第15話 隠者の社 13:雪明かりの呟き

――そうこうして気付けば5年後。


外は冬景色。木々に生い茂った緑は色を変えて落ちた後。

今は一面を埋め尽くす白い絨毯が深々と空から降り注いでいる。

僕と先生は、暖炉が空気を柔らかく温める部屋で授業を行っていた。


「さぁ――。授業前にも言いましたが、これで私が教える事は全てです。本当にクロは頑張りましたね。」

「なんか・・・大変でしたけど――これで全部ってなると寂しいものですねー。」

「そうですね。」


ふふっと笑う僕と先生。出会った頃はもう遥か昔の彼方。

まるで半生を共にした師弟の様に打ち解けた仲だ。・・・と僕は思ってる。


「そろそろエルマー達の方も終わる頃ですかね――。」

「たっだいまー!!」


ドカンッと扉が開く。

肩にエルマーを乗せたシロが帰ってきた。

耳と鼻がほんのり寒さに染まっている。外はもの凄く寒いのに・・・シロは元気だなぁ。

それにしてもシロは大きくなった。うん。物理的に大きくなった。

身長が先生と同じくらいまで伸びてる。僕は身長伸びないからね。少し羨ましい。

それに態度も大きくなった。いや、前より元気になったって言った方が良いか。


少し短めではあるが、束ねられた髪を揺らしながら手にしていた剣を地面に放った。

そして相変わらずの白いメッシュ。シロが定期的に先生に髪を切ってもらっていたから知っているけど、あのメッシュは染めていた訳ではないらしい。一方、僕の髪は色も変わらないし伸びたり縮んだりもしない。ちょっと羨ましい。


「今日で師匠との訓練も終わりかぁーーー。寂しいなぁー。」

「まぁそういうなって。いつでも手合わせしてやるよ。」


シロはソファにドサッと腰掛ける。タイミングを見計らうでもなくエルマーはしゅるりとその隣に着地。早速毛づくろいを始める。シロが撫でようとして避けられてる。師弟の絆だな。

というか前から気になってたけど訓練って言ってるよね。授業じゃないのかい。

あとエルマーと手合わせってどういう事?何だろう。すごくシュールな映像が頭に浮かぶ。一回くらいその訓練とやらを覗いてみるべきだったな。


「シロ、エルマー。お疲れ様。こっちも丁度終わった所です。」

「おっつかれさまー!」

「おう!お疲れだったな!クロ。」

「うん。エルマーとシロもお疲れ様。」


互いに労を労う。


「では休憩がてらお茶にでもしましょうか。」


先生がニッコリ笑う。時間は昼と夜の真ん中。休憩するには丁度良い時間。


「僕も手伝いますよ。」


僕の申し出を喜んで受け取った先生と共に支度を始める。



――居間のテーブルを囲む三人と一匹。

テーブルには各々に紅茶。中央に僕お手製のクッキーが置かれている。

もちろん。エルマーには鶏ささみジャーキー。これあげるとめっちゃ喜ぶ。


「さて、今日でめでたく全授業を終えたお二人ですが早速これからの話をしましょう。」


そうだよな。わかってた。この話になる事も、いつかこの時が来ることも。

少しだけ・・・少しだけ認めたくなかっただけ。


「これから二人はどうしますか?・・・・いや・・・・どうしたいですか?」


珍しく先生が言葉を言い直す。先生も分かっているんだ。

とてもお茶休憩とは思えない重い沈黙が流れる。


「旅に出たいでーす!!実際に世界を見て周りたい!!」


重い空気をものともしないシロ。図太いというか何というか。・・・・まぁ・・・助かった。


「僕もそうするべき・・・そうしたいと思います。」

「昔にも言った通り、無理しなくていいんですよ?いつまでだって此処に居てくれても私はかまわないんですから。」


先生が本心から言っているのもわかる。そしてその気持ちも痛いほどわかる。

この数年間。本当に幸せな日々だった。でもだからこそ――。

僕は首を横に振った。


「無理してる訳じゃありません。自分に使命を感じている訳でも――。先生に教わって。初めて知って。想像して。後は・・・実際に見て周って。体験して。たくさんのお土産を持ってまた帰って来たいんです。僕はきっと今でも本当の意味では”何も知らない”。自分が何をすべきか。何が出来るのかを知りたいんです。それは多分・・・・自然な事・・・ですよね?」


先生は少し驚いたように動きが止まった。


「私もクロに賛成っ!!そりゃぁ毎日此処に帰ってこられなくなるのも寂しいけど・・・。別に二度と会えない訳じゃないんでしょ?私は教えてもらった世界をちゃんと見て、自分で考えて・・・いつかロノさんと師匠にたっぷり恩返し出来る大人になりたい!!」


僕の言葉に続いたシロの言葉。

先生は俯き、額の前で手を組んでいる。その表情は分からない。


「マスター。」


エルマーが一言だけ告げる。

しばらくの沈黙。そして唐突に先生が立ち上がった。


「さすが私の生徒達!!危うく感動で動けなくなる所でした。いやー、まさかこんなに出来た子達に育ってくれるなんて先生嬉しいです・・・。」


少し大げさに振る舞う先生。

先生たる人の気持ちはやはり一入なものなのだろうか。


「そうと決まれば!!といっても・・・色々準備がありますから・・・そうですねぇ――。では一週間後!君達には旅に出てもらいましょう!」


一週間後か・・・。抜かりなく準備しなきゃな。


「一週間後かー!あんまり実感わかないけど師匠!!それまでいっぱいあそぼーね!!」

「おう!!追いかけっこ全勝は守らせてもらうけどな!」


エルマーの言葉にムーっとするシロ。

ここまで所感が違うかシロよ。支度しようよ支度。


「さて、それではこれから一週間。自由行動です!しっかりと準備しておくように。」


はーい。とまるで本当の学校の様に手を挙げて返事を返す僕とシロ。

・・・・低学年かな?




――その日の夜。


二階の倉庫部屋外のベランダ。

ベランダの手すりに積もった雪を払い、両肘を置く。

白い煙にも似た深い溜息をついた。


「マスターは悩むといつもここに居るな。」

「エルマー。」


いつの間にか手すりに登っているエルマーに目をやる。

少し下がった眼鏡を上げる事もなく、ベランダの外を眺めた。

組んだ腕でもたれる様に手すりに体重を預ける。組んだ腕に顎をうずめる。


「私は・・・ちゃんと先生だったでしょうか。」

「大丈夫だった思うぞ。」

「エルマーは優しいですね。」

「マスターも大概だぞ。」


雪の降る音がしばらくの沈黙を見守る。


「私は・・・寂しかったんです。」

「あぁ。」

「私は・・・本当はずっと皆で暮らしたかったんです。」

「そうだな。」

「・・・一番強く願っていたのは私だったんです。」

「だろうな。」


木から雪が落ちる。


「でも・・・もう私達は孤独じゃない。」

「そうだな。」


雪明かりの空を見上げる。


「頼みましたよ。エルマー。」

「任せろ。」



気付けば雪はもう止んでいた。

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