第10話 闇鍋

 今後の打ち合わせを行った後、ボクと樟葉クンは近所に美味いと評判のモツ鍋屋にいた。


「ここのモツ鍋は美味いだろ? 夜勤のときはスタッフと必ずここに来るんだ。これから長丁場になる。ならば、スタミナが付くものを胃の中に入れておかなくてはならない」


「ふぇ、ふあい」


 熱がりながら彼が口の中にモツを放り込む。


「ここはボクの奢りだ。遠慮なく食え。ただし酒は遠慮してくれ」


 ボクは彼の小鉢にどんどんとホルモンや野菜などを入れてやった。


「なあ樟葉クン、どうしてボクがこの事件に関わっているのか訊かないのか?」

 ボクも彼に負けじと鍋の具を口に放り込みながら、樟葉クンを見た。


いた方が良かったですか?」


「いや」僕は首を振った。


「こんなこと言っていいかどうか分からないですけど【ドラゴンファンタジアオンライン】の拡張コンテンツ発表の前でしょ? よく警察からの依頼を受けたなって。ある意味あなたは、底抜けのお人よしだ」


「だろうね」


 しばらく二人は無言のままガツガツ食べた。鍋も終盤に差し掛かったところで、彼に訊いてみた。


「ところでキミ、闇鍋というものをしたことがあるかい?」


「闇鍋? 闇鍋って鍋の中にいろいろと具材を入れ込むゲテモノ料理のことですか? 確か部屋の灯りを消して食べるんでしたっけ?」


「そうだ。部屋の電灯を消さないと、闇鍋の意味は無いに等しい」


「いえ、した記憶が無いです」


 樟葉クンは首を振った。


「学生時代にしたことがあってね。下宿先に集まっては面白がって何度もやった。鍋の具材になりそうなものは勿論、チョコレートやマシュマロをぶち込む者もいた。しかし、食べることができないのはいただけない。つまみ上げた物が靴下と分かったときはそりゃあもう怒ったね」


「はあ」彼は気のない返事をした。


「今はまさに靴下をつまみ上げた状態さ。つまらないし誰も笑えない。でも誰かが処理しなくてはならない」


「そういうもんですかね」


「そういうもんだ」

 鍋の中に箸を入れかき混ぜたが、粗方あらかた具材を取り上げたようだった。

 勘定を先に済ませるため席を立とうとした時、彼が唐突に質問をしてきた。


「どうして私だったんです?」


「ん、何のことだ?」


「今回の協力者に指名されたのが私だってことです。社内にも優秀な方はおられたでしょう?」


 一度立ち上がった席に再びボクは座った。そして彼の目をじっと見ながらこれまでずっと思っていたことを正直八に話した。


「シリーズ累計八千万本。世に送り出されたゲームの中でこれほどの金字塔を打ち立てた人間をボクはキミ以外に知らない。キミがゲーム業界に入りたての頃から知っているが、どんな困難にも決して諦めず、常に新しいアイデアを盛り込む制作手法はボクを含め他の模範となっている。他社に勤めているのが憎らしいほどにな」


 ボクは一息入れて、

「息子だってボクよりもキミが手掛けた作品に夢中だしね。それにゲームの制作者はゲームの達人でもある。今回の事件で真っ先にキミをメンバーに加えようとしたのは自明の理だよ」


 彼は少し照れて鼻の頭を指で掻きだした。


「というかキミもそろそろおっさんの分類に入る頃合いだろ? 早くいい人見つけて結婚した方がいいんじゃないか?」

 他人へのおせっかいはあまり好きでは無いが、彼の場合はついつい干渉したくなった。


「いや、でも、仕事が忙しくて、その……」


「そういうところだよ、キミのいけないところは。仕事人間は破滅への第一歩だ。経験者は語るよ。そうだ、あの町田刑事なんてのはどうだ?」


 樟葉クンは口に含んでいた水を霧のように吹きだした。


「ゴホッゴホッ、と、突然何てこと言いだすんです?」


「年齢も彼女とはそれほど離れてないだろう? いいじゃないか、ちょうど良さげな人が現れて。美人だしあの歳で警部補なんだからきっと優秀なんだろう」


「そんな無責任な。向こうさんは仕事で来られてるんですよ。プライベートへの干渉だって許さないはずです。それに今は人質救出のことを最優先に考えないと」


「……そうだな」

 ボクは少しおどけて肩をすくめた。


「腹いっぱいになったか?」ボクは彼に訊いた。


「ええ、もう充分です」


「腹ごしらえはこれくらいにして社に戻ろう。勇者たちがそろそろ集まっているはずだ」

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