オカマさん

 どうやらその夢には、心の病気で<オカマさん>になっちゃった天田さん扮する男性や、ヒロインの倉田さんの前世かもしれない女性が関係している…っていう、ちょっとしたミステリ風コミカル劇、とでもいうんだろうか。笑いも随所に散りばめられていて、

「失敗は、許されないからね? ボサっとすんじゃないよ」

「は、はいいっ!」

 まさに<完璧>な、ぼのさんの照明の技にうっとりと見惚れて、さっそくお叱りを頂いたりもして、たまに取る休憩の間に舞台監督を担当している沖本君が、

「弁当買ってくっから、注文よろしく!」

 皆御用達<ぽっかぽか弁当>のチラシと紙を回しているのへも、

『大変だなあ』

 なんて思って見たりもする。

 舞台監督って、いうなれば裏方スタッフの総まとめで、役者さんのサポート役で…つまり<雑用係>。一番大変で<損>な役回りなのだ。

「はい、そこ、もっと大げさに。それから、ダンスは皆、笑顔で。一旦休憩して、ご飯食べて」

 加藤さんが両手を叩いて、稽古はおしまい。タイミングよくそこに<ぽっかぽか弁当>が届いて、ほっとした空気が流れる。

「いよいよ、だねえ」

「うん」

 ぼのさんは、なんだか六度目のダイエット中だとかで、他の…倉田さんを含む私たち女の子は、なんとなくパイプ椅子を持って共練の片隅に集まった。

「亜紀ちゃんも、髪の毛伸ばしてるの?」

「あ、はい。お母さんが『伸ばさないとアンタは女の子らしく見えない』って言うもんだから」

「あはは。綺麗な髪、してるもの。伸ばさないと確かに勿体無いかもね」

 そんな他愛ない話の最中に、私はふと、誰がかけたのかは知らないけど、壁のカレンダーを見上げた。

 私にとっても「初公演」の舞台は、県立ふれあい会館とやらで行われるらしい。

 聞いたことも無かったし、だから行ったこともない場所だけれど、

「トラックの手配、大丈夫なのか?」

「大道具、積み忘れとかない?」

 はやばやとお弁当を食べ終わった男の子達が、私たちの側をバタバタしているのを見ていると、なんだかこっちまでドキドキしてくる。

「トラックを運転するのは天田さんだったよな?」

「免停になったんじゃなかったっけ? 大丈夫なのかよ」

 尾山君と奥井君が軽口を叩き合いながら、共練を出て行く。その手にはそれぞれ、舞台で使う大道具が抱えられているから、きっとそのトラックに載せに行くんだろう。

「年に一度の大舞台だもんね。三年生の先輩にとっては、これが最後だもん」

「そっか、そうだよね」

 開けっ放しの扉から吹き込んでくる風には、もう冬の匂いがする。

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