第13話 挑戦する者達

「……あら、まあ」


 中央諸島の神殿内部。ある事件の後に閉鎖されたこの神殿には、人の影などあるはずがなかった。

 しかし燦斗は入り口を見つけたその瞬間に、この神殿には誰かがいると悟った様子だ。辺りをキョロキョロと見渡し、見張りなどがいないかを確認した後にイズミ達を連れて中へと入る。


 夜だからか、ひんやりとした空気が風に乗って吹き付けてくる。だがそれとは別に何か違う気配もする、とイズミが注意を促していると……突如、叫び声が響き渡る。

 4人は顔を見合わせると、声をかけることなくすぐに大声の発生場所へと向かった。



「わっ!?」


「うわっ、誰!?」



 ランタンの灯りに照らされ、思わず驚く声を上げたのはレティシエルと……アマベルの2人。そのすぐ傍にはヴォルフが倒れており、どうやら暗闇の中でレティシエルとアマベルが鉢合わせて、驚いて叫び声が出たと言うのが真相らしい。

 アマベルはレティシエルの存在がガルムレイから消えたのを確認したのは良いが、どの異世界に行ったかわからなかったため、ようやく鉢合わせたら大声を上げられたそうで。少々しょんぼりしていた。



「あのなぁ……脅かすなよ」


「いや、だってビックリするじゃないか! 誰もいないところに放り込まれて、魔力さえ寸断されて1人になってたらさぁ!」


「……? 放り込まれた、とは?」


「えっ。言った通りだけど……」



 燦斗の問いかけに対して素っ頓狂な答えを返すレティシエル。何かが引っかかっているのか、燦斗は眉間に皺を寄せて考え始めた。

 誰かに放り込まれただけならば、彼の魔力を寸断させる状況にはなり得ない。何者かがレティシエルの力へ介入があって初めてアニチェート、シルヴェリオの2人が消えるほどに魔力の流れが止められるのだから。


 諸々の手法、コントラ・ソールによる介入などの状況を考えては、首を横に降って否定してを繰り返す燦斗だったが、この場の誰でもない声が彼の思考を止める。



「その疑問には俺が答えるじゃダメですかね、エーリッヒさん」



 燦斗の思考を止めたのが、暗闇の奥から現れたもう1人の男――口元を隠すための布で覆われた、ローラントという男の声だった。

 その声にイズミとフォンテが一瞬で得物を構えたが、ローラントはお手上げのポーズを取り、自分に敵意はないことを示す。今はもう彼には戦う理由はなくなり、捨てるようにこの場所に送り込まれたそうで。

 念の為にイズミがローラントの中にあった闇の種族の気配を探るが、その気配は既に消失。メルヒオール同様にアルムと会話したのがきっかけで徐々に消えたのだそうで、その後も情報を探るために彼は所持しているフリを続けてやり過ごしていたという。



「……確かに、今のテメェからは闇の種族の気配を感じ取れない、な……」


「せやろ? まあ、それだけでジャック達の味方なりますー言うのも癪やし、情報ぶちまけたらフェルゼンのヤツに一矢報いてるかな思て」



 小さく、フェルゼンを嘲笑ったローラント。卑怯な手を使ってでも侵略を行おうとしている罰だ、と呟いた彼の視線は次第にレティシエル、アマベル、燦斗、眠っているヴォルフの4人に向けられ……彼は一言だけ呟いた。



「それにしても、この場所に箱庭研究の研究者が4人もおるって凄いやんなぁ。オスカーが聞いたら卒倒しそう」



 その一言を聞き逃さなかったイズミとフォンテ。思わず彼の口元を手で隠した燦斗。何が起こったのかよくわかっていないレティシエルとアマベルとセノフォンテを置き去りに、イズミは燦斗に問いかけた。



侵略者インベーダー……今のは、どういう意味だ」


「……っ。どういう意味も、何も」


「テメェと狼のおっさんだけなら、まだわかる。だがレイとアマベルを一緒くたにした今の発言だと、コイツらは……」



 イズミの中には大きな疑問が生じていた。

 箱庭研究という言葉から、ローラントの向けた視線と台詞。そして、これまでの旅路の中で生まれたいくつもの疑問。これらがたった今全て引っくるめられ、イズミの中に投じられる。


 ――レティシエル・ベル・ウォールとアマベル・ライジュの正体についての、大きな疑問が。


 だが、今はその疑問に対して答えを見つける事が出来ない。また、答えを見つけたからと言って事態が好転するとも思えず、アルムの危機に変わりはないのだからと今はこの疑問を脳内から捨て去ることにした。



「……いや、今はいい。後で必ず話してもらうからな」


「ええ。……時が来たら、必ず」



 約束だ、と燦斗に釘を刺すように呟いたイズミ。それよりも気になっていたのは、倒れて目覚めることの無いヴォルフの状態だ。イズミはこの島に到達した時から感じていた闇の種族の気配があったという。

 アマベル、ローラントかと思われていたが、どうやら違う。ヴォルフが力を埋め込まれ、精神的に操られようとしているのが現在の状態ということらしい。



「……ということは、今黒いのは闇の種族になろうとしている??」


「んー、ちょっと違うかな。どちらかと言うと、少し前に世界全体で起きた集団催眠みたいに、闇の種族に操られる状態になってる」


「あー、アレかぁ……。レオとジャンもかかりかけた」


「そう。ただあの時と違うのは、彼が抵抗を続けているという点。彼は精神的な防衛手段を持っているのかな?」


「ヴォルフさんやったら確か、家系で持つコントラ・ソールのおかげで精神攻撃は一切受け付けんみたいな話聞いてるで。今回はなんでか効いてるけど」



 ヴォルフの様子を確認するが、彼は通常の呼吸を繰り返すだけで目覚める様子はなく、苦しむ様子も見せてはいない。ただ、精神の根深いところで攻防が繰り広げられているため、急いで彼の精神に潜り込む必要があるそうだ。

 それを行えることが出来るのは、この場にいるイズミとフォンテだけ。レティシエルとアマベルがそれを指摘するが、フォンテと燦斗がそれにストップをかけた。


 敵襲の気配。いち早く敵の接近に気づいたフォンテはヴォルフの身体を持ち上げると、急いで隠れる場所を探せと燦斗に向けて大声を放つ。



「と、言われましてもね。既に船は離脱しているでしょうし、あとは……」


「おにーさん! 黒の門! アレ使っちゃダメ!?」



 焦りに焦ったセノフォンテが燦斗の腕を引っ張り、誘導を促す。使うかどうか一瞬では判断出来なかったが、全員の完全離脱を優先させることを選んだ燦斗は、レティシエル、アマベル、ローラントも含めて黒の門へと誘導する。


 緊急時にしか使えない黒の門。既にその条件は満たされたのか、禍々しい力を溢れさせている。

 入力装置に適切な世界情報と位置情報を入力していくのだが、燦斗の手が止まってしまう。本来であれば移動出来るはずのエルグランデへの位置情報が潰され、セクレト機関への直接帰還が不可能になっているそうだ。



「先を越されたか……!」


侵略者インベーダー、それなら和泉のとこの世界だ! アイツの世界ならお前か狼のおっさんのヤツが使えるだろ!?」


「位置情報の入力範囲が狭まるがそれでいいか!? 九重市の何処に落ちるかわからないぞ!!」


「こんな状況じゃ仕方ねえ!! ヴィオットにも連絡しておく!!」



 的確に指示を出し終えた後、ヴィオットから預かっている精霊猫・テュルキスを通じて彼へ緊急連絡を届けるイズミ。その直後、ヴィオット経由でメルヒオールからの通達が届く。内容は……『九重市にて異常発生』の通達。異常の内容については詳細がはっきりとしていないようで、可能であればそちらに向かってほしいとのこと。


 流石に九重市での異常事態となれば、和泉達が黙っているわけがない。既に彼らは九重市へと転送されているそうで、後ほどヴィオットも合流するそうだ。



「となれば、あとは私達が……!」



 燦斗が入力装置への入力を終わらせると、黒の門に渦巻いていた奇妙な力がぐるりと反転してゆく。重苦しい雰囲気を漂わせていた門は僅かに雰囲気を軽くし、彼らを導こうと光の粒をばらまき続けている。


 敵が近づく音がする。

 もはや一刻の猶予はないと判断したイズミはレティシエルとアマベルを押し込み、ローラントの腕を引っ掴んで門へと入り込んだ。



 ゲートに入るのは、これで何度目だろうか。

 今までのどのゲートを通った感覚よりも無に等しく、あるとすれば水に流されているという感覚しか伝わってこない。それほど虚無に等しかった。


 どこへ流されるのか、どこへ到達するのか、それさえもわからないままに次に目を開いた時にイズミの目に写り込んだのは……ローラントが自分を覗き込む姿だった。



「お、起きた」


「…………ここは……」



 首を少し横に動かして、溢れる光の洪水を受け取ってから室内を確認するイズミ。見覚えのある壁の模様に、ああ、と声を上げたのはいいものの、目覚めたばかりの脳はここが何処なのか理解は出来ても言語化には至らなかった。


 ローラント曰く、ここは睦月邸。黒の門をくぐり抜けた先は以前世話になったことがある睦月竜馬むつきりょうまの家だったようで、全員が揃って落ちてきたのだそうだ。

 ただ、イズミだけはゲートとの相性が悪かったために、九重市の日数でおよそ1日は眠っていたという。その間にレティシエル、アマベル、ローラント、燦斗の4人で情報共有を行い、フォンテとセノフォンテは周辺のゲートを確認して回っていたそうだ。



「マジか……ゲートの相性ってなんなんだよ……」


「これはエーリッヒさんの推測やけど、特別な存在として成り立つあんさんやから、反発が生まれたんやないかって」


「でも、その特別な存在って俺だけじゃなくてフォンテもだろ? なんでアイツは無事なんだよ」


「元々の住民だったってのもあるんやない? 知らんけど」


「クソ……まあいい。っつか、こっちに来る前になんかこっちで事件発生みたいな話なかったか?」


「ああ、それについてなんやけど……」



 黒の門に入る前に届いた一報。『九重市にて緊急事態発生』の報告は忘れてはいないイズミ。身体をゆっくりと起こしながら、自分の脳がすっきりと覚醒するのを待ちながら、ローラントから情報を得る。


 九重市では現在、ごく僅かではあるが侵略行為を受けている素振りが見受けられるという。しかし機関側も妨害を受けているため場所や人物の特定に至らず、現地での調査指令が降りた。

 今回、イズミ、燦斗以外にも和泉とローラントが同行することになっている。それが終わらない限りはセクレト機関へ戻ることが許されないため、何が何でもこの異常事態を終わらせる必要があるという。



「めんっどくせ……」


「それがセクレト機関やからね。で、準備は?」


「この世界だと特に俺が準備するもんはないんだよな……。あ、でもちょっと待っててくれ、情報収集する」


「ん、ええで。出発は夕方って聞いてるから、それまでゆっくりしとき」



 そう言うとローラントは椅子を降りて、部屋から出ていく。それをゆっくりと追いかけるように扉を開けたイズミは、この部屋が2階の客間であることを理解する。

 それから、彼は1階へ降りること無く隣の部屋の扉を叩く。ちょっと待ってね、の声の後に出てきた男――神無月猫助かんなづきねこすけと対面し、彼の部屋へとお邪魔した。


 にゃあ、にゃあと彼の飼い猫2匹がイズミの足元にすり寄り、歓迎の印を残す。お話するからちょっと待っててねと猫助が諭すと、猫たちはすんなりイズミから離れて各々の遊び場所へと戻っていった。



「やー、でもびっくりしたよ。いずみん達が一斉に降り注いできたの」


「そんなんなってたのか……すまん」


「いいよいいよ。最近ご無沙汰だったからね、こういうドタバタ話。で、今度はなにがあったの? いじゅみも最近は受付停止してるみたいだけど」


「ん……ちょっと、アルム周りでいろいろとな。ただ、今は違う。九重市で何か事件とか起こってないか話を聞きたかった」


「えー、それ僕に聞くの違うんじゃにゃい? ここはフツー、かじゅとかゆーやに聞くところだよ」


「いや、今の時間帯ってアイツら、ほら、なんかこう、アレだろ?」


「いずみんそういうとこだぞ」



 はぁ、と大きくため息を付いて頬杖をついた猫助。彼はうぅん、と自分の記憶を掘り起こしてこれまで九重市で起きた事件は無かったかを考えるが……新聞に載るような事件はなく、特段変わったこともなかったという。

 ただ、最近は猫たちの様子がおかしいとのこと。裏山方面に向かって大きく鳴いたりすることもあるようで、同居人であり探偵でもある睦月和馬むつきかずまに調査を手伝ってもらったりもしたが、自分たちでは何も見つけることが出来なかったそうだ。



「となると、俺か侵略者インベーダーが調べりゃ何か出るかもな」


「まー、あそこはゆーやがちょっと色々やってたのもあるから、その繋がりもありそう。夕方に出発するんだよね?」


「そう聞いてるな。なんでだ?」


「えっと、もし裏山に行くならゆーやに声をかけてから行ってね。最近警察も厳しいから、そっちに融通効かせるよ~って」


「けいさつ??」


「そっちの世界で言う騎士さんみたいな人たちのこと」


「なるほど」



 警察の詳しい仕組みはよくわからなかったが、自分が就いていた職業で例えられればわかりやすい、となんとなく納得。部屋を出て、猫助の忠告通りに向かいの部屋である文月優夜ふみつきゆうやの部屋の扉を見ると、事務所で仕事している旨が書かれていたためそちらへ向かうことに。


 睦月邸は少し特殊な構造をしている。

 1階はリビングやキッチン、竜馬と雪乃の部屋があり、外に面した部屋は探偵事務所。優夜はその探偵事務所での仕事を手伝っており、普段はスーパー「ここのん」で陳列担当をしているが、夕方になるとこうして事務所での書類整理等を手伝っているのだ。

 イズミが入ると、既に和泉と燦斗の2人が部屋にいた。彼らは情報収集を行ってくれていた和馬と様々な情報を交換しあっていたそうで、これから向かう先――裏山のある場所への調査依頼を和泉に持ちかけていたようだ。



「マジか。俺も丁度、裏山に行こうと優夜に声かけようと思っていたところなんだよ」


「あ、そうだったんだ。てことは、大掛かりに封鎖してもらったほうがいいかな?」


「いえ、そこまではする必要はないと思います。警察の方々も巻き込むことになったら大変ですしね」


「ん、わかった。ええと、フォンテ君とサライ君と砕牙君、瑞毅君とサライ君のお父さんはこっちで診てればいい感じ?」


「そう……ですね。ヴォルフの様相を見る限り、――――を使わなければならないでしょうから、フォンテさんにお願いしておきたいなと」


(……まただ)



 燦斗の言葉の途中にノイズが走る。和泉も同様に途中の単語にノイズがかかっていたのか、イズミに視線を送っていた。当然、この事象の原因がわかっていないイズミは軽く首を横に振って、何も知らないことを示す。

 そのやり取りに燦斗は首を傾げていたが、何らかの事情を知っている彼は、ああ、と1人で納得。それに関してはある事情が絡んでいるため、後々にしっかりと教えるとのことだそうで。



「ったく、なんでこうなってんだ」


「まあ、厳密には私ではなく、貴方の世界にいるある男のせいとだけ言っておきましょうかね」


「ガルムレイにいる? ……誰だよ」


「まあ、それは後々にわかりますよ。今から会いに行きますしね」


「は、え? どういうこった??」


「そのままの意味です。ということで、そろそろ裏山に向かいましょうか」



 時計を見てみれば、既に時刻は17時過ぎ。そろそろ出向かなければ裏山の入り口が探しづらくなるため、ローラントと合流した後にイズミ達は裏山へと向かった。


 セノフォンテが後ろからこっそりついて来ていたことに気づいたのは……裏山に到着してからだったそうな。

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