第15話 賢者は漆黒に夢を見る


 和泉の車が御影会の広い駐車場へと辿り着くと同時、彼の車をスーツ姿の男達が取り囲む。何事かと燦斗、オスカーが驚けば、男達は運転席から降りてきた和泉に向けて口々にただ一言言うのだ。

 ――三代目、おかえりなさいませ、と。



「さ、三代目ぇ……?」


「ん、言ってなかったか? 探偵業務ができなくなったらこっちやるんだよ、俺」


「えぇ……如月さんって何者……??」


「御影会会長、御影俊一の一人娘の旦那」


「コイツこう見えても結構な地位持ってるよな。……さて、入ったのはいいけどセノが見た光を出したのはどいつだぁ……?」



 キョロキョロと辺りを見渡して、セノフォンテが見つけた光の柱を出した犯人を探すイズミ。周囲の男達にはそれらしい反応は無く、また既にセノフォンテと離れたのもあって柱の目視は出来ないため、地道に探す事になった。


 和泉と燦斗は主要人物に接触を、イズミとオスカーは敷地内に不審人物がいないかの捜索を。それぞれ分かれて探したところ、イズミとオスカーが御影会の庭でエーミールと対峙することになってしまった。



「……エーミール……」


「ああ、どうもジャックさん。アルム王女は見つかりましたか?」



 緩やかに、けれど核心に迫るような言い方に少々怒りさえ覚えるイズミ。けれどそれもエーミールが仕掛けている何かの罠なのだと察すると、呼吸を整えてから彼の言葉に返答する。

 見つかっていない、場所の見当もつかない、等の事実を述べて首を横に振るイズミ。それで少しは情報を引きずり出せればと思ったが、エーミールにそれは通じない。事実を与えられたとしても、私から渡す情報は無いのだと言うように、エーミールはコントラ・ソール《祓魔師エゾルシスタ》の力を練り上げてイズミを拘束した。



「ちっ……!」


「おや、逃げないんですか? まあ、それはそれで助かります。私に――――を使われると、とても厄介なので」


「エミさん、そないなこと言うてもアルム王女と会話したら意味ないで。――――が無くても、結局戻ってまう」


「ええ、あなた方はそうでしょうね。でも私は違います。アルム王女の力では解除できないよう、施しを頂きましたので」


「――――じゃないとアカンってことか……!!」



 オスカーとエーミールのやり取りは普通に起きているのに対し、イズミには一部ノイズが掛かってしまってほとんど聞こえていない。ある単語を告げる時だけに発生しているとまではわかったが、その単語が何を意味する言葉なのか、自分にどこまで関係があるのかは判断が付けられなかった。



(クソ、なんなんだこのノイズ……さっきから2人は何の話をしてんだ……)



 イライラが募る。何かに対して付与されるノイズに加え、解除されない《祓魔師エゾルシスタ》の拘束も相まって、イズミの怒りは頂点に達しようとしていた。

 誰が何のためにこんな施しを掛けているのかさえ分からない状態故に、イズミはエーミールを睨めつける。エーミールはこのノイズ現象に心当たりがあるようで、彼は何かを伝えるかのように小さく呟いた。



「どうやら、彼は貴方に真実を隠すつもりのようですね」


「……どういう意味だ」


「おや、既に気づいているはずでは? 貴方はもうすぐ迷路の出口へ辿り着こうとしているのに、気づいていないふりをして真実から目を逸らすと?」


「っ……!!」



 小さく喉を鳴らし、息を吸う。それだけでエーミールはイズミの焦りを見出して、緩やかに嘲笑った。それが求めていた反応だと。


 真実を知ることがジャック・アルファードの救われる道だと囁きかけるエーミール。続いて言葉を発しようとしたその瞬間、オスカーが動いた。

 手を伸ばし、エーミールとイズミとの間を無理矢理開いてエーミールを突き飛ばす。更に戦闘行為と見なされない程度に細いワイヤーを用いて網を張り、エーミールの動きを止めて《祓魔師エゾルシスタ》の力を解除させた。


 わずか数秒の動きだったが、エーミールはそれさえも嘲笑う。オスカーがこうしてイズミを救う方に動いてくれたことに感謝する、と。



「どういう意味や……!」


「さあ。1つ言えるのは、貴方達は判断ミスを犯した、ということでしょうか」


「判断ミス……?」



 その真意を問いかけようとしたその瞬間、辺りに奇妙な空気が漂う。通常の九重市ではあり得ないような、重く禍々しい空気。九重市という平和指定世界での土地柄では絶対に出てくることのない恐ろしげな雰囲気がイズミとオスカーの身体を包み込み始めていた。

 それと同時、御影会の屋敷内部でも騒ぎが起こっている。ある者は発狂し、ある者はそのまま気絶し、またある者はそのまま恐怖に震えるといった様相を浮かべていた。


 確実に、何かを引き起こされた。そう判断したその瞬間、イズミは思わずエーミールに目を向ける。

 そこにいるのは間違いなく、エーミール・アーベントロート。だというのに、イズミの目に映されたのは、悍ましい悪魔のような異形を持った姿の何か。まるで、自分がいずれはこうなるのだという未来を見せつけられているような、悪意だけの塊がエーミールの姿を変貌させていた。



「おや、どうしました? 貴方もまた、何かを見ているようですが」


「テメェ……いったい、何をした……」


「さあ。龍脈の力を用いて、コンラートさんの《詐欺師ベトリューガー》の力を増幅させたとか、その力を使って九重市全体を包み込んだとか、そのぐらいしかしてませんけどねぇ」


「テメェ……!」



 ぎり、と歯ぎしりをするものの、イズミは一瞬だけ怯んでしまっている。同じくオスカーにもエーミールの姿が別のものに見えているのか、焦らないように自分を落ち着けるように口元を手で隠し、表情を読まれないようにしていた。

 なるべく早く、コンラートを探しこの力を止めてもらわなければならないが、既にイズミの視界もオスカーの視界も狂わされ、他者の姿が別のものに見えているためコンラートを探し出すこと自体が困難を極めている。故に、彼らは作戦を立てることさえも難しかった。


 だがそんな劣悪な状況でも、イズミは諦めない。せめて目の前にいる悪魔が誰であるかを理解しているうちに抑え込み、アルムの居場所を聞き出さなくてはならないと牙を剥く。右腕の力を解放してでも目の前の悪魔エーミールを止めようと前へ出た。



「とっととアルムの居場所を吐け、エーミール・アーベントロートォ!!」


「ああ、貴方ならそう来ると思ってましたよ、ジャック・アルファード!!」



 九重市という世界ではありえない力の衝突が起こる。喩えるならば光と闇、善と悪、白と黒、賢者と愚者の衝突。不可思議にも現実な戦いが今始まった。


 右腕に眠る闇の種族の力を解放し、全力でエーミールを殴りつけるイズミ。咄嗟にエーミールは左腕を前に出してガードを行うが、勢いが減ることはなく遠くへ吹き飛ばされる。広い庭だからか、壁などにぶつかることはなく地面へと叩きつけられる。

 すぐに起き上がったエーミールは武器転送を行いグラスナイフを両手に構えてイズミを斬りつけるが、彼の右腕の皮膚は人のそれとは全く違って硬質化しており、特殊加工をされたグラスナイフをもってしても彼の腕を断つには至らない。


 今一度距離を取り、勢いをつけてグラスナイフをイズミへ突き立てるエーミール。力ではなく速さで彼の皮膚を削り、露出した肉を断つ作戦へと躍り出た。

 だがそれも全くの無傷。極限まで硬さを突き詰めたイズミの腕は、どんな刃も通すことはないようだ。



「……っ……」



 ならばと、エーミールはグラスナイフを捨てた。代わりに、何かを準備する。それを視認するにはイズミもオスカーも彼の姿が変わっている故に難しいが、何かを準備しているということだけは彼らは理解していた。

 だが、イズミには少し、エーミールに対しての疑念が浮かんでいた。先程の攻撃を受け止めた時の一瞬といい、今準備しようとしている何かといい、彼は今までの彼とは違うのだと脳の片隅が震える。



(……さっきの俺の一撃を片手で受け止めたことといい、コイツ……)



 コントラ・ソール《無尽蔵の生命アンフィニ》によって朽ちることのない、死ぬことのない身体を持っているとは言え、身体へのダメージは少しでも残るはずだ。それなのに闇の種族の力を解放した右腕の一撃を彼は左腕だけでガードし、吹き飛ばされるだけに留めている。並大抵の人間ならばこの一撃で腕を破壊されるはずだが、エーミールはその様子がない。

 まさか、と感づいたその瞬間、イズミは咄嗟にエーミールの左腕から放たれた拳を右腕でガードする。大きく吹き飛ばされた身体は宙を舞い、バランスを崩して地面へと打ち付けられたがすぐさま起き上がって体勢を立て直した。



「っ、お前……!」



 今までの争いで、イズミは気づいてしまった。エーミール達が受けている闇の種族の力は、自分の持つ闇の種族の力と全く同じものであることに。


 これまでの疑問が全て繋がったのなら、自ずとこの現象にも説明がつく。闇の種族の力を弾けるのは、また闇の種族の力だけ。エーミールはその法則を利用してイズミの右腕の一撃を防いだだけのこと。

 ……そう、最上級眷属の力を弾いたのは、間違いなく同じ最上級眷属の力。エーミールはその身体に、自分と同じ力を宿していることにイズミは気づいてしまったのだ。


 本来であれば人間が闇の種族に至るためには『闇堕ち』と呼ばれる状態を経由しなければならない。経由することで身体が馴染み、力の許容量を増やすことが出来る。だが闇堕ちを経ていない常人が急にその力を受け取れば、身の破滅どころか精神崩壊まで至る。現にイズミだって幼い頃に最上級眷属の力を手に入れて、自我崩壊の一歩手前まで進んでしまったのだから。


 エーミールの狂った笑い声が響く。彼は闇堕ちの状態を経由しないままに最上級眷属の力を手に入れてしまっている故に、その精神状態は安定していない。暗く淀む白眼は目前の同志を嘲笑うように、醜く煌めく。



「ははっ、あはははっ! どうしました、ジャックさん! 同じ力を持つ同志が目の前にいるんですよ、少しは喜んだらいかがですか!?」


「馬鹿野郎、テメェ自分が何やってるのかわかってんのか!? 闇堕ち経由無しでその力を使うってことは、テメェの存在自体を破棄することと同じだぞ!!」


「私達オルドヌングのメンバーがこの力を持った時点で、それぞれの存在は破棄されたようなもの! 今更、貴方が心配するようなことなんて何一つありませんよ!」


「コイツ意味理解してねぇな、これ! オスカー卿、無事か!?」


「心配いらん! けど、流石にこのままエミさんとやり合うのはヤバい!! セクレト機関側からもエミさんと戦わんように発令が降りたで!」


「チッ、一旦撤退か……!」



 もう一度、エーミールが左腕の力を解放して殴りかかってくる。ただでさえ最上級眷属同士の2度の衝突で御影会の庭は崩壊寸前だというのに、それさえも気にせずに彼はイズミに向かって真っ直ぐに突撃してきた。

 次に腕同士が衝突すれば確実に御影会は吹き飛ぶ。それを予測していたオスカーは鋼糸を用いてイズミを引っ張りあげ、代わりにコントラ・ソール《人形師パペッター》によってイズミを模した人形を作ってエーミールに投げつけ、彼の視界を奪った。


 そこからの離脱は、あとは容易だった。エーミールが追いかけてくる様子もなかったため、ひとまずオスカーとイズミは御影会の外へ出てセクレト機関からの連絡を待つ。しかし未だに侵略行為の解決には至っていないため、オスカーはイズミへと問いかけた。



「……ジャック様、まだ動けます?」


「あ、ああ。なんでだ?」


「エミさんとの戦いは避けなければならないけれど、まだ俺らは侵略行為の阻止までには至ってない。なんで、まあ、コンちゃん探さなアカンかなって」


「コンラートか……。いるとしたら、何処にいるかね」


「兄貴の言葉に加え、エミさんの言葉を信用するならここらにいると思います。ただ、俺らじゃ視認が効かないのを考えるとかなり厄介で……」


「今のこの現象、俺らや御影会の人間以外にも発動してるよな。ベルトアは気づいてるんだろうか」


「兄貴やったら気づいてるかと。おそらくこれ以上広がらんようにはしてるはず」


「レイとアマベルも来ている以上はアイツらもなんとかしてるだろうな。となれば、俺らで行くしかねえかぁ」



 ふう、と一息ついたイズミは再び御影会へと向き直る。未だに異質な空気は御影会を、そして九重市を包み込んでおり、それを解除するために彼らは再び御影会へと踏み込んだ。


 人と出会う度、異形が倒れ伏して呻いている。御影会に所属する人々が狂気の視界に耐えきれずにもがき苦しんでいるのがよくわかる光景だ。イズミは小さく舌打ちをすると、闇の種族の気配を探るために集中した。



「……エーミールは離脱してるな。コンラートは……ああ、ダメだ阻害されてる」


「となると、虱潰しに探すしかないか。……兄貴の《意地悪マルドーソ》が発動すれば、ええんやが」


「時間かかりそうだったし、コンラートが使ってる龍脈も影響してるだろうな。どうしたもんか……」



 がりがりと頭をかいていると、誰かが来る気配を感じ取ったイズミ。オスカーに目配せをした後、いつでも徒手格闘で反撃を出せるように構えて……やってきた人物に向けて、掌底を放とうとした。

 同じくして、やってきた人物――和泉もまた拳銃の銃口をイズミに向け、引き金を引こうとしていた寸前だった。お互いがお互いを認識できる距離になってから揃って拳銃と拳を引っ込めたが、タイミングを間違っていたらどちらかが死んでいたのかと思うと恐怖しか無い、とイズミは呟いた。



「っつか、侵略者インベーダーはどうした? アイツにも連絡行ってるんだろ?」


「金宮さんなら、神夜さんの治療中だ。俺らが到達する前に襲撃を受けたらしくて、現在エミーリアさんの指示のもと治療を施してる」


「マジか、神夜のやつが……って、待て、なんで神夜が狙われてるんだ?」


「これは金宮さんの憶測になるが、おそらくは《呪術師マーディサオン》を狙われたんじゃないかって。ガルムレイ側で闇の種族を作り出した直接の原因なんだろ、アレって」


「ん、あー……確かにそうだ、そうなるな。神夜がガルムレイからいなくなったのが原因でジェニーの《呪術師マーディサオン》が暴走して、その呪いから闇の種族が発生して俺も影響受けてるからー……」


「あれ? せやったら、その人を襲って《呪術師マーディサオン》を暴走させた結果、エミさんとコンちゃんがパワーアップしてることになりません?」


「あ、あー……。カサドルの証言もあるし、あり得る……」



 オスカーの指摘に対し、イズミと和泉の表情が強張る。

 文月神夜の持つ力《呪術師マーディサオン》は名前の通り、呪術の力を扱うことが出来るようになる。闇の種族は過去、この力の暴走による呪いの配布が原因で発生しており、現時点で闇の種族の力を持つオルドヌングのメンバーは《呪術師マーディサオン》による呪いを受けているのと同義である。


 ただ、イズミは少し気になる点を見つけていた。それが、セノフォンテが見た光のタイミングと神夜が襲われたタイミング。

 早い段階で光の柱が見えていたため神夜の《呪術師マーディサオン》が暴走したとは考えづらく、襲われたタイミングがイズミ達が御影会に入る直前だったことから、彼の力が使われた訳では無い、と結論づけた。



「つまり、この場には《呪術師マーディサオン》を持つ人間がいた……?」


「……有り得るかもな。神夜を襲ったのはカムフラージュのためかもしれねえ。本来の目的を隠すため、わざと御影会を選んで侵略行為に見せかけた……」


「本来の目的を隠すため……だとしたらコンちゃんのコレもカムフラージュのために使ったと考えるべきですね」


「となれば、あとは探すだけなんだがー……和泉、コンラートが入るならどこまで行ってるかわかるか?」


「庭の方にいなかったのなら、紫蘭、浩輔、夏希、和葉の部屋がある別邸側になるな。屋敷内部は簡単には入れない仕組みがあるし、入れるとしたらそこら辺」


「なら、案内してくれ。アイツには腕ぶった切られた恨みを晴らしておきてぇんだ」


「お、おう……」


「ジャック様、コンちゃんに相当恨みがあるみたいやね……」



 少々その様相にドン引きしながらも、和泉は御影会の敷地内を少しずつ歩み進める。今現在、目の前にいるイズミとオスカーが視認できているとは言え、いつ敵が襲ってくるかわからない恐怖が彼を包んでいるようだ。


 それでも、この御影会の三代目として問題解決を急ぎたい。

 その気持ちを汲み取ったイズミは和泉に必ず解決してやると言い切って、彼についていく――。

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