第8話 なんかやばそうって時


 領主官邸の客間。

 無表情ながらに眠る男を看病しながらも、イズミは思案する。


 弱りながらも領主官邸にやってきた男の名はシルヴェリオ・ティア・ウォール。ガルムレイを作り出した神・レティシエルが作り出した精神体『神聖なる者サンクトゥス』と呼ばれ、記憶と忘却を司る者として世界に君臨し、イズミと和泉に助力を与えたこともある。

 そんな彼が弱りきっているということは、レティシエルの身に何かが起こったとしか考えられない。彼が眠りについてしまったのも、肉体を維持することが難しくなっていることが原因なのだろう。



「しかし、困りましたね。……あのゲートが使えないとなると、また別のゲートを探す必要がありますよね?」


「ああ、そうなる。……だが、レイの奴に何かが起こったとなれば、維持されているゲート全てが使えないと判断しても良いだろうな。侵略者インベーダーがこちら側から作れるってなら、それを使う手もあるが」


「残念ながら、私の権限ではこの世界からゲートを作ることは出来ません。ヴォルフならあるいは、と思うんですがー……帰っちゃいましたしね」


「お前、役立たずって言われねぇ?」


「おや、アンダスト王子よりは役立つとは言われますよ?」


「腹立つ……」


「ま、まあまあ。燦斗マンも煽るのやめとけって。な?」



 仲の悪いイズミと燦斗の間に立って喧嘩を止める砕牙。この2人の仲の悪さは聞いているが、まさかここまでだとは思ってもいなかったようだ。


 此処から先のことを考えようにも、ゲートが閉じられてしまってはエルグランデに向かうことも出来ない。シルバに話を聞こうとも思ったが、彼は意識混濁のままに眠ってしまっている。

 どうしたものかと思った矢先、またしても来客があったようだ。領主官邸に待機していた守護騎士ガルヴァスがイズミを呼びつけてくれた。



「どうした」


「お前を知っている人物だと言っていた。確か名前は……アニチェート」


「……なんでアイツが……いや、いい。通してくれ」


「ああ。だが、呼吸が少々荒かった。無理はさせないようにしてくれ」


「わかった」



 そうして部屋に通された男もまた、レティシエルにそっくりな男だった。名はアニチェート・ヘル・ウォール。……和泉も以前の事件で色々とひと悶着あった、レティシエルの精神体『死神の使いモルティア』の名を持つ男だった。

 僅かに和泉の身体が後ずさりしたものの、アニチェートの様子に敵ではないと判断を下した模様。椅子に座らせると、彼は大きく息を吐いて身体を休ませていた。



「悪いな、ジャック。……と、和泉」


「なんだってお前がここに……。俺は今でもお前を許したわけじゃねえんだぞ」


「わかってらぁ。……けど、シルバもここに来てるって、知ったからさ……。どうしても、どうしても、離れたくなくて……」


「……何があったんだ? お前のその……黒くなっている手といい、顔色といい」



 イズミと和泉が注視したアニチェートの手は、まるで闇が侵食しているかのように指先が黒く濁っていた。人の形を保たせないようにも見えるその手は、生気さえも失われている。

 アニチェートはこれを『時食み』だと称した。レティシエルという存在が持つ時を喰らわれ、自分や他の精神体達を維持する力を失っていることが起因している。だがレティシエルが何故いなくなったのかまではアニチェートも理由がわからず、僅かに残っていたシルヴェリオの気配を辿ってロウンの領主官邸までやってきたそうだ。



「ってことは、この人もやばいってことなのか。……どうすりゃいいんだ」


「1番はレイを見つけることさ。……だが、俺たちでさえ場所がわからない以上……どこを、どう探したもんかと思ってね……」


「シルバがアルムを頼りにしようと思ってここに来たってのは何となく分かるが、そこから先の思惑がわからんな……。サライ、なんか思いつくか?」



 観察力に優れたサライに向けて、イズミは問いかける。彼は以前の事件では全く首を突っ込むことがなかったため、シルヴェリオやアニチェートと関わりがなく判断材料が少ないが、と注意した上で推理を広げた。


 まず、シルバがアルムを頼りにする1番の理由が『レイと関わりを持ち』『異世界にすぐ渡れる』人物であることだ。イズミでもそれは当てはまるが、なんと言ってもこの領主官邸は九重市へ向かうゲートが非常に近いため、イズミではなくアルムを頼りにしたのではないかという。

 次にアルムを選んだ理由として、彼女の推理力の高さを選んだのではないかという点。和泉やノエルほどではないにしろ、アルムだけでも十分にレイを見つけることが出来るかもしれなかったからだ。


 そこまでの推理を告げた後、サライは1つ結論を導き出す。

 アルムとレイは同じ組織に捕まっている可能性が高い、という結論だ。



「俺たちを妨害した理由もエルグランデに来ないようにするため。そしてゲートを維持しているのがレイって人なら、俺たちに移動されないようにとっ捕まえたって感じだな」


「それなら、俺たちを妨害している間にゲートを消したって可能性もないか? あるいは維持する時間を無くさせたとか」


「瑞毅の言う通り、それもあり得る。レイって人の力がまだこの2人を支える時間があるのを見ると、おそらくゲートの維持を先に切ったって感じか」


「はは、なるほどなぁ。……お前の推理は、間違ってねぇかもな」



 アニチェートは自分の手を広げる。彼の指先だけが黒く、侵食は進んでいないのを見ると……レイが最後の最後までアニチェート達を維持させようとしているのが伺えたため、サライの推理はあながち間違ってないのかもしれない。

 だが、侵食が進んでいないとはいえ彼らを維持出来る時間も少ない。そこでアニチェートは1つ、賭けに出たいとイズミや燦斗に提案を持ちかけてきた。



「賭けですか。……それは、どのような?」


「なぁに、俺がゲートを無理矢理にこじ開けるってやつよ。……幸い、優夜と遼が向こうに残ってるし、アイツらの縁を辿れば開くのは簡単だ」


「……またあの2人になにかする気か」


「バカ、アイツらとの縁を利用するだけだよ。以前みたいなことはしねぇって」


「…………」



 和泉は葛藤している。以前の事件で彼に振り回されすぎたのもあってか、少々彼を信用できていないようだ。


 アニチェートは和泉の親友である文月優夜と長月遼の身体を奪い、闇の種族へと陥る直前の状態『闇落ち』にまで落とした張本人。こうして協力をしてもらっても、赦すことは出来ない、というのは和泉の言葉。

 しかしアニチェートはそれでもいいと言い切った。自分が赦されないことをしたのは間違いないし、いずれは和泉に復讐されることも視野に入れている、と。



「だけど、今は。今だけはアイツらとの縁を利用させてくれ。……そうじゃないと、本気で詰む」


「……わかった。目は瞑ってやる」


「悪いな。っつーことで、さっさと行くか。シルバにバレる前に済ませておきてぇ」


「?? なんでだ。せめて起きるまで待ってやればいいだろ」


「ばぁか。……なんのために賭けって言ったと思ってんだよ」


「???」


「……まあ、フォンテは鈍いからね。ごめんね、アニチェートさん」


「いいって。知ってるから」



 軽く笑ったアニチェートはシルヴェリオの顔を覗き込むと、そっと彼の頭をなでた後にその場を離れる。その光景はまるで、彼との別れを済ませたようにも見えたと砕牙は言う。


 その後、アニチェート先導のもと領主官邸の森のそばにあったゲート付近まで集まるイズミ達。今もなおゲートは開くことはなく、空間にできていたはずの歪みはなくなっていた。



「この辺りか?」


「ああ。……本当に開けるのか?」


「まあな。……ただし、お前らのうち1人が願いを俺に告げなきゃダメだ。この力の使い方、そこのメガネ野郎なら知ってるだろ?」



 そういったアニチェートは燦斗を指差す。力の使い方を知っていると言われた燦斗は一度首を傾げたが……あるコントラ・ソールのことを思い出したらしく、ああ、と頷き返した。


 アニチェートは過去、エルグランデに置かれていたレイ・ウォールと言う存在が精神体に昇華したもの。故に彼はコントラ・ソールを持っており、その力は燦斗もよく知っているという。

 その名も《奇跡ミラークルム》。他者の願いを聞き届け、全ての願いを叶えるというまさに奇跡とも呼べるコントラ・ソール。未だにその力の原理は解明されていないが、悪用される可能性から今は既に所持者を抹消していると言う。



「……ええ、忘れもしません。願いを叶えるという、生きた願望器。その力のせいで、我々セクレト機関はフォンテ・アル・フェブルという優秀エージェントを失う羽目になったのですから」


「っ!? じゃ、じゃあ、コイツと俺は会ったことがあるのか!?」


「まあ、前世という意味ではね。しかし……」



 ちらりと燦斗がアニチェートに視線を向けてみると、アニチェートの視線はフォンテに定まっていない。まるで、かのような視線。イズミ、和泉、ノエル、サライ、砕牙、瑞毅を見る時は問題なく彼らの目を見ているのに、フォンテの目だけは見えていないのが伺えるという。


 それもそのはずで、アニチェートには本当にフォンテの顔が見えていない。むしろ、彼は精神体となっても尚《奇跡ミラークルム》を所持している影響で『光』を見ることが赦されていないのだそうだ。過去、何かがあってフォンテを『光』と断定してしまっている彼は、力の影響でフォンテの顔を見ることが出来ていない。



「だから、悪いな。フォンテ以外の誰かが俺に願いを告げてくれ。目が見えない相手ではどうしても、願いが定めきれないんだ」


「なんで、俺が。お前に何やったっていうんだよ」


「ま、そうだな……お前は俺に世界を教えてくれた。箱庭という檻に閉じ込められた俺を、外へと連れ出してくれた光なんだわ」


「……なんだよ、それ。俺の記憶にはもう、残ってねぇのに」


「残って無くても、こうして俺が覚えておいてやるさ」



 軽く笑い、過去の出来事を話すのならばまずはレイを助けてくれと願いを残したアニチェート。その願いを叶えるためならばと、イズミが彼に『願い』を告げた。

 ――もう一度、自分達を九重市へと届けるゲートを開いてくれと。



「――OK、叶えよう。奇跡を信じる者達に、新たな道筋を」



 その一言を告げたアニチェートは、真っ黒になった指先を己の胸元に埋まるアメジストに触れて……光の粒を1つ、空に舞い上げる。

 それと同時、ぐらりとアニチェートの足元がおぼつかない様子になった。これが最後の力だったということなのか、彼の指先から伸びていた闇が徐々に彼の手全体を蝕み始めていた。


 止めなくては。そう考えた矢先、アニチェートは声を荒げて動くなと叫ぶ。今ここで止めてしまっては、進むことが出来なくなるからやめてくれと。



「けど、お前がやべーだろうが!」


「言ったろ、これは賭けだ! お前らがレイのところに辿り着くか、俺が先に消えるかどうかっつーやつだ!!」


「そんな、なんで言ってくれなかったんですか!!」


「ノエル、言ったらどうせお前がいの一番に止めてただろうよ! お前はシルバと同じで優しいからなぁ!」



 空に舞い上がった光がゲートの入り口をこじ開ける。だが残る1手が足りないといった状況なのか、人が入るには少々大きさが小さい。アニチェートはもう少し出力を上げようとしたものの、既に彼の腕はおろか肉体の半分が闇に覆われてしまっている。

 流石に手を貸さなければまずい。そう思って燦斗とイズミが前に出るが、それよりも先にアニチェートの力を増幅させる者がいた。


 その姿は眠っていたはずのシルヴェリオ。アニチェートの力を探知した彼は深い眠りより目覚め、彼を支えるためにやってきていた。

 だが、シルヴェリオの姿も大半が黒い。アニチェートと同じく姿を保てなくなり始めているのか、残る力を振り絞ってイズミ達を導くようだ。



「ジャックさん、本来の目的であるアルム様を助けることから外れてしまいますが……どうか、レティシエルのこともお願いします……」


「アイツがいなきゃ、この世界の均衡が大幅に崩れちまう。だから、頼む」


「ったく、どいつもこいつも。仕方ねぇな、全部元通りになったら酒おごれよ。値段も度数も一番高いやつ」


「ぐへ……シルバ、そんときは任せた」


「レティシエルに払わせます。私達をここまで追い詰めたので」


「レイのやつの財布が心配になるなぁ」



 小さく笑ったアニチェートとシルヴェリオの2人の身体が、徐々に塵のように消えてゆく。黒く染まった指先はもちろん、魔力を流すことが出来なくなった部位は火が紙を焼くように消し去り、彼らの存在を薄れさせていった。


 やがて九重市へのゲートが開き、2人の身体が完全に消え去る。何も残らず、ただぽっかりと開いたゲートを前にイズミは決意を改めた。



「……レイとアルム。どちらも、俺がなんとかしてみせるさ」



 その決意とともに、燦斗達を連れてゲートをくぐったイズミ。数秒の無重力と浮遊感を味わった後、たどり着いたのは……如月探偵事務所。

 行く前と変わりのない、質素な風景がそこには残されている。けれど全員がゲートをくぐり抜けた後は鏡のゲートは音もなく壊れ、ガルムレイとの繋がりを失ってしまった。


 これからどうするのか。それを燦斗から告げられる前に、燦斗のスマートフォンが鳴り響く。誰からの連絡なのかと思えば……そこに表示されていた名前は『エーミール』だった。



「……燦斗マン、それ、罠じゃないか?」


「どうでしょうね。……罠だとしたら、何が考えられます?」


「お前を呼び寄せるふりをした、俺達への奇襲。あるいはお前への直接の奇襲。どちらとも取れる」


「ふむ。……まあ、出ないわけにはいきませんから、出ますね」


「気をつけろよ侵略者インベーダー。その手のやつは、なんか、こう、盗み見れるって聞いたぞ。響から」


「あの人の言うことはあんまり信用しないほうが良いんですよねぇ。あ、エーミール?」



 電話をとった燦斗の声は、なんとも楽しそうに答えているが……その声色は上っ面の楽しさ。本音としては取りたくもなかったし、会話するのも嫌そうだという顔が浮かんでいる。

 しかし電話をとった後の燦斗は首を傾げた。エーミールの携帯を使っている相手がまた違う人物だと知ると、どうしよう、といった視線をイズミに向けていた。



「今、何処にいるんです? ……ええと、私は今、仕事から帰ってきてサライと砕牙の家に。繋がらなかったのはちょっと、電池切れだったので…………え? 神社? ううん、場所がわからないので写真送ってください。お前の左手の甲と一緒に」



 燦斗の会話から、知り合いである男がエーミールの携帯を使っているらしく、どこかの神社にいることが伺える。写真を送ってもらうとのことなので、それを頼りに敵か味方かを判断するとのことだ。


 電話を切った燦斗は事細かに詳細を告げる。

 電話の相手はメルヒオール・ツァーベルという、燦斗の弟のような存在であり、エーミールの弟のような存在。彼は現在、九重市のどこかの神社にいてエーミールの携帯を握らされているとのこと。

 どうしたら良いのかとわからなかったが、困ったときはエーリッヒという言葉を思い出した彼は燦斗に連絡を入れた、というのが全容のようだ。


 相手の素性がわからない以上、イズミ達は皆それを罠ではないかと懸念する。それを考慮した上でも、燦斗は彼の話を聞いてみたいと言い切った。



「……本気か?」


「ええ。……彼の声は嘘とそうでない時の聞き分けが付きやすいので、わかるんですよ。あの子は嘘をついていない」


「確証はどのぐらいある? もし、僅かでも不安要素があるというのならやめておいたほうが良いと思うんだが」


「ほとんど、確定です。……あの子が私を頼るなんてこと、早々あり得ません。本当に助けて欲しいという声でした」


「……はぁ。やっぱ、兄貴ってのはどいつもこいつも、弟のために動きたくなるもんなのかね」


「まあ、燦斗さんの気持ちはわかるよ。俺も弟いるし、弟のことは信じてあげたいんだよなぁ」


「みずきち、下手するとブラコンでもあるからなぁ……ってか元に戻れてるじゃん。おめでと」


「今更かい」



 そう、既に九重市に戻った時点で瑞毅の姿は元に戻っている。ガルムレイだけの事象なのか、それともどの異世界に行ってもそうなるのかはまだ不明だが、燦斗は覚悟だけはしておいたほうが良い、と彼に告げた。


 後に燦斗の携帯に通知が1件。添付された写真の内容から、メルヒオールが現在緋音あかね神社にいることがわかった。



「緋音神社か……。イズミ、場所わかるか?」


「ああ、前に遼が繋げたところだよな。なんでだ?」


「いや、この人数で出向くには車が人数オーバーだからよ。俺、フォンテ、ノエル、砕牙、サライ、瑞毅で想定されるであろう状況を捻出して、対策を練っておこうと思ってな」


「お、ありだなそれ。侵略者インベーダー、それでいいか?」


「私一人でメルを迎えに行ってもいいんですが、まあいいでしょう。エルグランデに向かうには私の家のゲートを使う必要がありますから、まずは皆さん私の家へ」


「あ、燦斗マン冷蔵庫の中のもの食っていい? 腹減った」


「エレンにちゃんと調理してもらってくださいね」



 砕牙とのやりとりもそこそこに、一行は金宮燦斗の持つ家へと向かう。

 その後、イズミと燦斗が車に乗って緋音神社へと向かうことになったので、和泉達はおつまみをつまみながら作戦を練り続けていた――。

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