雨を搔き切る

 ニエル賞を完封したというニュースを聞いて数日後、俺は放牧から帰ってきたヴェッセルに乗って坂路を軽く早朝の散歩がてらに歩いていった。


「あっ、おはようございます。」


「おぉ、今日も元気だな。そして、ヴェッセルもいつも通り元気やなぁ~。」


「はははっ・・・そうっすね、そう言えば、沼津ぬまつさん、珍しく早くいますね。」


「あぁ、今日は春原調教師が風邪でね、代わりに今日の調教について話しに来たんだよ。」


だからか・・・今日は春原さんいないのか。つーか、芙蓉ステークス前に何風邪ひいてんだよ?


「それで、内容は?」


「今日は坂路を軽く走ったらプールだと。」


「分かりました。・・・じゃあ、行こうか。ヴェッセル。」


俺は、ヴェッセルのトモを軽く撫でて、再び坂路を駆けたのだった。まぁ、放牧明けだしな・・・ゆっくりとペースを上げていく。


「しっかし、今日の天気はあれだなぁ~おっそろしく良すぎる。レースもこんな日にやりたいなぁ~。」


これを言った結果、今日行われる芙蓉ステークスは・・・


「うっわ~、これは・・・ちょっとまずいかもなぁ~・・・」


大雨が降り続けていることによって、重馬場・・・どころか、不良馬場だった。




 そんな、中山競馬場の状態化で11頭の二歳馬がゲートインしていく。今回は一番人気での出走で、尚且つ距離延長。不安はないが、せめてもの願いなら、良馬場の状態で中距離を走らせたかったなぁ~。


「まぁ、あれもこれも、一週間前の俺が原因だよなぁ~。」


ゲートの中でふざけた独り言を呟いていたその時に・・・ゲートは開いていた。


「・・・ヤベッ!!。」


スタートから2秒して、俺は出遅れしていることに気が付いた。


「まずいまずいまずいまずい!!!・・・・って、嘘ぉ~!!」


騎手である俺は、慌てていたが・・・ヴェッセルはおとなしく、集団との差を約2馬身半にまで縮めていつもの定位置に追走を始めていく。


 第一コーナーを回って、ほとんどの馬が外を選んでいく中で、俺らは最内を駆けていく。


(・・・あれ!?不味いなこの状況。)


ほとんどの馬がコーナーを外で回ったことにより、膨らんだ結果、何とヴェッセルは第二コーナーを手前にして何故か・・・3番手にいた。


 競馬って、何があるか分からないんだなっ!?


 自分でも終わったと思っていた。しかし、ヴェッセルと言う馬は軽々といい意味で期待を裏切ってくる。


 そして、第3コーナーから第4コーナーにかけて一気に先頭に躍り出て残り310mの直線へと向かっていく。




 曇天のターフが葦毛の馬体を濡らし、芝を輝かせる。日常の一部になったりならなかったりする競馬の世界で、気が付けば風も吹いている。




 2戦目も、余裕だった。雨を搔き切って2着との差を大差をつけてゴールを駆け抜ける。




 世界はその瞬間、光を刺し込めた。


 

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