六花も真司くんもありがとうなのです。

なぎさくん少し御手洗に」


 汐栞しおりが観覧車近くの休憩所から一人で立ち去ってから少し。


 ◆真司―― 凪ほんと悪い。

 ◆真司―― 今日このまま別で頼む。


 つまりはそういうことなのだろう。

 多少の知識は持ち合わせている。

 敢えて……突っ込むことでもない。


 ◆凪―― 了解だー


 凪は短く真司へ返信した。


「凪くんお待たせしました」

「うん。大丈夫、真司しんじ六花りっか、別々で行動したいみたい」


 駆け足で帰ってきた汐栞へ凪は先程の内容を簡潔に伝えた。

 汐栞も察してくれるであろう。

 と凪が考えていると汐栞は凪の話にもせず、


「凪くん」

「ん?」


 え? 待て待て……。

 さっきの勘違いこそが勘違いだったのか?


「手を……」


 ベンチに座る凪の目の前には汐栞の手が差し出されていた。

 凪は先程開放された緊張に再び飲み込まれてしまう。


「汐栞。さっきからどうした」

「っ!」


 汐栞は手をだしながら真上を向いている。

 凪には汐栞の心境までは掴みきれない。

 が、手を引き戻す様子もなさそうだ。

 凪は大きく唾を飲み込み――そっと手を握り返した。


 震えてる……。

 こうなったら勘違いでもなんでもいい。

 女の子にエスコートされるなんて。

 ありえんだろ。

 さすがに夏海にぶん殴られる。


 凪は覚悟を決めその緊張を打ち払うように自分へと言い聞かせる。


「ごめん汐栞俺の、役目だよな」

「ありがとうございます」

「……慣れてないんだ。こーゆーの」

「はい。私も……です」


 手を握り返したは良いけど。

 行き先が決めれない。


「てことでお気に入りというか――家の近くに帰ってもいい? ほんとは乗り物乗るべきなんだろうけど……」


 てことでってなんだよっ!


「大丈夫です」


 凪は黙ったまま汐栞の手を引く。

 汐栞も黙って握り返してついてくる。

 相変わらずコスモワールドは――人でごった返しているが。

 凪は周りを気にする余裕は全くない。


 桜木町から横浜、乗り換え茅ヶ崎へとむかう。

 たったこの内容ではあるけれど。

 けれど感覚では何時間の遠出の旅行にも感じられる無言の凪。

 いやそれは汐栞もかもしれない。


「汐栞」

「はい」

「……東海道線」

「そう……ですね」


 なんとなく汐栞にも伝わってくれたのだろうか。

 高校に上がる前の準備期間。

 あのドタバタ騒動。

 盗撮犯を懲らしめた、凪と真司のちょっとした思い出。


 あの時は顔すらまともに見ずに交番前を後にした。

 その時の被害者と今――手を繋いでいる。


 あー。

 ドキドキやばっ。

 まともに顔も見れん。


 茅ヶ崎駅に付き、ホームに到着するとお決まりのメロディが響いている。

 凪はいつもこのメロディを独りか、稀に真司としか聞いたことがない。

 どこか新鮮な気持ちでそのメロディを口ずさんでしまう。

 そんな鼻歌を耳にしてなのか、


「ふふ……」

「あ、ごめん無意識で」

「大丈夫ですっ、緊張が解けました」


 汐栞が「ありがとうございますっ」と言いながら、凪の手を強く握っている。


 駅を降りると時刻は夕方になっていた。

 凪のお決まり砂浜に着く頃は丁度日の入りくらいかもしれない。


 二人でゆっくり歩きながら、凪の家近くへと向かっていると汐栞が、


「凪くんなっちゃんのご飯大丈夫ですか?」

「今日は作れないって伝えてるよ」

「そうでしたか」


 二人は再び無言になるが、凪も横浜にいた頃よりはだいぶ慣れていた。

 汐栞の手を引きながらいつもの砂浜へと彼女を連れてきた。


「歩いたね、結構」

「そうですね。ここが凪くんの?」

「うん、とりあえず座ろうか」

「はい」


 そう言いながら二人は並んで腰掛けた。

 けれどどちらも顔を見ることは出来ないようだ。

 凪は汐栞の掌からしか気持ちを読み取ることが出来ないでいる。


「大体ここで絵を描いているか、ボケっとしたい時もここで時間を潰すことが多かったかな」

「今もですか?」

「んー今は忙しいというか、汐栞といること多くない?」

「で、でしたね」

「……」

「……」

「凪くん」

「ん?」

「……私、変なというか変わった性格だと自覚はしてるんです」


 凪は汐栞をチラッと見ながら、


「顔も行動も賑やかだよね」

「うっ……。私のなんと言いますか知識――は、結構アニメとかラノベとか同人誌とかゲームとか……」

「あ、うん」

「とにかく偏ってるのです。勿論想像でしか経験したことないですけど、その男女の……」


 そういうと更に力ずよく汐栞が手を握る。

 そしてそれは丁度よかったのか――お互いが暗闇に包まれていく。


 俺なんてもっと酷い。

 汐栞の好きな特殊主人公みたいでもない。

 どこにでもいる凡人だ。


 暫く黙っていた凪は話題を変え、


「あばばばばとか?」

「っ! えとあの辺のは嘘――と思うかもしれませんが素ででちゃうんです」

「めちゃくちゃモテて可愛いのに、そこだけは面白いキャラだよな」

「……ほめ、ほめ、褒められるのは嬉しいですが……」


 辺りは完全に真っ暗だ。

 何一つ表情は読めない。

 が、上擦った声色からは緊張と落ち込みの両方が伺える。

 凪が「ふふ」と漏らすと汐栞は、


「凪くんひどいです。面白いって……」

「そっか」

「はい……」

「……暗いし帰ろっか、送るよ」

「ありがとうございます。嬉しいのです」


 凪は汐栞の返事を確認し手を引いてあげ、またゆっくりと歩きながら静かに汐栞を送って行ったのだった。








※※※※※※※※※※※※※※




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