって、それだけみんなのこと考えていたなんて思っていなくて……」
「あくまで俺は俺がやれることをやっているだけだ。変なもんは見えるけど、他は特別に何かやっているわけじゃない」
――そうだ。
素朴な疑問が緋音の脳裏で生じた。
「ねぇ、遼ちゃん……」
「……なんだ?」
「遼ちゃんはさ、自分の赤い糸って見えないの?」
――とうとう聞いてしまった。
あまり口には出したくなかったが、思い切って緋音は尋ねた。
「自分の赤い糸、ね……」
「そうだよ、だってその力を使えるのなら、自分のも見えそうなものじゃない? それが繋がったのならその力の証明にもなる気が……」
緋音の額から冷や汗が垂れ始めてきた。
「……だったら?」
「いや、その……、遼ちゃんにも、そういう人がいるのかなって……」
緋音の動悸が激しくなってくる。
遠回しに好きな人がいるのか聞いているような感じで、別の緊張感が複雑に絡み合ってくる。
もうどうにでもなれ、と緋音は若干ヤケクソになっていた。
「……いたよ」
「えっ?」
聞こえた。
遼太郎の口から、はっきりと。
「いたよ……俺にも。好きな人」
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