2話 「今度こそ絶対に……」
「ところでさ、春奈は財前先輩のどういうところが好きなの?」
公園を後にした帰り道、唐突に緋音が尋ねた。
「えっ……それは……」春奈は頬を赤らめながら、「やっぱり……優しいところ、かな。ボランティア部で良く施設とかに行くんだけど、おじいちゃんおばあちゃんたちの話を聞くのが上手で、笑顔も素敵で……」
「確かに、先輩って凄く優しそうな顔しているもんね」
「ホントに、ね……」
クスッと可愛らしい笑みをこぼす春奈を見ると、本当に財前アキラのことが好きなのだと緋音の心にも伝わる。
「私にもおばあちゃんがいるんだけどね、最近足腰も弱ってきて、少しずつだけど記憶力とかも弱ってきたようなところもあるから、よく相談に乗ってもらっていたりもするんだ」
「へぇ、頼りになるんだねぇ」
「何でもお兄さんが介護用品とかを扱っている通販会社のCEOやっているらしくてね、老人介護とか凄く詳しいの。将来はそういった仕事にも就くつもりみたい」
「そっか……。春奈もそういう仕事やりたいって言ってたもんね」
「やりたいけど……私なんかまだまだだよ。先輩みたいに知識があるわけじゃないし、部内でもそんなに頼りにされているわけじゃないし……」
「大丈夫、春奈ならきっとできるよ! 私が保証する!」
緋音が元気いっぱいの笑顔を春奈に向け、春奈も微笑み返した。
しばらく歩いていると、突然車のクラクションが背後から鳴った。
「おーい、春奈!」
光沢のある黒色の高級車が傍らに停まり、後部座席の車窓が開き、いかにも好青年といった感じの少年が顔を出した。
「ざ、財前先輩⁉」
「偶然だね。今帰りかい?」
「は、はい……」
ふっと爽やかな笑みをこぼす好青年の顔は緋音も見たことはある。彼こそが件の春奈の彼氏、財前アキラだ。
「おっと、アキラ。もしかして例のコレか?」
今度は運転席の窓が開いた。中からはこれまた爽やか系の好青年が小指を立てながら顔を出す。
「うん、そうだよ兄貴!」
「兄貴ってことは……、先輩の?」
「そ。俺の兄貴」
「君が春奈ちゃんか。俺はアキラの兄で
「あ、はい……よろしくお願いします――」
茶髪にサングラスという風貌のイケメンに挨拶されて思わず春奈は赤面してしまう。
「ねぇ、兄貴。折角だからさ、春奈も一緒に送っていってもらってもいいかな?」
「あぁ、俺は構わないよ。どうだい?」
「え、ええと、じゃあお言葉に甘えて……」
春奈はしどろもどろになりながら目線を緋音とアキラのほうへと何度も泳がせた。
「あ、それじゃあここでお別れだね」
「うん。今日はありがとうね、色々相談に乗ってもらって」
「全然構わないよ! それが私たちの仕事だからね!」
車窓越しに春奈に向けて緋音は微笑んだ。
「いいかな、出発するよ」
「あ、はい。お願いします。じゃあね、緋音。また明日、学校で」
「じゃあね、また明日!」
走り出していく車を見送り、ふぅ、と緋音は深呼吸をした。
――大丈夫、私が二人を幸せにしてあげる。
心にそう誓い、緋音は高らかに腕を空に掲げた。
「緋音ッ! いつまで寝てるのッ⁉」
翌日、緋音は案の定の寝坊。
「あーもう、お母さんッ! なんで起こしてくれなかったの⁉ 遅刻ちこくッ!!」
昔の少女漫画さながらに食パンを咥えて緋音は学校へと駆け出していく。
頭の中では、今日はなんとかしてでも遼太郎を働かせて、今回はきっちり春奈とアキラをくっつける算段を立てる。そのために一分一秒でも早く学校に行きたかったのだが――
「……まぁ、夜中までプランニングしていた自分が悪いんだけど」
昨夜はベッドの中でノート一冊を費やすほど、春奈とアキラの恋愛成就計画についてまとめており、気が付いたときには夜中の三時を回っていた。
「はぁ、はぁ――なんとか、間に合いそう……」
全速力で走った結果、遅刻ギリギリの時間に学校付近まで辿り着いた。
本来なら東側の門から入らなければならないのだが、
「今日はもう職員用の門から入っていいよね、うん」
勝手な判断で自信を納得させて、職員用の門へ入る緋音。
正直、東側の門から入ろうと距離的には大して差はないのだが、校内に一刻も早く入るという安堵感を得たい気持ちで一杯だった。
「……おい、分かってるな」
――ヤバッ!
突然、男の声が緋音の耳に入ってきた。
まさか、こっちの門から入ったのがバレて怒られるのか。緋音の思考はそう捉え、心臓を高鳴らせながらゆっくり振り向いた。
「……ご、ごめんな、さ」
そこまで言ったところではっと気付いた。
駐車場の隅に、見慣れない二人の男がいた。
いや、緋音はその顔に見覚えがあった。それも、つい先日――
「あれは……、財前先輩と、お兄さん?」
昨日、春奈を送っていったあの二人だ。傍らに停まっている車といい、間違いはない。
二人は神妙な面持ちで見合いながら何やら話し込んでいる。
緋音は二人に気付かれないように、物陰から会話を聞くことにした。
「ごめんじゃない。早いところ聞きだせ、と言っているんだ」
兄――冬彦がアキラを睨みつけながら言った。
「わ、分かったよ。ちゃんとやるから……」
「うまくやれよ。さもなきゃ――」
「だい、大丈夫だよ、兄さん」
アキラは怯えたような表情で、身体を震わせている。
「もう一度言う。いいか……」
――え?
冬彦の言葉を聞いた瞬間、緋音は硬直した。
目を見開き、もう一度その二人が本物か確かめた。しかし、紛れもなく昨日会った人物であることは間違いなかった。
――また、このパターン?
前回はあまり役に立てなかったから、今回は頑張ろうと思ったのに。
春奈とアキラの恋はしっかり成就させてあげたい、そう誓ったはずなのに。
そうは問屋が卸さないものだと、彼女は再び知ることになった。
「布施春奈から、祖母の情報をもっと聞きだせ。そのためにお前はアイツを彼女にしたんだろ? なぁ、アキラ……」
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