全力で自分を殴りたいです。

「ごめんなさいなぎさくん、だいぶ良くなりました」


 桜木町近くのカフェまで引き返した凪と汐栞しおり

 窓際のカウンター式の席で二人並んでいる。

 ただ、ここのカフェもゴールデンウィークの影響だろうか。

 賑わいとしては先程の人混みとなんら変わらない状況だ。


 凪は「大丈夫」と答える汐栞の顔を覗き、


「なら良かった」


 と、凪は短く答えた。

 すると汐栞は顔を赤らめ視線を外し、


「凪くんすみませんが、恥ずかしいので見ないで頂けると……」


 今まで絵を描いている時もそんな事を言われたことが無い。

 と記憶している凪であったがさすがにそう言われると見続ける訳にもいかない。


 それにしても……、この後どうしたものか。

 あの二人とは完全に別の場所に来てしまった。

 しかし描いてる時は問題ないけどこうも無言が続くと。

 と凪は自分と会話を始める。


 んっ! 確かに絵を描いていると思えばいいのか。


 凪は汐栞に言われたにも関わらず横に振り向く。

 そこには隣でちびちびとカフェオレに刺さるストローを口にしたり外したり。

 それを繰り返している汐栞がいた。


 凪は気が付いた。


 茅ヶ崎から横浜に来るまで。

 コスモワールドから今の状況まで。

 汐栞をまともに見ていなかったんだと。


 今、凪は頭の中で勝手に絵をいてるつもりになっている。


 柔らかそうなデニム生地の膝元から広がるスカート。

 汐栞が好きな水色のシャツをウエストインする形で着こなしている。

 アクセサリーはあまり好きでは無いのか見当たらない。


「――凪くんっ」

「ん?」

「み、み、見すぎ、です」


 言われて凪はハッと前を向く。


「あっ。絵を描いているつもりで見てた」


 凪のかすかに視界の端にいる汐栞は。

 汐栞は、少し高めのテーブルカウンターに両肘をかけ手で顔を隠してしまっていた。

 凪は相当の時間見ていたのかもしれない。


「……」

「すみません。私のせいではありますがこの後どうしましょう」

「うーん。お腹は?」


 凪としては別にお腹のでっぱりがどうの言うつもりではないのだが。

 汐栞は自分のお腹を見つめ、


「あ、あぁ! えーと大丈夫です」


 どうやら意図を察したようだ。

 とにかくお腹は空いてないと言いたいらしい。


 暫く考えている様子の汐栞。

 すると、今度は前を向きながら一気に顔を赤く染め、


「凪くんっ、か、か、観覧車にっ」

「えっ乗りたいと」

「ひゃい!」

「お、落ち着いて……、なら戻ろうか……」

「……」

「ん?」


 凪が声をかけても立ち上がろうとしない。


「あ、あのっ!」

「は、はいっ」


 大きな声をあげた汐栞に凪は驚いてしまう。


「さき、ほどみたいに……手を……」

「……あっ」


 凪は返事をする前に汐栞に手を握られてしまった。

 先程まで凪が無意識で引いていた汐栞の手――

 とは違い汐栞の体温がダイレクト感じとれてしまった。


 まずい。

 これは。

 まずい。

 やばいやばいやばい。


「行きましょう凪くん」


 汐栞は顔を背けているが、掌からも汐栞の鼓動を感じてしまう。

 凪は一気に訳が分からなくなった。


「汐栞」

「はい凪くん」

「……」


 この先の勇気がでない凪は、そこから何一つ言葉を出せずいた。

 気がつけばそれなりの道のりだったはず。

 その――観覧車までの記憶が吹っ飛んでしまうまでになっていた。


「乗りましょう凪くん」

「え?」


 この頃には凪も完全のぼせ上がっている状態だった。

 汐栞に声をかけられてもポカンと手を引かれるままになっている。


 もしかして、いや、もしかして?

 まさかとは思うけど、好かれているとか?

 いやまさか。


 本来であれば綺麗な景色を楽しめるアトラクションなのだが。


「凪くん凪くん。えーと、最高地点112.5mの大観覧車。定員480名の規模を誇り、横浜ベイブリッジやみなとみらい21周辺を眺めながら1周約……って、凪くん、聞いてますか?」


 と、汐栞はスマホ片手に景色を楽しんでいるようだ。

 カフェで顔を赤らめていた汐栞はいなくなっている。

 その汐栞はとても楽しげに可愛らしい笑顔を窓の外へ振りまいている。


 うん。

 間違いない。

 勘違いだ。

 焦ったー。

 いやほんとビビるわー。


「うんごめん、いやーほんと綺麗だなー」


 凪は景色を見ながら誰にでも言えるような感想を述べてしまった。

 少し言葉を間違えたかなと凪は内心反省していたが、


「……え?」


 目の前の汐栞は今度は目を丸くして困惑している。


「どうした?」

「い、いえ。急に元気になったように見えたので」

「あーうん、気にしないで。俺の勘違いだ」


 自意識過剰だったと凪は恥ずかしくなってくる。


「勘違いですか?」

「いや忘れてくれ」

「……」


 次第に汐栞は俯き眉が下がり始めた。


「汐栞っ、また顔が青ざめてるぞっ」

「大丈夫……です」


 みるみると汐栞の表情から光が抜け落ち、身体の力もどこか抜けてしまったように、ガクンっと肩を落としてしまった。









※※※※※※※※※※※※※※




汐栞ちゃんを応援して下さる皆様へ。


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どうぞよろしくお願いしますです。

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