第5話 隠者の社 3:世界の有様

目が覚める。目の前の風景に未だ思考が働かない。いつもの廃墟では無いことに違和感を覚える日が来るとは思わなかった。


「お目覚めですか?」


部屋の入口に居たロノは声掛けへの応答を確認すると、首に巻かれた液体を注意深く観察する。


「うん!もう大丈夫そうですね。」


ニッコリと笑顔を作った後、液体にそっと触れた。すると液体は霧散し、光の粒へと還っていった。


「さてと、お腹は空いていませんか?積もる話は朝食をとりながらにしましょう。」


ロノの言う通り、昨日は食事を摂っていない。空腹には慣れているせいか、普段と変わらない感覚なのだがこれが空腹なのだろうか。

居間らしい部屋に行くと、テーブルには食事が用意されていた。そのどれもが懐かしく、人が摂るべき物という香りが久しぶりに鼻をくすぐった。ロノは先に席についていた。エルマーもテーブルの上に香箱座りで待機している。少し後ろめたい気持ちが働くが、空いている椅子に腰かけた。


「さて、何からお話しましょうか?」

話を切り出しながらも、食事を摂るように促すロノ。それに応じて用意された食事に手を付ける。こんなに安全な食事は何時ぶりなんだろう。


「そういえばお名前を聞いていませんでしたね。」


そう問いかけられて口を噤んだ。答えたくても名前の記憶が無いのだ。昔の記憶はあれど、その思い出達の名前には靄がかかって、そこだけが聞き取れない。


「なるほど・・・思い出せないんですね。」


ロノの差し込んだ言葉に驚きが隠せない。


「まぁ、なぜ分かったかは後々に説明しますから。でもこれからは名前が無いと不便ですね。」


そう言うとロノは腕を組んで考える素振りを見せる。少し唸った後にひらめいた顔。


「クロなんてどうですか?」


そう呼ばれて嫌な気はしなかった。まるで自分の色を表している様だ。


「クロ・・・で良いです。宜しくお願いします。」


気恥ずかしさを抑え、軽く会釈する。満足そうにロノは笑顔を見せた。


「では決まりです!あなたは今日からクロ!私たちの家族ですよ。」


家族。そう言われて心がざわついた。拒絶に塗れた温かい感情。不思議だった。


「あの・・・なぜロノ・・・さん達は僕を助けてくれたんですか?」


僕の質問に対して明らかに怪訝な表情を見せるロノ。


「まず<さん>付け禁止です!私の事はロノと呼んでもらって構いませんよ。若しくは・・・先生とか・・ふふ。」


言いながらニヤニヤとするロノにイラっとする。そのドヤ顔にも。


「ええと・・・それは後でいいです。何故僕を助けてくれたんですか?あの場所では気が遠くなるほどの時間生きながらえましたけど、訪問者どころか街から出る事すらかなわなかったんです。」

 

ロノの要望を辛くも避けた。・・・つもり。

彼は少し残念そうにため息を吐き、気を取り直したかの様に真面目な顔を作った。


「クロ。君には確かにそれを知る権利がある。でも、物事には順番というものがあってね。その話をする前にこの世界について知ってもらわなければならないんだ。」

「この・・・世界について・・?」


唐突な規模の話に、無意識な言葉が口をつく。

呆気に取られている僕をよそにロノは立ち上がり、ガサゴソと箱の様なものを漁り始めた。


「確かここに・・・あったような・・・あったんだよなぁ・・・あれぇ?・・・・。」


コロコロと印象が変わる人だ。急に真剣になったり、子供みたいに笑ったり。だらしなさそうだったり。

テーブルで共に話を聞いていたはずのエルマーが、気づけば小さな何かを咥えている。


「マスター。これだろ。」


振り返ったロノは満面の笑みで喜ぶ。

「そうそうそれ!使うの久しぶりだったからどこにあるのか忘れちゃって。さすがエルマー!」


ロノが頭を撫でようとした手を最小限の動きで躱すエルマー。

机の上に置かれた小さな物体は、幼い頃に見たことがある世界を球体にしたおもちゃの様な形をしていた。


ロノがパチンと指を鳴らすと、唐突に部屋が薄暗くなる。

そしてその機械か何かのスイッチを入れた。


「まず、これを見てください。」


上部の空間に大きな球体が映し出される。


「これは≪世界の目≫という魔道具です。今現在のこの世界全体の有様がこの球体と思ってもらって構いません。もちろん!僕が作った魔道具なんですけどね。」


自慢げに眼鏡を上げる。

いちいち鬱陶しいけど。それが本当ならこれとんでもないものなんじゃないか・・・?

ロノのセリフを疑いたくもなるが、その球体には色とりどりの地形、雲、街などがあまりにもリアルに描写されている。


「それで・・・世界の有様というのは?」


小さな猜疑心を隠したまま話の続きを催促する。

軽く咳払いの後にロノが続ける。


「今、この世界は大きく分けて五つの大陸国家により成り立っています。それぞれの大陸には大小様々な村や町はありますが、主に中心となって各大陸を治める≪紋章国家(エンブレイシア)≫によって国家間の均衡を保っている状態なのです。ここまでは良いですか?」


ニッコリ顔で目線を配るロノに対して頷く。

急にこんな話を聞かされても何も実感すら湧く事はない。だが、これはこういうものと割り切るべきと頭が判断している。


「そして、各大陸はこの世界を構成する六つの元素の信仰を基に統治が行われているのです。」


どこからともなく取り出した趣味の悪い指さし棒を球体に向ける。


「あの・・・六つの元素って何ですか?」


僕の言葉に、その質問を待ってたと言わんばかりのロノがうんうんと頷く。


「まずこの世界では、地水火風が一般的な元素です。地水火風の役割は説明しなくとも何となく感じ取っているのではありませんか?。」


大地に水、暖をとるための火や、森を駆け抜ける風。どれも説明の必要はない。この世界ではありふれたものなのだろう。僕も昔は当たり前だった。

小さく頷く。


「ここからは少し難しい話になるかもしれませんが・・・。それぞれの属性にはそれぞれの≪主祖≫。属性自体を生み出した精霊が存在します。その主祖こそがそれぞれの大陸における信仰の対象なのです。」


そこまで言うとロノは指を一本ずつ立てて説明をし始めた。


1.炎の精霊≪ガザーリオ≫を主祖とするエンブレイシア≪アルジス≫

2.水の精霊≪カタラディネ≫を主祖とするエンブレイシア≪マール≫

3.地の精霊≪ティエンド≫を主祖とするエンブレイシア≪スペラクエバ≫

4.風の精霊≪トルエ≫を主祖とするエンブレイシア≪ネブリマ≫


「と、こんな感じですかね。どの国も独自の風土や統治体制を持っていて興味深いですよ~。」


楽しそうに話すロノ。

名前だけ聞いても何もピンとこないけど・・・。


「でも元素は六つなんですよね?どちらにしろ大陸は五つで属性は六つ。初めから辻褄があわないんじゃ―――」


言葉をさえぎられる。


「そう!でもあとの二つは少し特別なんだ。」


ロノは趣味の悪い指さし棒を球体上部に向ける。


「この浮いた大陸に一つ。そして、この球体の深部にもう一つはあるんです。」


確かに浮いた大陸がある。どうやって大陸ごと浮いているのかは想像もつかないけど。

球体の深部と言われてもそれはそれで・・・見えないしなぁ・・・。

ロノは再度自席に腰を掛ける。


「君は神を信じるかい?」


突拍子もない質問に戸惑う。けど神がいたとしたら。


「神は信じません。もしも神がいたなら僕はそれを許せませんから。」


少し困った様な寂しい様な表情を作ったロノは話を続ける。


「ここにはこの世界でいう所の神がいる。天属の主祖である≪フォスキア≫。一般的に世界の全てを創成したと言い伝えられている存在だね。そしてその信仰の下で生きる人々。自分たちは神に御身を授かった選ばれし者と思っているようだけどね。そんな天上大陸を人々は≪シエロ≫と呼んでいる。水のマールや風のネブリマの一部には信仰がある人たちもいるんだ。詳しい話はまた後日にさせて貰うよ。」


・・・そうか。その神様気取り達は僕があれほど迄に苦しんでいる間何をしていたんだろうな。

腹部の底から湧き出る黒々しい感情とは関係なく話は続けられる。


「そして、もう一柱の神がいる世界深部。冥属の主祖≪モルヴァ≫が取り仕切る冥界。これは大陸によって呼び名も違うし明確な場所も名前も無いんだ。共通して≪死者の国≫という事だね。」


良くある話だ。死者のたどり着く先。僕ももう少しでたどり着く所だった。本当にあるとは思ってなかったけど。


「それで・・・この話が僕を助けた事と何の関係があるんですか?」


チッチッチッと揺れるロノの人差し指。


「焦らない焦らない。今までのは前置き。話の要点はこれからですよ。」


そういうと朝食と共に用意されていた紅茶に口をつける。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る