第4話 隠者の社 2:孤独の慟哭
――夢を見た。
泥濘のような闇を泳いだ。息も絶え絶えに必死に泳いだ。その内に大きな闇は津波となって押し寄せ、僕の体を飲み込んだ。
体が重い。自由に動かない。でも何かがかき立てる様に、闇の底へ向かって潜った。光が見える。でも届かない。闇をいくら掻いても体は進まない。それでも諦められない。
口から溢れた呼吸は闇に気泡を作り我先にと浮上する。もう息がもたない。手足は棒のように疲労を訴え、意識も朧に消える間際。
声がする。何か・・・聞こえる。
「――いっ!おいっ!」
顔に加わる衝撃に目を覚ます。体は汗で塗れ、息もあがっていた。
小さく溜息を洩らしたエルマーが訪ねる。
「うなされてたぞ?余りに苦しそうだったから起こしたんだ。」
悪夢・・・を見たのだろうか。うまく思い出せないが、何か苦しい夢を見ていたような気がする。でも悪夢の様な胃がもたれる感覚はしていない。
「大丈夫なんだな?」
眉間に皺を寄せたエルマーはその短い前足で腕組みをする。小さく頷いた後、部屋に備え付けられている時計に目をやる。午後5時前。数時間は眠れていた様だ。
「何か必要なものはあるか?」
エルマーが気を遣うように尋ねた。返事をしようとして、発声を禁じられていた事を思い出す。ベッドの横に用意されていた紙の上をペンが歩く。
《さんぽがしたい》
――外に出て先ず驚いた。暖かい。服装は変わっていないのに肌に感じる温度が心地良い。
「ボクからあんまり離れるなよ。ここら辺はボクなしじゃ帰れないからな。」
エルマーがのんびり四つ足で前を歩きながら声をかける。僕は頷き、ゆっくりとエルマーの後を歩く。森の中は夕暮れ時。目に映るすべてが、今までの色あせた世界を忘れさせる様に色彩豊かに揺れている。虫の鳴き声、鳥のさえずり、風が木々を優しく撫でる。一つ一つの森の声でさえ、ここが現実なのかわからなくなる程に穏やかだった。
気を遣ってなのか、エルマーは後ろを確認しながらも無駄に声をかける事はしなかった。次第に森は開け、背の低い草が茂る草原に出る。草原の先は崖になっており、その先は広大な海だった。役目を終えた今日の陽が半分程海に浸かっている。
「落ちるなよ。」
一言告げてエルマーは崖の手前に座った。僕も隣に並んで座る。無言のまま時間が過ぎる。
気づくと頬が濡れていた。涙だ。堰を切った様に様々な感情が入り混じった。どう飲み込んでいいのかわからない。どう折り合いをつければいいのかわからない。孤独の叫び声と安堵の泣き声が心を埋め尽くした。感情が溢れて止まらない。
エルマーは、嗚咽を漏らして泣きじゃくる少年に寄り添う様に座り直し、そっぽを向いて興味がない素振りを故意に見せる。
陰から様子を伺っていたロノは、優しく微笑みながら頷いた。
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