第二十四章 綿ぼこりのその後

第1話 気持ちの名前

 長野県、某地域。


 僕こと三ツ矢みつや柊司しゅうじは、とあるお店でコーヒーショップの店長をしています。



「ありがとうございました」



 カウンター席しかない、テイクアウトがメインの小さなお店ですが……ほとんどひとりで切り盛りしていくにはちょうどいいです。


 あくせくして稼ぐ必要はなく、ただただのんびりと。


 とは言っても、オーナー以外にもうひとりスタッフはいるんですが。



「……ありがとうございました」



 可愛らしい声が、自動ドアの向こうに行ってしまったお客さんの背に声をかけていました。接客にまだまだ慣れていないので、少しぎこちないですが。



「じゃ、片付けしましょうか? 沙羅さらちゃん」


「……うん」



 去年の夏頃に、最初は綿ぼこりだった『ケサランパサラン』として、僕の前に現れた彼女ですが。


 クリスマスパーティーの日に、頭の帽子みたいな本体はともかく……体が、大人の女性にまで成長してしまったんです。


 綿ぼこりから赤ちゃん。赤ちゃんからしばらくそのままでしたのに……急成長しちゃったんですよね?


 そして彼女は……僕を男として好きだと言ってくださいました。主従関係でも、義理の親子でもなく、ひとりの男としてです。


 僕は……嬉しくなかったわけではないのですが。


 その時は、『家族愛』としてしか答えられませんでした。



(……あれから数ヶ月経ちましたが)



 もう赤ちゃんの姿には戻れませんので、座敷童子の颯太ふうた君の配慮で……常連さん達の記憶を書き換えてくださり。


 沙羅ちゃんは看板娘に変わりないですが、アルバイトとして働いてくださることになったんです。それは、本人が希望したからですが。



「……美味しそう」



 今豆のカスを集める作業をしていただいているのですが。


 相変わらず、彼女の食事にはブラックコーヒー、小豆料理に……人間だと絶対食べられない豆のカスなので、彼女にとってはご馳走でしかないでしょう。


 僕はつい苦笑いしてしまいますが。



「……片付けが終わったら、食べていいですよ?」


「ほんと!?」



 美人さんの笑顔はまぶしいですね!


 こんな些細なことで喜んでくださるのは、僕としては心がくすぐったいですが……嫌な気分ではありません。


 少しずつ、店員として努力してくださる彼女は……今はこの店に無くてはならない存在ですから。


 僕はカウンターの方に回り、布巾でテーブルを拭きながら……掃除を頑張る彼女を、少しほんわかした気持ちで見つめていました。



(……そろそろ、この気持ちに名前がつくでしょうね)



 踏みにじったわけではないですが。


 今の沙羅ちゃんと一緒に生活してきたことで、僕の抱えていたものが変わりつつありました。

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