第7話 そういや忘れてたわって時


 アマベルとレオパルドの助力を得て、ロウン行きの船に乗ることに成功したイズミ達一行。乗船券資金はフォンテとイズミで折半し、8人分を購入して休憩室へとたどり着く。

 へとへとになった身体と足を休め、うつらうつらと眠気に誘われそうになったところで、ふとサライが気づいたことを口にした。



「なあ、今思い出したんだけどさ」


「なんだ。眠いから手短にな」


「いや、親父が言ってたろ。『敵はガルムレイに関わりのある人間を無力化させることが出来る』ってよ」


「うん。…………あ?」



 サライの言葉で燦斗と瑞毅以外の顔色が青くなっていくのがはっきりとわかる。

 受けることはないと言われていたサライと砕牙も既にガルムレイに来てしまったから、もう敵の妨害を受け放題。最悪アルムのように身動きが取れない状態を作られてしまう可能性があるのかと思うと、やらかしてしまった、とイズミ達はお通夜状態に陥ってしまった。

 なんで話を聞いてたのに今まで忘れてたんだ。瑞毅がこっちに追いやられて手一杯だったんだから仕方ない。というかそういえば瑞毅をこっちにやった時点で勝利とかなんとか言われなかったか。……等々、様々な言葉が和泉やノエルから漏れ出ては流れていくのがよくわかる。


 そんな中、燦斗は考え込む。相手がどのようにしてこちらを無力化してくるか、自分の持つ全ての知識を集中させて対処を考える。その顔には焦りさえも滲ませていたが、自分しか情報を持ち合わせていないため必死で考えた。

 皆が疲れ果てて眠りについても、彼はずっと考え込んでいた。明かりを消していても彼は眠ることはなく、イズミが途中で目を覚ましても止まる様子はなかった。



「……侵略者インベーダー、考えすぎたら寝れなくなるぞ……」


「ええ、わかっています。わかっていますが……この問題は、私にしか解決できませんから」


「……俺らは寝るぞ?」


「構いません。私はもともと、寝た寝ないに関わらず寿命がどうとか関係ありませんしね」


「…………」



 ごろんと寝返りをうち、そのまま眠りについたイズミ。少々形の悪いソファに寝転がるせいで身体が痛む気もしたが、今はそうも言っていられない。眠くなる頭をしっかりと休め、ロウンに着くまでに身体と心を落ち着けておいた。



 やがて船がロウンへと辿り着く頃。陽の光がまだ潜ったままの薄暗さの中でイズミ達はロウンの大地を踏みしめる。

 だが、和泉やサライ、砕牙や瑞毅といった現代人達はフラフラだ。慣れない船旅の雑魚寝だったというのもあって、身体に痛みが出ている様子。



「しんっど……なんでイズミっちたちは大丈夫なん?」


「慣れてるからかな。まあ、ジャックは王族だからあのランクの船には乗らないだろうけど」


「まあ……今までに乗った船の中では、だいぶ低いほうだなとは思う」


「あんなん慣れてるほうがおかしいだろ。……ってか、金宮さん?」


「はい?」



 和泉はふと、燦斗の様子に違和感を感じ取ったようだ。顔色が悪いというか、寝ていないのがよく分かるとのこと。普段から彼と親しい砕牙とサライもその様子に気がついたのか、帰ったら寝なきゃやばいだろ、というツッコミを入れてくれた。

 しかし燦斗は気にするまでもないと言って、強引にイズミ達の前を進む。無理をしている様子はなさそうだが、それでも砕牙やサライから見ると普段よりは動きがぎこちないという。



「燦斗マン、マジで無理しないでくれよ……?」


「いくら慣れてると言っても、見てるこっちは心臓に悪い」


「ええ、無理はしてません。こんなの、研究者時代の4徹に比べればなんてことはありませんからね」


「えぇ……燦斗マンこっわい……」


「俺らと違う世界に住んでるんだなってのがよく分かる……って、おい、燦斗ちょっと待て」


「はい?」



 足早に道を歩いていた燦斗が止まり、振り向いたその瞬間。小さな破裂音の後に、彼の頬に僅かな傷が生まれた。

 それと同時、闇の中から姿を表したのは口元を面帯で隠した男と大ぶりの刃を振り下ろそうとした男。燦斗の身体をつかもうと手を伸ばしていたが、間一髪、サライが燦斗の腕を引いて彼の位置を動かしたため2人の攻撃は当たることはなかった。



「んなっ!? 今の避けるんか!?」


「嘘やん! コンラートの闇で隠してんのに!!」


「道理で暗すぎると思ったんだよ。船を降りた時に見えた空とは全く違ってたんでなァ、注視しておいて正解だった」


「サライ……いつの間に?」


「ん? いや、俺らの邪魔をしてくるなら今のタイミングだよなと思ってな。船を降りた直後なら、俺、砕牙、和泉、瑞毅のいる今はグロッキーで戦えないとか思ってそうだな~って」


「さっすが、敏腕マネージャー……」



 サライの観察眼と考察に色々と驚きを隠せない砕牙と瑞毅だが、今はそんなことをしている暇はない。戦えない砕牙と思考で鈍った燦斗を守るようにサライと瑞毅が前に出て、更にそれを守るようにイズミ、フォンテ、ノエル、和泉が前に出る。

 敵は今の所2人だけだが、燦斗が立ち止まる前に聞こえてきた破裂音、そして闇を作り出したというコンラートの存在があることから周囲に隠れている可能性は高いと判断。闇の種族の気配を探るため、イズミは右腕の反応を確認する。



(……目の前の2人と、遠くに1人。……それと……)



 ちらりと砕牙に視線を送ったイズミ。その視線の意味合いを理解した砕牙はサライと瑞毅の位置を入れ替え、咄嗟に背後を守らせた。敵は既にこの暗闇に乗じて背後を取っているようだが、その姿は未だに見えていない。イズミの感じ取った気配が頼りという状況で、砕牙もサライも瑞毅も判断をつけていた。


 そんな中、燦斗は襲いかかってきた2人に向けて、叫んだ。――これは誰の指示なのかと。



「ローラント、シェルム。……答えによっては、私も動かざるを得ませんよ」


「それをアンタに言ったとして、今の状況が覆るとでも?」


「ええ、覆らせます。……私が誰なのか、お忘れなく?」


「最高司令官の息子って言っても、異世界ではただの調査人エージェント止まりやん! そんなん怖ないわ!!」



 大ぶりの刃を構えた男――シェルムはフォンテ、ノエルの攻撃を軽くあしらった後、和泉の射撃を軽く飛び越えて燦斗に向かって刃を振り下ろす。燦斗はそれに向かって何もする様子はなかったため、イズミが前に飛び出ようとしたのだが……大きく巻き起こった風の刃によって、シェルムもイズミも彼に近づくことが出来なかった。

 イズミは咄嗟に、風属性の魔術によって阻まれたということを理解する。しかし燦斗は詠唱を唱える様子もなければ、身動きした様子もない。

 魔力を体内で練り合わせて手から弾き出すガルムレイの魔術は本来、詠唱があれば即座に排出出来る代物。イズミのように無詠唱ならば動作が必要になるのだが、燦斗のそれはガルムレイの魔術でありながらどの動作も必要ない異質なもの。その様子は、まるで……。



(まるで、神様みたいじゃねぇか)



 イズミは知っている。神のような存在であるアマベルも、同じ方法で魔術を使用することが出来ることを。ならば彼も同じ存在なのかと考えたが、ガルムレイの神はアマベル・ライジュ、レティシエル・ベル・ウォール、ベルトア・ウル・アビスリンクの3人以外はいない。

 ますます、金宮燦斗という男が理解できなくなってきた。だが今は協力しなければこの状況を打破出来ないと考えたイズミは、すぐにシェルムに向けて二振りの刃を奮った。



「おぁっ!? なんっ、お前に用はないっちゅーねん!!」


「うるせぇ!! テメェらがアルムを攫ってなんかやってんのはわかってんだ、さっさと返せ!!」


「ちょ、ロー! ロー!! 助けて!!」


「助けたいのはやまやまやけど、こっちもフォンテを相手取ってるから最悪な状況やねんて!!」


「うええぇぇ!?」



 ローラントと呼ばれている男は、拳でフォンテと渡り合っていた。手甲でフォンテの刀とノエルの槍を弾き、素早い動きで2人の身体に一撃を叩き込んでいくその姿は、まさに閃光の如き素早さを持っている。

 それに対し、フォンテは持ち前の戦闘知識をフル動員させてローラントの動きに予測を付け刀を振り下ろす。何処で振り下ろせば弾かれ、何処に振り下ろせば一撃を与えられるかの計算を数秒のうちに済ませ、ローラントの一撃に耐えながらも相手に対してダメージを与えていく。自分がカバー出来ないところは、ノエルが何も言わずにカバーしてくれるのがなんとも心地よい。


 そんな多種多様な攻防が繰り広げられる中、誰かの声が聞こえてきた。その声はこの場にいる誰でもない、傲慢な意志を持った声をしていた。



『ローラント、シェルム、撤退だ。エーリッヒとフォンテを同時に相手にするのは、どうやら早計過ぎたようだ』


「マジか……。あんさんが行ったれ言うから、準備したんやけど?」


『どうやらエーミールが考えているよりも、そいつらは遥かに強いようだ。急ぎ、メルヒオールとコンラートも撤退せよ』


「あー、でも今離脱するの難しそう! そっちからなんとかしてくれん!?」


『……仕方ないな。今回だけだ』



 ちりん、と鈴の音が鳴り響く。

 その瞬間、イズミの前にいたシェルム、フォンテの前にいたローラントの姿が消え去り、辺りを包み込んでいた闇が払われた。敵がいなくなった証明となったのか、武器を構えていた全員が武器を収め、もう一度辺りを確認する。

 イズミが感じ取っていた気配も全てなくなり、完全に撤退したことがわかる。港を出る前は薄暗かった空がいつの間にか少し明るくなっており、少し長い時間、闇の中に閉じ込められていたようだ。


 その後、メンバーの無事を確認していくイズミ。そんな中で燦斗の顔が、いつにもまして険しい。聞こえてきた声の主を知っているのか、とサライと砕牙が問うとその声の主の正体について道すがらに燦斗は説明してくれた。



「声の主はフェルゼン・ガグ・ヴェレット。組織の高位研究員であり……以前、ガルムレイに侵略戦争を仕掛けた1人ですね」


「っつーことは、また侵略しに来たってことか?」


「……いや、そういうふうには見えなかったぞ。むしろ、奴らは俺らを消しに来たか、足止めに来たって感じに見えた」


「あ、確かに。みずきちの言う通り、なんかちょっと違ったよな。侵略なら俺らに構わず世界の人々に襲いかかるし」


「ということは……俺らをエルグランデに行かせないためにしている、っつーことになるか?」


「多分な。……ただ、連中ちょっと気になること言ってなかったか?」


「フォンテのこと、だよね。……なんだか、よく知ってるみたい」



 ノエルの視線がフォンテに向けられるが、フォンテは連中のことなんて知らないとぶっきらぼうに答えた。知っていたらそもそも、今、こうしてイズミたちと付き合うことはしないからとも。

 それはわかってるよ、とノエルが優しく声をかけると機嫌を直してくれたようだ。しかし、敵陣がフォンテのことを知っている理由が未だによくわからない。イズミとノエルは特に、九重市でもフォンテはヤバいという言葉を聞いているため彼が過去組織と何かしらの関わりがあったのではないか、という考えを浮かべていた。


 その時、燦斗はなにか言いたそうな顔をしていた。イズミがその様子に指摘を入れると、無理矢理になんでも無いと取り繕っていたが……流石にこの状況になってしまっては聞かざるを得ないからと、半ば脅しに近い方法でイズミは燦斗に詰め寄った。



「なにか知ってるんだろ。フォンテと連中の関係性を」


「……話すとしたら、フォンテさんはすべてを受け入れる必要がありますよ。あなたがそれを勝手に決めて良いんですか?」


「…………」



 燦斗にそう言われて、ちらりとフォンテを見るイズミ。当人はと言うと、むしろ自分の存在がなんなのかを知りたいといった様子が伺えたため、アイコンタクトでイズミに向けて『受け入れる』と返答しておいた。

 フォンテの決意は固い。それを知った燦斗は九重市に向かう前にと、全てを語ってくれた。



「……フォンテさんはもともと、エルグランデの出身です。最高位のランクを持ったエージェントとして登録されており、研究者たちからも、調査人たちからも、一目置かれる存在でした」


「俺がエルグランデの出身、ってことは……なるほど、今納得がいった。俺のこの物質を操る力、これもエルグランデから持ってきたものなんだな?」



 何の気なしに、空気中の分子を使って食事を作り全員に配ったフォンテ。船の中では眠る以外のことをしていなかったので、朝食として食べやすい干し肉と水を全員分用意する。

 燦斗が言うにはその力もまた、エルグランデ由来のもの。《創造主クリエイター》と呼ばれ、エルグランデでは所持数の多いコントラ・ソールなのだそうだ。実際に、幾人かのエージェントも所持しているという。



「でも、そうなると俺とフォンテが5歳の時にウィンターズ家に養子になったっていうのは、アレは嘘?」


「いえ、嘘ではありません。フォンテさんはある事故に巻き込まれてこの世界に降り立ったのですが、その時に記憶喪失と時間逆行が身体に発生していたため子供になってしまっていたのです」


「なるほ……んっ?? ちょっと待って、俺も??」



 燦斗の言葉にストップをかけたノエル。自分は親がいない捨て子だったはずだと告げるが、燦斗は首を横に振った。ノエルもまた、別の世界から連れてこられた何処かの誰かなのだと。

 そして……燦斗の視線はサライと砕牙にも向けられる。異世界からやってきたのは、何もフォンテとノエルだけではない。彼らも同じように、異世界からガルムレイを経由して子供の状態で九重市にやってきたのだそうだ。



「燦斗マン、冗談きっついぜ……?」


「冗談ではありませんよ。現に私があなた達と行動していたのは、異世界間を不正渡航したあなた達2人の調査でしたから」


「マジか。……って、ちょっと待て。そうなると親父も俺が異世界の人間ってことを知ってたってことだよな?」


「はい、そうなります。ただ……サライの場合は子宝に恵まれなかったヴォルフとアンナさんが、どうしても育ててあげたいと願ったから育てたと言う感じです。私は……却下しようと思ったんですけど、《預言者プロフェータ》で未来が見えてしまったので」



 眼鏡の縁を押し上げる燦斗。今、こうしてサライや砕牙達がイズミたちと協力する未来が既に見えていたことから、彼らをずっと見守り続けることにしたと彼は言う。処分することも、排除することも、エルグランデの研究員達から何度も伝えられたが……その度に最高司令官補佐という権限を行使し、黙れと言って押しのけてきたとか。


 ふと、和泉は気になる単語を口にする。それは、彼が取り扱った以前の事件でもよく取り扱われた能力だったからだ。



「《預言者プロフェータ》……って、それ、神夜さんと優夜が持ってるっていう能力ですよね。なんで金宮さんも?」


「あれ、言ってませんでしたっけ? 《預言者プロフェータ》ももともとはコントラ・ソールですよ。エルグランデ由来の」


「……えっ??」



 その言葉を聞いて、和泉の表情がみるみるうちに青くなっていく。それなら何故、ガルムレイにも《預言者プロフェータ》が存在し、燦斗が所持していることになるのかといった疑問が彼の中に広がっていく。燦斗曰く《預言者プロフェータ》の力はそこまで一般的ではないため、所持している人は限られているとのこと。

 その言葉を聞かされたますます和泉の疑問は広がっていった。ガルムレイとエルグランデの関係性がなにか、ある重大な秘密を秘めているような……そんな気がしてならなかったそうだ。


 そんな風に会話を繰り返しているうちに、一行は領主官邸へと辿り着く。そのまま如月探偵事務所へのゲートを使い、移動をしようとしたのだが……。



「ん……あれ??」


「どしたん」


「……ゲート、開いてない」


「はぁ!?」



 イズミが手をかざせば開くゲートが、全く開かない。数日前には開くことが出来ていたので魔力不足によるものかと思われたが、どうやら違うようだ。

 瞬間的に、イズミはこのゲートを開いた人物――レティシエル・ベル・ウォールに何かしらのトラブルが発生したことを予測する。そうでなければ普段から開けていたものが全く開かないというのもおかしな話になってしまうからだ。


 急ぎ、イズミは領主官邸の中へ。守護騎士ガルヴァスが応対に出たため事情を説明するが、ガルヴァスにもレイの様子に心当たりはないとのこと。



「マジか……! じゃあ、ベルディは今どこに!?」


「そういえば……しばらく休暇をもらいたいと言っていた。疲れていた様子だったから休暇を取らせたが……」


「アイツ、もしかしてレイとのリンク切れかかってた可能性はないか!? 確かアイツ、レイからの魔力供給があるから動けてるんだろ!?」


「む……確かに、表情からは読み取れなかったが少し、動きが鈍っていたな」


「まずい、マジでまずい……!! レイの居場所は!?」


「そういえば、最近いらっしゃっていないな。だがレイ殿になにかあれば、アマベル殿が気づくはずだろう?」


「……そういや、アイツ何も言ってなかったな……。もしかして、アマベルも気づいていない……?」



 イズミの思案が続く中、領主官邸の扉が開かれる。来客かと思えば、その人物は扉を開けた途端に倒れ込むようにして入ってきた。

 思わずノエルが支えたその男は、からん、と顔に取り付けていた仮面が外れてしまう。その姿に見覚えがあったイズミと和泉は、声を上げた。



「「シルバ!!」」



 ――弱りきった男のその姿は、世界の危機を告げていた。

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