第?話 Case【Melchior】
時は少し遡り、イズミ達がロウンの港付近で襲撃を受けた後から始まる。
(……暇だぁ)
真っ暗闇の中、音だけが拾える状況になってどれだけの時間が経ったのだろう。
アルムはとにかく、暇で仕方がなかった。音だけで状況を判断しようにも、誰がいるのかもわからないのでとにかく情報が拾えていない。
ヴィオット曰く、肉体の栄養面に関しては栄養剤の点滴を打ち込んでいるので大丈夫だという。ただ食事によって得られる栄養が足りないため、今後の話し合い次第ではアルムを起こして食事させるだけのルーチンを入れることになるかもしれないと言う。
(ヴィオットさんもお忙しいし、エーミールさんも……あんまりいい感じじゃないし。誰でもいいから、お話したいなぁ……)
そう考えるアルムの耳元に、にゃぁんと猫の声。
ヴィオットが残してくれた猫かと思いきや、また違う猫のようだ。誰かが来てくれたのかなと考えていると、ヴォルフの声が届けられる。
《
(ヴォルフさん? あれ、っていうことは)
《ああ、ミッションコンプリート。ジャックに伝えてきた》
(よかった……あの、イズミ兄ちゃんは無事でしたか?)
《ああ、無事だったよ。エーリッヒが手を回してくれたおかげでな》
他愛のない会話だけれど、安心感を得たアルム。ヴォルフの報告によりイズミの無事も伝えられ、これで残るはここからの脱出を考えるのみとなった。
だが、ヴォルフ曰く脱出の前にやる事があるようで、アルムにもその協力をして欲しいのだそうだ。既に最高司令官への提言も済ませてあり、許可を得て終わらせることが出来ればアルムの自由も約束されるという。
(うーん、構いませんけど……内容によっては難しいですよ。あたし、魔法系苦手だし)
《なーに、大丈夫だ。やってもらうのはいつものように走り回ってもらうだけ。あとちょっと襲いかかってきた奴を殴るだけ》
(あ、それなら簡単そう)
《だろ? っつーわけであとは救出を……》
そこまでヴォルフが語ってきたところで、彼との会話が途切れる。どうやら誰かが入ってきたようで、足音が2つ聞こえてきた。
1つはエーミールの足音。何度も聞いているため判別がつきやすく、アルムは彼が入ってきたのだと察する。
もう1つの足音はエーミールと同じブーツを履いているようだが、少し規則性がない歩き方をしている。アルムにとっては初めての来訪者だが、その人物は声を出す様子はない。
どうやらエーミールはヴォルフがアルムのそばにいる事に驚いているようだ。声がアルムの耳にも届いていた。
「何故貴方がここにいるのですか。ここは部外者以外立ち入り禁止なのですが」
「やれやれ、最高司令官補佐も部外者ってかァ? ……んな事ねェよなァ?」
「……アルムさんに何もしていないでしょうね?」
「してたら犯罪だろが。いや、お前らのやってることも、ある意味犯罪級ではあるけどな」
おちゃらけた言葉で、しかし鋭く言い放つヴォルフ。その視線は狼が獲物を捉えたときのように強く、如何にエーミールといえどもその視線から目をそらすことは出来ない。思わず目を背けそうになっても、身体が言うことを聞いてくれなかったようだ。
1,2分ほどの無言が続く。アルムの耳に届けられる音はお互いの呼吸の音だけで、あとは何も聞こえない。そのうちエーミールの方が大きなため息を吐き出すと、ヴォルフに向けて弱々しく言い放った。
「…………。とにかく、出ていってくれませんか」
「しゃーねェな、出ていってやるよ。ああ、だが彼女の生命維持のために精霊猫は置いていくぞ? ヴィオが手を離せないっつーから俺が代わりに維持してっから」
「……ご自由に」
弱々しい言葉の後、エーミールは椅子に座って何かを叩き始める。ヴォルフはアルムのそばに近づくと、ゆっくりと手をかざして精霊猫サフィールを召喚。一言二言サフィールとの会話を終わらせたヴォルフはアルムに声をかけた。
《そういうわけだ、
(サフィール……猫ちゃんの名前ですか?)
《そ。……ああ、もしエーミールやメルと会話したいなら、この猫を通じて会話を飛ばすことが出来る。サフィールには一応
(はい、わかりました。ありがとうございます)
お礼を述べた後、ヴォルフの足音が徐々に離れて途絶える。残されたのはエーミールと見知らぬ人物だけで、2人が会話する様子は特に伺えない。そこで、アルムはサフィールに協力を得てエーミールに声をかけてみる。
エーミールからの反応は……特になにもない。それどころか拒絶されるように壁を作られてしまい、彼への接触が難しくなってしまった。
(むぅ。……なら、もう1人の人は……)
意識をエーミールからもう1人の人物――メルヒオールへ焦点を当てたアルム。サフィールに向けてメルヒオールへの接触をお願いするように告げると、にゃあ、と繋いだよとひと鳴きしてくれた。
《……なんや。誰や。ヴィオ君か?》
(あ、繋がった。えっと、今目の前で寝てる? 女の子からの声です)
《は……??》
素っ頓狂な声がメルヒオールから聞こえる。話しかけられるとは微塵に思っていなかったようで、こつ、こつとブーツの音が自分に近づいてくることがわかった。
音からして触られているのだろうか。耳元が時折ガサガサと音を立てている。男はアルムの身体を触って、異常がないかを調べているようだ。
「エミさん、なんか姫さん喋ったんやけど」
「……気の所為ではないでしょうか? いえ、ヴォルフが残している
「んー……暇やし、姫さんと喋ってもええ?」
「……ご自由に。ただし、喋り過ぎには気をつけてください」
「ん。エミさんも無理せんようにな」
いくつかの会話が終わると、メルヒオールの近づく音がアルムに届く。椅子を持ってきたのか、木と床が擦れる音が聞こえたかと思えばメルヒオールの息遣いが近くで聞こえてきた。どうやら彼女と会話するために、彼は近くに居座ることにしたようだ。
これなら都合が良いと、サフィールを自分の近くに引き戻してからアルムはメルヒオールと会話を開始する。この状況になったのは何故なのか、自分がどうして攫われたかなどの情報を引き出そうとするものの、メルヒオールには何らかの制御がかかっているようで上手く引きずり出すことは出来なかった。
その代わり、アルムはとある違和感に気づく。それはガルムレイの人間ではないメルヒオールの精神に残された、黒い何か。音だけしか拾えないアルムではあったが、サフィールを通じて彼女はメルヒオールの違和感に気づいていた。
(……あの、ひとついいですか?)
《なんや。質問には答えへんからな》
(なんで……あなたから、闇の種族のような感じがするんでしょうか? それはガルムレイでしか見受けられないはずの現象なのですが……)
《は? なんでって、そりゃお前――》
そこで1度、メルヒオールの言葉が途切れる。何かに遮られたかのような、あるいはその次の言葉を失ったような。そんな雰囲気が感じとれる。
そして次のメルヒオールの言葉は、『今、俺は何を喋っていた?』だった。まるで憑き物が落ちたような声に、アルムも困惑しか出せずにいる。
《なあ、なんで姫さん横になってるん?》
(えっ!? ……あなたとその仲間が、こうしているんですけど……)
《んん……?? 俺が……??》
素っ頓狂な答えを返し、メルヒオールはますます混乱した。そんな様子にアルムはもしかしてと思いサフィールとの繋がりに少し集中。先程感じ取れた闇の種族の気配を探る。
だが、もうその気配はどこにも無い。メルヒオールから感じていた闇の種族の気配はどこにも無くなっており、通常の彼がそこにいる。記憶が無くなっているのもその影響ではないかと推察したアルムは、すぐにサフィールを通じてヴォルフに連絡。メルヒオール、ヴォルフと共に思念会話を開始した。
《メル、大丈夫か?》
《ん、大丈夫。ってか、なんで喋ったらあかんの?》
《エーミールがそこにいるな? 今やオルドヌングはフェルゼンの息がかかっているから、出来れば奴に情報を渡したくはない》
《マジか。……ってことは姫さん連れてきたのは俺らってのは間違いないんか》
(エーミールさんと……コンラートさんって方が同じ組織にいるのなら)
《マジか……》
驚きを隠せない様子のメルヒオール。やがて、会話を続けていることにエーミールが少々訝しげに見ているそうで、一旦会話を切って彼との会話を開始する。
その合間にもアルムはヴォルフと共に今の状況を整理する。メルヒオールに残されていた黒い意思は間違いなく闇の種族のものであり、アルムがそれを除去することが出来たのは全く同じものがメルヒオールの中に存在していたからだ。
だが、アルムもまた疑問に思っていた。ガルムレイでしか存在し得ない闇の種族の意思が、異世界の人間であるメルヒオールに残されていたことについて。イズミと同じように感じ取っていたそれは、アルムでも出所がわからないものだった。
《となると、ジャックと俺はこっちで合流したほうが良さそうだな。
(お願いします。……えっと、メルさんはこれからどうなりますか?)
《メルには……そうだな、向こうでエーリッヒと合流してもらうか。だがエーミールが近くにいるなら、しばらくは無理そうだな……》
(……あ、いえ。エーミールさんが動き出しましたよ)
アルムが耳をそばだてていると、エーミールの足音が近づいてくる。メルヒオールに向けてこれ以上の会話は危険だと告げた後、そのまま彼は部屋を出ていく音で最後となった。メルヒオールはまだ近くにいてくれているようだが、なにやら様子がおかしい。
サフィールを通じ、メルヒオールに声をかけたアルム。動揺する声が聞こえてきたかと思えば、メルヒオールはこんな事を言いだした。
《エミさん、スマホを俺に渡して画面のメモに従えって言うてきた……》
《ほう?》
(はえ……。罠の可能性は?)
《たぶん、あらへんと思う。《
メルヒオールが言うにはエーミールが渡したスマホの画面には、彼が残したメモが残されていたとのこと。残っていた自我をなんとか活用し、メルヒオールに現状とこれからを伝えようと必死で書き連ねてくれていたらしい。
そんな中でメルヒオールは、この後すぐ九重市に向かってエーミールの兄である燦斗と合流して欲しい、という言伝が残されていたのですぐに向かうと準備を始めた。アルムの様子を逐一確認できなくなるがそれでいいか? という問い掛けも、彼女の問題ないという反応でクリアしておいた。
《そんなら、ジャックと兄貴連れてくるから待っててな。ちゃんと元に戻したるから、ええ子で待っててな》
(あたし、身動き一切取れないんだけどな~……。まあいいや、メルさんもお気をつけて)
こうして、メルヒオールはアルムとヴォルフの会話をそこそこに、九重市へと移動する。
これが知らぬうちに罠として使われていたのは、イズミと燦斗と合流した後だった……。
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