氷の女王様と呼ばれる美人教師と半同棲生活してるなんて言えるわけがない

ネコクロ【書籍7シリーズ発売中!!】

短編

「――宿題を忘れた?」


 いつものように行われている数学の授業。

 しかし、現在教室内はピリピリとした空気に包まれていた。


 教壇には誰もが息を呑むほどに綺麗な顔立ちをした先生――姫条院きじょういん氷華ひょうか先生が、腕を組みながら一人の男子生徒を見下ろしている。

 男子生徒は体を丸めてしまい、ビクビクとしながら青ざめた表情で口を開いた。


「は、はい、すみません……! ちゃんとやったんですが、持ってくるのを忘れました……!」

「そう……ならもういいわ」


 姫条院先生は冷たい声でそう言うと、何事もなかったかのように黒板へと向き直す。

 それにより男子生徒はホッと息を吐くのだが、そのことに気が付いた姫条院先生は蔑むような視線を男子生徒に向けた。


「あなた、今日の宿題三倍ね」

「えっ、えぇ!? な、なんでですか……!?」

「当然でしょ。みんなができたことをあなたはできていない。そのペナルティは必要よ」

「で、でも、本当に家に忘れただけで……!」

「だったら今から取りに帰る? もちろん、戻ってくるまでの授業は欠席扱いになるけれど」

「そ、そんな横暴な……」

「横暴? ミスをしたのはあなたでしょ? そんな甘い言い訳が社会に出て通じると思っているの?」


 まるで殺気でも混ぜているかのような目で脅す姫条院先生。

 それにより男子生徒は蛇に睨まれた蛙のように固まってダラダラと汗を流す。


「今のあなたはやらないといけないことすらできていない駄目人間。もっと立派な人間になれるよう自分を変える努力をしなさい」


 姫条院先生が厳しい言葉で責めると、男子生徒はうなだれるように頭を下げた。

 そしてトボトボと自分の席へと戻って行く。


 相変わらず、だな……。


 俺――南雲なぐも豹馬ひょうまは、気落ちしたクラスメイトと、何事もなかったかのように授業を再開した姫条院先生を見て思わず溜息を吐く。


 俺たちの担任でもある彼女――姫条院先生は、美人だけどとても冷たくて怖いことで有名だ。

 そのせいで『氷の女王様』というあだ名が付けられているのだが――本当の彼女は、とても優しくて生徒思いの先生だ。


 そのことを、俺だけが知っている。



          ◆



「――こんばんは」


 夜、マンションで一人暮らしをしている俺の部屋に二十代半ばの女性が訪れた。

 俺はそんな彼女を笑顔で迎え入れる。


「こんばんは、先生。今日は遅かったですね」

「ごめんなさい、ちょっといろいろと立て込んでしまって……」


 そう申し訳なさそうにするのは、学校で『氷の女王様』と恐れられている姫条院先生だった。

 実は彼女は俺の隣の部屋に住んでおり、こうして毎晩俺の部屋を訪れているのだ。


「いえ、責めているわけではないので気にしないでください。先生がお忙しいのはわかっていますし」

「ありがとう。相変わらず君は優しいわね」

「いえ、そんな……」


 姫条院先生に褒められ、俺は気恥ずかしくなってしまう。

 現在俺は高校三年生で、彼女とは二年以上の付き合いになる。

 この半同棲生活も一年以上続けているのだ。


 そして相手は、『絶世の美女』と呼ばれることすらある綺麗な大人の女性。

 これで好意を抱かないはずがなかった。


「照れなくてもいいのに」

「照れますよ。それよりも、ご飯はもうすぐできますのでちょっとだけ待ってくださいね」

「料理中だったの? 危ないんじゃ……」

「今はもうお皿に盛っているだけですよ。ですから、火は止めています」

「そう、しっかり者の南雲君には不要な心配だったわね」


 リビングへと一緒に戻る中、姫条院先生は優しい笑みを浮かべて褒めてくれた。

 今日はなんだか少しご機嫌なように見える。


「機嫌がいいですね。何かいいことでもありました?」

「えっ、何もなかったけど?」


 うん、どうやら俺の気のせいだったらしい。


「そうなんですね、すみません」

「別に謝るほどではないけど……。それで、今日のご飯は何かしら?」

「先生の好きなチーズインハンバーグに、肉詰めピーマン、後は簡単なサラダですかね」

「ふ、ふ~ん、そうなのね」


 姫条院先生は俺の言葉を聞くと、興味無さそうに素っ気ない態度を取る。

 しかし、全身はソワソワとしており、頭からピョコッと生えるアホ毛はピョコピョコと動いていた。


 口では素っ気なくしつつも体は正直だ。

 好物がおかずなことで姫条院先生は凄く喜んでいる。


「そういえば、今日はスーツのままで来たんですね」

「遅くなったから待たせるのも悪いと思ったの」

「一旦家に着替えに戻りますか? 万が一汚れてしまってもまずいですし」

「でも、それだと冷める……」


 着替えてくるように促すと、姫条院先生はテーブルの上に置いてあるハンバーグに視線を向けながら悲しそうな表情を浮かべた。

 熱々のうちに食べたいということなのだろうけど、そんなにすぐは冷めたりしないと思う。

 それに……なんというか、スーツ姿の先生が部屋にいるというのは背徳感が凄くて困るのだ。


 普段のラフな恰好もそれはそれで目に困るのだけど、スーツ姿の先生は学校で見る先生なので一緒にいるとまずい気がする。


 何より、肌色のストッキング……!

 なんだ、ストッキングってこんなにエロかったか!?

 目のやり場に困るんだけど……!?


「じぃーっ」

「はっ!?」


 先生の足に気を取られていると、姫条院先生が物言いたげな目で俺のことを見つめていた。

 というか、普通に白い目で非難をされている。


「いや、あの、これは……」

「南雲君、お年頃だということはわかるけれど、女性の足をじっと見つめるのはどうかと思うわ」

「はい、すみません……」

「本当に気を付けなさいよ? 私だからいいものを、クラスの女の子とかにしたら軽蔑されてしまうわ」

「はい……えっ?」


 私だからいい?

 それって――。


「あっ、も、もちろん、私が大人の女性で、生徒であるあなたの愚行を受け入れる懐の広さがあるという意味です……!」


 俺が疑問を抱くと、それに気が付いた姫条院先生が人差し指を立てながら訂正をしてきた。

 顔は赤く、若干焦っているように見えなくもない。


「な、なるほどです……」


 しかし、こういう時はツッコんでは駄目だということを知っている俺は、そう頷いて聞き流すことにした。

 付き合いが長いからこそわかることがあるのだ。


 まぁ、俺たちは二年ちょいの付き合いなのだけど。


「――それにしても、南雲君の手料理を食べるようになってもう一年なのね。こうしてみると、時が経つのが早いって本当に思うわ」


 ハンバーグを嬉しそうに食べながら舌鼓を打っていた姫条院先生は、ふと思い出したかのように俺たちの関係について話を振ってきた。


「一年……その間、先生の料理の腕前が改善することはなかったですね」

「――っ!? ゴホッゴホッ!」


 話を振られたので遠い目をしながら冗談交じりに返すと、丁度ご飯を口に含んだ先生が驚いて咳き込んでしまった。

 そして涙目で俺の顔を恨めしそうに見つめてくる。


「そ、それは、料理をさせてくれなかった南雲君に問題があると思うの……!」

「いえ、包丁を持つと人が変わる姫条院先生のせいです」


 姫条院先生は見た目的に言うと、なんでもできそうな出来る大人の女性というふうに見える。

 しかし、中身は意外と料理ができない女性だった。

 包丁を持つと目付きが変わり激しい包丁さばきを見せるのだ。

 そして激しい割にはまともに食材が切れておらず、危なっかしいというのもあって彼女にはさせないようにしている。


 もちろん、それでは改善されないので時間を置いたら再度挑戦するのだけど――何度やってみても、この人のその癖が直ることはなかった。

 包丁以外にも、焼き物もそれはそれでテンションが上がるらしく、揚げ物でも同じらしい。

 つまり、この人は料理に向かないのだ。


「元々は、料理を教えてもらう話で始めた関係だったはずなのに……」

「そういえば、そうでしたね」


 姫条院先生と半同棲生活のような関係を始めたきっかけ――それは、一年前のある出来事が原因だった。


「てか、そもそもはゴキ――」

「それ以上その名を呼んだら許さない」

「――黒い悪魔が先生の部屋に出たのがきっかけですよね?」


 正式名称を言おうとしたらとんでもない殺気を向けられたので、俺は呼び方を言い直してその名を口にする。

 確かこの呼び方は、先生が俺の部屋に助けを求めに来た時に呼んでいたやつだ。


 元々隣に住んでいることは高校入学後すぐに知っていたのだけど、先生が俺の部屋に来たのはこの時が初めてだった。

 そして部屋に無理矢理連れて行かれ、黒い悪魔の退治をさせられたというわけだ。


 別に先生の部屋が汚かったわけではなかったのだけど、いつの間にか外から紛れ込んでいたのだろう。


「あの時は無理矢理部屋に連れ込んでごめんなさい……」

「いえ、困った時はお互い様ですからね。ただ――」

「わかってる、言わないで。インスタントラーメンのゴミの山が部屋にあるだなんて、女として失格よね……」


 俺が言葉にしようとすると、先生は顔を両手で覆いながら落ち込んでしまった。

 別に女として失格とか言うつもりはなかったけれど、ゴミ出し前で大量にゴミ袋に入れられたインスタントラーメンのゴミを見た時は驚いたものだ。

 量からして、毎日そればかり食べているのは明白だったからな。


「女性が料理しないといけないっていうのも古い考え方だとは思いますけどね。ただ、やはりバランスよく食べ物は食べましょう」

「その台詞、一年前も言われた気がする……。その後、確か見兼ねた南雲君が料理をご馳走してくれたのよね?」


「いえ、まだ黒い悪魔が部屋にいるかもしれないからと言って、先生が自分の部屋に帰ろうとせずにご馳走する羽目になっただけですね」

「な、南雲君、優しい見た目の割に意外と毒舌よね……!?」

「都合のいい記憶の改竄かいざんを許さないだけです」


 ニコッと笑みを浮かべながら返すと、姫条院先生は口元に手を当ててわなわなと震え始めた。

 まるで恐ろしい物でも見るような目だけれど、いったい彼女の目にはどんなふうに俺が映っているのだろうか?


 ――まぁそれはそうと、俺の料理を食べた姫条院先生が俺の料理を気に入り、料理を教えてくれと頼んで来たのがこの関係が始まったきっかけだった。


 その後はなんだかんだと有耶無耶になり、今の関係が出来上がっている。

 俺が料理を振る舞う代わりに全部食材などの費用は姫条院先生が負担してくれるということで、WIN-WINな関係になっているのだ。


 ……ただ、正直言うと俺にとっては材料費なんてどうでもよく、姫条院先生と一緒に食べられるというのが何よりのメリットだったりする。


「私にこんなふうに言ってこれるのは南雲君だけな気がする……」


 若干言い負かす形で話が途切れたのが良くなかったのか、先生は拗ねたようにチョビチョビとご飯を食べ始めてしまった。

 見た目の割に中身は意外と子供なのだ、この人は。


「それは先生が学校で怖い先生を演じてるせいではないですか?」

「演じてるとか言わないでほしいわね……。生徒たちが立派な大人になれるように厳しく接してるだけなんだから」


 ――そう、この人は学校で『氷の女王様』と恐れられているけれど、あれはわざと怖い先生を演じて付いたあだ名であり、実際の先生は生徒の将来を真剣に考えているとても優しい人なのだ。


「でも、毎回言いますが委縮させるのはさすがにやりすぎかと……」

「だ、だって、そういうキャラで根付いてしまったのだから今更どうしようもないじゃない……! そりゃあ私だって本当は、厳しいけれど生徒からは慕われている先生を目指していたわよ……!」


「それこそ、人に言うのならまず自分が変わる努力をするべきかと」

「南雲君っていっつもそうよね! 正論ばかりぶつけてきて! 何、先生をいじめて楽しいの!?」


 正論の何が悪いのだろうか?

 しかもいじめてなんていないのだけど、口調が子供っぽくなっていることからかなり拗ねているのがわかる。

 この人は動揺や拗ねたりすると、子供っぽい口調になったり逆に敬語で話したりするのですぐにわかるのだ。


「いじめてませんって。ただ、先生が勘違いされるのは嫌なんです」

「南雲君……?」


「先生は俺たち生徒のことを真剣に考えてくれています。それなのに、先生の行き過ぎたやり方――暴君さで、みんなには理解されていません。そんなの、悲しいではないですか」

「南雲君……」


 俺の言葉を聞き、先生は熱っぽい瞳でジッと見つめてくる。


 そして――

「ねぇ、なんで今わざわざ言い直したの? それフォローしているように見せて、実は責めてるよね?」

 ――とても不満そうに聞いてきた。

 ちなみに目はジト目になっている。

 こうしてみるとなんだかんだノリがいい先生なのだ。


「先生、子供っぽくなってますよ」

「はっ!? こほんっ……南雲君はその意地悪な性格を直したほうがいいと思います。友達を失いますよ?」


 子供みたいになっていることを指摘すると、先生はわざとらしく咳払いをして敬語でお説教をしてきた。

 しかし顔は赤く染まっており、照れている様子がとてもかわいらしい。


「あはは、気を付けます」

「むっ、全然意に介しておりませんね? そんなのでは本当に友達を失いますよ?」

「大丈夫です、元からいませんから」

「それは大丈夫とは言いません……!」


 冗談めかしながら答えると、結構マジなトーンで怒られてしまった。

 俺は家の事情で友達を作らないようにしているのだが、姫条院先生的にはそれがNGらしい。

 先生が俺の相手をしてくれているのはそういうところもあるのだろう。

 一応、先生にだけは家の事情を話しているわけだし。


「私に変われと言うのなら、まずは南雲君が変わるべきだと思うわ」


 あっ、口調がいつもの口調に戻った。

 それにこれは、さっきの意趣返しか。


「学生の本分は勉強ですから、勉強ができていれば問題ないと思います」

「むっ……確かに南雲君は勉強ができるけど……。でもそんなのでは、将来私みたいになってしまうよ……!」

「…………」


 せ、先生、それはツッコみ辛いです……。

 急に自虐ネタに走った先生なのだけど、その様子はとても悔しそうだったので姫条院先生の過去がわかってしまった。

 きっとかっこつけようとして孤立してしまったとか、そういう話だこれは。


「えっと……でも、もう友達に嫌な思いをさせたくないですし……」


 俺は先生の過去には触れず、頬をポリポリと掻きながら困ったような笑顔でそう伝える。

 すると、姫条院先生はハッと息を呑み、申し訳なさそうに口を開いた。


「そ、そうね……ごめんなさい……」

「いえ、大丈夫です。心配してくれてありがとうございます」


 先生に悪気がないことはわかっている。

 今の言葉だって俺のことを心配してくれているからこそ出た言葉だ。

 本当に姫条院先生は優しい人だと思う。


「でも大丈夫ですよ、もう慣れてますから」


 俺の家ははっきり言って特殊だ。

 幼い頃から英才教育を受け、完璧な人間になることを義務付けられてきた。

 母親は特に変わっており、人付きあいさえも成長に影響するということで、天才と呼ばれるような才能がある人間以外とは関わるなと言ってきているほどだ。

 だから過去に仲良くなりそうになった友達は、全員母親の手によって切り捨てられた。


 もうそれ以来俺は友達を作るのはやめたのだ。

 作ったところで相手を傷つけて終わる。

 もうそんな思いはしたくなかったから――。


 そんなことを考えていると、なぜか先生はゆっくりと俺に近付いてきた。


「南雲君……」


 そして、優しく包み込むように――ソッと、俺の体を抱きしめてくる。


「せ、先生……!?」

「本当はこういうことはしたら駄目なんだけど……。君は、まだ高校生なのに変に大人になりすぎてるよ……」

「えっ、その……」

「子供はもっと我が儘を言っていいんだよ? 無理して自分の気持ちを押し殺す必要なんてない。嫌なことは、嫌って言っていいの」


 姫条院先生は優しい声でそう言いながら、俺の頭を撫で始めた。

 想いを寄せている相手に抱きしめられた俺は体が硬直していたのだけど、先生の優しい声と撫でられる感覚によって不思議と気持ちが落ち着いてきた。


 本当に、先生は優しすぎる。


「先生」

「何?」

「大丈夫ですよ。先生がいてくださるので、俺は毎日が楽しいです」

「!?!?!?!?」

「えっ……?」


 心配してくれる先生に心から思っていることを伝えると、なぜか先生は飛びのいてしまった。

 顔は真っ赤に染まっており、恥ずかしそうに自分の体を抱きしめている。

 こんなにも動揺する先生は初めて見るのだけど、どうしてこんなことになっているのかがわからない。


 俺……何かおかしいことを言ったか……?


「――あっ」


 先生があまりにも動揺をしているので自分が言った言葉を脳内で反復すると、俺はあることに気が付いた。

 そして、カーッと顔が熱くなる。


 そ、そうか。

 さっきの一言は、取りようによっては告白に取れるのか……。

 少なくとも、好意全開だということはわかってしまう言葉だった。


「あっ、いや、その……」


 自分がとんでもない発言をしていたことに気が付いた俺は慌てて何かを言おうとするが、焦っているせいかうまく言葉が出てこない。

 そんな俺を姫条院先生は恥ずかしそうに上目遣いで見つめてくる。


 くっ、かわいい……!

 学校では凛としているのに、どうして家ではこんなにもかわいいんだ、この人は……!


 俺はまるで少女みたいな先生を前にし、心の中でそうツッコみを入れてしまう。

 本当にこの人は時々こんなギャップを見せるのがずるい。

 ただでさえ美人なのだから、こんなギャップを見せられて男が惚れないわけがないんだ。


 ……うん、もうここまで言ってしまったのなら最後まで言ってしまったほうがいいかもしれない。


 本当は卒業まで待ってからと思っていたのだけど、その時が来たら尻込みをしてしまう可能性がある。

 それだったら、今気持ちを伝えるほうがいい。


 そう意思を固めた俺は、大きく深呼吸をしてから口を開く。


「先生」

「な、何?」

「俺、実は先生のことが――好き、です……! 付き合ってほしいと思っています……!」

「ふぇっ!?」


 俺が想いを伝えると、先生はブァッと全身を真っ赤に染めた。

 そしてキョロキョロと周りを見回し、挙動不審な動きを見せる。

 かと思ったら、なぜかクッションを手に取って顔を埋めてしまった。


「あの、先生……?」

「不意打ち、卑怯……!」

「いや、卑怯って……俺、まじめに告白したんですけど……」

「でもでも! まさか告白されるなんて思ってなくて……! だって、私達先生と生徒の関係だし……!」

「確かに、歳は離れてるかもしれませんが――」

「歳のことは言うなぁ!」

「うぐっ」


 フォローをしようとすると、思いっ切りクッションを投げられてしまった。

 先生、二十歳を越えているとはいえまだまだ若いのに……。

 やはり、女性には年齢の話は厳禁なのか。


「す、すみません。でも、本当に俺は先生のことが凄く好きなんです」

「あぅ……でもでも、そんなこと言われたって先生が生徒に手を出すわけには……」


 まるで子供のようにイヤイヤと首を左右に振る先生。

 うん、普段とのギャップも相まってかわいい。


「先生は、俺のこと嫌いなんですか……?」

「そ、その言い方はずるい……! 私の気持ち、言わなくても気付いてるくせに……!」

「ということは、オーケーしてくださるのですか?」

「だから、駄目だって……! 先生と生徒は付き合えないの……!」

「そうですか……」


 仕方がない。

 ここまで拒絶されるのなら、諦めるしかないか。


「えっ、ちょ、ちょっと、どこに行くの……?」

「少し、夜風に当たってこようかと」

「ま、待って! 別にあれだよ? ほら、振ったわけじゃなくて、立場上付き合えないからってことで……その……」


 先生は両手の指を合わせながら、捨てられた小動物のような表情で俺の顔を見上げてくる。

 うん、いじわるはこの辺にしておこう。


「大丈夫ですよ、わかっていますから」

「わ、わかっててそんな態度をとるなんて、ほんと南雲君はいじわる……!」

「あはは、すみません。ちょっといじわるをしたくなりました」

「むぅ……!」


 俺の言葉を聞くと、先生は子供のように頬を膨らませてしまった。

 本当に、こうしてみると学校の先生とは別人のようだ。


「まぁ、悪ふざけはここまでにして……。先生、今すぐにとは言いません。卒業をしたら、俺と付き合ってくださいませんか?」


 今すぐに付き合えないのなら仕方がない。

 先生も立場があるし、俺も先生を困らせたくはない。

 だから、今すぐに付き合うのは諦めて、卒業を待つことにした。


「あっ……そ、それなら……。で、でも、本当にいいの……? 私、学校だと怖がられてるし……」

「はい、先生がいいんです。それに、先生がかわいいというのは散々家で見てきましたので」


「で、でも、ほら、学校には魅力的な女の子いっぱいいるし……」

「俺には先生が一番魅力的に見えるんです」


「りょ、料理もまともに作れないのに……」

「俺が作るんで問題ないですよ」


「だけど――」

「先生。先生がどれだけ自分のことを否定しようと、俺はあなたの良さを身に染みてわかっています。ですから、俺は先生と付き合いたいんです」


 このままだと先生は自分を否定し続けて話が進まないとわかった俺は、先に頭を押さえることにした。

 すると、先生は全身を真っ赤にしたままモジモジと体をゆすり始める。


 本当に、かわいくて仕方がない人だ。


「卒業後、という条件は付いてしまいますけど……俺の彼女になって頂けませんか?」

「は、はい……じゃあ、卒業後、よろしくお願いします……」


 俺が再度告白をすると、先生は消え入りそうになるほどの小さな声を出して頷いてくれた。

 その言葉を受けて俺の胸はとても熱くなり、思わず先生のことを抱きしめてしまう。


「ちょ、ちょっと南雲君……! 付き合うのは卒業してからって……!」

「すみません……今だけでいいんです。今だけ、こうさせてください……」


 俺は振り払おうとする先生の体を、ギュッと抱きしめてそうお願いをした。

 すると先生の体から力が抜け、優しい笑顔が俺へと向けられる。


「もう、仕方がないですね……今だけ、ですよ……?」


 先生はそう言って微笑むと、俺の体に両手を回してくれるのだった。


 ――こうして、卒業してから付き合うことになった俺達。

 それまではまじめに先生と生徒の関係でいよう、となったのだけど――。


「――も、もう! 今日も一緒に寝ちゃうの……!?」

「嫌なら、自分の部屋に帰ったらいいじゃないですか」

「むぅ……! ずるい、私が断れないとわかっててそんな言い方してくるなんて……! もう、今日だけだからね……!」


 結局、お互いの気持ちを知ってしまっている以上距離を取ることは不可能であり、誰にも気付かれないことをいいことに二人だけの時はいちゃつきまくっていた。

 これから先、俺の家のこともあってたくさんの問題が待ち受けているだろうけれど、俺は先生が隣にいてくれるのならどんなことでも頑張れる気がする。


 本当に、それだけ先生のことが大好きなのだ。


 まぁ先生と半同棲しているだなんて、誰にも言えるわけがないのだけど――。

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