第12話 隠者の社 10:覚醒
色々試した。
短刀を振り回したり、先生と何回も手合わせしたり、ゴロゴロしてみたり、精神統一風なことをしてみたり。
エルマーと本気で追いかけっこしてみたり。これは違うか。
とにかく様々な方法を試した・・・が成果は出なかった。
「うーーん。何かクロの引き金になるようなものがあると思うんですけどねぇ・・・。」
さすがの先生も煮詰まっている様だ。
引き金・・・ね。体を冷やしてみるとか?いや、あの感覚は体が冷たくなっている訳じゃない。
そう錯覚する程に自分の心が冷えていたんだ。
・・・まるで永遠に続く夜にさらされた廃墟の壁の様な。
・・・孤独の檻のなか、絶望すら超えた先にある無の領域に足を踏み込むような。
ふと空を見上げる。
気づけば西日は役目をとうに終え、月が世界を見下ろしている。
「クロ?大丈夫ですか?」
「あっ、はい。大丈夫です。少し・・・考えさせてください。掴みかけてるかも知れません。」
ふむ。と顎を指で支える先生。
まぁ先生からしたら僕は空を見上げて呆けているだけに見えるだろうから当たり前だ。
あの時は・・・全てに絶望して・・・諦めて・・・生きる事に縋った。
何もかも誰も味方はいなくて・・・頼ったのは自分だけ。自分だけ・・・・。
そうか。僕が――。
誰かと戦う事が必要なんじゃない。心が乱れているからじゃない。
武器を振っているからじゃない。
必要なのは僕だけだ。
おもむろに立ち上がり、木の短刀を地面に放った。
何かに気づいたロノは邪魔にならない様に急いでランタンの灯りを消した。
ランタンの隣で寛いでいたエルマーも、ただならぬ雰囲気に息を殺す。
月を見上げる。
あの時と同じ形だ。そういえば月が満ち欠けするなんて知らなかったな。
両手の力を抜き、目を閉じる。
しばらくの静寂が流れる。
自分を探り始める。
温かい気持ちをかいくぐる。底へ――底へ―。
孤独よりさらに先へ。自分だけの世界。
心が自分から乖離する感覚。まだ底へ――。
氷の様に冷たい暗闇に落ちる。しばらくの自由落下。
落ちて行く思考を、世界をただ眺める。
――此処だ。
何もない世界が唐突に動きを止める。
ゆっくりと何もない地面に足が着く。波紋が広がる。
そして、それは目の前の何かに当たって相殺された。
黒い扉。シンプルで装飾もないただの黒い扉。
扉に手を触れる。
そう。扉は僕自身。僕の中にあった。
必要なのは自分を知る事。
自分の闇を。孤独を。無を知る事。
もう吞まれたりはしない。
目を開く。瞳に迷いの色は無かった。
扉を一気に押し開く――。
扉の先に広がる世界。
夜の草原には数えきれない程の、色とりどりな光る粒が楽しそうに舞っている。
先生も、エルマーも。この暗闇でもはっきりと見える。
多分・・・一の扉を開けたのか・・・。見えないものが見える。感じる。
今まで教えてもらった事が本当なら・・・・。
斜め上に手のひらを向ける。
「――ウィンドスラッシュ。」
唱えた瞬間。僕が想像した通りの風の凝縮が起こる。ここは風のソルが多い。地のソル。水のソルもクルっと円を描くと、風のソルへと姿を変えた。
みんな楽しそうに圧縮された空気で遊んでる。こんなものだろうか。
飛べ――。
腕を水平に振った。
フォッ――。
圧縮された空気は、そのまま風の刃の形をとり草原を超え、森の先、上空彼方まで走り去った。
通り道にあった数多の木、木の上部はさっぱり綺麗に切り取られている。
恐らく数キロメートルにわたって。
―――やりすぎた!!!!!
「にゃ・・・これはにゃんと・・・。」
「おぉ・・・・これほどとは・・・・。」
再び火を灯したランタンを咥えたエルマー。
一緒に歩み寄る先生。
「何か掴めた様ですね。―――まぁ、かなり森は消し飛びましたけど。家の方じゃなくて助かりましたよ。」
苦笑いの先生。
本来、適正のソル100%での魔術発動など不可能らしい。
純度が下がれば、精度、威力も下がる。さらに純度が下がれば魔術は発動しない。
逆に、あえて複数のソルを混ぜて、複雑な魔術を行使する事が可能だとの事。
ちなみにウィンドスラッシュは普通の魔術師なら誰でも使える初期魔術。
こんな威力出したら一発で怪しまれる。普通なら木を一本倒せるかどうか位の威力。
教わってたのと違います先生。
「それよりクロ。君の魔術発動には術式が用いられてい無かったようですが・・・」
「あ、そういえば・・・。ちょっと集中してたんであれですけど・・・”こうなってほしい”って思ったらその通りにソルが変わって、動いて―――こうなりました。」
さっぱりとした森に目をやる。
「それは君がソルの目視を自然と行えている事に起因しているのかも知れません。目視できる事によって、術式を用いらずとも”直接的にソルを従属化、そして命令”を行えているんでしょう。・・・・とんでもない。ただ――。」
「どうしたんですか?」
「ただ・・・そんな事を出来る人間はクロしか居ない。誰かの前で魔術を使った瞬間。”僕は変な人ですよー怪しんでくださーい!”って言っているのと変わらない事になります。魔術というのは人々の生活に根深く浸透していますからね。」
「という事は・・・必要なくても術式を組む必要がある・・・?」
「そういう事になります。ソルと違って術式は誰にでも見える。命令構築式を自身の魔力を用いて描くんです。つまり、クロはそれをソルで行う必要がありますから・・・。」
言いたくないけど・・・・。
「また・・・座学に逆戻りなんですね・・・・。」
「御明察!!この世界の魔術構成を隅から隅まで叩き込みましょう!楽しいですよ!!」
この人ほんと魔術とか魔道具大好きだよなぁ。気持ちは分かるけど・・・。
また・・・・・座学・・・・・時々体が鈍らないようにって言い訳して手合わせでもしてもらおう。
エルマーは”諦めるんだな”とでも言いたげな顔で見てくる・・・。挫けそうになったらまたキャンディくれるかな。
「どうですか・・・?クロ。」
優しい笑顔で問いかける。
「すごく――綺麗です。いろんな色。動き。まるで意思のある宝石をばらまいたみたいな・・・。こんなに綺麗だったなんて思いもしませんでした。」
「そうですか――。私も見てみたいものですねぇ・・・。」
冥属の扉。死者の神の力。そんな暗い力とは思えない程、心躍る景色だった。
梟の鳴き声。虫の囁き。宝石の流れ。
とうに夜は更けていた――。
――唐突な違和感。
ソルが乱れてる場所が・・・ある?比較的近い。
「先生!!エルマー!」
「えぇ!向かいましょう!!」
「よくわからんけど行くんだな!?」
先生は気づいている様だ。
本当、何者なんだろう。先生は。
一の扉を開いたからこそ気づいた異変。それにいち早く気付いている。
走る二人と一匹。
僕が切り倒した木々の中に異変の原因はあった。
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