第14話 《死を謳う者》が真実を告げる


 裏山へ到着したイズミ達は、後ろからついて来ていたセノフォンテも同行させて山の中を進み続けた。

 セノフォンテの同行は完全に油断していた。レティシエルが不調でフォンテがまた別のことをやるならばイズミや燦斗と一緒がいい! と駄々をこねられたので、今更ではあるが同行を許可しておいた。



「今から帰すのも大変ですしね」


「車の通りも激しいし、1人には出来ないですよ。……頼むから俺たちから離れないでくれよ?」


「はぁい」



 可愛く返事をしたセノフォンテに対し、イズミは少々眉根を寄せた。身体はレティシエルそっくりの大きさなのに精神が幼く、まるで子供のような素振りを見せている。生まれたばかりの赤子にも等しいのだから仕方ないと言われればそれまでだが、他の精神体達を見ているイズミにとってはなんとも理解しがたいそうだ。


 そんなセノフォンテだが、周りの様子に何度も何度も首を傾げており、何かを見つけた訳でもないのだが、燦斗に何度か報告をしていた。



「おや、またですか?」


「うん……。なんかね、見てるんだけど見てない感じがするんだ」


「見てるんだけど、見てない感じ……? ええと、つまりはどう言う?」


「うんと……あっ、顔はこっちみてるのに視線は違うところにある感じ!」


「うーーん?? アンダスト王子、パス」


「俺にパスすな。……まあ、お前が言いたいことはわかるけどな」



 そう言うとイズミは足元にあった石を手に取り、ぽいっと森の中へと放り込む。直後、「痛っ」という声が聞こえると同時、何かが倒れる音が聞こえてきた。

 イズミは足早にその音の出処へと向かうと、がしっと何かを掴んで引き上げた。


 彼が引きずり上げたのは、異世界ガルムレイに住まう男カサドル・セプテン。……人の形を取っているが彼も立派な闇の種族であり、アマベル直下の眷属。何故彼がここにいるのかはまだ仕組みが解明されていないが、どうせアマベルがいなくなったから適当に歩き回ったらゲートに引っかかったんだろう、というのがイズミの持論だった。



「やっぱりお前か、カサドル」


「……何故わかった……」


「見られているのに見てない。その条件に当てはまるのは、目が見えないから気配で見えているように見せかけているお前しかいねぇなと思って」



 ずるずるとカサドルを引きずって、燦斗達と合流させたイズミ。まさか彼がいるとは思わなかったのか、燦斗は驚いている様子だ。

 九重市が侵略を受けていることは司令官によって告げられているが、その犯人はまだわかっていない。カサドルが犯人ではないかというイズミとローラントの推測に対し、燦斗はそれを否定する。というのも、カサドルがここにいることは全くの想定外だったそうで。



「っつか、なんでお前ここにいるんだよ。ゲート通ってきたのか?」


「いや、アマベル様と共に来たぞ? 先程まで一緒だったんだが、いつの間にかいなくてな。知らない土地だったから待っていたら、お前の気配がしたのでそっちを見ていた」


「……は? 待て、アマベルと一緒……?」


「アマベルさんは確か、イズミ達と一緒に行動してて……」



 和泉が真実を告げようとしたその瞬間、イズミと和泉の間に紫色の雷が迸る。それ以上言ってはならないと告げるかのような雷に僅かな恐怖が芽生えたが、それを払拭するように5人は振り返る。


 そこにいたのは……イズミ・キサラギ、そして如月和泉に顔がそっくりな人物。違いを上げるとするならば、そこに立つ彼はイズミのような半裸に薄く透けた白のコートを羽織り、金色の目で5人とカサドルの姿を捉えていることだろうか。

 その姿に見覚えがあった燦斗。思わず糸目だった彼の赤い瞳が男の金の瞳を捉えると、小さく、震えるような声で彼の名を呟く。



「ベルトア・ウル・アビスリンク……」


「なん……だと?」


「な、なんで……なんでここにおるんや……!?」



 ガルムレイの神の1人、ベルトア・ウル・アビスリンク。その姿は同じ神であるレティシエルとアマベル以外が目撃したことはなく、幻とさえも称されるほどの存在でもある。

 だが、燦斗の証言によりその神は実在した。しかも、自分とそっくりの顔で。思わずイズミは武器を取り出して攻撃を試みようと前に一歩進んだが、それを和泉が寸前で止める。おそらく、無駄だろうからと。


 それに対しベルトアは飄々とした様子でいた。イズミが攻撃しそうになってくることも予測済みだったようで、構えていた反撃があったそうだ。それを見抜かれるとは思わなかったと笑っていたが、同時に見抜く相手が自分の予想と違っていたものだから驚いた様子でもあった。



「エーリッヒが見抜くと思ってたけど、まさか和泉がねぇ。いやはや、おみそれしました」


「はあ。……ていうか、神様がなんで九重市に?」


「エルとアマベル迎えに来たんだけど、ちょーっと厄介なことになってるって気づいてね。エーリッヒの親父さんも手を打ってくるかな~って思ったんだけど、気付いてなさそうだったんでカサドル使っておびき寄せちゃった☆」



 てへっ☆と可愛らしくウィンクまでしてみせたベルトア。どうやら彼はアマベルに変装してカサドルに近づき、彼をこの九重市に連れてくることでイズミやセノフォンテに気づいてもらうように動いていたようだ。

 ベルトアのウィンクに少々怒りさえ覚えたのか、先程止められたイズミは指の関節をぱきぽきと鳴らし、燦斗はメガネの縁を指で押し上げて、揃って怒っていることを見せつけた。



「なあ侵略者インベーダー、やっぱりコイツ殴っていい?」


「許可します。私もこのカスだけはどうしても殴りたかったんで」


「け、ケンカはダメだよ! エミーリアお姉ちゃんに怒られちゃうよ!」


「そうだぞー、リアちゃん怒らせたらやべぇって知ってるだろエーリッヒー」


「くっ……。いつか絶対殴る……」



 からからと笑うベルトアに対し、まるで昔からの友人に怒りを覚えるかのような表情を見せる燦斗。その2人のやりとりに多少の違和感を覚えたのか、和泉は首を傾げていた。


 というのも、ベルトア・ウル・アビスリンクと金宮燦斗――もといエーリッヒ・アーベントロートはそれぞれ異世界ガルムレイの神と異世界エルグランデの研究者。別の世界で活動している2人がここまで仲の良いものなのか? という疑問が浮かんでいたのだ。

 その疑問についてはイズミも浮かんでいる。もっと言えば、燦斗自身を現在使っている名前ではなくエーリッヒの名で呼んでいることから、彼らは古い知り合いなのではないかという推測さえ立っていた。


 だが、その疑問はまた別の人物の登場により、一旦2人の頭の中から隅へ追いやられることになる。



「全く、ガルムレイあっちにいないと思ったら九重市こっちに来てたのか、兄貴」


「お。マーシアじゃん」


「……はぁ!?」



 森の奥から姿を表したのはオスカー・マンハイム。イズミは思わず武器を構えようとしたのだが、その前にオスカーが両手を上げて降参の意志を見せる。既にアルムと会話をしている、という証言を聞いたイズミは右腕の反応を確認するが……ローラント同様、彼からも力が抜けていることが発覚。

 いったいどれだけアルムは人を救ってるんだ、とイズミは軽く気の抜けた笑いを見せるが、それよりもといった様子でオスカー、ベルトアの2人の顔を見続けた。


 ベルトアはオスカーのことを『マーシア』と呼んだ。オスカー・マンハイムという名前からは想像出来ない名は同じ組織に所属するローラントでさえも知らない様子で、オスカーは少しだけ笑って名前が違う理由を告げた。



「俺の本名はオスカー・マーシア・アビスリンク。一応今の名前はオルドヌングに入った時に変えた名前でね、ガルムレイ調査のときとか、あと他のメンバーに色々と悟られるのが面倒とかあって変えてた」


「えっ、じゃあオスカーがオルドヌングに入ったのって、件の実験でいなくなったっていう人の調査やったんか!?」


「まあね。流石に当事者の弟がいるとなると、色々胃痛案件になるやろって思ってな。……で、この話はジャック様とそこの目隠しのキミには結構重要な話になるんだけど、今はそれを話してる暇がなくてさ」


「侵略行為を受けている、だったな。話は後だ、まずはそっちを解決したい」


「ん。じゃあ、簡単に説明するよ」



 今回の事件は九重市への侵略行為の原因を突き止めること。それを終わらせない限りはエルグランデへ帰還することは許されないため、まずはそちらを優先させることにしたイズミ。和泉に地図を見せてもらいながら、その場所を教えてもらった。

 だが、途端に燦斗と和泉の表情が曇る。なぜなら、その場所は彼らがよく知っている人物の家であり、世話になっている場所なのだから。


 大昔から九重市という土地を取り仕切る2つの組織のうちの1つ、御影会。

 和泉にとっては嫁である和葉の実家であり、燦斗にとってはセクレト機関とはまた違う支援を与えてくれた組織。どちらも切っても切れない縁が出来ている場所なため、焦りが生じ始めていた。



「なんで……なんで、和葉んちが……?」


「……っ……。如月さん」


「すぐ連絡入れる。そっちは神夜さんに連絡を」



 和泉と燦斗でそれぞれ連絡を入れている間に、イズミとローラントとセノフォンテで街の状況を確認。街の中は平然と、普段どおりの風景が見えているが……セノフォンテにはまた別の違うものが見えているようで、それが何かはわからない、としか言えずにいた。

 そこでベルトアはセノフォンテの《奇跡ミラークルム》の魔眼を用いて、ある願いを1つ叶えてほしいと言ってきた。なんてことはない、彼が見た光景を自分たちにも見せてくれ、というただ1つの願い。出来るのかわからないけれどと小さく呟いたセノフォンテだったが、こともなげにやってみせた。


 見えたのは紫色の光の柱。御影会のある場所から立ち上っており、セノフォンテにしか見えない光景。彼が見える理由としては、真理を求める者レティシエルの精神体だからだろう、という結論に至る。

 その光の柱が何を意味するのか、セノフォンテにはわからない。だがその光の柱に対して答えを出したのは、目が見えないはずのカサドルだった。



「……なんだろう、この感じ。闇の種族の暴走のときに現れる、黒の嵐に似ている。世界が違うから嵐は起こせない代わりに、光の柱が登っているんだろうか」


「だとすりゃあ、闇の種族がいるってことか? でも俺の右腕は……」


「おそらく特殊加工が施されてるな、ありゃあ。あっちもお前の探知が効かないように手を打ってきたってところだろう」


「けど兄貴、どうやってその探知を掻い潜る? ジャック……様の右腕は、特別措置の施しをしても的確に探知するはずやけど」


「1つだけジャックの力を弾くコントラ・ソールがある。しかも、それを持ってる奴は既にフェルゼンの手中だ」



 オスカーの問いかけに対し、ベルトアはすぐにその答えを返したが……燦斗以外は理解が及んでいない。イズミの持つ闇の種族の力を弾く事が出来る、というのは既にイズミと和泉は情報として持っているが、フェルゼンの手中にあるという点が彼らを答えへ導き出せない。

 逆に燦斗はというと、フェルゼンの手中にいる誰がイズミの力を弾けるかを逆算している。現在燦斗と共に行動しているオスカー、ローラント、ヴィオット、メルヒオール以外のオルドヌングのメンバーのコントラ・ソールを思い起こしながらも、その答えにはたどり着いた。



「……エーミールの《祓魔師エゾルシスタ》か!」


「《祓魔師エゾルシスタ》……あー、確かにそうか。竜馬のヤツを受けたことあるけど、俺でも動けなかったから……って、あれ?」



 ふと、イズミはここで疑問が浮かんだ。

 ――何故エーミールが《祓魔師エゾルシスタ》を持っている?


 以前、イズミは別の事件で《祓魔師エゾルシスタ》の力を持つ男、睦月竜馬の使った結界を通り抜けることが出来ず、その力の元が何処から来たのかまで聞き出すことが出来た。

 だが彼が思い浮かんだ疑問点は、その《祓魔師エゾルシスタ》の力がガルムレイ由来の力のはず、という点。エーミールが所持しているなんていう状態にはなり得ないはずなのだ。



「……待てよ……」



 ちらりとイズミの視線が燦斗に向けられる。彼は《預言者プロフェータ》という力を持っている。そしてその力もまた、文月神夜ふみつきじんやという元はガルムレイに住んでいた人物が別途ガルムレイから持ってきたものであることを以前の事件で知った。


 では、何故燦斗もエーミールもガルムレイ由来の力を持っているのか。

 その点を頭の中で整理しようとした時、ベルトアの姿を見て……イズミは、ジャック・アルファードは1つの答えが浮かんでしまった。


 ――あの世界ガルムレイはエルグランデの人間によって造られたのではないか。と



「……――っ……!?」



 僅かにイズミの視界が揺らいだ。この答えが正解なのだとしたら、じゃあ、

 人が人を、世界を作った。それはガルムレイの人間でもやることのないある種の禁忌。それをエルグランデの人間が簡単にやってのけたのだとしたら……。


 ……だが今は、この世界の侵略行為を止めなければならないからと、一旦その考えを頭から捨て去る。ベルトアが全員に向かって話をする様子を眺めながらも、イズミは正気を保とうと必死だった。



「ちまこいのとセノとカサドル、お前ら3人はこの裏山にいてほしい。理由は、俺が使う術式をちょっと守護しといてほしいんだ」


「貴方のコントラ・ソールというと、――――の方ですか?」


「いやいや、――――は7人にバラけさせてるから、今回使うのは《意地悪マルドーソ》の方。ちょっとね、この都市面白いもんが見えたんだよ」


「と、いうと?」


「丁度この山とあの場所、でかい龍脈が繋がってるんだ。フェルゼンのやつはこの龍脈に気づいている様子がないから、コイツを使ってちょっと仕掛けをぶん投げてやろうと思って」


「となると、確かに術式を守る必要があるな。俺とセノ君とカサドル君で守るのはええけど、合流はどないしたらええ?」


「事が解決次第、俺が全員をエルグランデに送るさ。……あー、俺が動いてることはリアちゃんやヴォルフやエーリッヒの親父さんには内緒な?」



 少々申し訳無さそうな顔をして笑うベルトア。今はまだ、セクレト機関に自分が動いていることがバレてはならないと彼は言い、今回の件で手を貸したことも内緒にしておいてほしいと告げる。それが彼にとっても、燦斗にとっても、イズミにとっても有用な道なのだそうだ。


 そうして、ベルトアはコントラ・ソール《意地悪マルドーソ》のために必要な術式の準備を始める。裏山に眠る龍脈の流れを辿り、御影会へつながる道を探し当てるまでに少々時間がかかるそうで、その間に御影会まで向かってほしいと告げる。

 すぐにイズミ、燦斗、和泉、オスカーの4人で裏山を降り、まずここ最近ずっと走りっぱなしで体力が追いついていない和泉が道中で自分の事務所に立ち寄り、キレながらも車を出して車中で先程の電話での情報を交換しておいた。



「和葉曰く、特に不審な人物はいないそうだ。神夜さんからは?」


「神夜さんからは、エーミールが顔見せに来たというのと、イベントの開催があるということを伝えられました。……この時期、特に何もなかったですよね?」


「えーと、今は……7月か。となれば夏祭りが近いけど、イベントの開催って言い方が引っかかるな」


「そうなんですよね。神夜さんなら、夏祭りならはっきりとおっしゃいますし」


「イベントなぁ……。まさか和葉の誕生日イベントとか言わねぇだろうな」


「俊一さんなら言いそうですよねぇ」



 和泉と燦斗で御影会の会話をしながらも、後部座席にいるイズミとオスカーは無言のままだ。既にオスカーから闇の種族の気配は無くなっているとはいえ、王族と貴族という区分からなかなか会話がしづらいのだろう。

 それでも、聞きたいことがある。何とか勇気を振り絞ったイズミはオスカーにひとつ問いかける。



「オスカー卿、アンタの兄貴はガルムレイの神ベルトア・ウル・アビスリンクで間違いないんだな?」


「ええ、間違いないですよ。……それが何か?」


「アンタがエルグランデの住民であることも、間違いないんだな」


「そうですよ。……ジャック様、もう、気づいてるんではないです? ある事実に」


「……気づきたくもなかったけどな」



 ふう、と大きくため息を付いて、窓の外を眺めるイズミ。先程気付いてしまった真実をもう一度思い返せば、それを裏付ける証拠はいくらでもあるのだと気づく。


 本来ならガルムレイに住む人間にしか適応されないはずの闇の種族として反応してしまうオルドヌングのメンバー。

 《祓魔師エゾルシスタ》、《預言者プロフェータ》と言った、ガルムレイにしか無いはずの力を持つ燦斗とエーミールの存在。

 エルグランデの住人であるオスカーの兄がガルムレイの神ベルトア・ウル・アビスリンクであること。

 そして極めつけは、ベルトアが燦斗をよく知っているという事実。


 これらを統合し、道筋を作れば答えは自ずと現れる。けれどそれは同時に、自分の存在を否定するような感じがしてしまって、イズミの表情は曇っていった。



(……もし、本当にエルグランデの住人によって造られた世界なんだとしたら……)


(俺も、アルムも、兄貴も、アルも、ガルヴァスも、俺が知っている皆は……いったい、なんなんだろうな……)



 流れてゆく九重市の街並みを眺めながら、イズミはぼんやりと思案する。

 この世界の侵略行為が起きていることを一旦忘れて、辿り着いてしまった真実を思い返すように。

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