神様ごっこがキツすぎる

村雨雅鬼

神様ごっこがキツすぎる

エッセイである以上これは架空ではなく話なのだと前置きさせてもらうが、自分の前に彼が現れたのはもう7、8年前だ。銀髪に深い青の目という特徴的な外見。どこからかふらりとやってきて住みついた。わかっていたのは、感じがよく、スマートだが抜け目のないやつだということだけ。


彼のバックグラウンドを知るのにはもう少し時間がかかった。最初は、少数民族出身で(銀髪碧眼なんて本や映画の世界でもそうそうお見かけしない)、出自故にさげすまれながらも王家に忠実に仕える、良心的で有能な参謀か何かだと思っていたが、どうやらそれは勘違いだったらしい。

まず、王家なんてなかった。没設定だ。それに、彼の本質は、いいやつと呼ぶには複雑すぎる。真実と嘘のモザイク。やや美化された言い回しを用いるならば、「見る角度によって輝きを変える宝石のように」、悠長さと性急さ、優しさと冷酷さ、相反する性質を持ち合わせ、自在に使い分ける、食えない男。でも、いくつもの顔を持つ、それが人間だ(今敏『パプリカ』小山内守雄、おまえが言うなという感じだが)とすれば、決定的な自己矛盾を抱えた人間の仮面を一枚ずつ剥がしていくことほど面白いことはない。そう思うからこそ、自分はまだ彼を頭の中に住まわせているのかもしれない。


カクヨムに漂着する前からevernoteとかMicrosoft Word for Macで物語は書いていた。絶対に完結しない一大サーガ。彼の人脈で知り合った、彼と彼の仲間(=彼の友達、彼の部下、彼の敵、彼の味方サイドだけど何となく反りが合わないあいつとその友達×3、全然関係ない通りすがりの人A、etc)たちの語りを断片的に記録したもの。体系立たない書き散らし。自分はもはや作者ですらなく、自動筆記以下だ。そもそも彼らに好き勝手しゃべらせておくと、彼らが活躍する一番派手なシーンの寄せ集めにしかならない。


読み専で始めたはずのカクヨムで執筆し始めたのは気の迷いだが、すぐにここは魔界だと気づく。際限なく生まれる夢と才能が混沌と渦巻く場所。

星が欲しい。コメントが欲しい。ハートもつけてくれると元気が出たりする(これまで書いた勢いだけの短編にも、真摯なコメントをいただいた。自分の文章を世に晒したら即座に殴られるかと思っていたが、世界は思っていたより優しかった。ありがとうございます)。何事も中途半端で趣味もなく、悶々としていた自分にとっては、十分自己承認欲求を満たしてくれる場所だった。

それで思いつく。彼らの物語を献上するのにぴったりの祭壇ではないか。章ごとで投稿できるシステムは連載型の長編小説に向いている。


そんなわけで今までバラバラに書いていたプロットを一度整理し、少しずつ書き進めている。今度は彼らに丁寧に聞き込みをしながら。彼らは全てを語らないし、時には嘘をつく。一筋縄ではいかないようだ。


文字数が増えていくにつれて、(自己)満足感を不安が上回る。Cyan Worldsの伝説的なゲーム、MYSTシリーズ(※)ではないが、まずい文章を書いたら、マッドマックスもびっくりの荒廃した世界が出来てしまう。地政学的、科学的な正しさはファンタジー(仮)としての許容範囲内か?自分の記述には致命的な論理ミスがあるのではないか?劉慈欣の『三体』よろしく太陽が三つもある修羅の世界に彼らを送り込むわけにはいかない。日干しにされてしまう。

運良く自信の超大作(笑)になったところで、公開したら酷評されて普通にプライドが傷つくのも滅茶苦茶怖い。これだけ温めてきた(=書くのを渋っているうちに焦げる手前まで煮詰まった)アイディアが、自分の中で、かくも生き生きと動き回っている人物たちが、有象無象の一匹でしかないと思い知らされるのを予感してつらい。創るってキツくないですか?


それでも、なぜ今日もブラウザを開いて性懲りもなく付け加えたり削除したりしているのかというと、彼が言うからだ。


俺を殺すな。


書くしかない。書かなければ、彼らはやがて死んでしまう。それが自分が死ぬときなのか、はたまた雑事に紛れて空想の世界を放棄したときなのかはわからない。どのみち何も手を打たなければ、彼らの宇宙は、テッド=チャンの『息吹』のように、いずれ熱的死を迎える(定常宇宙論なんかはちょっと知らない)。自分にできること、すべきことは、多分、彼らを箱舟に乗せて、嵐が来る前に脱出させることだ。

ネットの海、我々の世界に。

駄文だろうが乱文だろうが、彼らに言葉という肉体を与えなければならない。彼らに神がいないのなら、自分が天地を造らなくてはならない。

一方、自分は全然神じゃないので、正直、厳しい。生身かつ本業があり、星の数とかアクセス数をPC開くたびに見に行って一喜一憂してしまう俗物の自分には。実力も修行も圧倒的に足りていない。光あれと言っても三文字しか進まない。そもそも、このエッセイにオチすらつけられないのに長編なんて書けるわけがあるか(短編と長編は恐らく全然テクニックが違うので、その辺はご容赦いただきたい)。自分が何になりたいのかもわからない哀れなWannabee。


物語を綴るという行為は、どうしてこうも複雑なのだろう。生を望む彼らの声が途切れなくて眠れない。義務感と焦燥感で進まぬ筆に鞭打ちながら、あわよくば評価されたいというギャンブル精神、虚栄心(のでこのエッセイはTwitterにも上げるしカクコンにも出す。清き一票をよろしくお願いします)。彼がそうであるように、複雑さと多面性こそが人を魅了してやまないのだとすれば、小説を書くというこの危険で混沌とした行為と付随する諸々の価値は、多くの人間を惹きつけて離さない、いわば異世界から来た魔性の何かなのだろう。


書くしかない。勇気と無謀を履き違えてでも、這ってでも前に進むために。頭の中の彼や彼女に、物を書くことに魅入られてしまった我々は。それは非生産的で孤独でメビウスの輪のように堂々巡りする作業だが、彼らの叫びに耳を貸さないわけにはもういかないんだ。願わくは、他の創作者も同じように、産みの苦しみを感じていると信じたい。


(※)ゲーム内に登場する「記述」を使って本を書くと、書いた通りの世界を本の中に生み出せる。その世界に入ることもできる。だいたいそんな感じ。

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