【藤森春樹】 セントラルスフィア社取締役執行役員 の語り(視点)

第6話 二人のゲームプロデューサー

 ◎四月八日(金)午後一時十二分



 今朝から降り続いている雨のせいで、都内の桜は全て散るだろう。あとに残された葉桜や、舗道に散らばった花弁のちぎり絵も優美で捨てがたいが、今はそれを愛でる余裕がボクには無い。冷たく降ったその雨も天気予報では直に止むのだという。


 会社のエントランスで足踏みしながら今か今かと待ちわびていたが、ちょうど社屋の前で一台のタクシーが止まった。中から出てきた人間は……待ち焦がれていた男だ。


 ぼさぼさの寝ぐせ頭にれたネクタイ。はにかんだ口からこぼれる歯は、重度の喫煙のせいでヤニがたっぷりと染みついている。一見するといいかげんな男にも見えるが、あれでいて物凄く計算高い。ギャンブルで私生活が乱れていることが玉に傷だが、それも若さゆえのこと。間違いなく未来のゲーム業界を牽引する男だ。


 玄関口から勢いよく飛び出し、ボクは彼に向って手を振る。


「ヨォ~久振り。【ハンターズワールド】の名物プロデューサー、樟葉正敏くずはまさとしクン!」


 タクシーが走り去ったあと、それを見送るようにして立っていた樟葉クンに、ボクは握手を求めた。そして傘を差そうか逡巡していた彼のビニール傘をボクは奪い取って、

「要らないだろ。中へ急ごうじゃないか」

 と、彼の肩に手を回してエスコートした。


 エントランスの回転ドアを二人で勢いよく抜けると、自然採光で照らされた大理石のフロア、吹き抜けの回廊が視界に入ってくる。自慢ではないがボクが勤務する社屋はちょっとした高級ホテルの造りだ。


 すれ違う社内関係者に樟葉クンは律儀にもお辞儀をして歩く。相変わらず生真面目なヤツだ。そこいらの者より、キミの方がずっと有名人だと言うのに。


「今日お招きに預かったのは、前回好評だったコラボイベントの続きでしょうか? 御社の【ドラゴンファンタジアオンライン】と、弊社の【ハンターズワールド】との……」


「イイねえ、是非ともまたやりたいねえ」


 彼からの問いかけに対し、ボクはニコニコと答えた。


「違うんですか?」


「まあね」


「そうですか」彼は少し残念そうな顔を見せた。


「それにしても忙しいところ来てもらって申し訳ない。今日は大阪から来たんだろう?」


 久方ぶりに帰省した親戚のように彼をねぎらった。


「東京にはちょうど出張で逗留とうりゅうしていましたから、その点はご心配なく」

 そう言うと、樟葉クンはボクを残して突き当りの受付カウンターまで早歩きしだした。


「どこへ行くんだい?」


「どこへって、入館手続きをしないと」


 ピンク色の制服を着用した受付嬢に軽く会釈すると、彼はカウンターに据え置かれている

 台帳に自身の名前を記し出した。


「そんなの必要ないって」


「では携帯電話を預けないと」


 ボクらの商売は社外秘がたくさんある。営業マン以外は撮影、録音機器の類をキャビネットボックスに預けるのが決まりだ。けれど、そんな時間すら今はもったいない。


「いいからいいから。顔パスでいけるって」


 彼の腕を引っ張り、ボクたち二人は滑るように床を歩いた。

 ちょうど一階に到着したエレベーターに乗り込み、上階へのボタンを押す。扉が閉まるのを確認してから、鶯色とびいろのジャケットに隠してあった紙切れを彼に手渡した。


「ところでキミ、新聞紙は購読しているか?」


「新聞ですか……いえ、してないですけど。競馬ウマの予想紙は毎週末キオスクで買っていますが」


 彼は苦笑しながら答えた。 


「そうか、ではその記事の内容を読んでみてくれたまえ」


 指示通り、樟葉クンは指で広げてその紙片に視線を落とした。


「——都内に住む男子中学生が行方不明?」


 チンという耳触りの良い音と共に前方のエレベーターの扉が開く。


「これが、私を呼び出したことと何か——」


「まずはキミに会ってもらいたい人物がいてね。詳しい話はそのあとだ」


 ボクたちは少し歩き、ある部屋の前で立ち止まった。

 ノックを三回鳴らし、ボクがドアノブをガチャリと回す。


「お待たせして申し訳ない。彼が先日お話しした樟葉プロデューサーです」

 ボクは手招きをして、樟葉クンを部屋の中に入れた。


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