第5話 圧勝

 女が操作するファ・メイの動きが前ラウンドと明らかに違ったのです。


 ジャンプして、カイバラの操作するヤマトの攻撃を奇跡的にもさらりとかわす。覚束おぼつかない動きでいくつかパンチやキックを貰うも、大きく体勢を崩すことなく反撃カウンターを繰り出す。


 そして、ファ・メイの必殺技【千舞脚せんぶきゃく】という高速の蹴り技がヤマトにヒットすると、会場から久しく歓声が沸きました。


 ヤマトの頭にヒヨコがくるくると表示され、棒立ちとなっているところにパンチ・キックの連撃、締めとして先ほどの千舞脚をもう一度入れると、なんと二ラウンド目を女が奪取してしまったのです。


「いいぞホームレスッ!」歓声とともに口笛がこだましました。


 藤森さん、信じられますか? 


 会場内の自称強者どもを相手にしても一ラウンドも奪われなかったあのカイバラが、手心を加えていたとはいえ無名のプレイヤーに一本取られたのは衝撃としか言いようがありません。

 そのカイバラの異変に気が付いたのは門真プロデューサーでした。


「違う……」


 彼が左右に何度も首を振りました。「そんなはずは無い」


「どうした、何がそんなはずは無いんだ?」


 私は門真に訊きました。


「さっきのラウンドに見せた彼女の攻撃は、カイバラの動きを予測した上でのモノだ。そうそうお目に掛かれるものではない高等テクニックですよあれは」


「まさか……」私は舞台を見上げました。 


 カイバラは舞台上で苦笑い。そして、熱気を帯びた会場からの声援に応えるかのように、こめかみを伝っていた汗を拭うと顔の近くで手をひらひらさせました。


「ラウンドスリーッ、ファイッ!」


 そして三ラウンド目、信じられないことが起きたのです。

 若干本気になったカイバラが【咆哮拳】を出しました。しかし、女はそれをさらりとかわします。懐に飛び込んできた彼女の攻撃を【飛翔拳ひしょうけん】という突き上げ攻撃で仕留めようとするカイバラ。


 それを予期するかのようにファ・メイは弱キックで彼をいなすと千舞脚を用いて応戦。スタン状態のヤマトに対して、掴み技からの投げコンボ。この時点でヤマトの体力ゲージがグーンと半分も減るのです。


 観客の誰もが固唾かたずを飲んでその闘いを見守りました。誰も声を出す者などいません。流麗なファ・メイの動作に誰もが目を奪われたのです。


 その後は圧巻でした。六〇秒分の一である一フレームのブレも許さない彼が画面端に追いやられ、瞬く間に体力ゲージが減少。挙句の果てに、コマンド操作が最も難しいとされる超必殺【閃光飛弾脚せんこうひだんきゃく】が鮮やかに発動し、なんとカイバラが敗北したのです。


 さらに驚くべきことに女の操作するファ・メイの体力ゲージは、一ミリも削られていなかったのです。


 私を含め会場の誰もが呆気に取られました。見事な逆転劇に歓声を上げることすら忘れていたのです。


 拳を天に突き上げてみせた女はコントローラーをカイバラに返すと、静々と舞台の上から去りました。


 白けた会場には行き交う雑踏音とゲーム内BGMだけが響くだけの乾燥した世界。


 格闘ゲームに詳しくない人から見れば、カイバラが舐めたプレイをして対戦相手に花を持たせたと思うでしょう。格闘ゲームの開発に携わったことが無い私も実際にそう思いました。しかし門真に言わせると実情は違ったのです。


 カイバラが茫然自失の態から我に返ると、舞台下にいた門真に対してつかつかと近づき、何を思ったのか食って掛かってきたのです。


「俺をコケにするためにあんなバケモノみたいなヤツを仕込んでいたのか?」


 そう吐き捨てると、カイバラは自身の肩を私と門真にワザとぶつけて、どこかへ消え去りました。



 以降、彼とは連絡が取れません。一切の妥協を許さず、自身のゲーム観にストイックな彼の逆鱗に触れてしまったのです。


 しかし、彼以上の実力を持つ格闘ゲーマーなんて国内にそういるはずも無く、仕込みによって彼の鼻柱を折るなど思いつくはずもありません。にも関わらず、私たちには釈明の機会すら与えられないまま彼とは疎遠となってしまいました。


 このような経緯により、せっかく私を頼っていだいたのですが、彼を紹介することができない状況です。そのことをご理解賜りたく、メールにてですがお伝え申し上げます。

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