5話 「会いにいこう!」

「とりあえずは、綺麗になったわね」

 愕然となった瑞樹の介抱を蒼空と緋音に任せ、遼太郎と鯉江は猫の死体が入った下駄箱を片付けていた。

 雨はまだ強く降っている。遼太郎はなるべく濡れないような場所を選び、こっそりと猫を土に埋めた。

「手が生臭いんだけど……」

「ご苦労様」

 戻ってきたばかりの遼太郎に適当な言葉を投げかける鯉江。雨に濡れた身体も相まって冷たく感じた。

「それにしても一体誰がこんなことを……」

 鯉江は思案する。生徒会に入って様々な問題を解決してはきたが、今回のことは悪戯などと呼ぶにはあまりに度が過ぎている。

「多分、あの猫を見るに、あれはたまたま道路で車に轢かれてミンチになった奴を拾ってきたんだろうな。こけおどしには最適だと思ったんだろ」

「それにしたって性質が悪すぎます! こんなことをする生徒がうちの学校にいるなんて……」

 そう言いかけて鯉江ははっと気が付いた。

 二人のそばに、いつの間にか一人の少女が立っていた。それも、つい先ほど会ったばかりの少女である。

「おい、一体何があったんだよ……」

 件の不良少女、平沼香織が蒼ざめた顔で下駄箱を眺めていた。

 しばらくして彼女は奥歯をくっと噛み締め、二人の横を通り過ぎて行った。

 ――何か知っているのか?

「ちょっと、平沼さん!」

 鯉江が呼び止める間もなく、香織は土砂降りの中、傘も差さずに校舎の外へと走り去っていった。

 その光景をしばらくぽかんと見つめ、鯉江ははぁっとため息を漏らした。

「まさか彼女が……」

 その先の台詞は遼太郎もなんとなく察しはついた。

「そういえば、アナタ先ほどおっしゃっていましたよね?」

「あん?」

「ほら、森山君の件に関して、平沼さんのことを聞きたいと」

 ようやく思い出したかのように、あぁ、と遼太郎は空返事をした。

「やっぱり、何か知っているみたいだな?」

「え、ええ……」

 こほん、と咳払いを交えて鯉江は神妙な顔つきで話し始めた。


「――彼女、平沼さんは、森山君のことを虐めていたんです」



 遼太郎が保健室に入ると、項垂れた瑞樹の姿が目に入った。

 相変わらず蒼ざめた顔つきではあったが、それでも先ほどよりはやや良くはなっている様子だ。

「掃除は終わったのかい?」

「あぁ。なんとか、な」

「すみません、皆さんにご迷惑をお掛けしたみたいで……」

 ゆっくりとこちらを向き、瑞樹は弱々しく言った。

「ホンッット、イタズラにしても酷すぎるよね!」

 瑞樹の傍らにいる緋音が目を尖らせて怒った。

 遼太郎は先ほどの鯉江の言葉を頭にもう一度過ぎらせていく。


『実際のところ、そこまで詳しくは分からないのですが、中学の頃に何人かのイジメグループがあって、森山君はそこのターゲットにさせられていたことがあったんです。そのグループに平沼さんもいたみたいで。けど、彼が柔道を始めて地区大会で優勝したのを境に、いじめはなくなったみたいですね』

 どうやら鯉江の中学では割と有名な話らしい。

 弱いと舐めきっていた瑞樹が、力という武器を付けたことにより恐れをなした、ということだ。単純だが、現実いじめっ子集団なんてその程度の連中なのだろうと遼太郎は思った。

『まさか、今回のことも彼女がやったんじゃ……』


 それから鯉江は今もずっと怪訝な表情を浮かべている。

 先ほどの少女、平沼香織がこの騒動を引き起こした可能性は充分に考えられる。今までのいじめ行為がどのようなものだったのかは知らないが、短絡的に考えれば彼女も有力な容疑者ではある。

 しかし、先ほど下駄箱で遭遇したときの彼女の蒼ざめた表情が、遼太郎はどうも引っかかった。

「また、いじめられたのかな、僕……」

 瑞樹が弱々しく呟いた。

「おいおい、瑞樹くん。君がそんなに弱気になってどうするんだい? 彼女を守る男になるんじゃなかったのかい?」

 蒼空が優しく諭す。思わずやだ、イケメン、とこぼしそうになりかけた。

「そ、そうですよね。お父さんと約束したんです。僕が、女の子を守れる強い男になるんだって」

「あ、そういえば瑞樹」

 遼太郎が唐突に話を遮った。

「何ですか?」

「そのお父さんなんだけど……彼女のことについて話したのか?」

 ぎくり、と分かりやすく瑞樹が肩を震わせる。

「えっと、その……僕、恥ずかしくてまだお父さんに言っていないんです。それに、ほら、恋愛の許可が下りるまでそれどころじゃないと思って……」

「ふーん……」

「ちょっと、灰場君! 突然何の話を……」

「じゃあ今から親父さんに話を付けに行くか」

 遼太郎の突然の提案に、その場にいた者全員が目を丸くして口をあんぐりと開けた。

「い、今から、ですか?」

「あのさ、灰場君。今はそれどころではないことを分かっていますか?」

「そうだよ。この『ネコふんじゃった事件』について考えないといけないんだよ! ふざけないで!」

「いや、ふざけているのはお前だから。何、そのダサすぎるネーミング」

 やや呆れかえりながらも、遼太郎は話を続ける。

「そもそもの話、俺たちの仕事は恋愛を許可するかを見定めることだからな。親父さんに話を通していない以上、イタズラの一件に関わらず許可することはできないかな、と」

「いやいや、そんなルールいつの間に……」

 そこで緋音ははっと気が付いた。

 遼太郎は目を大きく見開き、思い切り突き上げている。普段眠そうな彼がこのような目をすることは非常に稀だ。

 間違いない。遼太郎は確実に真剣だ。

 直感ではあったが、緋音はそれを信じることにした。

「しかし今からか。随分急だが大丈夫だろうか?」

「あ……お父さんでしたら今日はもう帰っていると思いますので大丈夫かと……」

 瑞樹は相変わらず訝しい顔を浮かべている。

「んじゃあ、一応彼女さんも可能なら連絡しないとな。瑞樹、連絡は取れるか?」

「いいですけど……多分難しいと思いますよ。今日だって途中まで待ってくれていたみたいだけど、塾があるからって早めに帰ったので」

「ふぅん、まぁいいや。スマホ貸して」

 そう言われて瑞樹はしぶしぶ珠実に掛けてスマホを遼太郎に渡した。

 数回のコール音の後、『もしもし』と珠実の声が聞こえた。

「ハロー、俺です。昨日会った……」

『えっと、どちらさま、ですか……?』

 少々たどたどしい声で、珠実が応える。

「あー、覚えていない? 昨日会ったじゃん」

『……ストーカーの方ですか?』

 あからさまに怯えたような声になった。

「いや、瑞樹くんの学校で。ほら、恋愛審査委員の……」

『あぁ、あの……』

 まだ誰かは完全に思い出せていないようだ。お構いなしに遼太郎は話を続ける。

「今日塾なの? いやね、今から瑞樹のお父さんに付き合っていることの報告をしに行こうかと思って……」

『えっ⁉』

 突拍子もなく、珠実は叫んだ。

「というわけで時間があれば一緒に来てほしいんだけど、ダメ?」

『あ、あの……すみません、話がいきなりすぎて――。申し訳ないんですけど、そもそも私今から塾なので……』

「あー、やっぱり?」

『あと、できれば、その……私の名前を出さないで欲しいかな、と』

「えー、ダメ? 別に前科とかあるわけじゃないんだしいいじゃん」

 ややふざけたように遼太郎は聞く。

『そうじゃなくて、警部補さんのほうには私から日を改めて挨拶に伺いたいので……』

「あー、そういうことね。了解。まぁ、『瑞樹に付き合っている人がいます』とだけ言っておくわ」

『はい、それでよろしくお願いします』

 そういって遼太郎は間髪を入れずに通話を切った。

「灰場君、凄く失礼な会話が聞こえてきた気がするんだけど……」

「ん? 気のせいじゃね?」

 痛い空気を気にすることもなく遼太郎は瑞樹のほうを見据え、にやりと笑った。

「というわけで、珠実ちゃんは来られないみたいだから俺たちだけで行きますか」

「あ、はい……」

「ちょっと、灰場君! 本当に行く気ですか?」

 鯉江が怒号混じりに聞いてくる。

「そりゃな。何せ……」

 期限は明日まで、と口パクで遼太郎は伝える。鯉江もそれに気付いたのか、唇を噛んでそれ以上は何もしゃべらなかった。

「とはいえあまり大勢で行くのもアレだからな……。とりあえずは龍王子」

「おっと、ご指名かい?」

「あとは……雀部、お前も来い」

 ドキリ、と緋音が身体を震わせる。

「わ、私?」

「一応、お前“副委員長”だからな。ちょっとばかし手伝ってもらうぞ」

「あ、うん……。副委員長、副委員長だもんね! 了解ッ! 恋愛審査委員会副委員長、雀部緋音、頑張りますッ!」

 紅潮した顔で緋音がガッツポーズを掲げた。

「チョロいね」

 生暖かい目で蒼空は緋音を見つめた。

「あとは……アンタはどうする?」

 今度は鯉江のほうを見る。

「私、ですか……。まぁ、お手伝いしたいのは山々なのですが、まず私は先ほどの下駄箱の悪戯について先生方に報告しなければ……」

「いや、それはしなくていい」

「ですが……」

 本来ならば鯉江の言う通り教師に伝えるのが妥当なのだろう。それにあくまで恋愛審査委員会の委員長である遼太郎に、生徒会である鯉江の行動を指示する権利はない。

 だが――。

「分かりました。伏せておきましょう」

「あぁ。その代わり一つ頼みが」

「なんでしょう?」

「委員会室で寝ている奴いるだろ? アイツが起きたらちょっと手伝ってほしいんだ」

 アルバニアのことだ。

 一連の騒動が起きている間も相変わらず眠りこけている。

「分かりました。言うとおりにしましょう」

 ため息混じりに鯉江は答えた。

「悪いな」

「いえ、これもこの学校と、森山君のため、ですから。あなたを信じることにしましょう」

 鯉江は真剣な面持ちで遼太郎を見据え言い放った。

 そのまま瑞樹を含めた四人は何も言わず外へ出た。雨はほぼ止みかけている。

 まだ分からないことは多々あるが、とにかく今は遼太郎を直感的に信じていくしかなかった。



 瑞樹の家まではさほど距離はなかったが、着くころにはすっかり日が落ちていた。学校から数キロ離れたところにある市街地に彼の家はあった。

「どうぞ、あがってください」

「おじゃましまーす」

 そういって一同は玄関を上がった。

「おかえり、瑞樹。おや、こんな時間に友達かい?」

 そういって出迎えたのは大柄な中年男性だった。肩幅も広く、がっしりと筋肉も付いている。風呂上りなのかゆったりした甚平姿で、強面だが笑顔を絶やさない人だ。

 体格こそ似ても似つかない感じではあるが、この人が瑞樹の父親だと察した。

「えっと、お父さん……ちょっといいかな?」

「何だい、改まって」

 瑞樹と父親はリビングへと入っていった。遼太郎たちもそれについていき、瑞樹の父親とソファに向かい合うように座った。

 父親はにこやかな表情で遼太郎たちを見ながら、湯のみに注いだお茶を口に含んだ。

「あのさ、お父さん。単刀直入に言うね。実は僕……付き合っている人がいるんだ」

 その瞬間、父親はお茶をぶっと吐き出した。

「そ、そうか……何を言い出すのかと思えば……」

 明らかに父親は混乱しているようだった。まぁ、あまりにも唐突だったから当然だろう。

「もしかしてそちらのお嬢さんが?」

 父親は緋音のほうを見る。

「いえ、私じゃないです」

「ということはそちらの……お嬢さん、で合っている……よね?」

 今度は蒼空のほうを見る。

「残念ですが僕ではありません。彼が女性だったら恋に落ちていたのかも知れませんが」

「あ、そうなの? ということは、まさか君じゃ……」

 冷や汗を流しながら遼太郎のほうを見た。

「断じて違いまーす。というより、俺らは単なる付き添いなんで相手の方はここには来ていませーん」

「そ、そうか……」

 父親はほっと胸を撫でおろした。

「今日は塾で来られないだけなんだよ……」

「それは分かるが、しかし一体どうしてこんなタイミングで? それとこちらの人たちは?」

 遼太郎と瑞樹は、恋愛が解禁されたばかりの彩央学園で、恋愛審査委員会の審査中であることを一通り説明した。瑞樹の気持ちも汲んで、件の嫌がらせについては黙っておいたが、父親は始終神妙な面持ちを絶やさなかった。

 やがて話を聞き終えると、彼はゆっくり頷いた。

「なるほどな。それでわざわざ家まで来てくださったのか。ご苦労だったね」

「いえいえ、これが俺たちの仕事なんで。ところで……」

 瑞樹がごくりと唾を飲み込む。

「瑞樹」

「は……うん」

 瑞樹の緊張は皆に伝わっていた。冷や汗が凄いのか、しきりに額を拭っている。

「そう怖い顔をするな。若者の色恋沙汰に口を出したりはせんよ」

「そ、それじゃあ……」

「あぁ。思う存分付き合いなさい。もちろん、ある程度の節度は守らなければならないし、勉強や部活もしっかり頑張るんだぞ」

 緊迫していた瑞樹の顔がぱぁっと一気に明るくなる。緋音や蒼空も顔をほころばし、瑞樹に向けて「良かったね」とアイコンタクトを送った。

「今日はもう疲れただろう。お風呂も沸いているから入ってきなさい」

「あ、はい」

 そういって瑞樹が部屋を後にすると、父親はため息をつきながらお茶を飲んだ。

「君たちも今日はありがとう。息子のためにわざわざ来てくれて」

「いえ、これも恋愛禁……じゃなくて、お仕事のためですから」

 どういうわけか緋音が鼻高々に自信満々な笑みを浮かべている。そんな彼女に少し呆れつつも、遼太郎はもう一度瑞樹の父親と向かい合った。

「瑞樹はいい奴ですね」

「そうか……。いや、昔は本当に泣き虫で、ずっと虐められてばかりでね。そんなアイツが彼女ときたもんだから、嬉しい反面、少し戸惑っていてね」

「でも柔道部でも頑張っているみたいだし、女の子たちの人気もあるみたいだし、付き合っている人が出来るのも不思議ではありませんよ」

「はは。それは本当に凄いと思うよ。柔道を始めたのだって、虐められているのを見かねた私が知り合いの道場を紹介したのがきっかけだったんだが、最初はなかなかうまくいかなくてね。でも、悔しさをバネにしたというのだろうかね、どんどん成長して今じゃ黒帯ときたものだ。私が言うのも何だが、息子は努力家だと思うよ」

 そういう父親の顔は実に誇らしげだった。

「彼女さんともうまくいってほしいですか?」

「勿論だとも。あの子は強くて優しい、自慢の息子だ。今年の頭に私が警部へと昇進したときにお年玉でネクタイを買ってくれたり、母の日にはいつも手料理を作ってくれたりもする。まだまだ甘えん坊なところだってあるが、そういうのも全部包み込んでくれる女性だったら大歓迎だよ」

 親馬鹿ではなく、本当に心の底から思っているようだった。

「お年玉でネクタイですか……。てことは警部に昇進したのは今年から?」

 遼太郎が突然質問した。

「? あぁ、そうだが……。ちょうど一月に警部になったが」

「なるほど……。ありがとうございます。あ、もうこんな時間か」

 遼太郎が時計を見ると既に午後七時を回っていた。

「おっと、長話をしてしまったようだね」

「いえいえ。それじゃあ俺たちはこれで……」

「あぁ、今日は本当にありがとう」

 遼太郎たちは立ち上がり、会釈をした後そのまま帰っていった。


 外の景色は既に街灯以外は真っ暗だった。雨が降っていたせいか星空もあまりなく、どことなくいつもより肌寒い。

 遼太郎は怪訝な表情でひたすら道を歩いている。

「それにしてもあっさりだったね。警察の人だというからもっと頑固な人だというイメージがあったよ」

「美しい親子の信頼関係を見せてもらったよ。親御さんの心象も良いみたいだし、あとは……珠実ちゃんの親御さんと……」

「いや、それはやらなくて良いだろ」

「え? どうして?」

 そのまま遼太郎は黙りこくった。何か考えがあるのかないのかさっぱりだったので、この場は考えないことにした。

「それよりも悪戯の犯人だな……」

「そうだよね……」

 実際のところ、今回の訪問は大して意味を成さなかったように緋音は感じた。瑞樹の件は結局、例の悪戯さえ解決すれば許可は出せるのだ。一番の問題が解決しなければ親の許しを得たところで何の意味もない。それならば一刻も早く犯人を見つけたいところだ。

 しかもタイムリミットは金曜まで、つまり明日ときている。

「ねぇ、灰場君……」

「分かっているって。どちらにしろ明日までに許可を出すって瑞樹と約束しちまったからな。ま、今日はもう遅いし明日のことはまた明日考える。明日やろうぜ馬鹿野郎ってな」

「馬鹿野郎って、誰のことを言っているのかな……」

「ん? そりゃ一人しかいないだろ」

 そういってますます遼太郎の不敵な笑みが強くなる。

 緩んだはずの緊迫感が再び一気に強張った。

「さっきから俺たちを付けている大馬鹿野郎に決まっているだろ。なぁ?」

 背後からゆっくりと足音が近づいてきた。

 静かに、そしてどこか重いその足はやがて三人の背後で止まる。抜ける後ろ風に耐えながら、ゆっくりと後ろを振り返った。

「よぉ、お前も随分と遅い帰りだな。平沼香織」

 後ろにいたのは、あの不良少女、平沼香織だった。

 彼女は歯を食いしばったまま、一向に口を開こうとしない。

「君は……?」

「灰場君。この人って……」

 香織は俯いていた顔を上げ、鋭い目つきでこちらを睨んだ。

「アンタら、本当にあの二人を許可するつもりなのか……?」

 ややくぐもった声で聞いてきた。

「それはまだ分からないな。それに、一応こちらにも守秘義務ってものがあるんで、その質問にお答えはしかねますね」

「絶対にやめろッ! あの女と付き合わせるなッ!」

 香織は大きく叫んだ。声にかなりの怒りも混じっている。

 目を丸くして驚く緋音と蒼空を余所に、遼太郎はふんと鼻を鳴らした。

「おうおう。どっかで聞いたセリフだな。どこでだったかなぁ?」

「あん?」

「どぉこだったかなぁ?」

 遼太郎の神経を逆撫でする態度に、香織はますます苛立ちを覚えた。

「あ、そうだ。瑞樹の下駄箱に入っていた手紙だ!」

「ッ‼」

「は、灰場君……」

 一気に周囲の空気が張り詰めた。

「アンタ、何が言いたい……」

「ハッキリと聞こうか。瑞樹の下駄箱に悪戯したのはお前か?」

 香織を睨み返しながら遼太郎が尋ねた。

「そ、それは……ッ!」

 香織が言葉に詰まる。

「違うのか、そうなのか、答えてもらおうか」

「違うッ!」

 溜まっていた感情が爆発したのか、香織が今までで一番大きな声で強く否定した。

 静かに彼女はまた俯く。少しずつすすり泣く声も聞こえてくる。

「アタシは、アタシはッ……」

 三人は揃って香織のほうを見る。暗闇だったが、彼女の足下に雫が数滴落ちたのに気が付いた。

 まさか、彼女は――。

 再び、雨が降り出した。小粒だが、それでも乾ききっていない地面を濡らすには充分だった。

「アタシは……好きだったんだ」

「えっ?」


「アタシは、瑞樹のことがずっと好きだったんだ……」

 弱々しく呟く彼女の髪を、雨が何度も湿らせていた。

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