熱涙に咽ぶです。

「凄いです、凄いですねっ凪くん」


 駅を降りた汐栞は大きな声で、全身で喜びを表現しているようだ。

 その彼女は手に持つスマホで写真を撮っている。


 電車から降り振り返ると線路と道路の目の前に見えるのは一面の青。

 右へ顔を向けると控えめな江ノ島も晴天の為かご機嫌な様子だ。

 凪は普段から海は見慣れている。

 おそらくは汐栞も似たようなものだろう。

 なんとなく凪は「二人きりだからなのだろうか」

 そう思ってしまったがあながち間違えてもいないだろ。とも。


「ここで描く訳にもいかないし、行こーか」


 大きめの鞄に入れてある絵画セット。

 それに汐栞の手を掴み歩き出す。


「ここの踏切のことですよね。きっと」

「どうだろう? 夏海なら詳しいはずだけど」


 汐栞が聞いているのはおそらく昔の漫画の話だ。

 不良少年がバスケットボールを通じての成長と青春物語。

 夏海が大好きな漫画だったと凪は記憶している。


 海岸へ向かう横断歩道で待つ間、隣の汐栞はスマホで調べているようだ。

 何か呟きながら表情を明るめている。

 信号が青に変わり未だスマホと睨め会う汐栞へと声をかけ横断歩道を渡る凪。


「あばっ、すみませんっ!」

「はは、ほら行くよっ」


 ※


「凪くん写真も撮りませんかー?」


 凪は汐栞に自由に動いてもらい構図を決めたり、簡単にスケッチしてみたりと、二人とものんびり過ごしている頃。

 汐栞は凪からは少し離れたところでスマホを振り回しながら叫んでいた。


「駅入らないけどいいのか?」


 凪はそう返事をしながら後ろを振り返った。

 後ろはコンクリートで固められ国道との境目はかなりの高さだ。

 もちろん鎌高駅などは見えない。

 それでも平気なのか? と凪が尋ねた。


「違いますよ凪くん。二人が写真に入っていれば――なんでもとは言いませんが、それだけでいいんです。それがいいのですよっ」

「そうなんだ……」


 汐栞は「わかってませんね」と言いながら凪の隣で肩をくっつけスマホを高く上げた。




 凪は身体を付けられ腕全体に汐栞の体温を感じた事で全身が固まった。

 その身体は強烈な緊張を思い出してしまった。

 手を握るのに少しだけ余裕が出きたのは錯覚だった。

 気の所為だった。

 気になってるんだろ? 真司の言葉を忘れていた。




「はい凪くん。笑ってくださーいっ」


 汐栞が持つスマホの画面には凪と汐栞が映し出されており、汐栞は少し微笑みピースをしていた。

 

「な、なんか。なんというか変な声ださなくなったな……」

「ふぇっ!」

「うん、それそれ……」


 凪も極度の緊張ではあったが、なんとか会話を続けた。


 凪が声をかけると汐栞は意識してしまったのか、いつもの様相へと変身してしまった様子。

 どうやらスマホも砂に落としてしまったようだ。


「あばっ、すみません。気が付きませんでした」


 スマホを拾いながらの汐栞。


「……少し座らない? だいたいの構図は決めたし、ここまで下が不安定だと色塗るのも難しいかも。家に帰ってからにしよーかなって……まあそんな感じで……ふぅ」


 ガチガチになりながら凪は汐栞を隣にと手を示す。

 凪の頭の中は適当に理由を付けて絵を中断させることに決めた。


「? はい……」


 汐栞は「どうかしましたか?」と心配そうに眉を下げながら凪の隣に座った。

 凪は固唾を呑んで険しい表情だ。

 凪も遅れて汐栞の隣に座り始めた。

 汐栞の視線は感じている。


「汐栞」

「はいっ」

「……」

「……」

「その。上手く言えないけど……」

「はい……」

「好き。なんじゃないかって……気がするんだ」




 少しの間沈黙が包む。

 凪は横にいる汐栞へと視線を向けた。





「あばばばばばっ!」


 やはりと言うべきなのだろうか。

 凪が曖昧な物言いをしてしまった反応の汐栞の様子だ。

 凪の隣に座る小さな美少女は砂を巻き上げのたうち回っていた。


 その面白いと思える光景を目にしながらも違和感を感じた凪は、


「汐栞。砂がっ……ペッペッ……」


 砂が口に入ってジャリジャリしている。


「ふぅ……ふぅ……」


 散々暴れた汐栞が呼吸を荒らげ――なんとか座り直そうとしながら、


「すびまぜんっ……ジャリッ」


 彼女は砂が好物なのかもしれない。

 凪はそんな汐栞の面白い動きを見てか、お茶のペットボトルを手渡した。


「ななななぎさくんっ……こここれは、凪くんのっ」

「あっ、ごめんっ」


 凪が手渡したペットボトルは凪の飲みかけだった。

 すぐさま未開封のペットボトルを手渡そうと考えた凪はこっちと間違えた。

 と、既に手渡しているペットボトルと交換してくれと無言で訴えかけ新しい方を差し出した。


 ところが汐栞はその飲みかけのペットボトルを見つめている。

 凪は唾を一つ飲み込み手を伸ばす時間だけが過ぎている。


「凪くん。これいただきますっ!」

「ちょ、それだと砂も一緒に……あぁ」

「……」


 汐栞は凪の静止を振り切りなのか、なんなのか。

 彼女の考えまではわからない凪。

 口からペットボトルを離し固まる汐栞を見つめ凪は、


「はは、あははははっ」


 大きな声で笑った。

 お腹を抱えて笑った。

 すると凪へと振り向いた汐栞は、


「もうひどいです。笑いすぎです」


 体育座りの膝に顔を填めてしまった。

 その姿勢の状態で続ける汐栞。


「凪くん。もう一度聞きたいです」

「ん?」

「好き。なのでしょうか」

「……」

「聞かせて。ほしいです」


 変わらぬ姿勢の汐栞は変わらず凪の答えを求めている。

 再び波音も聞こえない沈黙が凪に訪れた。

 凪は小さく答えた。





「……うん。好き」

「……」





「汐栞?」

「はい。それはお付き合いという……」

「そうなれたらって」

「……」

「思ってる」

「……はい」


 凪も汐栞は海水の満ち干きを眺め静かに並んで座っていた。


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