第2章 平和指定世界

第10話 行きましょう、異世界へ。


 メルヒオールを連れて、燦斗の家へ戻ったイズミ。

 車から降りて、念の為に辺りの様子を確認してから家の中へ。


 既に和泉達がおつまみを食べつつ、どんな状況になるかを想定しての作戦会議が開かれている。

 セクレト機関と呼ばれる組織の内部構造については、燦斗とエーミールの弟であるエーレンフリートとエーヴァルトの2人が彼らに情報を与えてくれたため、難なく作戦会議が出来ていた。



「お、おかえり、兄貴。メルも一緒か」


「ちょっと諸々の事情が重なりましたからね。もう少し、作戦会議をお願いします」


「はーい。といっても、だいたい決まったけどねー」


「どんな感じになった?」


「そうだな、そのあたりの説明もしよう。……そいつは大丈夫なんだろうな?」


「なんや、俺が裏切るとでも思てるんか……ジャック、俺どしたらええ?」


「うーん……」



 メルヒオールの姿を見たノエルが既にエレンの後ろに隠れてビビっているのをみたイズミは、どうしたもんかと悩んだ。元は敵だった人物が急に仲間になったと言われても、受け入れるには時間がかかるからだ。

 なのでイズミはメルヒオールが味方である証拠を見せてもらうため、アルムの居場所を聞いた。組織内部にいるのなら、場所はわかるだろうと。

 それならとメルヒオールはアルムのいる研究棟の3階にある部屋を指し示す。だが、燦斗もエレンもエヴァも、指し示された場部屋を見て表情を固く濁らせた。

 その部屋は数年前に封鎖され、使用の許可が出ていない部屋だからだ。過去、開いた経歴はあれどそこを使用するには最高司令官の許可がなければ開くことは出来ないという。


 何故そんな芸当が彼らに出来ているのか。それを考える前に、ふと、サライとイズミが思い出す。最高司令官の許可が必要な案件を乗り越え、九重市では絶対に出来ないはずの戦闘をメルヒオール達が仕掛けてきたことを。



「……となると、九重市で戦闘ができないにもかかわらず、メルたちに許可が降りている現象とも結びつくんじゃないか?」


「確かにな。俺ァそこにもう1つ、ある仮説が浮かんでいる」


「仮説ですか。……サライ、その仮説とは?」


「フェルゼン、っつったか? そいつがコピー系の手法を取れるんだったら、最高司令官の権能をコピーして使っているって可能性があると思うんだよ」



 その他にも、と言ってサライが例に上げたのは、ヴォルフや燦斗の声を真似して偽の状況を伝えて権能開放を行ったり、あるいは司令官そのものにコピーしているという手法。ともかくフェルゼンという人物自身にコピー系の力が備わっている可能性はないかと憶測を立てた。

 対し、燦斗とメルヒオールは首をかしげる。コントラ・ソールは人々の数だけあると言われているが、コピー関連のコントラ・ソールはあったかどうかと言われると怪しいところだそうだ。こればかりは一度組織に戻り、データベースに検索をかけてみないことにはわからないとのこと。



「どんだけあるんだよ、そのコントラ・ソールってのは」


「登録作業はあるんですけど、数えたことはないんですよね。でもコピーとなれば、数は一気に絞り込めるかもしれません」


「ふーむ、となるとその、えーと、でーたべーす?? っていうやつを探しにも行く必要があるのか」


「あー、じゃあみずきちが立てたプランになりそうかなコレ。メンバー今どんな感じ?」


「俺、サライ、砕牙、和泉、イズミ、ノエル、フォンテ、燦斗さん、メルヒオールさんで9人。あと1人メンバーが欲しいところだが、サライの親父さんと合流できたら最高かなって感じかな……」


「おや、ということは二手に分かれる方式ですか? そうなると、私とメルが別れたほうが良さそうですが」


「ああ、そのつもりだ。ただ、そうなると現代人である俺とサライと砕牙と和泉をどう分けるかが肝になりそうでな……」



 瑞毅が地図を見ながら、二手に分かれる場合の行動を考える。燦斗にはデータベース方面を、メルヒオールにはアルムのいる部屋へ案内してもらうという形を取れば最善の動きを取れるのではないかと予測しているようだが、敵陣に乗り込む故に不安要素しか無いというのが瑞毅の考え。


 そして話は、二手に分かれるならどういったメンバーで分かれるかという話にもつれ込んだ。瑞毅の案が今のところ最適解として導き出されているため、それを主軸にどのようなメンバーで分かれるかの話し合いを行う。



「仮にみずきちの案で行って、アルムちゃん救出側がめるめるとイズミっちは一緒だけど……あと誰連れてく? って話になる」


「まあ、正直な話……俺、サライ、砕牙、瑞毅の現代人側は金宮さんと一緒にデータベースに向かったほうが良いと思うんだよな。理由は世界文明の差」


「ああ、それはあるね。俺とフォンテじゃ機械はわからないし、どっちかというと戦闘が起こりそうなメルヒオールさん側に行ったほうが良いよね」


「けど、地図を見る限りだと廊下はそう広くはないだろうな。俺の刀、ノエルの槍が振り回せるかが怪しいところだし……。それを考えると、銃を扱える和泉が向かう方が立ち回りはうまくいくと思うんだ」


「だがそうなると近距離に詰められた時が危なくねェか? 確か、メルは近距離ダメだって親父が言ってたけど」


「あー、うん。俺の《狙撃手シャルフシュッツェ》は近づかれ過ぎると撃てへんし、近距離は得意かって言われると……あの廊下じゃちょい難しいかもなぁ」



 それぞれの意見が交差するが、結局は最適解が見つからない。ふと、これだけ話し合っていて時間は大丈夫なのか? という疑問が和泉から出てきたが、それに関しては燦斗が大丈夫の一言を返す。どうやら、九重市とガルムレイに時間差があるように、エルグランデも多少の時間差があるようだ。

 どのぐらいの時間差か聞いてみると、九重市で2日経てばエルグランデの1日に該当するようで、少しは会議に時間を割いても良いと言う。ただし、まとまった時点ですぐに向かうようにしたほうがアルムのためにもなるそうだ。



「いつ、敵方にこの家に感づかれるかわかりませんからね。強力な施しをかけてるとは言え、解除も時間の問題でしょうし」


「んなら、あとはイズミとメルの同行者を決めるだけにしよう。あとは現地で考えて、パパっと行動すりゃいいんだ」


「フォンテって意外と猪突猛進なんやな……伝説って言われる割には」


「メルヒオールさん、フォンテはあのほら、アレだから。脳筋」


「なるほどな??」


「おい、納得するなさせるな。脳筋って言葉はジャックに言え」


「王族とギルドマスターならギルドマスターの方が脳筋だと思うんだが」


「ぶっ飛ばすぞテメェ」


「はいはいそこまで。俺と瑞毅で考えてやるから、あんまり喧嘩すんな」



 イズミとフォンテのやり取りを諌め、和泉は瑞毅と共に同行者を決める。その結果、向こうでも魔術や何かしらの技術を手に入れることを信じて瑞毅がイズミとメルヒオールと共にアルムの救出に向かうことに。

 アルムのことは知らないが、今回の件に関しては彼女の救出が最優先。そのため的確に指示を出せる人間が必要ではないか、というのが瑞毅の考えだった。



「確かに後ろで誰かが指示してくれたら助かるわぁ。戦闘中は逃げる方向とかわからんしな」


「俺も戦闘に集中してしまうし、瑞毅のような軍師がいてくれるのは助かる。……が、魔術使えなかったらどうするんだ?」


「そんなときはメルヒオールさんにナイフとか作ってもらって、それで支援する。邪魔になるかもしれねぇけど……」


「まあ、一般人だからな。そこは仕方ねぇ。……ってことで残りのメンバーは侵略者インベーダーと一緒になんか探してきてくれ」


「ええ、わかってます。となると……」



 燦斗は鍵棚から鍵を取り出し、リビングの奥へと向かう。その奥には鎖と鍵がついた扉が見受けられるが、どうやらそこがゲートのある場所のようだ。客人が入らないように厳重にかかった鍵を開けると、ちょいちょいと手招きをして全員を迎え入れる。


 扉の先にあるゲートは、ヴォルフが使わせてくれたものと同じ。異質な黒の素材が使われた門の縁が意味深に佇んでおり、使われるその時を待っていた。



「えーと、何処に繋げましょうかね……。研究棟の私の部屋は遠いし、実験棟の私の部屋も少し遠いし……」


「選べるなら、データベースのある場所に一直線に向かえないのか? そこから俺とメルと瑞毅でアルムのいる場所に向かうが」


「いいんですか? その方が助かりはしますけど、その分遠くなりますよ?」


「……いや、むしろそっちの方がいいかもしれない。敵が何処で張ってるかわからないし、意表を突くのも大事かもしれないから」


「ふむ、確かに。では、そうですね……最高司令官室に直接ぶっ飛ばしますね」


「えっ、燦斗マンそれいいの?? 最高司令官の部屋だよね??」


「父の部屋みたいなもんなので、まあ」


「まあ、じゃないが??」



 サライのツッコミをスルーしながらも、燦斗は隣に添えてあった機械に何かを入力してゲートを開く。禍々しく歪む空間に慣れていないサライ、砕牙、瑞毅の3人が喉を鳴らし、フォンテとノエルはその歪みに向けて不敵に笑い、イズミと和泉は率先して前へと進んだ。



 ひどい重力の波が体に襲いかかる。

 押しつぶされそうな感覚が身体全体に降り注ぐ。

 如月探偵事務所にあったゲートを通ったときのような軽さは何処にもなく、ただただ息苦しいだけの刹那の時が全員に襲いかかって……。


 次に目を開いたときには、なにやら無機質な部屋にたどり着いていた。無数のコンピューターとモニターが稼働する中、1人の女性が向き合っている。女性はモニターと向き合ったままではあったが、到着したイズミ達の中の1人――燦斗に向けて声をかけた。



「おかえりなさいませ、エーリッヒお兄様」



 お兄様、と呼ぶからには彼女は燦斗の妹なのだろうか。大きくため息を付いた燦斗は彼女のそばに近づくと、数多のモニターを同じように眺めて、ただいま、とだけ告げた。



「外の様子は?」


「普段と変わりないですの。エーリッヒお兄様が帰ってくる前にも、リアはきちんと確認しました」


「そうか。で、オルドヌングメンバーは今何人帰ってきている?」


「えーと、オスカーさん、テオドールさんは帰ってきてるですの。あとはヴィオットさんがヴォルフおじさまと一緒にいるのは確認済みですの!」


「あー……」



 ちらりと視線をメルヒオールに向けた燦斗。ヴィオットの名が出てきた以上、彼との会話も済ませるべきかと悩んでいるようだが、メルヒオールはそれに対して手でばつ印を作る。オスカー、テオドールと共にいる場合が面倒だ、と。

 そこまでのやり取りを済ませた後、イズミがツッコミを入れる。お前らだけで済ませてんじゃねえよと。



「ああ、すみません。兄妹での会話なので、入れないかなと思って」


「え、金宮さんの本当の妹さんなんです?」


「いえ、血の繋がりはありませんよ? エーミールやメルと同じ研究を受けた、唯一の女性型コピーチルドレンです」


「なんかド級の闇が見えた気がするんだけど?? 燦斗マンの兄弟ってなんでそんなに闇しか無いの?」


「父が勝手にやったことだし、研究者カス共が勝手にやっただけなので私の関与はほとんどないんですけどねぇ」



 小さく笑った燦斗は念の為にと妹――エミーリア・アーベントロートを紹介する。

 くるりと振り向いてイズミ達に自己紹介をする彼女の姿は、髪の色こそ違うがエーミールやメルヒオールにそっくりだった。白眼となってしまっているのも同じで、唯一違うところと言えば女性である、というところだけ。


 丁寧な挨拶の後、エミーリアは再びモニターに向き直ってカメラのチェックと研究者達の情報をチェック。既に燦斗からコントラ・ソールのデータベース検索を行う事情は伝えられているため、和泉、フォンテ、ノエル、サライ、砕牙の椅子を用意してコンピューターに繋いだデバイスを渡した。



「えっ、俺とフォンテは無理なんだけど!?」


「いえいえ、大丈夫ですの。こちらのデバイスなら、機械の操作に慣れてなくてもデータベースを検索してくれますの!」


「えぇー……この嬢ちゃん、メガネと同じでぐいぐい来るなぁ……」



 エミーリアの行動力に少々戸惑うフォンテとノエル。そんな中でエミーリアの容姿が好みのタイプな和泉とサライと砕牙が少しだけ鼻の下を伸ばしているが、そんな彼らに向けて燦斗が残酷な現実を突きつけてやった。



「あ、エミーリアは貴方たちより幼く見えますがこれでも90歳超えてますから、変なことは考えないでくださいね?」


「嘘ォ!? こんなに可愛いのに!?」


「ちょっ、燦斗マン待って!! 嘘だって!! 嘘だって言ってくれない!!?? こんな、こんな可愛い女の子が!!??」


「金宮さんなんで今そんな事実言っちゃうかなぁ!?」


「だって、うちの妹がそんな目で見られていたら……ねぇ?」



 仕方ないよね? という視線をイズミと瑞毅、そして弟であるメルヒオールに向けた燦斗。同意を得たいようだが、悲しいことにイズミと瑞毅もショックを受けている様子が見えていた。

 そんな中でも健気に兄の言いつけどおりにモニターをチェックしているエミーリア。周りの男達は気にせず、全てのモニターに目を通していると……ある人物が司令官室に向かっていることに気がついた。


 エーミール・アーベントロート。同じ研究を受けた兄であり、今は……アルムを攫った重罪人。ここでとっ捕まえて情報を吐き出してもらえればとは考えついたものの、彼がこの場所に来ることさえも何かの罠ではないかと不安が押し寄せていた。



「……どうする、侵略者インベーダー


「ここは……メル、ジャック、瑞毅さんは先行してください。私たちはリアを残し、この場に隠れます」


「それならフォンテが残るし、隠匿は大丈夫そうだな。……メル、アルムのいる所に案内してくれ」


「ん。あ、でもその前に……」



 軽くエミーリアの近くにあったキーボードを叩き、なにかの司令を受け取るメルヒオール。アルムが寝かされている部屋は指定禁止区域なので、最高司令官からその許可を受け取るついでに司令として1つ、仕事をもらったそうだ。


 その仕事は……メルヒオールの仲間を止めるという司令。時間制限はなく、確実に止めることが出来たとわかるまでは新たな司令はもらえないのだそうだ。



「これでよし。兄貴も文句ないやろ?」


「まあ、そうですね。フェルゼンのクソ野郎から貴方へ司令が下るよりは遥かにマシでしょうしね。……さ、行ってきなさい」


「はいよ。ほんならジャック、瑞毅、こっちや」



 そう言ってメルヒオールは先行し、イズミと瑞毅を導く。走ると他のエージェント達に怪しまれるため、出来るだけ駆け足に近い歩きで迅速に、丁寧に目指す。


 司令官室から伸びる通路は研究棟、実験棟、宿舎の3つに別れており、今回目指すのは研究棟。縦長に伸びるビルのような建造物にイズミは少々驚いていたが、今は足を止めるべきではないので早足でメルヒオールについて行く。

 研究者達に挨拶をされながらも、メルヒオールはてきぱきと道を進み、やがてエレベーター前へと辿り着くのだが……その扉が開いた瞬間、瑞毅が2人の襟首をつかんで引き剥がした。


 その僅かな一瞬、細長い鋼糸が2人のいた場所へと突き刺さる。敵方はエレベーター内部から攻撃を仕掛けてきたようで、瑞毅が引き離さなければそのまま2人の身体は鋼糸によって貫かれ、縫い付けられていただろう。

 間一髪の救出劇。その僅かな一瞬に感謝を伝えたイズミは、エレベーター内部から出てきた相手を見やる。


 ゆるくウェーブのかかった髪を結い、鋭い眼光を隠すかのような糸目。その場に似つかわしくない高貴な衣装に、思わずイズミは声を上げてしまう。



「……オスカー卿……?!」



 アンダスト国の王族でもあるイズミは知っている。その人物がガルムレイのコリオスという国の侯爵であり、領主と共に国家会議に顔を出す人物――オスカー・マンハイムだということを。

 だが、そのせいかイズミは余計に混乱した。卿とも呼ばれる人物がこのエルグランデに、ましてや自分に牙を向けることがあり得るのだろうかと。


 その考えを一旦止めさせたのが瑞毅だった。イズミとメルヒオールを攻撃したのは立ち位置的に彼以外あり得ないし、こうしてエレベーターに乗せないように扉の前に立ちはだかっていることが何よりの証拠なのだと。



「おや、そちらの男性は……」


「アンタのお仲間らしき人物に異世界に飛ばされたただの一般人だよ。来るなら今だろうと思ってたが、やっぱり来たか」


「うーん、ここに来るのはメルとジャック様だけかと思ってたのにな。まあでもいっか、やることに変わりはなし」



 もう一度、軽く腕を振ったオスカー。その指先に取り付けられた鋼糸はまるで意思を持つ蛇のようにしなり、メルヒオールとイズミに狙いをつけて刃のように切り刻んでくる。

 メルヒオールの《創造主クリエイター》を駆使して視界を遮るように盾を作って逃げてみるものの、目的の階層である3階へ向かうためにはエレベーターの使用は不可欠なのだそうだ。故に、エレベーターへの道を無理矢理に切り開こうとイズミが前へ出る。



「ジャック様、あんまり前に出てもいいことないですよ? ほら、鋼糸がこうやって……」



 オスカーが右腕を振り下ろして鋼糸を操ろうとしたその瞬間、腕の動きが止まる。指先も肩も動かせないという状況に陥ったオスカーは、何が起こったのかを判断するのに時間がかかった。

 そのおかげで、3人は一瞬の内にエレベーターへ直行。オスカーが入ってこないようにすぐに扉を閉めて3階へと向かう。



 ――何が起こったのか?

 それを理解する前に、エレベーターは3階へ到達する。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る