第3話 仲間を集める時
ロウン領主官邸にて、イズミと燦斗は待ちぼうけていた。
というのも、協力を仰ぎたい人物――フォンテ・アル・フェブルとジャック・ノエル・ウィンターズからの返答を待たなくてはならないため、しばらくは大広間でゆっくりと休ませてもらっていた。
時折痛む腕に手を当てつつも、イズミはまだかと焦りを見出す。即答してもらえるとは思っていなかったが、待ち続けるというのは彼にとってはある種の苦行でもあった。
「くそ……流石に遅い気がするぞ……」
「いえ、まだ10分ぐらいですよ。王女を助けたい気持ちはわかりますが、まずは落ち着いて」
「んなこと言っても……」
そわそわと足を動かしたり、指をくるくる回したりなどイズミは忙しなかった。アルムを助けたいという気持ちだけが前に出て、収まる気配がない。それを収めてあげようと燦斗は何度か彼に話しかけるが、逆に彼の不安を押し上げる結果となったため意味をなさなかった。
そして、ようやく答えが返ってくる。領主官邸に滞在していた守護騎士・レイヴァンから受け取ったフォンテ、ノエル、両者の答えは……イエスの返答。ただし、ある条件をつけてほしいとのことだった。
「条件?」
「はーい。ええと、なんか、
「うーわ、流石ギルドマスター。そういうとこはちゃっかりとしてんな」
「まあギルドマスター不在となると、仕事の受付にも影響が出ますからねぇ。どうします? イズミ様」
アルム救出のためにはフォンテとノエルの協力は不可欠。となると、この条件を飲んでおかなければならないのだが、ギルドの資金活動となると自前の財布ではどうしようも出来ない。眉間にシワを寄せながらもイズミはアンダスト国王である父フォッグと、ロウン国王であるアルムの父リアルドに相談すると答えを出しておいた。
「……多分値段的にも、俺の財布からは到底出せそうにない……」
「ですよねぇ。じゃあ僕からリアルド様に相談しておきますねぇ。たぶん、アルム様の救出ならいくらでも出すって言いそうですけど~」
「すまん、レイヴァン……俺の口からはあの人へは言えないぃ……」
「まあイズミ様から言っちゃうと、なんでそうなった? って言われそうですもんねぇ。仕方ない、仕方ない」
それじゃあ僕は伝えてきます。そう告げて、レイヴァンはそのまま領主官邸をあとにした。フォンテとノエルはこのあとすぐ、領主のみが使用できる転移魔石を借用してロウンへとやってくるという。アルムの救出作戦という特別な事情のため、ロウン領主アルゼルガとコリオス領主ヒューバートの許可を得ての使用になるが。
姿を現したフォンテとノエル。ノエルはすぐさまイズミに駆け寄ったが、フォンテはイラついた様子だ。言い方を変えて誘うのはやめろ、そう言いたげに。
というのも彼らへの協力の取り付け方は、燦斗のアドバイスを元にしたもの。イズミと協力して欲しいことを強調するのではなく、『アルムの救出』を強調させることで彼らの心を別方向で揺り動かしたと。
「くそ……アルム様が攫われたならお前が動かないなんてこと無いってわかってたのに……っ!!」
「これはこれは、フォンテさんの負けですかねぇ。あはは」
カラカラと笑う燦斗に対し、フォンテは掴みかかった。今回の呼び出しはイズミが考えたことではないと気づいているようで、真っ先に、迷うことなく彼を掴んでいた。
「メガネェ!! どうせテメェの仕込みだろォ!?」
「人聞きが悪いですねー。別に悪気があってそう伝えたんじゃないんですよ? ええ、悪気0です!」
「絶対悪気しか無かっただろ!? 俺がこう言う反応するの知ってて、あんな連絡寄越しただろォ!?」
「ふぉ、フォンテ、どうどうどう! 今は喧嘩してる場合じゃないってば!」
フォンテを制し、燦斗から引き剥がすノエル。ペコペコと燦斗に謝罪をしてから、きちんと今回の件についての詳細を聞いた。
その詳細を聞いてから、フォンテの眉根が寄る。なんでも、同じ時間帯にギルドメンバーの1人が奇妙な事が起きたと声をかけてくれたのだそうだ。
「お前の所は色々いるからなぁ。ハルマーニとアマベル、どっちだ?」
「アマベル。ゲートの展開に気づいたんだが、通った人物がまた変な感じがするって言っててよ。そっちの調査もできたら嬉しいって言ってたんだ」
「……それ、多分間違いじゃない。俺が感じ取ったものと同じ気配を感じてたのなら、だけど」
「ジャック君はどうだったんだい? アマベルさんは異世界の気配と闇の種族の気配が織り交ぜられた気配を感じたって言ってたけど……」
「同じだ。……ただ、俺の場合は織り交ぜられてるかまではわからない。同時に発生したぐらいにしか」
「そっか……じゃあ、詳しいことはこれから調べてみないとわからないってことだね。それならまず、何をするんだい?」
「あー、それなんですけれど」
ノエルの問いかけに対し、燦斗が声を上げた。まだ人数は揃っていないため、これから向かうのはまた別の異世界になると。
それに対して異論を上げたのはフォンテだ。招集がかかった時点で敵陣に乗り込むとヒューバートから聞いていたようで、戦闘狂な彼はまたしても燦斗に掴みかかり、ノエルに窘められる。
「ヒューのヤツがこっちきたらすぐ戦闘ぶっぱ出来るぞって言ってたんだが!?」
「あ、兄貴の言い方が悪かったんだよ! 多分!! ねっ!?」
「まあ、そのへんは伝えてませんでしたからねぇ。すみません」
「で、何処の異世界に行くんだよ? 言っとくが俺もフォンテもノエルも、あんまり異世界渡航の経験は無いぞ?」
「大丈夫、行くのは九重市なので。アンダスト王子には馴染みがある方のところへ行きますよ」
「和泉んところか。ならここからすぐに行けるな……」
時計をちらりと見るイズミ。というのも、九重市とガルムレイの時間の差は約2日ほど。こちらの世界が昼だからといって、九重市が昼であるとは限らないため今の時間出向くのはどうなのだろう、と考えていたようだ。
さらにこれから使うゲートは、和泉――如月和泉が探偵事務所を経営するビルに直行するもの。もし夜に入ってしまった場合、仕事を終えてしまった事務所内に潜り込むことになるため失礼に値することになる。礼節を重んじるアルファード家の生まれであるイズミは、それはやりたくないなと考え込んだ。
しかしそんな事を気にする必要はねぇ、と言い切ったのはフォンテ。かなりヤバい状況だし、きちんと理由さえ話せば和泉も許してくれるんじゃないのかと。
「和泉のことだし、笑って許してくれそう」
「わ、笑って許してもらえるかなぁ……めちゃくちゃ怒られる気がするけど」
「アイツがコリオスに飛ばされた時の俺の心境と一緒一緒。っつーことでジャック、ゲートまで案内しろ」
「ほんっと、フォンテってそういう所あるよな。あるよな」
大きくため息をついたイズミは、ついてこい、と3人を案内する。
森に囲まれた領主官邸。その場所はなんとも奇襲しやすい場所ではあるが、同時にアルファード一家に救われた闇の種族達が住まう場所でもある。故に領主アルゼルガや王女アルムを狙う者がいたとしても、恩義を感じている闇の種族達が守ってくれるため危機に陥ることは少ない。たとえ危機に陥ったとしても、命を狙った者に待ち構えるのは世界最強の騎士ガルヴァスとその弟レイヴァンという堅牢な盾なので2人の命は確実に守られる。
そんな領主官邸の森には1つ、異世界へ繋がるゲートが存在する。過去、アルムがとある事件に巻き込まれたとき、向こう側から繋いだゲート。如月和泉のいる探偵事務所とつながったゲートが。
「へえ、こんなところにあるんだ……」
「レイが繋いだ時、自動的に割り当てられたらしい。ちょっと様子見てくるから、待ってろ」
そう言うとイズミはゲートに手を伸ばし、その先にある別の世界――九重市へと入り込む。
無重力が数秒続き、次に目を開けば……そこにあったのは、小さな探偵事務所。所長である如月和泉、それに加えてこのビルに住んでいる2人組が事務所でくつろいでいた。
2人組――木々水サライと霧水砕牙の2人はイズミの登場に対して驚くことはなく、むしろ本当に起こることなんだ、ぐらいにしか思っていないようだ。
「おっと……マジか。丁度お前とアルムの話をしてたらよ」
「仕事中かと思ったじゃねえか。……と、悪い、ツレがいるから呼んでいいか? 緊急事態なんでな」
「ん……何人いる?」
「えーと、フォンテ、ノエル、
「えっ、金宮さんも? なんで? あんなに嫌ってたのに」
「あー……ちょい諸事情。詳しいことは連れてきてから話す」
すぐさまゲートをくぐり抜け、ガルムレイ側にいた3人を呼び寄せるイズミ。その際、燦斗の姿を見たサライと砕牙はあまりにも驚いてしまった。
燦斗は俳優である砕牙のマネージャーなので、サライも砕牙もその顔はよく知っている。知っているからこそ、余計に疑問なのだ。なぜ燦斗が異世界の人間であるイズミと一緒に、鏡のゲートを通ってきたのかと。
「色々と隠してましたからねぇ、私。公にできないようなことを、ええ、色々と」
「ってことは燦斗マン、もしかしてアルムちゃんとも……?」
「ええ、はい。顔合わせぐらいはしたことありますよ。……とは言え、今はその王女様が危機的状況にあるので、こうして皆さんに協力を申し出に来ました」
「アルムが危機的状況、か……。あの王女、こっちの世界来てから毎回危機的状況な気がするんだけど気の所為?」
「まあ……トラブル引き寄せ体質だからな、アイツ……」
すまんな、と一言謝りつつも、イズミは和泉とサライと砕牙に今回の事情を説明。なお、協力者として和泉はもちろんのことだが、サライと砕牙にも協力してほしいと燦斗は告げる。
ただ、何故サライと砕牙もなのかと問われても燦斗は説明ができなかった。というのも、そこまで説明する権限を組織から与えられておらず、説明しようにも口が無理矢理に閉ざされてしまうため強制的に無言にならざるを得ないと。
そんな状態だが、どうするか。そう問われたサライと砕牙の2人はそれぞれ顔を見合わせ、お互いの決意を確認する。
「あー、まあ……アルムちゃんが攫われたっていうなら、俺らも手伝ってもいいけど……な、サライ」
「まあ、な。普通だった日常に、少し楽しい
「あれ、意外と乗り気なんだね……? もうちょっと考えるかと思ってた」
「ノエルの言うとおり、俺ももうちょい考えると思ってたんだが?」
「んー……なんていうか、やっぱ和泉だけそういうのに首突っ込んでるのずるいなーって感じ」
「あ、あはは……なるほどね」
ノエルの苦笑、フォンテのため息、イズミの呆れ顔。どれを見ても、本来であればあり得ない反応だ。異世界という存在を受け入れ、それに対して首を突っ込みたいと考える一般人など、きっとおそらく彼らしかいない。
これで全員揃っただろう。そう思ったのだが、燦斗の顔はまだ曇っている。協力者は既に和泉、フォンテ、ノエル、サライ、砕牙で十分だと思われていたが、どうやらまだ足りていないようだ。
「あと何人必要だ?」
「アンダスト王子、フォンテさん、ノエルさん、如月さん、サライ、砕牙……んん、あと1人ですね……」
「その、燦斗マンが言う協力者の条件って?」
「まずは顔がほぼ似通ってること、次に…………あー、これも言えないのか……。ひとまず、能力的に近い部分があることですね」
「そういえば、ジャック君や俺、フォンテと和泉君って同じ魔力構成なんだっけ。サライ君と砕牙君も同じってことになる、のかな?」
「多分な。まあ、詳細は向こうで調べればわかるだろうよ。……だが残り1人なあ……」
残り1人について考え込んでいると、事務所の扉が叩かれる。そういえばまだ事務所を閉めるという張り紙をしてなかった、と気づいた和泉は慌ててその扉を開いた。
そこにいたのは――黒衣の男。鋭い目つきはまるで心中を探られるような気分になったが、客として出迎える以上はあまり表情に出せない。和泉はお引取り願おうと声を出そうとしたのだが、その男のほうが先に言葉を投げてきたため、思わず受け取った。
「失礼、如月探偵事務所で間違いないかな?」
「あー……すんません、仕事の引き受けは今やってないんすよ」
「ああ、いや。所長である如月和泉君に、ある国の王女からの言伝があってね」
「……王女?」
王女の知り合いなんていたっけ? と首を傾げたのもつかの間、和泉の背後から2つの声が上がる。1つはサライ、もう1つは燦斗の声。特に、サライの方は素っ頓狂な声を上げていた。何故なら……和泉の目の前にいる男は、サライの父親だと言うのだから。
サライの声、そして燦斗の声に気づいた男は少しだけつま先立ちになって和泉の背後を見やる。見慣れた2つの姿を見つけるや、男は軽く手を降って笑いかけていた。
「ええと……?」
「ああ、失礼、自己紹介を忘れていた。……あー、これどっち名乗ればいいんだ? なあ、エーリッヒ」
「は……?」
エーリッヒなんて名前の人物はここにはいないはずじゃないか。そう考えたのもつかの間、大きなため息が燦斗から出てきた。
この男は燦斗の知り合いでもあるようで、燦斗の本名である『エーリッヒ』を知る人物。彼がここに来るのは想定外だったと燦斗も呟いていた。
男の名はヴォルフ・エーリッヒ・シュトルツァー。燦斗と同じ異世界の出身の
そこまで来てくれたのなら話は早いと、燦斗はヴォルフを招き入れるように和泉にアドバイス。燦斗が規定で喋れないことも、ヴォルフであれば際限なく話すことが出来るから、だそうだ。
「親父ってナニモンだよ……??」
「……ある機関の最高司令官補佐なんですよ、彼、こう見えて。今は……結婚してからずっと、この九重市でギャンブルに浸かっていると聞いてます」
「おう! さっき馬券買って負けてきた!」
「母さんが許してるからと言って俺が許すとは限らねェんだよなァ!!」
とんでもない暴露を受けてヴォルフの襟を掴んでは揺さぶるサライ。父親の姿は仕事人で背中しか見ることはなかったとはサライの談だが、まさかこんなにギャンブルに狂っているとは思わなかったと彼は言う。
「……サライ、お前の父ちゃんって別口でとんでもない人だったんだな……」
「最高司令官補佐でギャンブラーってそれ救われなくない? 大丈夫? 組織の金庫見てきたほうが良くない?」
「……なんか、ノエルさんの言葉を聞いてちょっと心配になってきましたね……」
「というか、あの、王女からの言伝って……??」
和泉がそう問いかけると、イズミの目が見開かれ、ヴォルフへと向けられる。彼が持ってきた王女から和泉への言伝――すなわち、アルムからの伝言があるのだと。
サライからのお叱りを受けたヴォルフは服を正すとアルムの言伝を事細かに伝える。彼女が現在陥っている状況、彼女は無事であることも伝えてくれた。更にはアルムからイズミを心配する言葉もあって、イズミは何よりも安心感を得た。
ただ、現在は彼女を攫ったエーミール達から厳重警戒されているようで、このまま出向いてもアルムのいる場所には辿り着けないという。
「俺が出向いた時は甥っ子がいたんでな。その時に会話が出来たんだが……。ま、彼女は起きたら全部ぶっ壊す勢いとは言ってたぞ」
「うーわ、アルム様ブチ切れてんじゃん。ジャック、これ俺ら出向かなくても起きたら勝手にぶっ壊してくれそうじゃね??」
「フォンテのそれは同意しかないんだが、身動きが取れてないってことは無力化も出来る連中って事だよな。俺が行っても同じことになる気がするんだけど」
「ん、まァそうだな。これはフォンテ君、ノエル君にも言えるし……あとは和泉君もだな。ガルムレイに行ったことあるんだろ?」
「ああ、はい。以前、アルムを帰した時に色々と巻き込まれたので」
「となると、この中ではサライと砕牙君が無力化されねェな。うん」
その原因は彼は口にしなかったが、ガルムレイという世界の出身、あるいはガルムレイに関わっている人間は容易く無力化されてしまうとはヴォルフの言葉。救出に向かっても身動きが取れるのが2人しかいないため、早急に最後の1人を探す必要があるという。
だが現状、その最後の1人に関する手掛かりがひとつもない。和泉もフォンテもノエルも脳内を回転させて思い起こすが、自分の知る中では当てはまるような人物がいなかった。
ではサライと砕牙はどうなのかと問われれば……俳優という職業柄、顔を知る人物は沢山いるために思い出すのに時間がかかっていた。
しかし次の瞬間、サライのスマホに通知音が入ったことで最後の1人が確定する。
発信者は……
「ああ、そうか瑞毅さん。彼なら、確かに条件は当てはまりますね」
「でも、みずきちはガチの一般人だからなぁ。言ったら協力してくれっかな??」
「まあ、付き合ってもらう以上は俺が何とか言ってみるさ。……今はとにかく、仲間が必要なんでな」
イズミは拳を握りしめ、アルムを思い浮かべながら決意する。エルグランデで無力化を受けても戦えるように、瑞毅の協力をどうにか結び付けたいと。
それならば、あとは彼に会って話をするだけだとサライから連絡を入れ、しばらく待つことになった。
――しかし、この後に瑞毅からの連絡で彼らは大きな壁に立ちはだかることになる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます