第3章 異能力世界

第17話 黄昏と異端者が創る世界


 ――その世界は、移転用の世界として作られた。


 今より約30年ほど前のエルグランデ。

 セクレト機関の司令官エルドレット・アーベントロートの持つ《預言者プロフェータ》の力により、未来に危機が訪れると知ったセクレト機関は『移転用の世界を作りそこに一部住民を避難させる』ことを目的として様々な研究者を集めて世界を作り出す研究を開始していた。



 医学専門 EX級エージェント

 ――エーリッヒ・テュルキス・アーベントロート 


 心理学専門 SSS級エージェント

 ――ヴォルフ・エーリッヒ・シュトルツァー


 魔術理論専門 B級エージェント

 ――アマベル・オル・トライドール


 時間理論専門 C級エージェント

 ――レティシエル・ベル・ウォール


 天文学専門 SS級エージェント

 ――エーミール・アメテュスト・アーベントロート


 言語学専門 B級エージェント

 ――ベルトア・ウル・アビスリンク


 物理学専門 A級エージェント

 ――フェルゼン・ガグ・ヴェレット


 化学専門 A級エージェント

 ――イシュタリア・アルバ・ウォルフリート


 法学専門 B級エージェント

 ――トライド・イル・ヴェンダース


 文学・芸術専門 C級エージェント

 ――イリス・アッシュ・シュランゲ


 生物学専門 S級エージェント

 ――ミルテュ・リア・チェレンシー


 経済学専門 S級エージェント

 ――クレイロッド・リズ・フォルテ



 以上12名の研究者を中心に、その世界は長い年月をかけて作られては失敗を繰り返し、完全な成功例を作り上げた。

 だが現在、完全な成功例となった箱庭の世界は独立を遂げ、機関に新たな世界として認識されるまでに成長しているのだそうだ。


 ここまでヴォルフに話を聞いて、イズミは気づく。

 研究者の名前の中に、今回アルムを攫ったであろう犯人・フェルゼンの名前もそうだが……ガルムレイの神である3人――レティシエル、アマベル、ベルトアの3人の名前が入っていることに。



「つまり、このガルムレイを作った研究者だからこそ、3人は神として君臨した?」


「んー、まァそれは間違ってないがー……そうなっちまったのは、事故が発生してしまってな」


「事故?」


「簡単にいうと、その3人は閉じ込められたんだよ。出来たばかりの世界にな」



 ヴォルフ曰く、ベルトア、レティシエル、アマベルの3人は先遣隊という形で箱庭の世界に入り込んだのだが、そこで予期せぬトラブルが発生して彼らはエルグランデに帰ることが出来なくなったそうだ。

 しかもその3人がいなければ次の世界を制作することが出来ず、研究は頓挫。そのまま箱庭研究は終わってしまったという。


 これだけならばアマベル、レティシエル、ベルトアが戻り次第研究を再開する形で終わり……という流れで良かったのだが、事はそう良い方向へと進まなかった。

 なんとアマベル、レティシエルの2名は世界移動の影響によって記憶を失い、神たる存在として箱庭の世界に君臨。エルグランデで過ごした記憶なども一切ないままにガルムレイという世界を構築してそのまま居座り続けたという。



「ん? ベルトアは?」


「アイツは記憶は保持されてるんじゃねェか、というのがドレット……司令官の考えだ。エーリッヒ、アイツはお前の名前をなんて呼んだ?」


「エーリッヒ、と。あちらの名前で呼んでましたね。私やエーミールが以前ガルムレイに行った時には『金宮燦斗』の名前で向かいましたから、彼がエーリッヒの名を知ってるのは記憶が残っている証拠です」


「だよな。で、それが実証されたことで気になるのは『何故ベルトアは帰還不能時点で連絡をしなかったか』って話」


「あー……今も協力してることは内緒にしといてくれって話をしてたな、そういえば。誰に内緒にしてくれだったかは忘れた」


「私の父、エルドレットとヴォルフですね。まあもうバレてるみたいですが」


「まー外の状況は精霊猫達から聞いてたんでな。ベルトアも多分気づいてると思うぞ」



 りん、と小さく鈴を鳴らして、精霊猫を呼び寄せるヴォルフ。先程までイズミのそばにいたテュルキスは鈴の音を頼りにヴォルフに近づき、ごろんと横たわった。その可愛さには燦斗もイズミもほっこりしたので、ちょっとだけ閑話休題という形でテュルキスを撫でに撫でた。

 にゃあんとひとつ、鳴き声を残したテュルキス。ごろごろと喉を鳴らして彼らを癒やし、凝り固まった考えを少しだけ解きほぐした。


 ベルトアは帰還不能が確定した時点で連絡をしなかった……ではなく、出来なかったと考えるのが自然ではないか、とイズミは言う。

 もし3人が閉じ込められることを必然的に知っていた者がいるなら、先回りで通信手段を閉じることだって可能だろうと。


 そこで怪しくなってくるのは、箱庭世界を作り出した研究者達。

 レティシエル、アマベル、ベルトアが入ることを知っており、なおかつ通信手段を閉じることが出来るのは彼らしかいないのだから。



「……となると、俺、エーリッヒ、エーミールと閉じ込められた3人以外で怪しいのは……」


「間違いなくあの男……フェルゼン・ガグ・ヴェレットでしょう。怪しさで言うなら、イリスも怪しいんですけどー……彼は無害であることはわかっているので省きます」


「まあアルムを攫ってるからな、そのフェルゼンって奴。綿密に計画を練ってたんじゃないか?」


「どうだろうなー、そればっかりは物的証拠が無いからなんとも言えねェ。だが、間違いなく関わりはあると思うぞ」


「だろうよ。じゃなきゃ、アルムを攫ったことに理由がつかねえ」



 次に話題に上がったのは、アルムが何故攫われたのかという理由。

 フェルゼンの考えは何なのか、アルムだけが攫われている理由がどこから来ているのか、次はその話へと移る。


 ……その話をする前に、と。燦斗は糸目な目を開き、赤い目をイズミに向ける。

 燦斗が言うにはイズミには1つ、重大な秘密が隠されている。それを知っても立ち直れる自信はあるのかと、彼は問いかけた。



「……闇の種族として認定されたその日から、俺は何言われたって受け入れてるよ」


「その心意気や良し。……ヴォルフ、話を」


「あいよ。まあ、まずはお嬢ちゃんフラウが攫われた理由だが、これはガルムレイのシステムに介入するためだと俺は睨んでいる」


「しすてむ???」



 知らない単語『システム』が出てきたイズミの表情が、みるみるうちに子供が疑問を呈したときのような顔に変わる。

 ガルムレイは魔術文明は素晴らしいが、機械文明はほぼ根絶した世界。故に、和泉やサライ達が普段遣いしている言葉の話になるとイズミは子供以下の知能になってしまうわけで。


 それに気づいたヴォルフはぺちんと額に手を当てて、そうだった、と言わんばかりに頭を抱えた。文明で差が出るのは仕方のないことだが、そこから教えなければならないため、説明が必要になるのだと。



「あーっと、そうだお前は機械文明がないヤツだった。ちょっと今から材料貰って説明ボード作るから待ってて」


「うん、すまん。その手の話はマジで和泉かサライがいねぇとわかんない」


「難儀ですよねぇ……」



 大きくため息を付いたヴォルフと入れ替わりに、和泉がひょっこりと顔を出す。そろそろ夕飯だから食べていくといい、と優夜達に言われたようで。

 お言葉に甘えて料理を貰いに行く3人。ついでにイズミへの説明用にミニ黒板を借りて説明用のボードを作り、食事を済ませてから続きを語り始めた。


 ガルムレイという世界は、巨大なコンピューターシステムとそれを管理する管理者によって成り立つ世界。現在は管理者がベルトア、レティシエル、アマベルの3人が指定されているだろうと仮定して、ヴォルフはアルムが攫われた理由を語る。



「おそらく、お嬢さんフラウはシステム介入用の鍵の一部になっている。まあ、ジャックに説明するなら……彼女を使うことでこの部分に入り込めるってこと」


「?? 機械なんだから、開けたら入れるだろ」


「うーん、そうじゃなくてですね。貴方が使っている―――の力、それの機械版みたいになるってことなんです」


「ああ、そうか。機械版―――って伝えればわかりやすいか」


「???」



 未だにノイズの流れる一部の単語。それが何なのかがわかっていないイズミは首を傾げるしか無く、ただ漠然と、精神世界にはいる時に使っている力の名前だということぐらいしかわからない。

 燦斗もヴォルフもノイズがかかっていることはわかっている。けれど、自分達ではどうしようもない事象故に、彼にはノイズの部分を無理矢理理解してもらうしか無いのだ。


 しかしイズミはヴォルフの話がなんとなく、理解できるようになってきた。システムに介入するという力を使うためにアルムが攫われた、というところまではきちんと理解したが……じゃあ何故先程、燦斗はあんなことを言ったのかという疑問が出てきた。



「そうですねぇ、鍵の片割れが貴方……だと言ったら?」


「……はっ?」


「だって、鍵は2つで1つですからね。アルムさんがシリンダーだとすれば、ジャックはキーになりますから」


「待て待て待て!? じゃあまさか、ガルムレイが俺を異質な存在だと判断したのは、その、鍵として生まれたからってことか!?」


「んー、どうだろうな。お前の場合、ベルトアと全く同じ存在ってのが引っかかってる可能性もあるが。管理者の複製を作ったら、必然的に異質な存在って扱いになるからなァ」


「じゃ、じゃあ、俺や和泉達がエルグランデで特別な存在に見られるっていうのは……」


「『ベルトア・ウル・アビスリンクとして見られる』。……そういうことですね。サライたちも同様、ベルトアと同権限を持ち合わせています」


「嘘だろ……」



 突然突きつけられた真実。予測は立てられていたものの、まさか自分が神であるベルトアと同位体だとは思ってもいなかったのか、イズミは呼吸が少しだけ早くなる。


 考えてみれば、イズミにはいくつかの心当たりがある。名もわからない力を持っていることも、闇の種族最上級眷属となりながらも人の心を保てているのも、すべてがベルトアと繋がりを持っていたから出来ていること。常人であればありえないことだらけなのだから、紐付けられることで全て合点がいく。


 ただ、1つだけ。1つだけベルトアと繋がっていても納得がいかない部分がある。それが自分自身が闇の種族最上級眷属となってしまった理由だ。

 イズミ・キサラギ――もといジャック・アルファードが闇の種族へと堕ちた理由は世界の全生物に忌み嫌われているから、世界の全てに憎悪したことが原因。神の分身体として生まれ落ちたのならば、じゃあなぜ世界の全生物に嫌われることになったのか。


 それに関しての答えは、燦斗もヴォルフも導き出せない。何らかのバグによってそうなったのか、それともベルトアがそうなるように指定したのか……。



「ベルトアのヤツ、何を考えてそんな設定にしたんだろうな?」


「こればかりは本人に聞く必要があります。が、その本人からの連絡も無いし、父上からの連絡も来ないんですよね……」


「ったく、こっちに色々と頼んでおきながらなんなんだよ。アルムがやべぇってのに、もたもたしてる暇はねぇっつーの」


「まァ、コンラートとサライを助けなきゃならんからなァ。ジャック、悪いけどサライの方頼んでいいか?」


「サライは俺でも入れるんだったよな。まだ混乱が激しいと思うから、難しいと思うが……」



 今一度、サライに集中してみるイズミ。しばらく待ってみたものの、サライの混乱が激しく精神の中に入ることは危険だと悟る。

 だがイズミはふと、サライの混乱があまりにも長過ぎることに気がついた。ヴォルフの精神の奥底で彼に何かがなければ、ここまで混乱することはない。ヴォルフに何があったのかを聞いてみたが、彼はそれを知らないようで。


 どうしたものかと悩んだが、このまま待っていては埒が明かないからとイズミは強硬手段を取ることにした。自身の持つ宝剣ローディ・ツェインをサライに突き刺して、精神を強制的に眠らせてしまうという強引な手法に。



「何かあったらすぐ戻ってください。……嫌な予感がします」


「おう。コンラートの方も処置しとけよ」



 そう告げたイズミは精神に介入する力を使い、サライの精神へと入り込む。


 真っ黒な、何もない精神世界。

 黒の世界というのは強固な世界であり、サライの精神が強いことを示しているが……同時にそれはすぐに脆くなる世界と伝えているようなものだった。

 現に、ちょっとしたトラブルで一気に混乱の渦中へと落とされたサライ。どんなに精神が強くとも、予想外なことは苦手なようで。



「……ん?」



 サライの精神世界を歩み進むうちに、イズミはある人物の姿を捉えた。

 それは、ヴォルフでも、燦斗でもなければ、サライ本人でもない。ライトブルーの髪をなびかせた、若さの目立つ青年――。



「……っ――!!」



 イズミは何故だか、その男が危険だと察知した。男がサライの精神世界にいる時点でもそうだが、それ以外にも、何かが危険だと。

 そんな男は……イズミの存在に気づくと彼に向けてゆるりと笑いかける。まるでイズミが来ることを予測して、サライの精神世界で待っていたよと伝えるかのように。


 ここで彼を追い出さなければ、サライどころか自分も危険だ。

 そう判断を下したイズミは素早く距離を詰め、男に蹴りを入れたのだが……。



「っ!? くそ、テメェ……!」



 イズミの蹴りは空を蹴るように男の体をすり抜け、勢いのままに足は元に戻る。実体のない、幽霊のような何かの存在に焦りが生じていたが、表情に出さないようにとひた隠しにし続けた。

 男はそんなイズミに対し、笑みを絶やさぬままに問いかけた。


 ――何のために、ここにいると。



「なん、だと……?」


「何のために、誰のために、お前はこの場所へ来たのか。それを問うている」


「決まってんだろ! サライのため、ひいては狼のおっさんのためだ! テメェが何をしたかは知らねぇが、とっとと出ていってもらうぞ!!」


「ははは、なるほど、これは面白い答えだ。まさに《救世主サルバドル》のコントラ・ソールに恥じない考え方」


「――《救世主サルバドル》?」



 思わず、イズミは男に問いかけてしまった。聞き慣れない単語のはずなのに、何故か脳の中では知っていると感じてしまっている《救世主サルバドル》という言葉について。

 男はイズミが何も知らないと気づいたのか、数秒ほど何かを考え込んだ後、その姿をくらます。彼が知らないことは教える義理はない、ということなのだろう。サライの精神世界から脱出を図ったようだ。


 なんだったんだ、と小さくため息をついたイズミ。これで終わりかと思われたが……虚空を見上げれば、まだ終わってないのだと感づいた。



「……お前、何があったんだよ」



 黒の世界の奥からゆらりと現れるのは、憔悴しきった様子のサライ――その精神体。既にローディ・ツェインでの精神強制停止の効果は切れているのか、自由に動ける様子。

 彼は身体をふらつかせながらイズミの下まで歩き切ると、膝を曲げて崩れ落ちる。もう、真実を知りたくないという言葉を残して。


 サライの状態は、はっきり言って異常だ。他者が精神に入り込む程度ではこのように憔悴することはなく、男に何かを吹き込まれでもしない限りはここまで弱ることはない。



「……何があったんだ、サライ。俺にも言えないことか?」


「お前に言ったって、理解できるはずがない。元の世界がある奴には、分からない……いや、こんなの分かるわけない……っ……」


「どういう……」



 意味を問おうとして、サライに手を伸ばしたイズミ。だがその瞬間、イズミの手は弾き飛ばされ、更には精神世界からも追い出される事態へと発展してしまう。

 何が起こったのかよくわからなかったイズミはもう一度、サライの精神世界へと入ろうとするが……頑なに拒否されてしまい、イズミでは二度と入ることが出来なくなってしまった。


 大きくため息をついて、現実世界に戻ったことを受け入れるイズミ。隣で眠るコンラートの精神へ入るフォンテを横目に、燦斗やヴォルフに色々と問われたりもしたが、まずは軽く頭の中を整理してから彼等への説明を行う。



「ライトブルーの髪、なァ。どんなやつだった?」


「ひと目見て超陰湿そうな奴だなって思った。そう、侵略者インベーダーみたいな」


「うーん、私は陰湿ではないんですが。顔は覚えてますか?」


「あー、そうだな。左目しか出してなくて、顔に紅塗ってた」


「……ライトブルーの髪で、左目しか出してなくて、顔に紅……うーん、わからん」


「戻り次第、データベース検索しましょうか。……その父上が、全く連絡してこないのは謎ですが」



 イズミがサライの精神世界に入っている間に、何度か通信を試みた様子の燦斗。しかし司令官からもベルトアからも詳細な連絡は来ることはなく、ただただ待つだけにしていたようだ。

 念のためにセクレト機関側に何らかの異常が発生していないかのチェックをエミーリアとメルヒオールに頼んでいたが、人手不足故に時間がかかるという返答も貰っている。



「となると、あとは俺らが直接戻るしかねぇ……か」


「そうですね。……しかし、サライとコンラートさんはこのまま預かって貰ったほうが良いと思います。睦月さんの結界はエーミールのものと寸分違わぬものですからね」


「そうだな。じゃあそれを竜馬に――」



 伝えよう、と計画を練っていたその時、和泉がひょっこりと顔を出す。

 来客だと告げに来たらしいが、その来客は……。



「ベルトア・ウル・アビスリンク。……山で出会った、あの人だったよ」


「え」



 ――まさか直接来るなんて、誰が想像できただろうか……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る