第14話 隠者の社 12:ロノ先生とエルマー師匠

目が覚める。ぼーっとする頭で今日は何するんだっけと独り言。

自室を出る。廊下で先生と出会う。この家って地味に広いよな。


「――おはようございます。」


先生の挨拶に、寝起きの頭で返す。


「おはようございますー。今日の授業は何でしたっけ。」

「今日からはまた座学ですよ!!君はこれから世界中の魔術構築式を覚えるんだ。」


眼鏡をくいっと上げる先生。にやっと笑う。

あああぁぁそうだったー。

聞くんじゃなかった・・・。

一旦無かった事にしよう。そうしよう。居間に向かう。


「おう。起きたか。」

「おはよー。」

「おはよー。」


エルマーと挨拶して朝食を作りに向か――。一人多い。

振り返ると居間で寛いでいる人間がもう一人。

よし。面倒なことになりそうだから先に朝食を支度しよう。それからだ。

ちゃんと三人と一匹分の食事を用意する。

出来るだけ頭は働かせない。多分朝食時に働く事になる。


「はい。朝ごはんです。」


居間のテーブルに一通りの食事を並べる。買い置きのパン。スープ。サラダ。朝食なんだからこのくらいで十分だろう。

エルマーには蒸し鶏をほぐしたやつと、魚のフレーク。


「お、いつもの事だけどちゃんとしてるな。」

「ありがと、エルマー。」

「わーーご飯だ!」


やっぱり一人多い。昨日の子だよね。分かってる分かってる。

いやでも無視は良くないよな・・・・。でもなんて話しかければいいのか・・・。

そもそもエルマーと一緒にいるって馴染むの早すぎないか。昨日の今日だよ?


「クロ。いつもありがとう。」


居間に先生が来た。助かった。

――かと思いきや何の説明もなくみんなで朝食が始まる。

あれ?また僕異次元にでもいる?


「あ、そうそう。説明し忘れてました。」


朝食を取りながら、ふと思い出したように先生が話し始める。

良かった。多分説明だ。


「昨日助けたこの子。名無しちゃんでーす!!」

「え?名無し?」


僕の疑問を気にするでもなく、少し照れ臭そうに頭を少し下げる女の子。

髪は肩につくかつかないか。暗い茶髪に白いメッシュが入っている。生まれの問題だろうか。

目鼻立ちはハッキリしているが、ボーイッシュな雰囲気が漂う。

男の子と言われてもそこまで違和感がなさそうな・・・。いや、それは失礼か。


「どうやら困った事に記憶喪失らしいです。生活に支障は無いのですが、自分が誰でどこから来たのかも。何にも覚えていないそうです。私も調べましたが、本当の様です。」


先生が調べたって事は・・・多分何かしらの魔道具で記憶でも覗いたのか?怖っ。

僕はされなくてよかった・・・。といっても覗かれて困る記憶なんてないけど。何か怖いからヤダ。


「困ったことになぁーんにも覚えてないんだよ。でも君が助けてくれたんだよね。あとエルマーもたくさん手当してくれたのは知ってるよ。ありがとう!!」


溌溂とした笑顔。あぁ・・・熱量が持っていかれる・・・・。少し・・・苦手なタイプだ。多分熱血タイプ。


「そういえば自己紹介もしていませんでしたね。私はロノ。少し難しい顔をしてるのがクロです。エルマーはもう知っているみたいですね。」


シャキンっと親指らしきものを立てるエルマー。

シャキンっと親指を立ててアイコンタクトする名無しちゃん。

通じ合うものがあるんだろうなぁ・・・。遠い目。


「私の所には名無しが訪れる運命なのでしょうかねぇ・・・。ねぇクロ?」


この人、分かってて話振ってるな。

えぇえぇ、僕も名無し君でしたよ。名前考えるの大変って顔しても手伝いませんからね。

僕の時はさらっと決めてくれたし大丈夫だろ。

いや、話が出来るまで僕は時間かかったし・・・意外と考えてくれていたのかも??


「エルマー。どう思います?」


僕の嫌な顔を察してエルマーに振る先生。珍しくGJ。


「うーんそうだなぁ・・・・。ずっと名無しちゃんって呼ぶわけにもいかないだろ。ボクが名前を考えてやろう。」


悩むように腕?を組むエルマー。足が短いから上手く組めてない。じわじわ来る。


「よし。お前はシロだ!!」


おおっふ・・・THE・安直!!!

絶対僕がクロだからシロでしょ。それ以外の理由絶対ないよね。


「うちにはクロが居るからな。シロが居たら丁度いいだろ!」

「わかった!!今日からみんなシロって呼んでね!!」


いいのかよ!!シロとクロだぞ?しかも理由もどストレート・・・。

しかも何故かやけに気に入ってるし・・・。

先生は笑いを堪えてるし・・・。はぁ・・・・。もうどうにでもなれ。


「宜しくお願いします。シロさん。」

「シロさんはおかしいよ!!クロの方が先輩なんだからシロでいいって!」


ものすっごく満面の笑みで返される。

はい来た。太陽光。疲れる。帰りたい。・・・家だここ。

そもそも先輩って――。

耐えきれずに先生がここで笑いだした。


「君たちは面白いですね――。改めてシロ。宜しくお願いしますね。」

「はいっ。こちらこそお世話になります!!」

「ほら、クロも。」

「よろ・・・しく。シロ。」

「うん!!よろしくね!」


何か態度違くない!?いやダメだダメだそんな度量の狭さではこの先、生きていけない。

こういうものだと割り切ろう。頭がそう言ってる。まともに相手をしては多分ダメだ。疲れる。


「よろしくな!シロ!」

「うん!!エルマーもよろしく!名前ありがとう!!すっごく気に入った!!」


そうだろうそうだろうという頷きを見せるエルマー。

・・・・・・・・もういいか。

――挨拶も程々に終えられようとする朝食。


「それで・・・この後シロはどうするんです?」

「うーーん。何にも覚えてないのでどうしたらいいかわからんです!!」


先生の質問に元気いっぱいに何の回答にもならない答えを返すシロ。

まぁ・・・多分しばらくの間は一緒に暮らすことになるだろうな。


「では、ここでクロと一緒にお勉強しませんか?」

「え!?いいんですか!?ぜひぜひ!!」


――ね。そんな気はしてた。諦めよう。


「クロも一緒に学ぶ友達がいればもっとやる気も出るでしょう!!」

「あ、え、まぁ・・・。」


急に振られて思わず生返事を返してしまった。

それはどうかなぁ。どうだろうなぁ・・・。余計に疲れるだけだと思うなぁ・・・。


「ですが!クロとシロでは学ぶ目的も内容も違いますので・・・。シロの先生はエルマーです!!」

「おう!!任せろ!」


ノッリノリの一人と一匹。さすがとしか言えない。

今は一緒に机に向かう事が無い分だけ喜んでおくか。


「わぁ!じゃぁエルマーは今日から師匠だね!!」

「悪くない響きにゃ!!師匠と呼ぶがいい!!」

「師匠!!」

「にゃっは!!」

「ししょー!!」

「にゃーーっはっは!!」


あーもう勝手にやっててくれ。


「あの・・・先生。エルマーってそんなことも出来ちゃうんですか・・・?」

「えぇ、エルマーは私と遜色ない知識を持っていますよ。教え方はまぁ・・・わかりませんが。大丈夫でしょう。何より相性良さそうですし。」


ニッコリと笑う先生。

そうなのか。それはすごい。先生と遜色ないって・・・。

うーん・・・けど授業って教え方が重要な気がする。

何か一人だけ真面目に色々と考えているのが馬鹿らしくなってきた。朝食を片付けよう。

朝からどっと疲労感に襲われる。

朝食の皿を洗いながら深い溜息が零れた。

哀愁の雰囲気を漂わせながら皿洗いに励むクロの後ろでロノはふふっと小さく笑っていた。




それから僕達はそれぞれの授業をこなしていった。

僕は世界各地の魔術構築式を覚えたり――魔術の実技を行った。

たまに近接戦闘術の確認を申し出て、憂さ晴らしをしたり。

役に立つことから立たない事までまぁ本当に色々と学んだ。

もちろん、ネクロムの力の使い方も徐々に覚えた。


一方シロはエルマーと肉体強化に励んだり・・・魔術の勉強もしていたな。

でも何か主に戦闘訓練をしていたと思う。頻繁に一緒に出かけていたし。

何だろう。一人前の戦士にでも育てるつもりだったんだろうか。


日常は悪くなかった。なんだかんだ皆でワイワイ暮らしたり。

季節によって移り変わる祝い事とかを楽しんだり。

授業が休みの日はピクニックに海を眺めに行ったり。

シロの料理で皆寝込んだりしたこともあったっけ。



今思えば――全部楽しかった。

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