第2話 阻止へと向かう時


「……っ……」



 イズミが目を覚ました時、そこは騎士団の救護室のベッドの上だった。

 腕がもげ、胸を貫かれ、かなりの量の血を流したはずだが……既に腕は繋がっており、傷もふさがって血の巡りは滞りなく進んでいる。


 いつの間に治療されたのか? それを考える前に、イズミの頭の中は先程の出来事で埋め尽くされる。

 目の前でアルムを連れさらわれたあの一瞬が、脳裏に焼き付いて離れない。思わずベッドから起き上がって部屋から出ようとしたその瞬間、彼の様子を見に来た騎士ベルディ・エル・ウォールとぶつかった。



「うお!?」


「おっと。……なんだ、生きてたか。死にかけてたはずだが、闇の種族とは恐ろしいな」


「いや、俺も死んだと思ってた……じゃない! アルムはここに戻ってるか!?」


「落ち着け。お前と一緒にいたんじゃなかったのか?」



 一縷の望みに賭けて彼女が城に戻っているかを確認したが、ベルディの様子だとアルムは戻ってきていない。

 アルムが攫われ、現在どこにいるのか分からないことをベルディに伝えると、彼は眉をひそめて考えこんだ。


 というのもアルムが攫われた同時刻、多数の襲撃が起こったために現在城ではてんやわんやな状態が続いているとのこと。アルムが攫われた情報は、まだイズミしか持っていなかったようだ。



「襲撃の理由がアルム様を拐かすためだとしたら、納得がいく。……で?」


「え?」


「貴様はアルム様も救えず、腕をぶった切られ此処に寝かしつけられていたと言うじゃないか。それについて弁明は?」


「……そりゃあ、俺の力不足だとは思っている。けど、決して何もしなかったわけじゃない。これは紛れもない事実だ」


「ふむ……」



 じろじろとイズミの頭から足までくまなく確認するベルディ。彼が傷を負っていた事実はあるにせよ、何もしていないという証拠は自分では見ていないためになんとも言えない。

 だがこれ以上難癖をつけても仕方がないと感じたのだろう、この話はここで終わりだとベルディは告げる。



「アルム様を拐かした連中の正体についてもわかっていないからな」


「……すまん。だが、連中の情報なら1つ持ってる」


「ほう? 内容によっては、リアルド様に進言しようじゃないか」


「お前も会ったことがある、はずだ。アイツに……エーミールに関しては」



 エーミール・アーベントロート。あの男の名前だけは、イズミの脳裏にもはっきりと焼き付いている。

 数年前に起きた侵略戦争、その戦いにベルディも参戦していた。アーベントロートの者は皆、ベルディのみならずガルヴァス等の騎士団長もよく知っている。


 しかしあの戦争ではアーベントロートの者は誰も戦いに応じなかった。無論、エーミールも。だから余計にベルディの頭は混乱し始めていた。



「……エーミールと言えば、アルム様との対話に応じた……」


「ああ。……だが、アレは。断言出来る」


「……その話、リアルド様の前でしてもらおうか」



 そういうとベルディは扉を開き、廊下へ。イズミも同じように廊下に出ると、スタスタと早歩きである場所へと出向いた。


 その場所は、王城の謁見の間。様々な報告が届いているのか、騎士団員や団長達が入れ替わりで謁見の間に顔を出す。



「失礼します、リアルド様。今お時間よろしいでしょうか?」



 ベルディは騎士団員たちに囲まれた人物に向けて1歩下がった状態で声をかける。水色の鮮やかな髪がイズミの目につけば、国王リアルド・アルファードが騎士団員達から離れてくるりと振り向いた。



「ベルディか。……見ての通り忙しいけど、まあ、その顔はやばい状況なんだろ? 話せ」


「はっ。……今回の襲撃の件についてですが」



 イズミから聞かされた話と自分が実際に見て回った現場の話を事細かに伝えていく。その最中、アルムが誘拐された件も伝えたが、その事については眉ひとつ変えることなくリアルドがイズミに問いかけてきた。



「イズミ、本当にお前が出会ったのはアーベントロートの者だったんだな?」


「ああ。エーミールは特に忘れようにも忘れねぇよ、あの鋭い白眼はよ」


「そうか。……では、キミが感じた違和感というのは?」


「……信じて貰えねぇかもしれないけど、アイツら……エーミールやコンラートからは、闇の種族の気配を感じた。そして闇の種族の気配は別の場所でも観測されていたんだ」


「別の場所でも闇の種族、だと?」



 イズミの言葉に何やら疑問を浮かべたリアルド。というのも、騎士団員達の話とイズミの話は噛み合っていないのだそうだ。


 騎士団員達が目撃したのは、複数の戦闘集団。5人ほどの人数が目撃されているが、闇の種族の目撃情報は一切なかった。そのためイズミの感じとった闇の種族の気配の正体が、その戦闘集団であると考えるとまた更に別の疑問が浮かんでしまう。



「その、俺が感じたのは異世界の気配もだった。だから……おかしいんだよ、闇の種族の気配と同時に観測出来たのは」



 ガルムレイにしかいないはずの種族、闇の種族。異世界では名称が同じでもその特異な体質は他世界では見かけることは無い。

 何故ならば、この世界の闇の種族は『ガルムレイでしか発生しない』。ガルムレイ生まれ育った人間の血筋でなければ関わることは無いため、特に異世界出身であるエーミールが闇の種族の気配を持っているのはおかしな話。

 さらにロウンは土地柄、闇の種族は特殊な事例でもない限りは全てが無害化される。そのため本来であれば闇の種族の気配が増大することはないので、イズミもリアルドもベルディもこの点に関しては疑問しか浮かばなかった。



「イズミ、気配の数は覚えているか?」


「エーミール、コンラートを入れて……今回は8人。うち1つは俺の背後にいた」


「ふむ。お前にトドメを刺すためだったのだろうな。……生きてるのが不思議だが」


「リアルドさんが俺の回収を命じたんじゃ……??」


「いいや? なんなら今のベルディの話を聞いてキミの状況を知ったよ」



 リアルドもベルディも、素っ頓狂な顔でイズミの様子を今知ったと答えた。……ならば、誰がイズミを騎士団救護室まで運んだのかが疑問に思うところだ。


 あの場には誰もいなかった。そのため腕が吹き飛ばされて時間が経ってしまえば、ここまで綺麗に戻ることはないし、血の巡りも途切れてしまう。倒れてすぐに誰かが助けなければ、自分は今此処にはいない。

 いったい誰がイズミを助けたのか? その疑問に答えた男が、謁見の間にやってきた。



「ああ、アンダスト王子。よかった、早めに救出しておいて」


「……っ!?」



 イズミの目に飛び込んできたのは、彼が侵略者インベーダーと呼ぶ人物――金宮燦斗かねみやさんと。異世界の住人であり、イズミとは何かと悪縁で繋がれている男だ。

 思わずイズミは異空間から剣を呼び寄せようとしたが、それを制したのはリアルド。イズミが暴走をする寸前で前に出て、燦斗と言葉を取り交わしてくれた。



「イズミを救出したのは、キミということかな」


「ええ、はい。この度は我が弟……エーミールがご無礼を」


「テメェ、何企んでやがる。俺を助けたってどういうことだ」


「ここ数日、あの子の様子がおかしかったもので。見張っていたら……あなたが腕を切断され、アルム王女が攫われてしまいましてね」



 眼鏡の縁を指で押し上げると、少しだけため息を付いた燦斗。イズミを助けたのは偶然だと言うのだが、この男にその台詞は通用しないことはイズミもよく知っている。自称ではあるが、彼は未来を見ることが出来るのだから。

 そのため、イズミは燦斗に向けては猜疑心しか生まれなかった。未来が見えているのならば、自分が腕を切断されるという未来を見て駆けつけたというのもありえるのだから。



「おや、不服そうな顔ですね」


「テメェの言動、行動、全て信じられねぇからな」


「うーん、生命の恩人に対しての物言いが凄い。本当にアンダスト王子なんですか?」


「やかましい。……っつか、テメェ、エーミールを追わなくていいのかよ。どっか行ったぞ、アイツ」


「追いかけたくても追いかける先がわからなくてですねぇ、はい。ここであなたに協力を申し出て、いっそ一緒に追いかけてもらおうかなと思って」


「はぁっ!!??」



 ニコニコとした笑顔を崩さず、燦斗はイズミに向けて協力を申し出る。あまりにも胡散臭いせいかイズミの眉間のシワが一気に増えたが、燦斗は本気なのだと知った彼は考えに考えて……答えを出した。


 アルムは既に異世界人であるエーミール、コンラートの手中。彼らの出身世界を知っているのは、今は目の前にいる燦斗だけ。情報を引き出すには彼から少しずつ確保する必要があるため、侵略者インベーダーと組むことに多少の抵抗はあるが、と一言を付け加えた上で協力を受け入れた。



「いいか、テメェがなんか妙なことをやったら即座に協力関係ぶった切るからな」


「ええ、もちろん。そちらもあまり私の邪魔はしないでくださいね?」


「うるせぇ、テメェこそやるんじゃねぇぞ」



 こうしてイズミはアルムを救出に向かうため、異世界人である金宮燦斗と手を組んだ。リアルドもベルディも異論はないようで、2人の健闘を祈ってくれていた。


 謁見の間を出た2人は、まず何処へ向かうかを相談する。燦斗曰く、このまま2人で出向いたところで危険でしか無いとのこと。そのためまずは仲間を見つけるのが1番だろうと言うのだが、ここで1つ問題があるという。



「問題ぃ?」


「ええ。……おそらくですが仲間を集めても適応能力がなければ、あちらに出向いても無力化されてしまいます。そこで、あなたと同系統の人物を引き入れたい」


「俺と同系統、っつーと……」


「端的に言えば、魔力やら何やらが同じ人物ですね」


「あー…………あー??」



 何いってんだコイツ。と言いたげな目線が燦斗に突き刺さる。そういう人物は複数人思い浮かぶようで、誰を呼べばいいんだと悩んだようだ。


 イズミが思い浮かべている人物は、現状3人。うち1人はこのガルムレイにはいない異世界人なので、協力を呼びかければ手伝ってもらえるかもしれないと言う。しかしその思い浮かべている異世界人は本当に一般人なため、今回のような戦いが起きる場合は巻き込んでも大丈夫なのかと不安そうだ。

 残る2名はガルムレイにいるが、このロウンには住んでいない。そのため別国へ向かう必要があるのだが、現在の季節ではその国へ向かうことは若干難しいとのこと。



「と、いうと?」


「その2人はコリオス……ここから東の国にいるんだが、今の季節の海流はコリオス側に向いていない。ぐるっと大回りする形で向かうことになるから、早くても一週間はかかるぞ」


「うーん、となると向こうから来て頂く必要がありそうですが……来ていただけるんでしょうか?」


「ノエルはいいだろうが、フォンテがなぁ……」



 ガリガリと頭をかいて悩むイズミ。フォンテという人物もノエルという人物も、燦斗の言う協力者として当てはまるのだが……如何せん、フォンテはイズミと仲が悪いので協力を呼びかけたところで来てくれるかが怪しいという。


 どうしたもんかと悩みに悩んでいると、燦斗が1つ閃いたようだ。



「では、こういうのはどうでしょうか?」


「なんだ、なんか閃いたのか」


「ええ。あなたの名前を出すこと無く、協力関係を申し込めると思うんです」



 燦斗はある閃きをイズミに話す。その閃きはイズミも納得する内容だったようで、少々驚いた様子を見せていた。侵略者インベーダーもなかなかやるな、と。



 フォンテとノエルに協力を仰ぐために、まずは領主官邸へと向かった2人。

 果たして、どのような内容で彼らに協力を取り付けるのだろうか……。

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