第16話 隠者の社 14:旅立ち

――七日後。


居間では僕とシロ。エルマーが最終確認を行っていた。

いよいよ旅立ちの日だ。

抜かりなく用意したものの・・・・この物量どうするんだろう。

食べ物に水に薬にタオルやら着替えやらなんやらその他諸々。しかも二人分。

あのアヒルのおもちゃを見る限り無駄なものも多分多数。

珍しくいつもの時間に先生が居間に来ない。どうしたんだろう?


「いやはや何とか間に合いました!!自分で一週間とか言っておいて間に合わなかったらどうしようかと思いましたよー。」


頭ぼさぼさ寝不足全開の顔をした先生が山ほどの何かを抱えて、いそいそと居間にやってきた。


「私からの卒業祝いです!!クロはこっち。シロはこっちに着替えて!」


有無を言わさず衣服を押し付けられる。僕とシロは目を合わせ疑問符の共有をした。

とりあえずそれぞれの部屋へ引き返し、言われた通りに着替える。

これは・・・ローブだな。魔術師が一般的に着る衣服。黒を基調にしたシンプルなデザイン。

基本的にはモッソリとしたひとつながりの服である筈だが、近接戦闘も見越してなのかズボンと上衣で分かれている上、袖の一部が着脱可能になっている。外套もセットだ。

そして、全て着衣の裏地には複雑な魔術式。≪物紋(ステッカー)≫か?なんと僕にもわからない術式。なんだろうこれ。彫られている様だけど・・・。まぁいっか。

一通りの衣服を身に着けると、何かすごい魔術師になった気分がした。

浮つきそうになる気分を抑える。それにしてもこの服。すごく軽い。何で出来ているんだろう。

とりあえず着替えを終えたので居間に戻る。シロはまだいない。僕の方が早かったようだ。


「おおおおお!!クロ!!すごい似合ってますよ!!」


居間に戻るなり先生にたかられる。


「術式も問題なさそうですね。」


服の色んな所をぴらぴらとめくられる。シロ。早く来てくれ。

願いが通じたのかシロも居間に戻る。

ズボンの上にはくすんだ銀色の足甲。ウエストを絞る様な形状の胴当て、そして胸当て。布地はそのまま首に届き、露出した肩を経由して籠手。僕と同じく外套付き。立派な女剣士に見える。


「おおおおお!!シロもすっごくかっこいいですね!」


先生にたかられるシロ。助かった。


「これすっごいですね!!しっかりしてるのに全っ然重くない!」


そうでしょうそうでしょうと頷く先生。


「シロの方の術式も問題なさそうですね。」

「これは何の術式ですか?見た事もないし――教わったはずの僕ですら良くわからないんですけど・・・。」

「ふっふっふ。良くぞ聞いてくれました!!何と服が汚れない!壊れない!そしてものすごーく軽い!!暑さ寒さも関係なし!!そんな効果を詰め込んだ術式です!!」


くいっと上げられる眼鏡。

え。いやいや。さすがに魔道具マニアだとは思っていたけど・・・。先生なら出来てしまうのではと思ってしまうのも怖い。でも多分・・・本当にそうなんだろうなぁ――。


「そしてこれ!!今ならこの鞄も卒業祝いにつけちゃいます!!」


僕とシロ。それぞれに渡された鞄。・・・何の変哲もない肩掛け鞄だな。


「それ、エルマーのリュックと同じ原理です。人前ではあまり変なものを出したり仕舞ったりしない様に。」


こ――!これが噂の!?あのブラックホールリュックと同じと。

いつも見ててちょっと興味があった分、服よりテンションが上がる。


「ささ、それぞれ準備した荷物を詰めちゃってください。」


促されるがままに用意した物を次々と鞄に放り込む。

本当だ・・・。いくらでも入る・・・。怖い・・・・けど楽しい。



「これ、取り出すときはどーするの??」

「手を突っ込んでみればわかる。」


隣のシロとエルマーのやり取りが聞こえる。確かに。どうするんだろう?

一通りの物を鞄に放り込んだ後、手を入れてみる。

シロも同じことをしている。


「な?」

「ほんとだー!!すごーい!!」


本当だ。すごい。何となくわかる。普通に鞄の中にものが並んでる感覚。なんだこれ。かなりの数のものが入っているはずなのにその端から端まで手が届く・・・。やだ怖い・・・。

そっと手を引っ込めて鞄を閉じた。


「まだまだありますよー!!はいっ。クロはこれですね。」


コンっと杖を地面についた。

これまた黒を基調にしたシンプルな杖。いびつな直線の先で渦を巻き、中心に宝石?の様なものがあしらわれている。


「この杖には特殊な≪物紋(ステッカー)≫を施してあります。クロは魔力がありませんから、どうしても魔術の際に一定の矛盾が生まれます。そうなると熟達した魔術師にはバレちゃいますからね。それを誤魔化す為、魔術発動の際に自然な量の魔力が杖から出る様になってます。」


≪物紋(ステッカー)≫――武具などの装備品に施される術式の事だ。主に使用者の能力の底上げの為に魔力量を増やしたり、特定の属性ソルが反応しやすい様に補助する術式が施されている事が多い・・・だよな。

僕達の服に施された術式も大きな括りで言えばステッカーなんだけど・・・そんなレベルじゃないんだよなぁ・・・。


「そして念の為、これも。」

「・・・ありがとうございます。」


鞘に納まった短刀を差し出される。腰にぶら下げられる様にベルトも付いている。鞘から出し、状態を確認する。鞘を覗くとここにもステッカーが施されている。これは・・・・身体強化系かな。

確認を終えると、手慣れたように腰に短刀をぶら下げる。


「さ、シロにはこれです!!」


大振りの剣をシロに手渡す。僕の杖とは正反対に白を基調としたデザイン。端的に言えばロングソードだな。

鞘に納まった剣を引き抜きシロが確認する。


「うわーーーー!かっこいいーー!!」


軽く二、三振りした後、剣を鞘に戻すと、剣を背に携える形でベルトに肩に通した。

ルンルンとシロが笑う。

確認それだけでいいの?何か先生の事だからステッカーとか変な術式とかきっと仕込まれてるよ?見てあげた方がいいんじゃ・・・。

――少し悲しそうな先生が目の端に映る。やっぱりそうだったんだな・・・。


「――あ。忘れる所でした。二人にこれを。」


手渡されたそれはクルクルと巻かれた羊皮紙?。紐で封がされている。

僕とシロは紐を解き、覗き込むようにして中を見る。

――世界地図だ。事細かに情報が書き込まれている。


「とある都合上、今はまだ機能してませんがその地図は自分たちの大体の場所を指し示してくれます。旅をするにあたって、あれば色々と便利でしょう。」


僕達以上に抜かりが無いな・・・。笑みと同時に溜息が零れる。


「クロ。最後にこれを。」


先生に手招きされる。促されるままに先生に近づくと首に何かをかけられた。

これは・・・懐中時計??時計を開くとひび割れたガラスと少し歪んだ盤面。特に何も施されていないようだ・・・。


「これは・・・?」

「私が持っていたお守りです。」


ニッコリと笑う先生。

お守り・・・。先生もそういうものを持っていたりするんだ――。意外だけど。

何だかすごく大切な物な気がする。大事にしなきゃ。


「ではエルマー。ここからはお願いしますよ。」

「任された!」


シュバッと立ち上がるエルマー。


「今回の旅にはボクが同伴する。質問は無しだ!じゃないとこの隠れ家に帰れないからな。いつかお前らはボクと一緒にこの家に帰ってくるんだろ?」


少し驚いた。てっきりエルマーは先生と一緒に居るものだと・・・。

でもきっと二人で話し合った結果なんだろう。口を挟むなんて野暮なことはしない方がいい。


「わーー!じゃぁ師匠も一緒だね!!」

「おう!一緒だ!!」


嬉しそうなシロ。素直っていい事だよな。

今は純粋にそう思うよ。


「宜しくね。エルマー。」


エルマーに手を差し出す。うんうんと応えるエルマー。微笑ましく見守る先生。

・・・先生は――寂しくないんだろうか。


「心配するな。マスターにはこの首飾りを通して様子が見えるようになってる。何だったら音声も聞こえる様に出来る。一緒に居るようなもんだ。」


誰にも悟られない様に耳打ちされる。そうなのか。

一安心はしたけど・・・でもやっぱり寂しいんだろうな――。


「マスター!」

「はいはい。」



先生が指をパチンと鳴らすと居間にあった本棚が横に動く。


ズズズズ・・・・・。


出た。謎の指パッチン。僕も何度かやってみたけど明かりすら付かなかった。


「こっちだ。」


促されるままにエルマーの後をついていく僕とシロ。

本棚の裏にあった通路を歩く。暗いけど歩けない程ではない。

少し歩いた所で小部屋に行き当たる。

部屋には煌々と光る魔法陣が敷かれていた。あれだけ勉強したのに・・・知らない術式ばっかりでてくるんだよなぁ・・・。



「マスター。調整は?」

「えぇ、もちろんバッチリ終わってますよ。」


調整?何の事だろう。


「この魔法陣に入ってくれ。」


エルマーの後に続いて魔法陣の中に入る僕とシロ。

何だろうこの魔法陣。


「これでマスターが術式を発動すれば、設定してある場所に移動出来る。そこから波乱万丈な旅の始まりだ!!」


二人と一匹は魔法陣の中で先生の方に向き直した。

移動って・・・転移ってこと・・・?そんな魔術は存在しない。

先生って――。

唐突に抱きしめられる僕とシロ。間に挟まれるエルマー。


「あなた達は私の誇りです。・・・家族です。必ず・・・。無事に帰ってきて下さい。」

「――当たり前だよぉ・・・。ぜっだいに帰ってくるから!!」


意外にもシロが急に泣き出す。何も覚えていない自分を優しく受け入れてくれた人だ。平気な訳がなかったんだ。でも気丈に振る舞った。

僕が気付かなかった。僕にも余裕なんてなかったんだよ。


「先生。自信を持ってください。あなたの生徒なんですから。」


自然と涙が零れる。

今生の別れという訳ではない。でもずっと一緒に居た。寂しくない訳がない。

変人で。

性悪で。

優しくて。

命の恩人で。

誰よりも家族だ。


しばらくして先生が二歩後ろに下がる。


「いってらっしゃい――!」


パチンッと指の鳴る音。

目の前は一瞬で眩い光に包まれた。

上下左右重力方向すら見失う。





――でも確かに僕は見た。



指を鳴らす瞬間。

誤魔化しのない本当の涙を。

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