第11話 魔眼を持つ者達


 研究棟、3階。

 エレベーターから降りたイズミ、瑞毅はメルヒオールの先導のもと、アルムが寝かしつけられている部屋へと急ぐ。


 だが、気になったのは先程のオスカーの動きだ。足止めのためにあの場にいたのだとしたら、何故動きを止めるような真似が起こったのだろうか。メルヒオールはその原因を考えてみるのだが、どうにも仮説が立てられない。普段から頭脳分野は全てエーミールに任せているせいか、倫理的に組み立てるのが苦手なようだ。



「まー、助かったしええんちゃうかなって。ジャックと瑞毅、どっちかにコントラ・ソールが生えてたら兄貴も姐さんも気づくしな」


「そんなもんなのか。……まあそのへんは現地人が理解してくれるだろうし、俺らはついてくだけだが」


「っていうかメルヒオールさんは気づかないのか? コントラ・ソールが俺たちについていたら」


「さっきも言った通り、俺は全部エミさんに任せてるからな!」


「威張って言うことじゃないような気もするが……まあいいか」



 大きなため息をついたイズミと瑞毅はもう一度前を見据える。

 機械的に作られた真っ直ぐ伸びる通路。今は研究者達もチラホラと見受けられるが、誰も彼らに目を向けようとはしない。メルヒオールと共にいる故か、客人として見受けられている様子だ。


 それはある意味、彼らにとっても都合が良い状態だった。異世界という場所では誰が敵となって襲いかかってくるのかわからないため、逆に目を向けてきた者が敵と判断が付きやすいからだ。

 とは言え、敵陣に乗り込んでいるのは間違いない。イズミは慎重にメルヒオールの後ろへ付きながらも、気配を探りながらアルムのいる部屋へと進んでいた。


 しかし、途端にメルヒオールの足が止まる。誰かと通信している様子を見せた後、キョロキョロと辺りを見渡した。



「どうした?」


「テオドールがこっちに来てるっぽいわ。姐さんから連絡が入った」


「マジか。……どうする?」


「テオにはなんでか、《創造主クリエイター》で作ったカモフラージュが見破られてまうからな……。しゃーない、そこらへんの部屋に一旦逃げよ」


「いいのか? 勝手に入って」


「姐さんがあっちで遠隔許可入れてるから大丈夫大丈夫。そこの部屋行こうや」



 通路の先にあった扉を開き、部屋へと入るイズミ達。そこは研究室の倉庫だったようで、様々な物品が積まれている。

 エミーリアからの連絡を受けながら、テオドールがこの部屋を通り過ぎるのを待つのだが……瑞毅がしきりに背後を気にしていた。何かがいるようで、いないようで、妙にそわそわしてしまうのだと。


 イズミとメルヒオールは気のせいじゃないのかと呟くのだが、2人が振り向いたその瞬間にごとり、と何かが動く音が聞こえたので瑞毅の気のせいではないことがわかった。



「な、なな、なに、なにが、なに」


「ちょ、ジャックくっつかんといて。いや瑞毅も」


「おか、おかると、やだ。め、めるひおーるさん、みてきて」


「ウソやん。……おーい、誰かおるんかー?」



 メルヒオールが声をかけてみても、反応はない。だが相変わらず、ごとごとと動く音だけは聞こえてくる。念の為にメルヒオールは武器を生成しながら部屋の奥へと進み……その音を出していた者の正体をつかむ。


 正体は――レイ・ウォールに似た誰か。しかしその姿はイズミも知らない存在だ。シルヴェリオ、アニチェートなどの精神体と同じ存在ではあるようだが……。イズミ達に怖がってしまい、彼は壁に寄りかかってしまった。



「……レイ、じゃねえよな。誰だお前」


「お、おれ、えっと……えっと……」


「アカン、怖がってるやん。ジャックの顔怖いもんな」


「やかましい」



 大きなため息をついたイズミは、ひとまずどうしようかと悩む。彼は誰かから逃げていたところでこの部屋に辿り着いたようで、無断でこの組織の建物に入っていることになる。そのため、燦斗やエミーリアの下に向かってもらって、身分の証明を行う必要があるとメルヒオールは言う。

 幸いにも3人が逃げ込んだ倉庫は非常用の隠し通路が備えられており、そこをまっすぐ進めば先程の司令官室に辿り着けるという。今すぐ誰か向かわせるという連絡が入ったようで、名もなきレイ・ウォールの精神体はそこで待っていてもらうことになった。



「あ、あの……」


「どうした? 俺たち、すぐに行かなきゃならないんだが」


「ふぉ、フォンテ……来る?」


「……は?」



 フォンテが来るかどうかの問いかけに、一瞬理解が出来なかったイズミ。最初に浮かんだのは何故彼がフォンテのことを知っているのか。次に、彼とフォンテにどんな関係があったのか。

 それらが思い浮かぶまでに数秒がかかったが、言葉の意味を理解すると同時に、目の前にいるレイ・ウォールの精神体が何故、何事もなく目の前にいるのかも疑問として浮かび上がった。

 だが今は、それを整理する時間はない。後で話を聞くと言う言葉を残し、イズミ達はここに残るようにとしっかりと彼に言い聞かせ、部屋を出た。



 テオドールは既に通り過ぎた後のようで、あとはアルムのいる部屋へと向かうだけ。一直線に伸びる廊下を走って、メルヒオールの後に続く。先程まで人の波があったというのに、彼が進む道に行けば行くほど人の数が徐々に減っていくのがわかる。

 やがて無機質な扉を前に、メルヒオールは立ち止まった。立入禁止の印が押されたその扉には、人が入れないように厳重に鍵が付けられている。許可がない者は入れないという証拠なのだろう、イズミが触れても開くことはなかった。



「ここや。……何も無いと思うけど、用心してな」


「ああ。……開けてくれ」



 許可を得ているメルヒオールが鍵を解除し、その扉を開く。自動で開くドアに少々驚いたイズミだったが、扉が開くと同時に弾丸のように素早く中へと入る。


 中は……もぬけの殻だった。誰かが居た形跡は残されているものの、寝かしつけられているはずのアルムさえいない。既に移動させられた後のようだ。

 おかしい。メルヒオールがそう呟いた直後、出入り口から小さく拍手する音が聞こえてきた。



「いやぁ、ギリギリで入れ違いになってよかったですよ。ジャック様とアルム様、今会わせるのは危険なんでね」


「……テオドール卿……!?」



 振り向いたその時、イズミの顔が一瞬で真っ青になる。

 眼帯を付けた赤髪の男。残る瞳は夕焼けのような美しさを保ち、軍服のような衣装に身を包んでいる彼こそが、テオドール・フレッサー。メルヒオールと同じ組織に所属しながらも、今やイズミ達の敵として立ちはだかる。


 テオドール・フレッサーの名は九重市でメルヒオールと合流した時に聞いていたが、ひとつ、イズミの中で排除出来なかった要素があったという。

 それが、コリオス国侯爵であるテオドール卿と同一かどうかという要素。オスカー・マンハイムと出会った時もそうだったが、彼も同じだとしたら、じゃあ何故この世界にいるのだと頭の中が混乱していた。


 そんなイズミを守るように、メルヒオールと瑞毅が彼の前へ出る。先程テオドールが言った『ジャックとアルムを会わせるのは危険』の言葉の意味を問おうとしたが、彼は答える義理は無いと答えた。



「一体何しようってんだ。俺を別の世界に飛ばしたり、王女……さんを拐かしたり。アンタらの意図が全く見えねぇ」


「見えなくて結構。いや、むしろ見られては困るからな。……特に、――――の力を持ってるお前らにはな」


「……?」



 テオドールの言葉が一部、ノイズのかかったような音に遮られて聞こえなかった。彼が意図的に遮っている様子はなく、メルヒオールにはきっちりと聞こえていることからイズミと瑞毅のみに作用しているようだ。

 何の力を持っているのか、そこを知ろうとする以前に3人は室内に隠れていた者達――オルドヌングのメンバーに取り囲まれてしまう。既に出会ったことのあるコンラート、ローラント、シェルムに加え、2人の男がイズミ達を囲い、逃げ場をなくしてきた。



「チッ……最初から罠だったってことか?」


「いやいや、それは違う。メルの状況が変わったからってことで、急遽作戦変更ってなだけ。どうせ来るだろうし、一網打尽もありやんって」


「……コンラート、ロー、シェルム、ロルフ、ヴィオと……テオ、アンタだけで俺とジャックを抑えられるとでも?」


「まー、お前はええけどジャック様は無理やろな。けど、そっちの瑞毅君を集中的に狙えばええってことはだいたいわかるで? 向こうの魔術しか使えないってことぐらい調査済み」


「それを聞いたら、メルと俺で瑞毅を守るだけだ。……だろ?」


「そうしてくれると助かる。……それに」



 ちらりと瑞毅の視線がヴィオと呼ばれている男に向けられる。彼はなにか様子が違うことはイズミもわかっていたため、瑞毅はそちらに集中するようにと小声で告げ、戦闘を開始した。


 室内のみならず、建物全体に警告音が鳴り響く。禁止区域での許可のない戦闘行為故に、近くの戦闘員は駆けつけるようにといった無機質な声が辺り一面に響き渡ってきて、とにかくうるさくて仕方がない。

 それをかき消そうとするように、イズミは2つの剣を振るってはコンラート、シェルムの攻撃を回避し、2丁の拳銃でローラント、テオドールの動きを阻害してゆく。



「瑞毅、当たってねぇよな!?」


「大丈夫だ、最低限の回避は出来ている! だが、このままだとジリ貧だぞ!!」


「わかってらぁ! くそ、どけやテメェら!!」



 イズミの怒号が、警報音に紛れて響く。一点さえ突破できればあとは離脱できるだけだが、その一点である扉をテオドールが死守しているせいでなかなか離脱することが出来ない。


 どうしたものかと考えあぐねる中、テオドールが眼帯で隠していたもう片割れの瞳を曝け出す。隠していたのは理由があったようだが、今は、その理由を撤廃して使用できるようになっているようだ。

 これはまずいと、瑞毅は彼の目を睨みつけた。テオドールの深海のような右眼と、夕焼けのような左目が瑞毅の視界に映り込む。


 途端に、テオドールの身体が自由を失う。まるで力を奪われたかのように両足をがくりと落とし、その場に座り込んでしまっていた。



「テオさん!?」


「テオ!? どないした!?」


「――……!? なん、なんやこれ……?!」



 扉の前から退けられ、力が入らない様子のテオドール。瑞毅にも何が起こっているかはわからなかったが、逃げるならば今しかないとイズミとメルヒオールに声をかけた。

 そうはさせない、とコンラートが影の刃を繰り出そうとするものの、彼も瑞毅に睨まれれば力を失ってしまう。まるで、瑞毅に命令されたかのように。


 テオドールとコンラートが突然無力化したことによる隊列の崩れ。イズミとメルヒオールはその隙に瑞毅とともに室内から脱出し、先程の倉庫へと一目散に逃げ込んだ。何が起こっているかなどの情報はそこでまとめようということで、話す間もなく、全力で走った。



 倉庫の中に入って、大きく息を吸っては吐く。全力を出し切ったメルヒオールはそのまま崩れ落ち、イズミは壁にもたれかかって体力の回復を促し、瑞毅は新鮮な空気をゆっくりと自分の身体になじませるように呼吸を整えていた。その間にも3人揃って外の様子を伺うが、追いかけてきている様子はなかった。



「き、来てへんな……」


「ああ……なんだかよくわかんねぇけど、助かった……」



 3人揃って大きく息を吐きだしたところで、奥からひょっこりと燦斗が顔を出した。先程の名もなきレイ・ウォールの精神体を連れ帰ったが、ここに3人が戻ってくることを彼は予知していたそうだ。


 オルドヌングのメンバーがこちらに近づいてくる前に、非常用の通路を使って脱出。司令官室へと戻ってきた彼らを待っていたのは、データベース探索で疲れ切った和泉とサライと砕牙、そして慣れていないデバイスで酔ってしまったフォンテとノエルの姿だった。



「お、おかえり……うえっ」


「だ、大丈夫か??」


「こん、今回だけは、ジャックが心底羨ましいと、おもった」


「い、いずみくんたちって、いつも、こういうの、みて、うぉえっ」


「はいはい、少しだけ目を閉じてゆっくり深呼吸~」



 砕牙がフォンテとノエルのお世話をしている間、和泉とサライから現在まで獲得できた情報を聞き出す。


 コントラ・ソールの全データベースの中に僅かではあるがコピー系の能力は確かにあったそうだ。しかし、フェルゼン・ガグ・ヴェレットを含むオルドヌングのメンバーがそれを持っているという登録は無いため、別の方法で所持しているか、あるいは未登録状態を維持しているという可能性が高いという。



「別の所持方法?」


「例えば、魔眼と呼ばれるものですね。本来のコントラ・ソールは起動、顕現、発動を一瞬の内に終わらせるものですが、魔眼として持つ場合は少し発動が簡単になっているんです」


「魔眼か……。もしかして、テオドールってやつが使おうとしてたのも、魔眼だったのかな?」


「ああ、テオは2つの魔眼持ちやからね。使おうとしてたのは《抑止》の魔眼ってやつで……あれ?」



 ふと、メルヒオールの視線が瑞毅に映る。そういえばと思い出すのは、先程瑞毅がテオドールとコンラートを睨みつけたことで2人の動きが少々おかしくなっていたこと。本来ならば脱出が難しい状況を覆せたのはこのおかげだが、もしかしたらこれは瑞毅に発現した魔眼の力なのではないか? と。


 それを聞いて、燦斗は瑞毅の顔を覗き込む。いつも糸目な目が少しだけ開かれて、赤い瞳が瑞毅の視界に映る。思わず彼は脳内で見ないでくれ、と叫んだようで、燦斗は少しだけ仰け反った。



「……なるほど、間違いなく魔眼を持ってますね、これ。意志とは別の行動をさせる魔眼、ですか……」


「え、え。じゃあ俺も、コントラ・ソールを持ってるのか??」


「ええ、はい。ただ……魔眼って異世界人が持つことはないので、外部からの干渉があったとしか思えません。ヴォルフが言っていた策とはこういうことだったのでしょうね……」


「ってことは俺や砕牙達にも同じようなもんついてるってことか。親父がいりゃどんなのを付けてもらったか聞けただろうが……」


「まあ、来るのを待ちましょう。……それに」



 ちらりと燦斗が視線を向けた先にいるのは、エミーリアに色々と尋ねられて答えを返すレイ・ウォールに似て非なる者。彼はまだ名前もなく、誕生したばかりなのにエルグランデへと『戻ってきて』しまったと言っているようで、ある謎を残してしまっているという。


 その謎とは、エルグランデにいたレイ・ウォールの存在は既にアニチェート・ヘル・ウォールとして昇華しているため、2人目が現れることはないという謎。2人目が配置されれば燦斗やエミーリアが気づくがその気配は何処にもないし、かと言って配置されないまま精神体が生まれることはあり得ない。その辺りの事情は全て機関の調査によって判明しているため、燦斗はその情報を共有しておいた。

 なので、今現在目の前にいるレイ・ウォールに似て非なる者の存在理由が本当に謎でしかなかった。しかも現在はレイの力は弱められて完全な形で残ることはないはずなのに、彼は完全な形を保っているというのも謎でしか無い。



「どういうこった……? アレがレイ本人ってことはないのか?」


「有り得ません。言動とか煽り方はヴォルフ以下の雑魚ですが、知能とかはあんな幼くないですよ、彼は」


「金宮さん、今しれっとレイさんのことディスったついでにヴォルフさんディスってなかった?」


「ははは、まさかそんな。煽る価値も無いヤツを煽るなんてそんな」


「出たぁ、燦斗マンの上級煽り構文」


「これが出たときの燦斗はマジで無自覚で煽ってるからな……」


「ええぇ……」


侵略者インベーダーってやっぱ煽るの好きなのな。……それにしても、精神体ではあるが新しく配置されたやつではない、となると……」



 イズミは考える。僅かに会話した程度だが、使える情報が1つだけ彼と瑞毅とメルヒオールには残されているからだ。

 それは、似て非なる者の彼はフォンテの存在を知っているという点。アニチェートだったレイ・ウォールがフォンテと関わりを持っていたことは燦斗が以前話していたとおり。その時点で既に精神体となる存在が2人いたのならば、今現在起こっている事象にも説明がつくわけで。


 しかし、レイの存在が危うい状態で完全な自立を遂げているという点だけはどうしても理由付けが難しかった。既にアニチェート、シルヴェリオという精神体が維持できずに消滅してしまった以上、彼にもなにかの兆候がなければおかしいのだが、全くの無傷。エミーリアとメルヒオールが交互にチェックしても、何処にも異常はないのだそうだ。



「うーん……不思議ですの」


「レイの精神体ならもうそろそろやばいはずやのになぁ。なんでやろ?」


「う、え、えっと。あの、おれ……もしかしたら、眼の、せいかも」


「おめめ? ちょっと見せて欲しいですの」


「あう……あの、こわく、ない?」


「大丈夫ですの。それならリアの方がこわいこわいですの」



 くすくすと小さく笑いながら、エミーリアが彼の目を覗き込む。可憐な白眼が黒と赤の目を覗き込むと、はわ、と小さく声を上げた。


 どうやら彼にも魔眼が備わっているようだが、その魔眼がなんと――。



「《奇跡ミラークルム》の力、ですの……」


「……は?」



 新しい魔眼の名に、燦斗も、そしてその名を既に聞いたイズミ達も混乱の場に落とされる……。

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