ここが月ヶ瀬の家なのです。

なぎささんっ! お待ちしておりましたっ」

「お母さん……凪くんに近いです。近すぎです離れてください」


 なんだこれっ。


 なんで知らない人の家の玄関にいるんだっけ。

 と、凪は混乱の局地に陥っている状態だ。

 青天の霹靂だ。

 冷や汗が止まらない。

 脂汗なのかもしれない。


 さらにだ。

 凪を「凪さん」と呼ぶ姿の女の人。

 はおそらく汐栞しおりの母親なのだろう。

 あの時いた人だったはず。

 と凪は焦りながらも予測を立て始める。


「凪くん。突然でごめんなさい「どうしてもとお母さん」が聞いてくれなかったのです」

「……」

「凪さん、あの節は汐栞を守って頂き本当にありがとうございましたっ」


 この子供にこの母親だ。

 カエルの子供はなんとやらだ。


「あ、あのっ! 頭をというか身体ごとあげてください、立ってくださいっ」

「そういう訳にはいきません。月ヶ瀬つきがせ家では――『受けた恩義には必ず報いる』と、江戸時代からずっと続いてる家訓なのですっ」


 江戸……時代……。


「わ、わかりました。お願いします頭を――」

「――そうですよお母さん。凪くんが困ってます」


 それ、君が言うこと――なのか?


「凪さんの深すぎるふところに感謝の言葉も御座いません」

「はぁ」


 凪が溜息を漏らすと汐栞母は「では失礼頂しまして」

 と申し訳なさそうに姿勢を伸ばしていく。


「凪さん、突然お呼びだて致しまして――申し訳御座いません。では、こちらから御上がり下さいませ」


 今更だが玄関が。いや。


 凪は建物全体のだだっぴろさに固唾を飲んでしまう。

 ネットで見ることくらいしか無かった高級旅館。

 とでも言うのか。

 はたまた料亭とでも言えば良いのか。

 木造のテレビにでも紹介されそうな家。

 ――いや玄関が広すぎるのだ。


 凪は自分の声が漏れている気になり口にてをやる。


 (こんな家近くに……あったのか……)


 下校の道のりを思い出していく凪。

 茅ヶ崎ビーチ近くの凪の古家から西へ。

 いわゆる凪の家から平塚方面にある家。

 そこが汐栞の家らしいのだが。

 普段凪の行動範囲は家から東。

 つまりは江ノ島方面がもっぱらだ。

 だからこそ気が付かなかったのだ。


「なっ、凪くん気分よくないですか?」


 凪の隣を歩いてるであろう汐栞の声がした。

 と同時に凪の視界の至近距離には小さな汐栞が。

 汐栞は凪の下から覗き込み心配の言葉をかけてきたようだ。


「だだだい、大丈夫だよ……はは……」


 凪は床の輝く木目廊下を歩いていた事に今更気がつく。

 目の前に汐栞の顔が突然現れ挙動不審になってしまった。


「大変っ! 次郎丸っ次郎丸っ!」


 汐栞母が誰か男の名前を呼んでいる。


「はい姐御」

「凪さんの顔色がよくありませんっ、直ぐにお運びしておあげなさいっ」

「お、お母さんっ――」


 (あれ……)


 凪はわけもわからず呟く。

 どうやら次郎丸と呼ばれた大男に担ぎあげられたことに気がついた。

 が、どうにも力が入らず――されるがままとなってしまった。


 ※


「大丈夫ですか? 極度の緊張のせいでしょう。少しすれば普段通りになりますよ」


 どこかの部屋に担ぎ込まれ横にさせられていた凪。

 どうやら「呼吸がまともに出来なかったのでは」

 と、凪の目の前にいるお爺さんが教えてくれた。


 (うーん……)


 凪は身体を起こすとたしかに普段通り元に戻っていることに気がつく。


 すると、部屋の隅だろう方向から汐栞の声が、


「凪くんっだ、だ、大丈夫ですかっ!?」


 凪の顔、二十センチ程の距離まで汐栞が詰め寄ってきた。


「わぁ! す、みません。目眩かな多分」

「……ごめんなさい」


 近すぎて驚き仰け反る凪。

 凪の両肩は汐栞の手で押さえられている。

 が、どうやら心配してくれているようだ。

 他意はなさそうではある。


「……」

「では、問題無いと思いますので私はこれで」


 と、先程声のお爺さんが部屋を出ていった。


 その姿を凪が視線に捉えながら辺りの光景を見渡した凪は、


「汐栞さんってお金持ちのお嬢様だったんですね」

「えっ」


 玄関に居た時に、汐栞母を見た時に、薄々分かっていたつもりだった凪。

 が――見渡した部屋を眺めてその感想を声に出した。


 おそらく汐栞の部屋なのだろう。

 いわゆる汐栞が好みそうな部屋。

 中には凪も興味を持つグッズや本など。

 それらが広い部屋中に散りばめられていたのだ。


「あ、すみません。ご迷惑おかけしましたもう――良くなりましたので帰りますね」

「え、あ、え?」


 声にだしながら凪は身体を起こす。

 自分の鞄であろう荷物を手に取る。

 そばにいた汐栞の横を通り越し部屋の扉に手をかけ開けた。


「うわ、帰り方わかりませんね、すみませんが案内して貰えませんか?」

「……」


 凪の後にいるはずの汐栞。

 凪は振り向かずに尋ねたが汐栞からの返事はない。


「汐栞さん?」

「……はい。こちら……です」

「?」


 広い廊下でキョロキョロしている凪が汐栞を呼ぶ。

 すると汐栞が「ついてきてください」と。

 そう俯きながら凪の横を通り過ぎそのまま先導していく。


 先程の大きな玄関に着くと後ろから、


「凪さん、もう動かれても大丈夫なのでしょうか」

「あ、はい。お騒がせしました。と、お邪魔しました」


 と、凪は軽く会釈し靴を履く。


「次郎丸っ――」

「お母さんっ!!」


 (わっ)


 凪は「びっくりしたぁ」と呟きそうになった。

 が、何とかおさえた。

 凪は「で、ではこれで……」と再度会釈をし家を出た。


 (まだ大丈夫か、海沿いでも久しぶりに……)


 と、凪は海岸の砂浜を歩いて帰ることにした。






※※※※※※※※※※※※※※




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