星が光らなくなった夜
「ただいま…」
と声を出してはみたものの、暗い部屋を見るにまだ幸人は帰ってきていないのだと無音で告げられる。例の事件から何日か経ったが、あれ以来お互いの気持ちを確かめることも体を重ねることもなくなっていた。今日は忙しく休憩をとる暇もなかったのでいつにもまして足と身体が重い。
靴を脱ぎ捨て、リビングの明かりをつける。重い買い物袋を床に置く。
するとかた、と幸人の部屋のほうから音がしたのだ。…ものが落ちた??それともまた前の風呂の事件のように傷だらけになってしまっているのでは…!?
部屋のドアを何回かノックして声をかける。
「幸人、いるのか??入るぞ」
ドアノブに手をかけ、扉を開けた瞬間の驚きの光景に口を噤んだ。
ベッドの上には肌を露出させた女性と、その女性の上に覆いかぶさる幸人。
これから始まる行為のことはバカな俺でも安易に想像できた。
女性はこちらに気付き幸人に隠れるように身をひそめ、幸人は驚いた顔でこちらを見ている。
「あ、…すまん…」
ズキ…。
最悪なタイミングだった。気分が悪い。気持ち悪い。
勢いよく扉を閉め部屋をでた、そこから…そこから。どうしたんだったか…
____気づけば俺は玄関を出て、腰が抜けたかのようにしゃがみ込んでいた。
「…ぅ、ぐっ、うぅ…ひっㇰ…」
しずくがぽたぽたと自身の膝を濡らす。
お互いにあの夜約束したではないか。
どちらかが一方を好きになったらこのルームシェアは解消・キスをしない・お互いに過度な束縛や干渉をしない・もし行為に及んでも噛み付いたりキスマークを付けたりしてはいけない、と。
心の距離が自分を傷つける。遠い。夢中じゃだめだった。俺は、だめだった。
早くとまれ。きっと忘れて、また先輩と後輩に戻れる。
…流石にどこか行かないとな。自分の家だというのに、むしゃくしゃしてもっと涙が出そうになる。店のソファで寝るから泊まらせてはくれないだろうか。
マンションのエントランスを出て店のほうに向かう。すっかり外は日が落ちており自分の気持ちすらも暗くなってしまう。
スマホが鳴っているが、こんなに感情が入り混じっていては会話もままならないだろうとスリープモードにした。しばらくぼーっと歩いていると声をかけられた。
「あ、もしかして星月さん?」
振り向くとそこにはマンションの隣人の花笠 琴音(はながさ ことね)が心配そうに声をかけてくれていた。
「あ…琴音じゃないか。すまん、気づかなくて」
「いっいえ!大丈夫ですか…?その、星月さんに前にいただいたお裾分けの容器をお返ししたくてお店のほうに顔を出したんですけど…」
「それは手間を取らせたな。容器は店のほうに??」
「え、えぇ。あ、あの本当に気分が悪そうです……とりあえずどこかに座りませんか?」
心配をしてくれているのだろう。琴音は俺の背中を優しくさすってくれた。
「悪い、家にはどうしても帰りたくなくて…」
「……あ、じゃあ、マンション近くの公園とかどうですか?夜風が気持ちいいので気分も少しは良くなるかも…」
ーーーー
「悪いな、付き合わせてしまって」
あまり大きい公園ではないがくつろぐには十分すぎる広さだ。ベンチに二人して腰かける。まだちゃんと琴音の顔を見れそうにない。
「いいえ、私もたまに家に帰りたくなくなるので。大丈夫ですよ」
優しく話しかけてくる彼女の声を聴くと、また涙腺が緩んだ。
「……あの」
情けない
愛なんてのろいのようなものだ
「____泣きたいときは我慢しなくていいんですよ…」
優しく華奢な手が俺の頭を方のほうまで誘導してくれる。
「…ごめ、ん、っっ、ぅ、俺…っ、ああぁぁぁっ…!ひっく、ぅっ…」
「…」
琴音は何も言わず、俺の頭を撫でた。俺は年甲斐もなく小学生ぶりに泣いた。
泣いたらお前への気持ちを忘れてやれる気がして。悲しくて、でもお前が好きで…
ーーーーーーー
「幸人とは、もう、そういうことはシない。やめたいんだ」
「…は?」
「俺があんなことを言ってしまったから、お前を困らせて、あんな行為にまで発展してしまった」
顔をゆがめる幸人に俺はまた胸のあたりが痛くなった。
「俺が納得できる理由話せよ」
「家庭の事情は俺も充分理解しているから今まで通りに暮らしてもらって構わない。その、家でそういうことはしないでくれると助かるぞ!その…言い忘れていたが俺にも好きな人がいるんだ、だから…お前の気持ちもよくわかる」
笑えている。俺は高校の時のままお前のヒーローでありたい。
「だれ」
「い、言わない…」
言えないだけだ。
「ふーん、じゃあいいよ。体に聞くから」
「あ、あぁ……!?!?がはっ…ぐ、うぇ…げほ!!!ひゅっ…」
腹を勢いよく蹴られ壁に背中が当たり、うずくまる。
そこから前髪を強く引っ張られ仰向けになったところ首を噛まれる。これはルール違反なのではと思い抵抗したが、抵抗するたびに犬歯が食い込み、痛みが増す。
「はは、許すわけねえだろ…。あんたには俺がいればいい」
その日から星は光らなくなった。
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