第8話 仮想通貨3億円分の身代金
真っ白なテーブルに芝・町田の両刑事が横に並んで椅子に座る。そしてボクと樟葉クンも肩を並べるようにして対面の座席についた。相手が刑事だということで、取り調べを受けているような気さえした。
庶務課の女性社員が熱い緑茶を私たちの前に運んできた。
「どうぞ皆さんご遠慮なく。四月なのに今日はよく冷える」
「では失礼して」
渋い声で芝刑事が言うと、出されたお茶に手を付けた。同様にみんなも茶を口に含んだ。
「さて、どこから話した方がいいのだろうか……」
ボクは芝と町田刑事に目配せをした。
芝刑事が頷き、
「では私から」と、ひとつ咳払いし、低い声で話し始めた。
「藤森さんから、専門的な知識を持つ協力者が必要不可欠だとご要望がありましたので、この度貴方をお呼びしました。今からお話することはセンシティブな内容を含んでいますので、くれぐれも他言無用の上、しっかりと聞いていただけるようお願いしたい」
何やら不安そうな顔をしながら樟葉クンがボクの顔を見てきた。
ボクは「心配は要らない」と小声で伝えると、
「わ、わかりました」と彼は声を絞り出すように答えた。
「町田警部補、アレを」
芝刑事の指示を受け、町田刑事がシルバーのアタッシュケースから一枚の紙きれを取り出し、テーブルの上にそっと置いた。
それをのぞき込むようにして樟葉クンが視線を上下に動かす。一読したあと前を向いて、
「脅迫文……ですか?」と彼は半信半疑といった目をさせて言った。
「そうです」芝刑事は答えた。
「差出人は不明。被害者の自宅に郵送された郵便物の消印は都内のものでした。正直に申し上げれば、子供が行方不明になった当時は家出の可能性も疑われました。しかし、この脅迫文が送られた時点で警察も本格的に動く必要があります。さらに脅迫文には身柄と引き換えに、身代金の要求内容が記されていました。その額……」
芝刑事はゆっくりと息を飲み、「一千デイトコイン」と言った。
「デイトコイン?」
「デイトコインについてお話いたします」
町田刑事が代わりに答える。
「デイトコインとは、世界に約二千種類ほど存在する仮想通貨のひとつです。ビットコインに次ぐ供給量と時価総額を誇り、現在一デイトコインは約三十万円で取引されております」
「ええ、仮想通貨について少しくらいなら知識はあります。特にデイトコインは我々の業界とも密接な関係がありますからね」
樟葉クンは額に手を当て、少し考えてから、
「一千デイトコインとなると……約三億。三億円も要求されたということですか?」
確認するかのように彼がボクの方に顔を向けた。
「ああ、そういうことだ」
ボクは顔を強ばらせて言った。
「現金三億円なら重さ三〇キログラムに相当します。受け渡しが行われるにしても、持ち逃げするのは犯人も骨が折れるでしょう。それに比べ仮想通貨は送金も容易く、尚且つ足が付きにくい。考えたものです」
芝刑事が言った。
「では身代金は警察の方でご用意を?」
「結論から言うと無理です。ダミーの紙幣なら用意できますが、本件の要求とは合致しません」
「しかし、三億円なんて個人で用意できる額じゃない。では、このまま見殺しに?」
「聞きかじった情報で申し訳ないのですが、デイトコインの性質は、他の仮想通貨と決定的に違うところにあると伺っています。樟葉さんはそれをご存知でしょうか?」
少しの間、場に沈黙が走った。
「仮想通貨は別名暗号資産とも呼ばれ、送金が行われる度に取引データを承認する作業が発生します。その一連の流れを
そう言い終えたあと、樟葉クンは両目を大きく開き、何やら閃いた顔つきをした。
「そうか、私をここへ呼びつけた理由が読めたぞ!」
突然、彼が椅子から立ち上がった。
「私にデイトコインを
彼がボクを見下ろした。
「さすが天才プロデューサー。そこまで勘付いているなら話は早い。キミをここに呼んだのは正解のようだ」ボクは笑顔で言った。
彼はボクの目を見て頷いた。
「ビットコインなどは通貨というよりは電子マネーの決済システムに近い。
「ただ、デイトコインの
「そう。藤森さんの言葉通りデイトコインの
樟葉クンがテーブルに置かれていた湯飲みを掴むと、ひと息にグイと茶を飲みほした。
「刑事さん、今の私の説明でお分かりいただけましたか?」
「頭の固い我々凡人には理解が到底追い付かない。素人でも分かりやすく言っていただいていいですか?」
芝刑事が申し訳なさそうに言った。
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