第5話 そんなこともあるよって時


 ガルムレイ・第一連合国アンダスト。

 ルフォード孤児院と内地を分ける山の中腹、そこにある守護龍の祠にイズミ達は到達する。


 全員がゲート移動を完了したことを確認すると、イズミは周辺を確認して下山ルートを見つけて和泉達を導く。急がなければならないため、山で暇そうにしていた闇の種族にメモを渡し、国王フォッグ・ルフォードと領主リイ・ルフォードへの手紙を届けるように指示をしておいた。

 空を羽ばたく闇の種族を見送った後、彼らは街に向かって歩き出す。道についてはイズミとノエルしか知らないため、先頭をノエルが歩き、殿をイズミが務めた。



「最上級眷属となれば、下級眷属も使い走りってことか」


「まーな。手紙だけならアイツらに届けさせるほうが早いし、姉貴達も対策が立てやすいだろうよ」


「ちなみにここから街までは人の足でどのぐらいかかるんだ?」


「あー、速度によるが最低2日ぐらいか。馬使ったら早いんだけど、今はいねーからな……と?」



 ふと、空を見上げれば先程手紙を渡した闇の種族がイズミの下へと返ってくる。首元には領主でありイズミの姉のリイからの手紙が備え付けられており、どうやらイズミへの情報提供があるらしい。

 歩きながらそれを読んでいたイズミだったが、ぴたりと足を止めると全員を呼び止めた。



「どうしました?」


「どうやら姉貴のところに瑞毅ってやつがいるっぽいんだ。が……どうにも、厄介なことになってるっぽくてな?」


「というと?」


「…………これ、読んでくれ」



 ヴォルフの問いかけにどう答えようかと悩んだイズミだったが、自分の口で説明するよりは姉の書いてくれた手紙を読んだほうが早いと踏んだ彼はリイ・ルフォードからの手紙を全員に回す。

 短く、簡潔にまとめられた文章を要約すると……どうやら瑞毅と名乗るがいるらしい。しかも彼女は異世界から飛ばされてきた、知らない奴らに押し込まれたなどと言っているため、リイはイズミが探す人物で間違いはないだろうと手紙を送ってくれていた。


 だが、しかし、イズミもフォンテもノエルも和泉も、そして瑞毅をよく知っているサライと砕牙と燦斗も、これには首を傾げていた。なぜなら今、彼らが探している鷺来瑞毅という人物は……男なのだから。



「……どう思う?」


「こ、れはー……同一人物かどうか、確かめる術がほしいところ、ですねぇ……」


「となると、俺と砕牙の2人で質問攻めにしてやるのが1番ってことかァ? そうなると、急いで向かったほうがいいよなコレ」


「そうだな……けど、歩いたら時間かかるんだよな?」


「俺が本気出して走ったら1日もかからねぇけど、サライと砕牙担いではちょっと無理だなー……。っつーことで裏技使う」



 そう言うとイズミは空に向けて指笛を2回鳴らす。音が高く響き渡ったところで、空から現れたのは……蝙蝠のような姿をした生き物。闇の種族の中でも誇り高い者、中級眷属『モルセーゴ』が最上級眷属であるイズミの呼びかけに応じて2体やってきてくれたのだ。

 どうやらイズミはサライと砕牙をモルセーゴに乗せて先に向かわせたほうが早いと踏んだようで、ノエルには他のメンバーの先導を頼み、イズミがサライと砕牙を連れて瑞毅の下へ向かうということらしい。



「なるほどね、確かにその方がいいかも」


「悪い、ノエル。お前に先導押し付けることになっちまうけど……」


「大丈夫、キミのおかげで闇の種族達も俺たちは敵じゃないって理解してくれてるからね。それよりも、瑞毅くん……だっけ? 彼のことをお願いね」


「おう。サライ、砕牙、乗れ!」


「ちょ、待って、俺こういうのダメなんだってー!」



 怖がる砕牙をひっつかみ、イズミは無理矢理モルセーゴの背に乗せて迅速に姉のいる領主官邸へと向かう。2日かかるところを3時間ほどの飛行で済ませたからか、サライからは驚きの声が上がっていた。


 

 領主官邸・リイの執務室。走って扉を開けた先にいたのは、イズミの姉であるリイと……見知らぬ女性。ブラックコーヒーを飲んで待っていたようだが、イズミの顔を見て首を傾げ、その後やってきたサライと砕牙の顔を見て表情を明るくさせた。もちろん、サライも砕牙も女性については全く心当たりがない。

 だが彼女の頬には大きな火傷が残されている。瑞毅もまた、同じ火傷を有していることから繋がりはあると何処か心の奥で感じていた。



「だから! 鷺来瑞毅だって言ってるだろ!」


「っつってもなァ……」


「えーと、俺らで質問しまくるけどいい? そしたらみずきちってわかるから」



 砕牙の問いかけに女性は言葉をつまらせたあと、大きくため息をついた。仕事柄質問攻めされることは慣れているが、と小さく呟いた上で彼女は先制攻撃といわんばかりにサライと砕牙のある秘密を暴露していった。



「サライ、最近小さく可愛くした自分のぬいぐるみを持って出かけてるだろ。隠してるけどちらちら見えてんだぞ」


「お"っ、待って、なんでそれ知ってんの」


「砕牙は確か、毎日1回は異世界転生した自分を妄想メモに書き留めているよな。チートスキル持つなら何がいいかとか」


「おあ"っ、待って待って待って。はい、この人正真正銘のみずきちです」


「質問開始5分でボコボコじゃねぇか。……探してた本人ってのは確認取れたけれど、な」



 眉間に皺を作ったイズミは目の前にいる女性が本当に鷺来瑞毅なのだと理解をするのだが、元の九重市で見せてもらった写真の瑞毅は間違いなく男だったものだから、その点に関してだけは理解が出来ていない。異世界に飛ばされることで女性になる人物など、歴史の中でも聞いたこともないからだ。

 姉のリイもその話を聞いて驚いている。領主という立場上、様々な外界人の話を聞くことはあれど、瑞毅のように性別が一変するというのは聞いたことがない。そのため彼女もまた、イズミ同様に眉間を寄せて考え込む。



「やっぱ姉貴でもこの現象に心当たりは無し、か……」


「うーん、そうねえ。みんなにも聞いてみるけど、多分、返答はみんな同じだと思う。特にセルドとかアルとかガルヴァスあたりは『は??』って真顔で返してきそうだけど」


「安易に想像がついちまうな。……と、姉貴、ちょっと馬車借りていいか? まだ連れてこなきゃならん奴らがいるんだ」


「え、流石に宿も官邸も部屋空いてないんだけど。どうするの?」


「話し合いの場所さえ貰えればいいよ。コイツにも、色々と事情を話さなきゃならんからな」


「まあ、アンタの方が事情説明しやすそうよねぇ。確かまだ1台あったはずだから、それ使って頂戴。この子達はアンタの部屋に連れてくわね」


「ん、頼む」



 リイから許可をもらい、馬車を使ってノエル達を迎えに行くイズミ。彼らはまだまだほとんど進めていない状態だったため、馬車が来たのはありがたいとは和泉の言葉。普段から車で移動できる世界出身故の体力不足でフォンテに担がれていた。


 しかし、ヴォルフだけは乗ることはなかった。というのも、ここで一旦彼らと別れてアルムの様子を確認しに行き、敵陣の様子を確認したいと。また、イズミ達がエルグランデに来た時のためにちょっとした細工も仕掛けておきたいという。

 その話を聞いて、イズミはヴォルフに向けてアルムのことをお願いしたい、ときっぱり言う。彼女に必ず助けに行くからという言葉も、送っておいてほしいと。そんな健気なイズミの様子にヴォルフはニヤニヤとした笑みを浮かべた。



「いいねェ、俺ァそういう男は嫌いじゃねェ。お姫様を助けに行く王子様……くぁー、俺もそういうのアンナとやりたかったなァ~」


「あなたが王子って顔ですか? まあ、アンナさんなら王子様って断言しそうですけど」


「エーリッヒ、そう煽ってくれるな。俺ァ心はいつだって、お前みたいに若いんだよ」


「は? 何言ってるんですか」


「まーまーまー、顔はお前のほうが若いんだからそう言うなって。じゃ、俺行くわ。サライによろしく言っといてくれ」



 そう言ってヴォルフはイズミ達から離れ、山の方へと再び戻っていく。やがて彼の姿が見えなくなるまで馬車を走らせたところで、フォンテとノエルが先程のやりとりについて……すなわち、燦斗がヴォルフよりも年上という件について尋ねた。

 どう見てもヴォルフは燦斗よりも老けているし、燦斗はなんなら自分達よりも少し若いぐらいにも見える。にもかかわらず、彼はヴォルフよりも年上だと公言していた。この点に関してどうしても気になったらしく、燦斗が話すのを少々渋っていたがそのうち彼のほうが負けてぽつぽつと話した。


 エルグランデは異能力の世界。人間の持つ身体能力の延長線上の力や、魔術にも似た物質を操る力、その他未明のあらゆる力が存在する世界。そんな世界で生まれた金宮燦斗――エーリッヒ・アーベントロートという男は世界には存在していなかった異能力を持って生まれた。

 その力の名は《無尽蔵の生命アンフィニ》。その肉体は永久に不死となり、ある一定の年齢になると不老となる力。彼の姿は《無尽蔵の生命アンフィニ》によって20歳の年齢のまま止まっているが、実際の年齢は既に100を超えているという。



「まあ、私も持ちたくて持ったわけじゃないんですけれどね。この力のおかげで、両親は私を研究施設に売り飛ばし、更にはコピーチルドレンなるものの研究まで作られたんです」


「コピーチルドレン……」



 イズミはその研究の名を聞いて、ふと彼らが冤罪を受けた侵略戦争を思い出す。あの時は彼にそっくりな弟達も一緒にいたが、もしや、と。

 そのことについて聞いてみれば、燦斗はあっけらかんと認めた。現在生きている弟達は全員、コピーチルドレン研究によって能力を移植されたの者たちだと。ただし、エーミール以外の弟達は必ず欠陥が出ているため、完全な能力ではない。

 唯一、エーミールだけはその研究で完全に成功した例であり、ほぼ欠陥のない《無尽蔵の生命アンフィニ》を手に入れているそうだ。そのため戦う場合には、彼を殺すことは無理だということを燦斗は告げる。



「私と全く同じですからね。肉体の修復速度も早いので、どんなに削っても死ぬことはありません。なので……」


「エーミール? ってのを相手にする時は撤退を余儀なくされそうだな……」


「そうですね。……あの子が操られてるなんてのは、信じたくないんですけどねぇ」


「とか言って声がニヤついてるじゃねえか、侵略者インベーダー。自分の弟を切ってみたいって声色してんぞ」


「えぇ? まさかぁ、そんなまさか。私は至って善良な一般市民ですよ?」


「一般市民はそもそも異世界には来ないんだよなぁ……」



 ニヤつく燦斗に対しツッコミを入れるノエルは、どうにも胡散臭い彼と付き合うと胃痛が凄いことになりそうだと半ば諦めていた。燦斗は普通に相手にしてはならない……そういった顔がにじみ出ている。

 対する燦斗は、まあ慣れたものだ。胡散臭いと言われることについても、イズミのように疑いの眼差しを向けられるのも、長年生きている故に慣れてしまったということらしい。


 そんなやりとりをしながらも、馬車はアンダスト城下町へと走り領主官邸の前へとたどり着く。馬たちに十分な餌を与えて定位置に戻し、イズミ達は官邸内へ。仕事中のリイが人数に少々驚いていたが、平然を装って仕事を続ける。



「あら、おかえり。たくさんいるわねぇ」


「ちょいうるさいと思うけど、仕事には影響ないようにするから。何かあったら呼んでくれ」


「え、じゃあ先に言うわ。唐揚げ買ってきて」


「本当に先に言ってくれて助かったわ。こいつらぶち込んだら買ってくる」


「今日は4パックっておばちゃんに言ってるのと、お金はもう渡してあるからあと受け取ってくるだけ~」


「り、リイさんって結構食べるんですね……??」


「ノエル、ここで驚いてたら姉貴の本領発揮のときがやべえぞ」


「えええ……」



 ノエルのドン引きをよそに、さっさと唐揚げを買って戻ってくるイズミ。自分の部屋に放り込んでおいたサライ達とも合流し、さっそく瑞毅の様子を確認する。


 見せてもらった写真は男性だったのに対し、今目の前にいるのはどう見ても女性だ。声も甲高く、とても男だとは思えない。本人も何故こうなっているのかはわからないという様子でいるため、なんらかの外的要因が彼を女性に変えたのかもしれないという話になった。



「……諸々はサライから聞かされてるけどよ。でも、なんだって俺が……」


「一応聞くが、異世界への渡航経験はないんだよな?」


「ねえよ! ……あったらそもそも、こんなに慌てねぇし」


「では、こちらに来る前にエーミール達になにかされたりは?」


「いや……特には。とっ捕まって、変なところにつれてこられたかと思ったら思い切り突き飛ばされて、それっきりだ」


「ということはエーミールさん達は関係がなく、ゲートを通った影響って可能性が高いのか……? あれ、でもゲートって確か……」



 和泉がふわふわと思い出すのは、以前自分が絡んだ事件でゲートの作用が問題になった時のこと。

 如月探偵事務所にあるゲートやヴォルフが作ったゲートではなく、野良ゲート……ガルムレイという世界が作り出したゲートを通った場合、極稀ではあるが身体年齢逆行や精神の幼年化、記憶障害などの作用が起こるという話はある。

 だが今回の瑞毅の場合、そのどれにも当てはまらない。記憶障害で自分の性別を忘れるにしてはサライと砕牙のことを覚えているし、身体年齢逆行や精神の幼年化では女性になるなんて例はない。


 何がいったい作用しているのかもわからないまま、会話は30分ほど。ふと、瑞毅は最近ある夢を見ていたという話を始めた。なんてことはない、普通の夢だと彼は言うのだが……。



「内容はわかるか?」


「ああ、はっきりとな。なんか……そう、会議してた。12人の会議なんだろうか、双子の子供もいたっけな?」


「12人の会議……双子……? 他にわかるのは?」


「えーと……フード被った奴とか、やけに小さいヤツもいたっけな。なんか関係ありそう?」


「うーん、俺とフォンテはわからないかなぁ……ジャック君は?」



 他のメンバーが瑞毅の見た夢のことを考えている中で、唯一、イズミだけが心当たりがあるような顔をしている。すぐさま彼は本棚にあった人物図録を取り出すと、パラパラと特定のページを開いては考え込む。

 そして、イズミは瑞毅にもう一つ問いかけた。すなわち、『何処から見ていた』か。会議している様子を何処から見ていたかによって、イズミの疑問が確信に変えられるのだと。



「ああ、それなら……こういう、円卓でぐるっと囲んで……」



 紙とペンを借りて夢の中で見えた光景を細かく描く瑞毅。自分がいたであろう場所から見えた位置に双子やフードを被った人物、小さかった人物の場所を書き込むや否や、イズミが頭を抱えた。とんでもない爆弾を落としたな、という顔で。



「……うっわあ、待って。お前、はーーー待って……」


「どうしました? なにかわかったことでも?」



 燦斗がそう尋ねてみると、パラパラと人物図録を開いてはその人物のページを見せるイズミ。そのページに描かれているのは、若い女性姿のシャネル・フェヴレイロという人物。2万年前のレヴァナムル十二公爵の1人であり、歴史上では病死したと伝えられている。


 その名を聞いて和泉も思い出した。シャネル・フェヴレイロの魂はことを。

 ガルムレイに魔力が定着したその瞬間、侯爵が6人ほど魂ごと消えていなくなったという話は以前の事件の関係から和泉も聞いている。他の5人は既に九重市にいることはわかっているが、シャネル・フェヴレイロだけはどうしても以前の事件では見つけられなかったため、今の今まで忘れていたというかなんというか。



「あー、つまりなんだァ? 瑞毅の身体の中にはその公爵の魂があって」


「死ぬ前の姿を保とうとして、みずきちの身体を女体化させちゃったパターン?」


「たぶん、そういうことになる……な?」


「なんだって俺にその公爵サマの魂入ってんだよ!? 普通男に入るかぁ!?」


「気持ちはすごくわかるんだけど落ち着いてー! 女の子がそんな口調はダメだってー!」


「中身は!! 男!!」



 瑞毅が女体化した理由についてはこれでわかったが、これを解くための手段がまだ見つからない。故に瑞毅は半分泣きそうになっていた。この異世界では女性のままでいなければならないという苦痛は、本人でなければわからないのだから。


 シャネル・フェヴレイロの魂さえ外すことができれば瑞毅は元通りになる……と考えるイズミだが、その外し方がわからない以上はこのまま協力してもらうしかない。『そんなこともある』で済ませていいものではないのはわかっているが、今はその言葉で済ませてもらうしか彼には思いつかなかった。



「ぐあーー!! これ、向こうに戻っても残ってるとかないよな!? なっ!?」


「さあ……? 流石に起こったことのない事象だから俺にはわからん……」


「ぐああーー!! 戻らなかったら俺のイケメンフェイスが幼稚園の子達に忘れ去られるじゃねぇかあーーー!!」


「同じ顔でロリコンとか終わってんなお前。幼女が正義なのはわかるけど」


「可愛いもんなァ、幼女。わかる」



 その後、同じ顔のロリコン7人によって繰り広げられた幼女談義については、燦斗はノータッチだったという……。

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