第11話 隠者の社 9:八戒の扉

――翌日。

僕と先生は昨日と同じ草原に居た。


「さて!!気を取り直して、今日からは魔術指導及びネクロムの力の使い方を教えます。」

「あれ?近接戦闘術はもういいんですか?」

「えぇ、クロには必要ないでしょう。問題は戦闘能力ではありません。君はこの世界の魔術及び、ネクロムの力を知る事が重要な様なのです。その前に――。」


一つ間をおいてロノは頭を深く下げた。


「昨日は本当に申し訳ないことをしました。いくら君を知る為とは言え、あの方法は良くなかった。本当に反省して――。」

「許しませんよ。」


ニッコリと応えた。


「あの――!」

「許しませんよ。」


ニッコリと応える。

先生は深い深い溜息を吐いた。


「えぇ、絶対に許しません。」


その方が面白そうだから。先生がしたい事や知りたいことは十二分に分かっている。

本当に反省していることも。あの時額に落ちた雫が教えてくれた。


「クロって・・・意外と意地悪・・・。」

「誰かに似てきたのかも知れませんね。」


先生にも伝わっているんだろう。困った様な笑顔が証拠だ。


「はぁ・・・とにかく――。今日からは魔術指導です!!張りきっていきましょう!!」

「先生。魔術って言われても僕は何も知りませんし分かりません。いきなりやってみてとか言われても出来ませんよ?」


先に釘を刺す。きっとこの人は僕にやらせてみてニヤニヤしたいだろうからな。


「ぐぬ・・・。クロも大分私の事が分かってきたようですね・・・。これは手強い・・・。」


落胆するロノを他所に説明を促す。


「いいでしょう。まずこの世界の魔術についてです。あ、ちなみに私は訳あって厳密には魔術が使えないので、原理説明で許してください。」


え、そんな魔法使い風の恰好してるのに魔法が使えないのか。意外過ぎる。

でも先生に施された色々は何だったんだ?魔法じゃない?


「そんな深く考えなくてもお見せしますよ。ここら辺は風と地のソルが多いので・・・。」

そういうと先生は手にした杖を構える。

杖の先端に円形の陣が構成される。何かの力が収束する。


「ウィンドスラッシュ。」


先生が唱えると同時に円形の陣は霧散した。――何も・・・起こらない・・・?


「御覧の通り。魔法術式を完璧に組んで発動条件を満たしても発動しないんですよ。」


ぽりぽりと困った様に頭を掻く先生。

なるほど。確かに魔法が出てない。名前からして風の刃が飛ぶはずだったのだろう。


「見た方が早いですよね。今のが大体の魔術の構成方法です。まず――。」


もの凄く細かい説明を受けたが、要約すると


1.自身の魔力を用いて、魔法に必要な属性のソルに呼びかける。

2.円形の陣を用いて発動に必要な術式を構築する。

3.ソルと自身の魔力を合わせて、術式に基づいた能力を発動させる。


こんな感じだ。

ソルについては何となくわかる。大気中に散りばめられた属性の様なものだろう。

でも一番わからないのは≪魔力≫だ。

そんな力感じた事無い。


「はいはい先走らない。」


先生の声で僕の思考は止まった。


「だってクロは魔力なんてないんですから。」

「・・・・・―――えええええええええええええええええええええ!!!!」


笑うロノ。デジャヴ。

いや今はそんなことはどうでもいい。

じゃぁ僕に魔術を教えても使えないんじゃ?


「でも、君は最強の魔術師になれるんですよ。――何か忘れてませんか?」


ピンときた。


「ネクロムの・・・力?」

「さすがクロ。察しが良くて助かります。覚えていますか?昨日の事を。」


覚えている。あの感覚。

冷たい水の底の様な。


「なので・・・。まずはネクロムの力について説明します。言わずもがな冥属のフィラメントのネクロム。それに与えられた権限は不老不死ともう一つ。≪八戒の扉≫の開閉です。」


先生は頷く僕の表情に変化が無い事を確認した後、話を続ける。


「これは冥属の世界。冥府と扉を通して繋がり、モルヴァの力の恩恵を受ける事になります。」

「モルヴァの力の恩恵を受ける・・・。まがりにも神の力を直接使えるんですか?そんな権限は大きすぎるのでは・・・というか、他のフィラメントもその様な力を持っているのでしょうか?」

「良い質問だね。もちろん他のフィラメントも同じような力を持っています。規模も方法も形式も違いますけどね。そして、モルヴァの力は存分に自由に揮える訳ではありません。それでも≪神≫という存在の恩恵を受ける天属のフィラメント、冥属のフィラメントは特別ですけど。」


そうだろうな・・・。そんな軽々しく神の力を使われては世界がもたないし、とても均衡なんて取れたものじゃない。他の主祖も同じような制限がかかっていると考えるのが自然だ。


「話を戻します。八戒の扉を通して、モルヴァの力の恩恵を受けるわけですが・・・。それには文字通り”八つの段階”、八つの扉があります。数字が上がれば上がる程、力は強力なものとなる。そして、私がクロに教えられるのは≪四の扉≫までです。」

「四の扉まで・・・ですか?なんというか・・・中途半端ですね?」

「えぇ、大変申し訳ないのですが教えられるのはそこまでです。≪五の扉≫以降は使用する為に、”代償”が必要となってしまいます。クロも使う事が無いと良いのですが・・・。」


そこで一旦話を止めたロノ。

少し間を開けて真剣な顔を作る。


「そもそもクロは、自身がネクロムに選ばれた時の事を覚えて居ますか?辛いことを聞いているのは承知の上です。答えたくない。思い出したくなければ答えなくていい。」


ひとしきり考えを巡らせる。

先生に隠し事は要らない。それに、今なら思い出せる。心に波は立つけど――きっとそれは水に広がる波紋の様にすぐに消える。


「正確には・・・覚えてないんです。ある日、僕は家の手伝いの為に隣町まで薬を買いに行っていました。朝から家を出て・・・帰ってきた時には街の様子は一変していました。街には誰一人居なくて――。胸騒ぎがして家に駆け込んだんです。そして、そこにあったのは父と母の亡骸でした。」


僕の言葉に眉間に皺を寄せる先生。

――大丈夫ですよ。


「何故殺されたのか。ただ毎日を平和に穏やかに精一杯過ごしていただけなのに。そんな思いが胸を押しつぶして・・・憎悪と疑問と悲しみと。色んな感情がどうにもならなくなった時、僕は意識を失いました。そして次に目を覚ました時。街は亡者だらけ――。あんな状態になっていました。僕は父も母も殺しました。もう死んでいたのに。向かいの優しいおじいちゃんも。可愛かった隣の犬も。何度も・・・。何度も。」


深く息を吐いて吸う。

波紋が治まる。

先生を見る。ニッコリと笑う。


「僕が覚えているのはこれだけです。」


いたたまれない表情の先生。

笑顔の僕の頭を優しく撫でた。


「大丈夫です。僕にはちゃんと家族がいますから。」


僕の言葉に微笑む先生。


「ありがとうクロ。これで殆ど分かりました。・・・君の街は明らかに何者かに意図的に襲われた。正確にはネクロムがいた場所が襲われたんです。君がネクロムに選ばれたのはその前でしょう。自覚が無い事も前例が無い訳ではありません。そしてわざと君の心を壊すように非道な手段を用いた。異世界への封印も含めてね。クロは自身の意思とは関係なく、感情の昂ぶりにより≪五の扉≫を開けさせられたんだ。死者の魂は冥府に戻る事を許されず、アンデッドとして再度偽りの生を受けさせられた。自由になりたい魂達は束縛から逃れる為、その根源であったクロを襲った。まだ扉の存在すら知らないクロの発動は不完全だったのでしょう。」

「――だから僕は名前を思い出せなかったんですね。」

「そうですね。その時の代償が名前。恐らく名前だけでは無く・・・幸か不幸か”存在の概念”を一部奪われたのでしょう。」


存在の概念?どういう事だろう。

存在が一部消されたという事だろうか?


「まぁ、ちょっと影が薄くなったって考えておけばいいんですよ。」


ロノはニッコリと笑った。

存在の概念の欠如――。本人にすれば自身を少し失う。

世界からすると、対象の存在を失う。忘れ去られる。存在の認知が難しくなる。

街に生存者がただの一人も居なかった事は果たして幸いだったのだろうか。

アンデッドに見つかりづらかったのもクロが生き延びた一因ではあるのだろう。

そして、気配を消された時のクロは本当に目ですら追う事は難しい。これはきっと武器になる。

打算的な考えに嫌気は差すが・・・クロにはこの先を正しく生きてほしい。考えは放棄できない。


「影が薄い・・・って言われて喜ぶ人はいないと思うんですけどね。」


ムッとしているクロを見て我に返る。

自然と笑みが零れた。


「そうですね。でもきっと君の役に立つと思いますよ。――それはそうとクロ。昨日の戦いは覚えていますか?もちろん”死者の私”と戦った時の事です。」


戦いについても、もちろん覚えている。

何か先生の動きが見えていた。というか・・・先生の動きの先が見えていた?


「そうですね。・・・戦いについてももちろん覚えてます。何というか・・・こう・・・伝えづらいんですが、先生の動きの先が見えていたというか・・・。」


僕の言葉にうんうんと頷く先生。

何とかひねり出した説明にもなっていない言葉に何か納得がいったのだろうか?


「それはクロが≪一の扉≫を開いていたんです。」


ん?僕は扉なんか開いた覚えはないぞ。


「もちろん。無意識にですから自覚はないでしょうけど。」


見透かした一言。はい。いつものやつ。

いいから説明早くしてくれないかな。


「まぁまぁ、そう睨まないでください。ちゃんと説明しますから。」


ニヤニヤしながらまぁまぁと手を広げて見せる。


その後の説明を要約すると、

≪一の扉≫は本来、自分の魔法を使いやすくする為にソルの従属化をおこなう。

僕がやっていた様な応用も利く為(先生は予想外だと言っていたけど)、従属化を用いてソル自身に魔術の術式構築をさせる事が出来る。

魔術発動に必要な魔力もそこから代替できる。

だから、自分の意志で扉を開閉できるように、コントロールの練習をしよう。

そうすれば君は最強の魔術師だ!!

そんな所だった。


「何となくは分かりました。でも僕は扉なんてどこにあるかも分かりませんし、開けたり閉めたりした記憶も全くないんですけど。」

「心配ないとも言えませんが・・・・。きっと感覚で掴めるようになるはず!!ものは試し!やってみましょう!!」


ものは試し。そう言って昨日はひどい目にあったしなぁ・・・。


「昨日みたいのはもう無しですよ。」

「ひどいなぁクロ・・。ちゃんと反省してますって。」

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