講義をサボって許されるのは

 講義をサボって許されるのは、原則『三回目』までだ。

 正直、今まで講義をさぼったことのない私としては、

『ちょっと減点かも』

 一度下宿へ戻って着替えて、改めて大学へ向かいながら思った。

 カバンの中には、『さばいてね』なんて渡された演劇部公演のチケットが10枚もある。

『わかめ、とサチコ、と、それからクゴーにこーげちゃん、そんでもって高木のマミコ』

 売りつける相手を心の中で色々と物色しながら、私は苦笑していた。

『ものすっごく迷惑じゃん』

 友達だし、チケット代金は400円だから、買うには買ってくれるかもしれない。だけど、皆、日曜日っていう、いうなれば<学生のかき入れ時>にはバイトやらデートやらの都合があるわけで、

「いやホント、買ってくれるだけでいいから」

「…はいはい」

 英語の講義が始まる講義室で、そうやって拝み倒す私に苦笑しながら、それでも友達はとりあえずチケットを一枚ずつ買ってくれた。

 中には、

「演劇、好きな子がいるから、もう二枚クレクレ」

 なんて言ってくれる子や、サチコなんかは、

「ヒマ潰しにカレと観に行くから、もう一枚」

 なんて言ってくれて、なんとか十枚さばけた。だもんで、私は大いに胸を撫で下ろしたもんだ。

 で、まるで夢の中にいるような講義の時間が終わったら、また練習の始まり。

『私に何か用なの?』

 女装した天田さんが、小道具のハンカチを持って台詞をしゃべってるところへ、

「失礼します…五限目までだったんで、遅れて」

 すっかり日が暮れてしまった中、同じように講義を受けていたありちゃんやたかまと共練の大きい扉をそっと開く。

『金さん、どこにいるの、金さーん』

 倉田さんの叫びに答えて、なぜか背広を肩のところで脱いだ坂さん扮する探偵さんが登場。

『その『金さん』って呼ぶの、やめてもらえませんか』

『どうしてです? だって<金田一金太>さんなんだし、いいじゃありませんか』

『金さんって呼ばれると、何故かもろ肌脱がなきゃならないような気がするんです』

 その台詞を言いながら坂さんが背広を着直すと、見ている人間の頬に、ふっと笑いが浮かぶ。

『で、金さん』

『はいよ』

 その掛け合いで、思わず笑い声が漏れる中、

『何か分かったこと、あります?』

 …今回の劇は、眠っている間に見る不思議な夢に悩まされた女の人が、探偵さんを訪ねて来る、というところから始まって、そこから何だか気が付けば、観客も演じている人間も、夢の中なのか現実なのか、っていう不思議な世界に引きずり込まれている…そんな風な<モダン劇>。


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