第18話 黒騎士と雷神の推理


「直接出向いてくるなんて思わなかったぞ」


「いやぁ、探すのに苦労したんだぜ?」



 真夜中の睦月邸。花壇のそばで、ベルトアとイズミは2人だけで会話する。

 眠りを必要としない2人だけで話したいからと、誰も来ることのない花壇でこれまでの情報を整理しようと呼びつけていた。


 燦斗もヴォルフも、既に限界を迎えていたそうで今日は眠りについた。

 故にイズミは自分が語れるだけの情報を、ベルトアに渡す。


 エーミールの現状の話。

 自分がベルトアの化身の一つであること。

 それを踏まえた上でも、あり得ない状況が1つあること。

 サライの精神世界にいた男の話。

 セノフォンテ、ローラント、カサドルは無事に送り届けたこと。

 その3人の情報で既に機関側は任務成功と判断していることなどなど


 語るには時間が足りないと思うほどの情報が、2人の耳に入る。

 けれどどの情報も1つとして外すことは出来ないのだから、また面倒なものだ。



「色々起こってんなぁ。……にしても、エーミールが闇の種族最上級眷属と同級の力を持ってる、か」


「まずはそれについてだ。俺の持論を述べていいか?」


「ん、OK。それを踏まえた上で俺も話す」


「ああ。……まず、俺は《呪術師マーディサオン》の使い手が神夜以外いると考えている」



 《呪術師マーディサオン》。これは他者へ様々な呪いを与えるためのコントラ・ソールであり、もともとはガルムレイにいた闇の種族最上級眷属であるジェニー・ジューニュが持っていたもの。彼の消滅とともに双子の弟であるジェリー・ジューリュ――文月神夜へと継承されている。

 ガルムレイの闇の種族は過去、ジェニーの持つ力の暴走によって呪いを付与され、精神異常を引き起こされることから生まれている。イズミも同様に呪いを受けて闇の種族となっているため、もし同様の事柄を引き起こすことができるなら神夜以外の《呪術師マーディサオン》の持ち主がエーミールやコンラートといった、今回の事件に関わりのある者達を闇の種族化させた可能性があるとイズミは睨んでいた。



「だから俺の右腕が連中に反応してしまっていた。……どうだ?」


「なるほどね。それは大いに有り得る、が……ヴォルフについてはどう考える? ヴォルフは《精霊猫ガイストカッツェ》で精神攻撃系は一切効かないようになっているんだが」


「仕組みがわかんねーからなんとも言えないんだが……直接殴り込んだ場合は?」


「あー、確かに直接殴り込まれると弱いとは聞いてるな。……ということはガチの至近距離ってことになるな?」



 このぐらい、と言ってベルトアはイズミとの距離を詰める。その距離は服と服が密接するほどに近く、少しでも動けば相手方を押し出してしまうほど。

 そこまで距離を詰められる相手はヴォルフにはいるのか? と考えたイズミ。思い浮かぶのは家族であるサライや妻のアンナぐらいだが、それ以外にもいるのかと考えると思い浮かばない。

 対してベルトアは数人ほど心あたりがあるそうだ。が、ヴォルフの現在をあまり知らない故にそれが当てはまるかと言われれば難しいそうで。



「だが、ヴォルフに話聞くのはありだな。誰と会話したかぐらいは、エルドレット司令官にも聞けるだろう」


「……そういえば」



 ふと思い出すのは、ベルトアとの通信が切れたことについて。セクレト機関側とも通信が取れなくなっている状況に、ベルトアは気づいているのかどうかイズミはそれとなく聞いてみると、気づいていたと彼は答えた。

 だが、通信遮断の手法がこれまた厄介なもので、解くのも面倒だからとベルトアは直接睦月邸に来てくれたのだそうだ。場所についてはアマベルやレティシエルとの繋がりを使い、少しずつ辿ってきてくれたと。



「アマベルのお陰でフォルスに話を通せたしな。……あとはゲートを使って帰るだけだが、俺もアマベルも魔力無くなったんだよなぁ」


「そうだ、そういえばレイの魔力を止めたのは誰なんだ? その辺りも解明しないと」


「それについてはテオの《抑止の魔眼》か、カスパル坊主の《愛国者パトリオート》のどちらかじゃないかって考えている。が、どっちもまだ元に戻ってねえからエルの分身体にも手伝ってもらう必要がありそうでなぁ」


「ディー達か? ……シルバとアニは……」


「知ってる。だからセノが生まれて、アニの代わりになってるんだよ。……あの子は本来アニチェートになるはずだった子だからな」


「どういうこった」


「それは本人に聞けばいいさ」



 彼等に関しての話はベルトアがすべきではない。そう判断を下した彼は夜空を見上げると、はた、と思い出したことをイズミに問いかけた。

 それはサライの精神世界にいた男のことだ。何かが引っかかっているようで、イズミに特徴を聞いてみたところ……心当たりのいる人物がいるのだが、的中させるまでには至らない様子。

 そこでベルトアは確信に近づけるため、イズミに顔に紅を塗っていなかったか? と問いかける。突然の質問だったため、イズミは少しずつ頭の中の記憶をひっくり返して出会った男の容姿を思い浮かべた。


 思い浮かぶのは右目を隠した鮮やかな青の長い癖っ毛と、赤い瞳。それ以外に思い出せるのは、目の下に塗られた紅と左目から頬を伝う紅。確かにあったとベルトアに伝えると、彼は神妙な顔で考え込み始めた。

 というのも、彼にはある心当たりがあるそうだ。《呪術師マーディサオン》を使えて、ヴォルフに至近距離まで近づける人物。イズミの話を聞いてよりその人物に近づけたようで。



「誰だよ」


「フェルゼン・ガグ・ヴェレット。……エーリッヒやヴォルフに話は聞いたろ?」


「……アルムを攫ったかもしれない犯人……」


「そして、ガルムレイという世界を作った研究者の1人。……アイツは確かエルに《呪術師マーディサオン》のコントラ・ソールを渡していたから、お前がサライの精神世界で見たのは十中八九フェルゼンで間違いない」


「ってことは、神夜を襲ったのも……?」


「カムフラージュっていうのはあり得る。神夜ジェリーが《呪術師マーディサオン》を持っていると知ってさえいれば、エーミールとコンラートに施したのを隠すためってのもな」


「なるほど…………あれ?」



 納得したところで、イズミは先程の燦斗とヴォルフについて思い出す。

 フェルゼンの姿を知らないはずのない2人。しかし2人に出会った男の特徴を伝えても思い出せない、データベースで調べる、といった発言をしており、本来ならばあり得ない状態になっていた。

 燦斗もヴォルフも同じ世界作成に携わっていたため、フェルゼンの顔を忘れることはないはずだ。だというのに、ベルトアは覚えているのに彼等が覚えていないのも不自然すぎる。


 そこでベルトアは2人に何らかの術を施されている、という結論を導き出す。サライを通じて発動させたか、あるいは何かの引き金で記憶を薄れさせたか……その手法についてまでは流石に情報が足りず。



「ますますアイツのコントラ・ソールがわかんなくなってきたな。《呪術師マーディサオン》は確定で持ってるとして、他が何なのか……」


「コピー系列じゃないか、とサライは睨んでいたな。そうすることで司令官の持つ介入系を使えるんじゃないかって」


「コピー系列か……《模倣コピー》、《盗人シーフ》……どちらかになるか」


「その2つはどう違うんだ?」


「そうだな……《模倣コピー》は元にしたコントラ・ソールを少し劣化した状態で使うが、《盗人シーフ》は使い手からまるまる盗み使い手本人から消失させる。今回の場合、劣化してる様子を見ると《模倣コピー》の可能性はある、が……」



 そこからベルトアは考え込んでしまったが、どちらのコントラ・ソールを使ってもあり得る状況故になかなか答えにたどり着くことが出来ず。

 むしろコピー関連のコントラ・ソールは希少なもので、セクレト機関に登録されない限りは永久に仕様や能力がわからないままにされてしまうのだそうで。

 そのためフェルゼンの持つコントラ・ソールはベルトアでも判断がつけられず、所持しているのは《呪術師マーディサオン》は確定、としか断言できなかった。



「……他に気になることとかあるか?」


「あとは……そうだ、サライの状態。フェルゼンがいたせいかはわからないけど、酷く怯えてた」


「怯えて? なんだまた」


「わからない。が……妙なことを口にしていたな」



 イズミの中で思い出されるサライの言葉――『元の世界があるヤツにはわからない』の一言。

 それが何を意味するのかはイズミもベルトアもなんとなく理解しているが、不可解なのは何故サライの口からそんな言葉が出てきたのか。


 サライが異世界の人間であることがわかったのは燦斗の正体が彼らにバレた時だ。それからかなりの時間が経っているため、今ここでその一言を発するのはおかしい。

 もうひとつの流れとしてはサライは過去の自分を知った事になるが、彼の過去を知っているのはセクレト機関のごく一部の人間だけだとベルトアは言う。



「だから……考えられるのは、フェルゼンがサライに情報を吹き込んだこと。これぐらいしか無い」


「真実を伝えることで何かを引き起こそうとしている……か?」


「おそらくな。……ジャック、右腕はどうだ?」


「右腕? 右腕はー……っ!?」



 ベルトアの言葉で右腕に集中してみると、結界内にいるにも関わらず闇の種族の気配を感じとったイズミ。嫌な予感が大きく広がったため、集中して気配の出処を探ると……その気配はサライから溢れていることに気づく。

 思わず睦月邸に戻ろうとしたイズミ。だが、ベルトアはそれを止めた。確実にイズミを嵌めるための罠が仕掛けられているからと。



「じゃあ、どうしろってんだよ!」


「お前じゃない誰か……そうだな、砕牙や瑞毅に頼んだ方がいい。フェルゼンの目的はお前だ、お前が入って罠にかかったら元も子もない」


「けど……」


「わかってる。罪の意識があることぐらい。でもわかってくれ、お前を失ったらガルムレイが危険なんだよ」


「……鍵の一部だからか?」



 イズミのその問いかけにはベルトアは首を縦に振るだけで答える。失うことで世界が崩壊すると自覚して欲しいという、無言の圧をイズミに与えるように。

 イズミの存在とアルムの存在。その2つがあるからこそ、今のガルムレイがある。そのためサライに直接殴り込むのは別の誰かにしろ、とベルトアは進言した。



「……わかった。だが、俺はどうしたらいい? このまま、何もしないのは嫌だ」


「それなら丁度いい。エルグランデ側で会いに行って欲しい人がいるんでな。手紙を届けて欲しいんだ」


「手紙? ……誰に」


「セクレト機関総司令官、エルドレット・ザフィーア・アーベントロート。偉い人だけど、本部にまで出向けば通してくれるはずだ」


「えー……と?」


「ようはエーリッヒと一緒に行けばわかるってこと」



 からからと笑って、ベルトアは手紙をイズミに預ける。必ず渡してくれよ、と念を押しながら。

 手紙を預かったイズミはすぐさま行くと告げたが、待て、とベルトアがストップを入れた。今はまだ燦斗もヴォルフも疲れて寝ているんだから、寝かせてやれと。


 燦斗自身、表情を読まれないように動いていても、肉体というのは正直なもので見えないところで疲労は蓄積している。

 更にはエーミールのこともあって色々と精神的に参っている部分もあるだろうからと、ベルトアはイズミを制していた。



「明日になってもいつもどおりのスカした顔するだろうけど、察してやれよな。ってことで俺もホテルに帰るわ」


「ほてる……? あ、宿か。取ってんのか」


「カプセルホテルだけどな。んじゃ、エルとアマベルにもよろしく~」



 そう言ってベルトアは手を降って、その場を離れていく。

 レイ達に会いに行けよとイズミが伝えても、1人でやることがあるからとすたこらさっさと睦月邸を後にしていった。



 何がなんだかわからぬままにイズミは部屋へと戻り、布団に潜り込む。

 宛先が自分の知らぬ相手への手紙。それをライトテーブルに控えたままに……。

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イズミの異世界改変録 御影イズミ @mikageizumi

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