第16話 詐欺師は雷帝に助けを求める


 御影会の別邸。

 庭とはまた違った広さを持つこの場に、イズミ達は足を踏み入れる。

 本邸と違って人の数が少ないのか、狂わされた人間がいなければ、イズミ達に映る奇妙な姿の何かもいないし、コンラートの姿らしきものも無い。

 だがイズミの眉根は歪んだまま。間違いなくこの近くにコンラートはいるようだ。



「ああ、くそ。近づくと探知をさせないように施してるな」



 右腕の反応が別邸内では狂っているようで、コンラートの位置は測れない。流石に闇雲に探す訳にもいかないだろうと慎重になっていたところで、頭の中に声が聞こえてくる。



『よっす、ジャック。聞こえる?』


「ベルトアか。どうした?」



 ベルトアからの思念型通信。最初は驚いたが、神ともなればそのぐらいは楽にできるのか、と何となく納得。

 彼が言うには《意地悪マルドーソ》の準備が整ったとの事で、これから発動させるという連絡だった。御影会の地下にある龍脈を既に使われているために流れを読むのが遅くなり、今の今までイズミを頼りに探っていた様子。

 また、既に九重市に蔓延ったコンラートの力はレティシエルとアマベルが対処をしているそうで、そのうち解除されると彼は言う。



「んなら、お前が使うのはなんなんだよ」


『一種のカウンターさ。お前らが見えている光景をそっくりそのまま、いや何倍かに改造してお返しするってやつ』


「考えてることがエグイなお前。まあ、それでこの件が終息するなら文句は言わねえけど」


『ちなみにこれを発動させるとお前にも多少被害が行くかもしんないけど、そこだけはごめんな?』


「それを先に言え」



 眉根が寄ったままのイズミはもう一度周囲を見渡し、ベルトアに状況を問いかける。

 既にベルトア側でも対処をしているそうだが、龍脈に沿って放たれた《詐欺師ベトリューガー》はあまりにも強大で、彼だけでは対処が追いついていないようだ。

 ただ、市内での混乱が少ないことからレティシエル、アマベルの2人が動いているのは間違いないそうで、御影会の敷地内だけが酷い有様だと言う。



「ってことはあとはコンラートをどうにかすりゃいいんだな」


『そうだな。……あんまり暴れんなよー?』


「流石に隣に関係者がいる中で暴れねぇよ」



 ちらりと視線を和泉に向けると、彼は周囲を警戒している。いつでもコンラートを貫けるような姿勢で構えをとりつつ、前へ進んでいた。


 ふと、イズミは何故和泉だけはしっかり視認できているのか疑問に持った。《詐欺師ベトリューガー》の力でオスカーでさえも視認が難しいと言うのに、はっきりと和泉の姿は見えている。

 それは和泉側も同じようで、彼もオスカーの姿は異形の姿で見えているが、イズミの姿は普段通りの姿で見えているそうだ。



「これも魔力が同じだからとかじゃねぇかね」


「可能性は高いが、理屈が合わない部分があるんだよな。けどまあ、それで同士討ちが避けられたんだからセーフ」


「まあ確かにな。同士討ちさえ避けれりゃOK」


「ジャック様も和泉君も兄貴そっくりやなぁ……」



 大きくため息を付いたオスカーは、どことなく2人に兄ベルトアの面影が見えていた。猪突猛進で、後先のことは後で考えるという気質は顔が同じだからか、と。


 そんな彼らを嘲笑う声が、1つ。

 コンラートのからからと笑う声がイズミ達の耳に届けられた。



「いやぁ、ホンマそっくりなんやねぇ。あの子もそやったけど、前しか見てへんとことかそっくりで笑ってまうわ」


「……コンラート・ノイシュテッター……」


「あっ、そっか。ジャック君にはそっちの名前で自己紹介してはるんやったわ」


「……どういう意味だ?」



 イズミの問いかけに対し、コンラートは軽く咳払いをしてから改めて自己紹介を行う。コンラート・ノイシュテッター改め……コンラート・ベトリューガーと。

 名を変えていたのはガルムレイでの活動ではその名を使っていたこと、それに加えてベルトア・ウル・アビスリンクが自分を探りに来る可能性を考慮してのことだったそうで、バレてしまった今はもう偽名を名乗る理由はないと笑っていた。



「キミは騙せんかったけど、アルムちゃんはホント無警戒やったからねぇ。まあ、それで助かりはしてたけど……判断早すぎてこっちの対処が間に合わへんわぁ」


「悪かったな。最高の探偵とマネージャーがいてくれるから、推理とかはそっち方面に任せられるんだ……よっ!!」



 宝剣ローディ・ツェインを呼び寄せて、コンラートへと斬りかかるイズミ。オスカーの鋼糸も共にコンラートを抑え込もうとするが、どちらもコンラートに当たらない。まるで霞を斬るかのように彼の身体はぼんやりと揺らぎ、彼の位置が違うことを示していた。


 ならばと和泉が拳銃を構え、コンラートの姿ではなくその周辺に狙いをつけて連射。声が聞こえる範囲内にいると踏んで撃ち抜くと、コンラートから痛みを耐える声が聞こえてきた。



「ビンゴ。力を使って位置ずらしをしてるな」


「くっ……けど、キミらにはわからんやろ。脳をぐちゃぐちゃにされて、視野も全部操られてんねんから」


「ああ、そうだな。だが勘があればなんとかなる。こちとら、伊達で修羅場潜ってきてねぇんでな」


「くっ……」



 コンラートのやり取りもそこそこに、和泉は再び拳銃を撃ち込む。完全にコンラートの位置を理解しているわけではないが、なんとなく、そこにいるという感覚があるようだ。


 そのうち、辺りに強烈なモスキート音が鳴り響く。オスカー曰くベルトアの《意地悪マルドーソ》発動の合図だそうで、音と視界を遮断しろというオスカーの指示どおりにイズミも和泉も目と耳を塞いで音を遮断した。



「がぁっ!? なんっ、なんや、これ!?」



 指示を与えられていないコンラートの視界は、今や自分の《詐欺師ベトリューガー》の力が逆流して混沌としている。自分以外が見えていた視界が別の誰かにされているように捻じ曲げられていて、気持ち悪いと言ったらありゃしない。

 大きく頭を降って、頭の中にいる何かを追い出す素振りを見せるコンラート。そんな彼を取り押さえたのは、他でもないイズミ。ベルトアの思念伝達により《意地悪マルドーソ》の対処が終わり《詐欺師ベトリューガー》を解除できたため、自分の目と耳を開放して一気にコンラートを押し倒した。



「っしゃ、捕まえた! オスカー卿、糸で抑え込んでくれ!」


「あ、ああ! 了解!」



 鋼糸によってコンラートを捕縛し、取り押さえたイズミ達。

 暴れ狂っていた彼は次第に意気消沈していくと、ほんの僅かに、小さな声で呟く。


 ――フォンテ、兄ちゃんを助けてよ。と。


 その言葉にイズミもオスカーも耳を疑った。

 というのもコンラートとフォンテの接点が何処にもなく、また共通点が容姿が似ていると言うぐらいしか無いため、コンラートの言葉には疑いを持つしかなかった。



「でも、フォンテ君は記憶が無いからね。……セクレト機関の情報を洗えば、家族だったかどうかもわかると思うよ」


「となると、コイツを連れて戻るのが正解になるか。術は解けたみたいだし、あとはベルトアが俺達を帰還させるだけだが……」



 いくら待てども、ベルトアがイズミ達を転移させる様子はない。それどころかセクレト機関側からも情報が来ないままだったため、イズミ達はどうしたものかと思い悩んだ。

 別館とは言え、流石に御影会の本部の中を部外者であるイズミとオスカーがいるのは気が引ける。とっととコンラートを運び出そうか、とイズミが提案したところで本部側から燦斗が駆けつける。


 しかし彼の形相は、普段見せないような焦りに満ちている。司令官から直接燦斗への連絡があったようで、その情報をイズミたちにも共有した。



「サライが……サライが敵の術中に嵌められたそうで。ヴォルフを救うためにフォンテさんと共に彼の精神に潜り込んだそう、ですが……」


「待てよ、なんでサライが嵌められるんだよ。やられたのは狼のおっさんだろ? なんでサライまで狙う必要がある」


「そうですよ。最高司令官補佐であるヴォルフさんが狙われているのはわかりますが、サライ君は普通の一般人ですよね?」



 不可解過ぎる状況にイズミとオスカーは首を傾げた。セクレト機関で様々な指揮権限を持つヴォルフだけが狙われるならまだしも、機関とは何ら関わりのないサライが貶められる理由が何処にもない……はずだった。

 しかし和泉にはある別の理由が思い浮かんでいた。それは自分やイズミでも当てはまるが、今回のサライに関しては家族であるという点を利用されたのが大きいと和泉は言う。



「どういうこった?」


「完全に憶測の域だから何とも言えねえんだけど、コンラートさんを和馬んちに運びながら説明する。……いいよな、金宮さん?」


「ええ、構いません。……私も正直、サライが狙われた理由がほとんど思い浮かんでいません。神夜……さんがエーミールによって傷をつけられたと聞いて、それからは思考が鈍ってしまって……」


「そうか。……あんまり自分を追い込まないでくれよな」


「わかっています。今回の件は、エーミールも悪くはない。……元同僚とも呼びたくないあの男が原因ですから」



 いつものように、冷静さを保ったままの表情を見せる燦斗。それでもイズミや和泉には普段の彼とは違う雰囲気を感じ取っているようで、早急にコンラートの運び出しが行われる。

 和泉の車にコンラートを乗せて、行きと同じく燦斗を助手席に、後部座席にはイズミとオスカーが座る。コンラートが目覚めても逃げられないように、彼ら2人でコンラートを挟み込む形で座っていた。


 そうして話は、サライが狙われた原因についてに変わる。和泉は完全な憶測の域であると前置きを告げた上で、自分の考えた結論を告げた。



「簡単にいうと、俺やイズミが持ってる例の力を狙ったんじゃないか、って思っているんだ」


「ん? でもサライは持ってねーんじゃねぇの? 確認できてるのは俺、お前、フォンテ、ノエルだけだろ?」


「いや、そうとも言えねぇ理由がある。ガルムレイで診断したろ? アイツらも」


「あ、あー……そうか、そうだわ。確かにサライも俺達と全く同じ魔力配列だったな……ってことはサライが入ってくるのまで予測した犯行ってことか」


「そういうこと。ただ……なんでその力を狙ってるのか、までは俺でもわからん。そもそも力の由来が何処から来てるのか知らねえし、理由を探るならそこからになる気がするんだよな」



 信号待ちの間、ちらりと視線を燦斗に向けた和泉。彼ならば全ての事情を知っているのだろうが、神夜を傷つけてしまい、更には自身の弟とも呼べるエーミールが暴走状態になってしまって意気消沈してしまっている今、彼に聞くのは酷かもしれないと思い、睦月邸に到着するまではそっとしておいた。

 コンラートも目覚める様子はなく、ずっと気絶している。生きているのは確認が取れているとのことで、オスカーが鋼糸を使って手を縛り付けて拘束状態を保っていた。



 睦月邸に到着し、コンラートを下ろす。イズミが彼を背負って敷地内に入ろうとするのだが、ずるりとコンラートだけが見えない壁に阻まれてしまう。

 これは《祓魔師エゾルシスタ》の力が結界として働いている証拠であり、闇の種族の力も通さなくしているのが理由。そのためコンラートもまた闇の種族と同系列の力を持っている証明にもなる。

 なおこの結界は家主であり《祓魔師エゾルシスタ》の持ち主である睦月竜馬に認識を変えてもらわない限りは通ることが出来ないため、一旦認識を変えてコンラートを結界内へ入れてもらうことに。



「すみません、竜馬さん」


「気にすんな。ジャックや和泉君の実力は既に知ってるからな。サライ君は客用の部屋にいるから、ついでにそこに運び入れるといい」


「あざっす」



 礼を伝えて、2階へと上がり客用寝室に入るイズミ達。

 眠っているサライと共に、目覚めたヴォルフが椅子に座って彼を見守っている。息子の手を握り、彼が目覚めるのを待っている様子だ。


 隣の空いているベッドにコンラートを寝かせて、サライとコンラートの様子を伺う。コンラートの方は苦しそうな表情を見せることがあったが、サライは全く動きがなかった。



「ドレット……司令官から話は聞いている。俺がフェルゼンのヤツに術かけられた後に色々起きたってな」


「ええ。……サライは?」


「ご覧の有様だ。……フォンテと砕牙君に頼んでみたんだが、どうにも特別なやつをかけられているっぽくて、解除はできていない。2人には一旦離脱してもらって、安静にさせてる」


「……―――を使った弊害でなくて、よかった」



 ほっと胸をなでおろす燦斗。イズミと和泉にはノイズとして聞こえる『何か』をフォンテとサライで使い、ヴォルフを助けたことがこのやり取りでなんとなく理解するが、問題はそこではない。

 サライは現在コンラート同様、精神的に蝕まれている状態。そのためイズミ、和泉、フォンテ、ノエルの4人のうちの誰かがサライとコンラートの精神状態を戻す必要がある。


 ところがイズミがコンラートに入ろうとしたところ、彼はイズミの力を拒否している様子が伺えた。これはコンラート自身が入れる人物を制限しているようで、ヴォルフも同様の状態だったためサライが入ったのだそうだ。



「っつーことは、コイツに入るためには誰が入れるかをチェックしなきゃならんのか。めんどくせぇな」


「いや、もう入れる人物はわかっているよ。ただ、ある程度話をつけておかないと混乱が広がる」


「え? 和泉お前わかってんの?」


「コンラートさんが倒れる時に言ってただろ。フォンテ、兄ちゃんを助けてって」


「あー……そういやそうだったな」



 御影会の別邸にて、コンラートが倒れる寸前に聞いた言葉。それはフォンテとコンラートが兄弟だったという話に結びつくのでフォンテにコンラートの精神を調整してもらえればそれでいい。

 ただ、フォンテはコンラートを知らない。兄弟だと言われてもそれは彼がエルグランデにいる頃の話であって、現在の彼にはその記憶はないのだから。



「そうなるとアイツが信じてくれるかどうかなんだよなぁ……アイツ結構頑固だし、コンラートと兄弟って言われたら『はぁ?』ってガチギレ返答しそう」


「まあそこは俺が交渉するって。お前とフォンテを喋らせたらこの家が吹っ飛ぶ」


「お前は俺とフォンテをなんだと思ってんの???」


「犬の王子と猿のギルマス」


「こーの野郎」



 けらけらと軽く笑い合いながら、和泉はその場をあとにしてフォンテの下へと向かう。彼は現在、ヴォルフの精神に入り闇の種族化を治癒するという力を使った影響もあって疲れており、リビングで少し休ませてもらっているのだそうだ。

 その間にイズミが同じ力でサライに入ろうとしたのだが、こちらはサライの精神的混乱が非常に大きく今入れば危険だということで、落ち着くのを待つ算段に。


 暫く待つのも暇で仕方がない。イズミは1つ、気になっていたことを燦斗とヴォルフに問いかけてみることにした。



「……そういや、気になってたんだけどよ。ローラントが侵略者インベーダーと狼のおっさんに向けて、『あの研究に参加した研究者』って言ってただろ」


「ええ、言いましたね。……それが?」


「あの時ローラントのやつ、レイとアマベル含めて言ってなかったか? って思ってさ。……真実を隠すって言うなら話さなくてもいいけど、一応、聞いておきたい」


「ふむ。……私はその辺りを話す権限を封じられているので、ヴォルフが話す形になりますが」


「え、ドレットの奴そこまで封じてんの? いやまあ、俺は封じられてないから話は出来る、が……いいのか?」



 ヴォルフの問いかけには、ガルムレイの真実やイズミの正体等、様々なことが明らかになって精神的に耐えきれるのか? という意味が含まれているようだ。

 それでもイズミは知りたかった。アルムが攫われた理由が、なんとなくガルムレイの真実に引っかかっているような気がしてならなかったからだ。


 そこまで決意があるならと、ヴォルフは語り始める。

 自分たちが何者なのか。レティシエルやアマベル達がどういう存在で扱われているのか。


 それらを余すこと無く、全て。

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