第9話 弟でよかったって時

 緋音神社にたどり着いたイズミと燦斗は燦斗の運転していた車を降りて、境内へと進む。場所については既にメルヒオールから連絡を受け取っているため、特に迷うこと無く、すぐに辿り着くことが出来た。



「……アイツは……!?」



 イズミはメルヒオールの姿を見て、一瞬だけ身構えた。というのも、その姿は瑞毅がいなくなる前にビルの屋上で戦った狙撃手本人だったからだ。

 しかしあの時は感じていた闇の種族の気配は今は感じられない。本来抜けきることなど無いはずなのに、綺麗さっぱり、彼からは闇の種族の気配は無くなっている。どういうことなのかとイズミは思考を重ねるが、その前にメルヒオールが燦斗を見つけて声をかけてきた。



「兄貴。……って、なんでジャックと一緒なん??」


「それは、まあ……色々と。いえ、それよりもお前には色々と聞かなければならない事が」


「うん、わかっとる。……なんか、俺色々とやらかしたらしいやん」


「……誰から聞いたんだ?」


「ヴォルフのおっさんと……アルム? ってお姫さんから。姫さんと話したら、なんか、ふわーって身体が軽なってなぁ」


「……まさか」



 イズミにはその現象に心当たりがあった。

 過去、自分が闇の種族として認定されてしまった時、彼女が握りしめた手から己の闇の力が抜けていく感覚。己を僅かに人として繋ぎ止めた、アルムの神秘的な力。

 メルヒオールが受けたのはそれではないかと指摘を入れると、まさに、彼は力が抜けた感覚がしたと言う。自分の中にあった異物がすっきりと抜けたような、なんとも言い難い感覚があったと。



「だとしたら、エーミールやコンラートが持つ力も闇の種族の力って事になるけど……でも、やっぱりおかしいんだよな」



 闇の種族の力はガルムレイの人間以外、外には持ち出せない。そのルールが存在する限りは絶対にエーミール達が持つことは難しいはずだとイズミは考える。

 例外としてガルムレイの人間が持ち出した場合を考えたが……持ち出した人物はいないことを彼はアマベルや他の闇の種族からも聞いている。

 そのためイズミはかなり混乱した。メルヒオールがアルムと接触することで闇の種族の力を失ったのは現実なのに、誰が、どうやって、そしていつ彼に力を付与したのかが分からないと。



「メルヒオールは……」


「メル、でええで。長いやろ?」


「……メルは心当たりあるのか? その、付与してきた相手とか」


「姫さんと話してる間に記憶が抜けてしまったんで、あんまり記憶が無いんよな。……あ、でも、姫さんはヴィオ君と会話してたらしいから、ヴィオ君とも会話したらええんちゃう?」


「ヴィオ?」



 メルヒオールの言うヴィオとは、ヴォルフの甥っ子なのだそうだ。しかし家庭事情に関しては首を突っ込まない主義のメルヒオールは、そこから先の情報は全く知らないとのこと。

 なので同じ地位を持つ燦斗に向けて、イズミは問いかける。知らないはずはないだろうと。



「そうですね、彼の甥っ子です。ヴィオさんが幼い頃にお兄さん夫婦が亡くなったとのことで、サライや引き取った子を育てるついでに~っていって引き取ったそうですよ?」


「狼のおっさん、顔に似合わねぇことやってんのな」


「ええ、それに関してはあなたに同意します。最高司令官補佐という立ち位置を利用してるので、そろそろバチが当たると思うんですけどね」


「バチが当たった結果ギャンブルに勝ててねえんじゃねえの」


「なるほどね?」



 あんまりにも的確なイズミの指摘に笑いが収まらなくなった燦斗は、少々失礼とだけ言って口元を押さえる。同僚でもあるヴォルフがそんな目にあっている理由を知ってしまうと、なんというか、笑ってやったほうがいいんじゃないかと思ったとは燦斗の言葉。

 対するメルヒオールはスン、と真顔。ヴォルフがギャンブルをするのは今に始まったことではないし、勝つのも負けるのもおっさんが楽しければええんちゃうか、の姿勢でいる。イズミが本当に燦斗の弟のような存在なのかと問えば、彼は『残念なことにな』と言葉を返してくれた。



「まあ、兄貴は俺のことを認知するのにめちゃくちゃ時間かかったけどな。俺がヴォルフのおっさんに拾われてから、俺の存在に気づいたし」


「マジか。なんてやつだ侵略者インベーダー


「まあエミさんが成功例になったあとにどさくさに紛れて逃げたから、俺の存在は誰も知らなかったみたいな感じになってたしな。知ってたんはエルドレットだけやない?」


「エルドレット……? 誰だそれ」


「ん、うちの組織の最高司令官。兄貴の親父」


「えっ」



 思わずイズミは燦斗の顔を見た。というのも、燦斗の年齢は既に100を超えている。ということは、その父親の年齢もとんでもない年齢になるからだ。

 だが、燦斗の《無尽蔵の生命アンフィニ》は彼の所持が初なため、父親が持っているというわけではない。そのためどうしても、矛盾が生じてしまう。彼の父親が最高司令官として生きているということに。



「どうなってんだお前の家系」


「さあ、どうなってるんでしょう。答えはエルグランデに置いてきました」


「チッ。……ああ、そうだメル。一応聞くが、ここに来るまでに尾行されてねぇだろうな?」


「ん、大丈夫……やと思うよ? 誰もいないかチェックしてから来たし……」


「……本当なんだな?」


「どうしたんですか、アンダスト王子?」



 僅かに燦斗を睨みつけたイズミ。右腕に反応があることから、既に周囲に敵は存在しているという。だがメルヒオールはそれに対し、断じて自分が連れてきたわけではないと否定の言葉を入れた。燦斗を頼りにしたくてきたのも本当だし、連れてくるつもりもなかった、と。

 燦斗は素早く誰かと会話を済ませると、戦闘の準備をするようにとイズミに告げる。どうやら最高司令官からの情報が流れ込んできたようで、燦斗曰く、メルヒオールは餌として使われたそうだ。既に戦闘の許可をメルヒオール、燦斗の2名に与えたため、このまま相手をしてほしいと言う命令が下ったという。



「ったく、和泉達置いてきて正解じゃねえか。おいメル、本当に敵じゃないってんなら行動で示してくれや。それで判断する」


「おっけ、任せとけ。《狙撃手シャルフシュッツェ》の範囲内やったら、全部ぶっ潰したる」


侵略者インベーダー、お前はどうする。見たところ戦闘技術はなさそうに見えるが」


「おや、誰がいつ戦闘技術を持ってないといいました? ……相手が誰なのかによりますが、こう見えて私も戦えますよ」


「ああ、そうかい。心配して損した」


「おや、心配してくれたんですか。珍しい」



 イズミに心配されていた事実を笑った燦斗は、コートの下から長い刀を取り出す。どこに忍ばせていたのやら、刀身が彼の身体よりも長い刀は太陽の輝きを受けて不気味に輝いた。

 メルヒオールもまた、何処からか狙撃銃を取り出す。境内で1番高い場所を探すと時間がかかるということで、彼のコントラ・ソール《創造主クリエイター》によって高台が作り出された。


 高台から狙撃銃のスコープを覗いたメルヒオール。しかし、敵が誰なのかを知った彼はすぐさま高台を解除、燦斗とイズミと再び合流した。



「どうした、何があった!」


「兄貴、相手はテオドールとカスパルや! この世界でアイツら2人とやり合うのはまずい!!」


「《提督アトミラール》と《愛国者パトリオート》か……! なんて組み合わせを仕掛けてきたのやら!」



 そういうと燦斗はイズミとメルヒオールの手を引いて駐車場へと戻る。イズミは状況を理解出来ていなかったため、無理矢理連れて行かれることに腹を立てていた。


 車に乗り込んですぐ、燦斗はイズミに状況を説明。メルヒオールの言うテオドールとカスパルという人物は、組織の中でも1番組み合わせが危険なコントラ・ソールの持ち主だと言う。たとえこの場で自分達が戦闘許可を得て彼らが戦闘の許可を得られていなくても、戦闘をしない確実な手法でイズミ達に害をなすことは間違いないのだとか。



「完璧な指示を繰り出す《提督アトミラール》と、組織のため、世界のためなら全てが完璧な行動になる《愛国者パトリオート》……その2つを崩す方法、貴方にはわかりますか? ジャック」


「……なんか、聞いてるとどっちもどっちを守ったら抜き切れねぇ感じか? それ」


「ええ。テオドール・フレッサーとカスパル・シュライエンの2人は、我々の組織でも最高のコンビとして伝えられています。完遂できてない任務はないと言われるほどにね」



 そんな彼らが何故ここに来たのか。それを考えるにも情報が足りないのだが、メルヒオールを追いかけてきたというのは間違いないだろうとイズミは言う。エーミールの携帯で燦斗に連絡を入れる所まで計算に入れ、合流後に一網打尽にする予定だったはずだ。


 ふと、イズミは窓の外を見る。車という狭い空間に逃げ込んだため、逃げ場を失っているのではないかと不安になったようだ。



「っつか、これ俺らヤバいんじゃねぇの。相手も見つけてるんじゃ」


「いえ、大丈夫です。最高司令官に連絡を入れ、彼らに私の車を視認できないよう施しを入れてもらいましたので」


「ホンマ、エルドレットの干渉能力はチート並やな。そしたらこれからどうするん?」


「……ジャック、闇の種族の気配はどうですか? まだあります?」


「まだある。……持久戦でもする気か?」


「いいえ、すぐに帰ります。ただ、もう少しだけ息を潜めます。司令官が調整をかけてくれてるのでね」


「お前の家の周辺を嗅ぎつけられないように、か?」


「その通り。エーミールにも感知出来ないよう、強力な施しをかけます。一時的に私とメルにも影響が出ますが、まあ、そこは完全な賭けになります」


「なら、俺が囮になろうか? 連中、お前ら2人を狙っているようには見えねぇんだ」



 イズミ曰く、感じ取れる殺気は燦斗やメルヒオールには一切向けられておらず、自分だけに向けられていると言う。分散されるはずの殺気が一直線に向いているというのは、確実にイズミだけを狙っている証拠だ。

 だが、燦斗はイズミの提案を却下した。外に出て引き付けたとしても、イズミ単体では彼らに太刀打ちは出来ないだろうし、何より車に追いつくことが難しくなるだろうと。



「アルムさんを助けるんでしょう? なら、ここで捕まる訳にはいかないですよ」


「まぁ……それは、そうなんだが」


「そのまま捕まってアルムさんと合流したら、ええ、笑われますよ? 私だけでなく、フォンテさんも笑うでしょうね」


「ぐっ……アイツだけには笑われたくねぇ」


「それなら、生き延びることです。例えあなたが狙われているとしても、私とメルがなんとかします」


「ま、姫さんからも助けてやってって言われてるからな。これは貸しやぞ、ジャック」


「……わかった。だが、マジでやばいときには俺も出るぞ」


「まあ、そういう状況にならないようにはします。……では、行きますよ!」



 車のエンジンをフル回転させ、一気に道路へと出る。法定速度ギリギリの速度で、一般車と紛れながら右往左往に走り回る。

 出来るだけ敵に自分達の居場所を悟られず、それでいて目的地にたどり着く。なかなか難しい注文に燦斗は普段見せることの無い赤い瞳をぎらつかせていた。


 イズミもまた、的確に敵の位置を知らせた。敵はイズミ達をいつでも挟み撃ち出来るように移動しているようで、2つの気配が交互に感じ取れる。認識を阻害しているはずなのに、こちらの動きに合わせて動いてるようだ。



侵略者インベーダー、本当に認識阻害かかってんのかこれ!?」


「かかっているはずです! しかし、《愛国者パトリオート》の力なら認識阻害を超えている可能性は高い!」


「可能性はあるのか……んなら、ちょい賭けに出ていいか!」


「何を……!?」


「奴らが何をもって俺らに目星つけてるか、だ! メル、車の外装変えられるか!?」


「楽勝! けど、内部構造までは無理やぞ!」


「色を変えるだけでいい! それと、何か付着してるようならそれも取り外せ! 侵略者インベーダー、一瞬でいいから車が隠れるようなところに行ってくれ!」


「それならショッピングモールの桜街道を通った瞬間だ! メル、いいな!?」


「おっけ、任せろ!」



 そうして燦斗の車は一般車の波に飲まれつつ、ショッピングモールの桜街道へと移動する。車数が少なくなったタイミングを見計らい、メルの《創造主クリエイター》によって車の色を変え、桜街道をくぐり抜けた。

 イズミも軽く外の様子を眺め、敵の様子を伺う。右手の反応を逐一確認しながらだったが……どうやら敵は桜街道で止まったようだ。ひとまず1つの壁を乗り越えたところで、一旦燦斗は車を止めて携帯で誰かに連絡を入れる。

 その合間にイズミとメルヒオールは他愛のない話をして、暇をつぶした。最初はお互いの情報交換を行っていたが、伝える情報がなくなるとあとは自分たちの置かれている状況の話やら、コントラ・ソールの話に流れていく。



「しかし、コントラ・ソールってやべえのな。異世界にいても使えるんだな」


「ん、そういやジャックってコントラ・ソール見るのは初めてか?」


「どうだろう。メルが使ってるそれも、フォンテが持ってるやつと同じなら見たことはあるっちゃあるな」


「あー、フォンテのは確かにそやな。……ってか、フォンテって記憶ないって聞いたけどホンマなん?」


「らしいぞ。侵略者インベーダーから聞いた話になるけど」


「はえー……伝説のエージェントも、記憶を失ったら普通の人と変わらないんやな」


「……伝説のエージェント?」



 メルヒオールの言う伝説のエージェント、フォンテ・アル・フェブル。

 彼は異世界ガルムレイに飛ばされる事故に出会うまでは、それはもう数々の伝説を打ち立ててきたという。


 こなした任務に失敗は1つも無く、全て完璧にやり遂げる調査人エージェント。《創造主クリエイター》と《雷帝レランバゴ》のコントラ・ソールを自由自在に操って、組織に仇なすモノたちさえも葬ってきた超上位の戦闘員でもある。

 相棒のアニチェート・リア・ヘンティルの死を乗り越えたから強くなった。そう噂する者も少なくはない。


 フォンテ・アル・フェブルにはセクレト機関に伝わるいくつかの伝説がある。

 彼は人々に無条件の死を与える巫女、フォーリャ・モルテ・オンブラの力を唯一回避することが出来た。偶然か、はたまた必然か、それはわからないが……絶対に回避出来ないと言われている力を回避出来ているのは、もはや奇跡としか言いようがない。

 彼は人々の様々な願いを叶える願望器、レイ・ウォールに数多の知恵と知識を与えた。レイに新たな名を与え、閉じ込められた檻から解放して彼を『人』の道に歩ませてあげた。この功績を讃えられた後に彼は失踪してしまっており、レイの存在は闇へと葬られてしまったのだが……。



「レイの方は……レティシエル・ベル・ウォールが仕掛けたことだとわかったんでな。今調査中らしいで」


「へぇ……。っていうか、アイツ指名手配犯みたいなことになってんのか」


「まあ、異世界に無断渡航連発するヤツやからな。俺らも追ってたけど、今は休止中やねん」


「そうか。……なんだろう、どうにも引っかかるな」


「何が?」


「いや、俺も和泉もフォンテも何処かでレイに関わってるなと。こうなってくると、ノエル、サライ、砕牙、瑞毅も関わってる可能性があるなと思ってな」


「ふぅん? まあ俺はそのへん考えるの苦手やから、全部エミさんに任せるんやけど……エミさん、今めっちゃ変なことになってるからなぁ」



 はぁ、と大きく溜息ついたメルヒオール。今まで信頼してきた仲間たちが妙なことになっていると知って、自分はどうしたら良いのかと悩んでいるようだ。

 彼の所属する諜報部隊オルドヌングではちょっとした論争から始まって内ゲバで争うことはあれど、本格的に殺しにかかるということは絶対にない。あくまでも武力行使による論理的会話を行っているだけだから、数日もすれば元通りの会話を続けているという。

 だからこそ、今回の2人――テオドール・フレッサーとカスパル・シュライエンの襲撃はオルドヌングという組織の真意に逆らうものだ。そして同じ組織に所属しているエーミール、コンラート、ローラント、シェルムも同様に組織に逆らっているとしか思えないとメルヒオールは呟く。



「……もしかして、組織に変革でもあったんかなぁ……」


「メル……」


「いいえ、それはあり得ないでしょう。……貴方とエーミールが所属しているなら、特にね」



 寂しがるような声を上げたメルヒオールに対し、燦斗は絶対に違うと言い切った。もし弟達を預けている組織に何らかの変革があったら、絶対に自分が異論を唱えるからそんなことはありえないと。

 突然の宣言にびっくりしたイズミとメルヒオール。イズミに至っては、燦斗の普段の態度やら何やらが重なって『そういう態度取れたのか……』というド級の失礼発言までする始末。それほどまでに、弟を想う兄というのは強いようだ。



「それに、一連の事件の犯人は既に私に声を届けていますからねぇ。あの男だけは絶対に許しませんよぉ……?」


侵略者インベーダー、そいつを殴りに行くときは俺も一緒だぞ。アルムを攫って、更にはガルムレイに侵攻してくれた礼をたぁっぷりとしなきゃならんからなぁ……」


「ええ、もちろんですとも。いえ、むしろあの男には貴方のその右腕の力を全部叩き込んであげてくださいな♪」


「オッケー任せろ。俺に敵意向けてるんだ、このぐらいやっても許されるよなぁ」



 上機嫌に、そして不敵な笑みを浮かべて会話をするイズミと燦斗。メルヒオールにはどちらが悪なのかわからないと言った雰囲気がありありと映し出されている。

 しかしメルヒオールはそんな2人に向けて笑いかけ、一言だけ呟いた。



「……なんや、兄貴とジャックって仲悪いと思ったけど……そうでもないんやな」



 似た者同士は惹かれるもの。

 そんな気がしたメルヒオールは、2人の会話をずっと眺めていた。

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