第6話 じゃあ準備するかって時


 瑞毅への説明を終わらせ、彼の状態変化の理由を知ったところで、イズミ達はアルムの救出の準備をすすめる。

 だがその前に、サライ、砕牙、瑞毅の3人に備わっているであろう力をチェックしなければならないのだが……現在アンダストではその様なチェックを行う体制が整っていないのもあって、このままぶっつけ本番になるかと思われた。


 しかし丁度いいタイミングでフォンテがマスターを務めるギルド『ダブルクロス』のメンバーがアンダストに入国したとの知らせが入った。メンバーのうちの1人ならば3人の魔力チェックを行うことも出来るからとすぐに領主官邸のイズミの部屋へ呼び出した。ダブルクロスのメンバーは皆、騎乗用動物を所持しているため来るのが早い。

 やってきたのはアマベル・ライジュ。……闇の種族の最上級眷属であり、世界を作り上げた神に等しい存在。そんな彼がギルドに存在していることにサライと瑞毅は驚いていたが、神という権能さえなければ普通の一般人と変わりないからと、アマベルは笑っていた。



「アマベル、悪いな」


「ううん、いいんだ。……カサドルが待ってるから、手短にね?」


「おう。調べるのはこの3人。そのうちの女性は、元は男なんだが……」


「んん、僕もその現象初めて見たなぁ。僕の調査でなにかわかればいいけど」



 アマベルでもわからない、異世界渡航時の性転換。イズミと和泉の考えが正しければ瑞毅の身体にはシャネル・フェヴレイロの魂が入っているはずだと。

 ひとまずアマベルはサライ、砕牙、瑞毅の能力を確認。彼らもまたイズミ、和泉、フォンテ、ノエルと魔力の波長がまったく同じことを確認するのだが、ここで瑞毅に対してだけ特異であることを告げた。


 というのも、瑞毅はどうやら単一属性ながらに魔術師の素質があるようで、魔導書さえ渡せばすべての属性の魔術の使用が可能だそうだ。シャネル・フェヴレイロの魂の存在も確認は取れたが、彼女によってもたらされた恩恵かどうかは不明。

 なお魔導書なんてものは無詠唱魔術を使用するイズミの部屋にはないので、急遽イズミが買い出しに出かけて少し高めのものを瑞毅に渡した。



「確か瑞毅さんは教師を目指されているんですよね?」


「ああ、はい。……あ、だから俺が魔術師適正あるってことか?」


「多分な。けど、先天属性は雷なんだよな?」


「そうだね、雷属性だ。けれど彼女……じゃなかった、彼はどうやら特異体質として認められてるみたいでね。先天属性は光と闇じゃないけど、全部の属性の魔術が使えるよ」


「えっ、魔術って使える人が使うやつじゃないんだ?」



 砕牙の驚きに対し、ガルムレイ出身者であるイズミとフォンテとノエルがその疑問に答える。

 ガルムレイにおいての魔術というのはこの世界に住まう人々ならば誰にでも使用できる技術。ただし、外に漂う魔力と体内の魔力を練り合わせて構築して放たれるもののため、先天属性と呼ばれる体内の魔力が固定されている場合はその属性しか使用できない。例外に、先天属性が光と闇の場合は全ての魔術を使用することが出来る。

 そのため、瑞毅の場合は本来であれば雷属性の先天属性なため雷の魔術しか使用できないが、何らかの影響、あるいは特異体質によって全ての魔術を使用出来る状態になっている。これはある種、イズミやフォンテやノエルにとっては好都合なのだとか。



「単一属性だとなー……相手が水以外の属性使ってきたらつらい」


「防ぐに防げないもんねえ、炎とか氷とか地とか風は」


「た、大変なんだな、こっちの世界の魔術事情……」


「でも、今から行く世界ってこっちの魔術関係ないんだよな? 俺が今から魔術書持ってても意味ない気もするんだけど……」


「いえ、3人の力をチェックしたのは魔術の使用云々ではないんですよ。……重要なのは『同一なのかどうか』。その1点だけです」


「同一だったらどうなるん? なんか良いことある?」


「今から敵陣に乗り込むわけですが……ええ、あなた方全員エルグランデでは特別な存在として降り立つことが出来るのですよ」


「特別な存在……?」



 燦斗が言うにはイズミたちは皆、エルグランデではめったに見られない同一個体の存在であり、敵からはある人物として見られるために混乱を引き起こすことが出来るそうだ。また、ヴォルフが何かしらの施しを行うと言っていたため、混乱の渦中でアルムを取り戻すことも出来るという。

 未だ納得の行かないことばかりだが、今はアルムを助けるためには何がどうであれ受け入れるしか無い。イズミは考えをまとめ、改めて他のメンバーへ協力を呼びかけた。



「ギルド抜け出して手伝ってんだ、アルム様を救出するまではお前は依頼人だよ」


「まあ、俺はロウン国家が崩れるのはちょっとまずいと思ってるしね~」


「俺は……前回の事件のこともあるし、まだ謎が多かったしな。手伝ってやる」


「あー、俺と砕牙と瑞毅は完璧、巻き込まれた役だからなァ。降りたくても降りれねェのわかってるし」


「そもそもみずきちを探しに行くって時点で、逃げられないってわかってたし。なっ、みずきち」


「俺はとにかく元の姿に戻りたい……」


「瑞毅は、うん、本当にすまん。苦情はエーミールと侵略者インベーダーに言ってくれ」


「あはは、私に何言っても無駄ですよ~? そもそもその状態になったのは私のせいではないですし。エーミールに言ってください」



 会話もそこそこに、アマベルと別れたイズミ達はまずアンダスト城下町にある武器屋へと足を運び、武器の手入れを行うことにした。フォンテはともかく、イズミとノエルはここ数日手入れをしていなかったのもあったので武器屋の店主にしこたま怒られていた。

 その合間にサライ、砕牙の使えそうな武器を探す。現代人である彼らには武器は持たせる必要はないかと思ったのだが、これからのことを考えるとガルムレイやエルグランデで使える武器を持っておいたほうが良いだろうとのこと。



「っつってもなぁ……武器、適正とかわからん」


「向こうでは武器を振るうことがないからな。……あ、和泉は別。お前なんで銃持ってんだよ」


「昔、和葉の親父さんから預かったんだよ。……春樹っていう、一緒に探偵始めた相棒が死んだ頃かな。用心のためにって」


「……でも、お前のとこの世界って確か一般人が拳銃持つの禁止されてるよな?」


「そこはまあ、裏技」


「こわ。闇の種族最上級眷属の俺でも流石にそういうとこはわきまえるぞ??」


「まあ和泉の奴は結婚相手が結婚相手だからなァ……」



 大きなため息をついたサライはふと、立てかけられていた刀に目をやる。長さも丁度よく、手にしっくりと来るものなのだが……店主曰く売り物ではない、気味の悪い調度品なのだとか。

 一度仕入れたものはいいのだが、その刀だけが異様な造形をしていることから誰かに売り渡すのも気が引けたと店主は言う。おもむろにサライが鞘から引き抜いてみれば、確かにその刀身は真っ黒。波紋もいびつに浮き上がっており、むしろ不気味な造形だ。

 しかし、サライは何故かこの刀に惹かれたという。おぞましいような感触もなければ、逆に力を渡してくれている感覚があるのだとか。


 刀の出どころを店主に聞いてみると、商業の国レイオスガルムで仕入れたものだと言う。そうなると、様々な物品が集まる国なため異世界からの掘り出し物の可能性が高いのではないか、とはノエルの言葉。



「なるほどなァ……でも、流石に俺らの世界のものじゃねェだろ」


「うん、そうだね。少なくとも、ガルムレイよりは魔術文明が発展してるかな? 力を渡してくれている感覚があるって言うなら尚更ね」


「ふーん……気に入った。俺、この刀にするわ」


「オッケー。店主、いくらだ?」


「いえ、そちらの刀には値段はいらないです。ジャック様がこうしてお引取りいただけるというのであれば……」


「そっか。あー、でもそうすると姉貴に怒られるから、ちょっとだけ支払わせてくれ。な?」


「ああ……確かにリイ様は取引に関してはかなり厳しいですからね。では、100ゴールドで」


「ん。サライ、それそのまま持っていっていいぞ」


「やったぜ」



 嬉しそうに刀を手に入れたサライに対し、砕牙はまだ悩んでいた。俳優という職業柄、武器を使ったアクションを行うことはあるが……実際に使用するなら何が良いだろうと悩んでいるようで。

 これまで砕牙が扱ったことがあるのは棒やナイフといった、戦闘の初心者には難しい武器ばかり。今から訓練をつけるには時間がなく、どうしたものかとなってしまった。


 それならば、いっそのことこのままエルグランデに向かってしまうのがいいのではないか、と燦斗は言う。というのも、エルグランデで使用されている異能力『コントラ・ソール』がもしかしたら絵師でもあり技術者でもある砕牙に発現する可能性があるからだと。



「コントラ・ソール? なんだそれ」


「エルグランデにおける異能力の総称です。エルグランデの人々は皆、人体の能力の延長線上となる異能力を持ってまして、それをコントラ・ソールと呼んでおります」


「……ん? コントラ・ソールって……」



 イズミはふとコントラ・ソールの名前はエルグランデ以外でも使われていなかったか? と頭に浮かんだ。

 だが、なかなか思い出せない。つい最近聞いたはずなのに、誰から聞いたのか、何処で聞いたのかもわからず、イズミの頭の中にモヤを残す事態となってしまった。


 武器の調達と調整を終わらせ、次に向かうはゲートのある場所。

 先程アンダスト山の竜の祠に作ったが、それが維持されているとは限らないため一度九重市に戻る必要がある。そうなると、必然的に相互維持されているゲートがある場所へと向かわなければならないため、如月探偵事務所と繋がっているロウンへと渡らなければならない。

 問題は、アンダスト国からは船が出せる場所が山を超えた先にある孤児院にある停留所しか無く、しかもこの時期はイズミの兄であるイサムが使用している可能性があるため、数日は待機を要請される可能性があるそうだ。


 長く待たされてはアルムに危険が及ぶ可能性だって高い。それぞれが考えに考えた結果、瑞毅がふと思いつく。先程サライと砕牙を運んでくれた闇の種族に力を借りて空を飛んで行けばいいのでは? と。

 しかしイズミはそれは出来ないと告げる。国の中を飛ぶ程度ならば問題ないのだが、国と国を移動するために空を飛ぶことはガルムレイでは禁止されているという。



「下手すっとアマベルに叩かれて海の中に真っ逆さまだ。事実、年に数人は落ちてるしな」


「ひえっ、マジか……。なんでそんなことに」


「アマベルさんが言うには、昔飛行系の魔術のせいで大変なことがあったみたい。物流がいい方向にはなったけど、そのせいで色々と取り締まるのが大変になったから~って言ってたね」


「まあアマベルのことだから別の理由もありそうだけどな。ともかく、俺らがロウンへ行くには船で海を超えなきゃならんのよ」


「なるほどなァ……。しかし、船が一箇所しか出せないってのは難儀だな」



 外に出れば、アンダスト城の背後にそびえ立つは国をまるごと覆い隠すような山並み。海を見るためには山を超えた先の孤児院に向かうか、隣国の砂漠の国ディロスへと移動するかのどちらかしか無いのだという。

 どちらも人の足で移動するには時間がかかり、国内移動のための馬車を用意する必要がある。そのためイズミはリイに再び馬車の貸し出しを申し出たのだが……残念なことに先程使った馬車は商人移動に使用されたという。



「うわ、マジかぁ……! 船使ってロウンに行かなきゃならんのだけど」


「うーん、今からロウンに向かったら朝になるんじゃない? 今日は宿取ってあげるから、そこで寝てからのほうが良いと思うのだけど」


「いや、そうも言ってられねぇんだ。一刻も早く出向いておきたくてよ」


「そっかぁ……うーん、でも移動用の魔石はそうそう使わせるわけにはいかないし、かと言って飛行は出来ないしねぇ」



 リイもなんとかしてあげたい気持ちはあるのだろうが、領主と言う立場上例え実弟でも市民の平等性を崩すわけにもいかない。そのため徒歩でディロスへと向かってもらうことになるかと思ったのだが、ここで救世主とも言える人物が領主官邸へやってきた。



「あ、リイ様。よかった、まだお仕事中で」


「あれ、レオ君? どしたの?」



 その人物はレオパルド・オクトゥム。フォンテのギルド『ダブルクロス』のメンバーの1人であり、ビーストマスターの称号を持つ男。動物たちと一緒に宿には入れないため、動物たち用の寝床がほしいということでリイに申請に来たようだ。

 今回連れてきた動物がどんな種なのか、宿以外で休んでも大丈夫な子たちかの確認をとったリイ。ふと、移動に適した子がいることに気づくとイズミに視線を向ける。

 イズミが呼び出せるモルセーゴの数は決まっているため、レオパルドから動物を借りて国境まで向かうのはどうか、と。国境さえ超えればあとは港までの馬車が出ているため、そこからロウンへ向かうことも容易いだろうと。



「あー、なるほどな? けど、国境まで送ってもらったらその後どうするんだよ」


「ん、大丈夫。うちの子達はここまでの道を覚えてるし、なんなら俺も一緒に行くよ」


「マジか。こっちフォンテ含めて9人いるんだけど」


「えーと、じゃあ5人ぐらいはうちの子たちに乗せても大丈夫だよ。残る4人はジャック様が呼んでくれたモルセーゴに乗せる形になる、かな?」


「それなら大丈夫、だと思う。ちょっと話しつけてくるから待っててくれ」



 そう言ってイズミは外に出て、城壁の外へ。もう一度指笛を鳴らして先程サライと砕牙を乗せてくれたモルセーゴを呼び寄せて、事情を説明。何人まで乗せれるかの確認を取ってみた。



「俺と同じ体型が3人か、2人。どうだ?」


『ジャックさまとおなじなら、ちょっとおもいー』


『さっきのひとたちもおもかったもーん』


「だよなぁ。……となると、3体呼んで俺は全力疾走になるか? ちとしんどい……」



 イズミは闇の種族という特性を持つ以上、全力を出して走ればモルセーゴの飛行速度にも追いつくし、レオパルドの動物と同列に走ることは出来る。だが、既にその全力疾走は山から領主官邸に急ぐために使用しているため、体力が持つかと言われれば怪しいところ。

 嫌そうな表情を浮かべるイズミに対し、モルセーゴ達は顔を覗き込む。人間の表情というのはあまり読み取れないのか、直球に質問してきた。



『ジャックさま、はしるのいや?』


「1日に連続してはちょっとな……。いや、アルムのためを思ったらなんてことないんだけど」


『そういえばアルムさま、いない。どうしちゃったの??』


「ん……今、ちょっと攫われてるんだよ。だから急いでロウンに行かなきゃならなくて……」


『!! さらわれちゃった!! たいへん!』


『アマベルさまにいって、おそらをとべるようにしてもらお!』


「あ、おい」



 アルムがいないと知ったモルセーゴたちはイズミの静止を振り切って、アマベルがいるであろう宿に向けて闇の種族にしか聞こえない超音波を鳴らす。その音に気づいたのか、カサドルがイズミたちに向かって飛んでくるのが見えた。

 アマベルは眠いから寝ているという言葉を向けたカサドル。モルセーゴたちの声は自分が聞き届けるから安心しろ、という言葉を向けたあと……イズミがいると思っている方角を向いた。

 彼は視界が閉ざされた特殊な闇の種族。故に、ヒトの気配を辿って視界を保っているように見せているだけのため、視線は安定していない。



「お前のせいか、ジャック」


「いや、俺はアルムが攫われたってこいつらに言っただけだぞ。誓って、空を超えてロウンに行きたいとは言ってない」


「まあ、こいつらは誇り高いとはいえ中級眷属だからな……。で、お前はどうしたいんだ」


「どうって」


「アマベル様に特別許可を得て直接ロウンまで飛んでいくかどうか、だ。お前の反応次第では、仕方ない、俺がなんとか言ってみる」


「…………」



 イズミはしばらく考え込んだ。既にレオパルドから動物を借りることは決めてあるし、その決定を覆すのも少々心が痛い。カサドルにそのことを伝えると、ああ、とうなずいた後に彼は言う。それならばレオパルドと相談して決めると良い、と。



「別に決定したわけでもないからな。アマベル様、まだ寝てるし」


「あー……叩き起こせねぇの?」


「お前が起こしてみるか?」


「アイツ、寝起きバチクソに悪そう。例えるなら姉貴並」


「……いや、まだリイ様のほうが悪いかもしれない」


「あー……確かに姉貴の寝起きはやべぇわ。酒に酔ってんのかってレベルで」


「ジャック、大変なんだな……」


「お前もな……」



 肩をぽんぽんと叩いてあげて、カサドルの手を引いて宿へと向かうイズミ。一応アマベルにも事情を説明したのだが、空を飛んでいくのは今はおすすめしないと彼は言う。

 昔のような出来事は起こり得ないのだが、今はまた別の事情が絡んでいるので空を飛ばないほうが良いとのこと。本来であれば許可出来る場面なのだが、今現在は許されない状態なのだそうだ。



「だから、うん……アレなら僕の配下の子呼んでディロスの港まで連れて行ってあげるけど、どうする?」


「あー、でもそれって俺の言うことはー……」


「聞けないねぇ。レオならイケるけど」


「じゃあレオパルドにも来てもらうか……重量オーバーだと思うんで、レオパルドの使役動物達も借りるよ」


「ん。じゃあ、レオと連携してディロスまで連れてってあげるねぇ……」



 あふ、と大きくあくびをしながら背を伸ばし、目を覚ましてからレオパルドのいる部屋へと向かったアマベル。全ての事情を説明した後に、彼らはすぐさまイズミ達をそれぞれの子達に乗せてあげた。


 ……なお、アマベルの呼び出した蜂のような姿をした中級眷属・アベリアによって虫嫌いの瑞毅が倒れそうになったことはここだけの秘密である。

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