第3話 優しい涙

 ずっと昔……会社勤め立った時ですと。


 僕は……心が耐えきれず、壊れたんだと思っていました……。


 姉が死因も、遺体も残らずに……僕の目の前で消えてしまい。


 両親もその前に亡くした僕には……唯一だった家族がいなくなってしまったので……どうしていいのかわからず。


 枯れる勢いで、泣き続けても……何も得るものはなく。


 賢也けんや君が引っ張ってくださらなければ……僕は、今の柊司ではなかったでしょう。


 もう、五年以上も経ちますが……まだ完全に鬱の症状が治ったわけではありません。


 はらはらと……皆さんの前で泣きながら、僕はまるで走馬灯のように昔を振り返っていました。



「う、あー!」



 マントの裾を掴んだのは、沙羅さらちゃんでした。


 ステッキを持ちながら、僕のマントをくいくいと引っ張っている表情は……涙越しに見えましたが、少し泣きそうでした。



「落ち着いたかえ?」



 美麗みれいさんは、僕を叱ることも責めることもなく。


 ただただ、安心させるためだけに声を掛けてくださった。ゆっくりとカップのコーヒーを飲みながら。



「……はい。すみません」


「うちに迷惑はないどすえ? 気持ちの機敏は個人それぞれや」


「それ、妖怪でもか?」


「当然やでぇ? うちらとて、生きてる存在やし」



 賢也君の質問にはきっぱりと答えられ……コーヒーを飲み終えると、コップを僕に返してくださいました。



「ありがとうございます」


「こちらこそ。美味しいコーヒー、ありがとさん。これは是非、うちの店でコーヒーに合うお菓子用意せななあ?」


「あの……餡子コーヒーに聞き覚えは?」


「そんなのあるの? けど、あんまり美味しなさそうやなあ?」



 じゃ、と、美麗さんは来てくださった時と同じく、さっと帰って行かれ……人並みに紛れてしまった。


 やはり、妖怪さんだけあって……惑わすこと自体お手のものかもしれません。僕の勝手な想像ですが。



柊司しゅうじ、大丈夫か?」



 僕が、まだハンカチで軽く涙を拭っていると……賢也君が心配そうに聞いてくださいました。



「……ええ。少し久しぶりにリミッターが。けど、大丈夫ですよ」


「無理あったら、すぐに砥部とべ先公んとこ知らせるで?」


「はい。大丈夫ですよ?」



 不思議なほど……特に脳が痛くなるほどの、発作もないのです。


 心地良い……優しい涙を流すことが出来ました。


 沙羅ちゃんの方は、僕に抱っこをねだってきたため、すぐに抱き上げましたとも。

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