発声とカツゼツ
「それから、たかま」
ニコニコして私とぼのさんの会話を聞いていたたかまと一緒に、私が『共練』を出ようとしたら、
「彼女にも発声とカツゼツ、教えてやんな」
「はーい」
『…発声…カツゼツ?』
どうも聞き慣れない、意味くらいは知ってるけど具体的なところはピンとこない言葉ばっかりで、戸惑ってばかりだ。
「発声ってね」
少し離れた部室へ戻る途中、たかまはクスクス笑いながら教えてくれた。
「アナウンサーの人とかもやってるんだけど、ほら『あ、え、い、う、え、お、あ、お』とか、
大きな声でいうヤツ。あと、カツゼツっていうのは、それを早口で、口を大きく動かして言うの。ほら、ダンスもしたり、激しい動きもするでしょ? だから舞台の上でマイクなんかつけられないし、大きな声ではっきり、後ろのほうにいるお客さんにもちゃんと台詞を伝えなきゃ、話にならないもの」
「へえ…なるほどねえ。確かに」
説明されてみれば、確かにその通りだ。
「だから、あっちゃんも。今は裏方さんでも、これからいつ役が回ってくるか分からないから、しっかり練習しておかないとね」
「うん」
私はもう、素直に頷いていた。練習風景を見ていると、皆が本当に『演じること』が好きなんだなって。それに何よりも楽しそうだって言うのがビンビン伝わってくるから、
『許されるなら、ここにいたいなあ』
男の人とまともにしゃべることが出来ない、少しずつ慣れて行く努力をするのを許してもらえるなら、この小ぢんまりした弱小の…現役で活躍してる三回生が三名、二回生三名、そして私たち一回生がやっとこ七名…っていうT大演劇部にいたい、心からそう思った。
「本当はさ。引退しちゃった先輩も含めたら二倍くらいの部員数になるんだけどね」
「…そうだろうねえ」
部室へもう一度入って、何気なく見上げた天井。そこにはびっしりと「歴代部員」の名前が書かれてある小さな看板が貼られている。そこには今、計算すると三回生のはずの人たちの名前もあるから、
「皆さ、実験とか、バイトとか忙しいってやめちゃうんだよ。特に二回生から三回生に上がる時」
「うん」
たかまが、ダンボール箱をごそごそといじりながら話してくれる<演劇部の由来>へ耳を傾けながら、
『だけど、坂さんや加藤さん、それとぼのさんが残ってるのは、やっぱり演劇が好きだからなんだろうな』
今更ながら、そう思った。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
「あっちゃんも、遠慮しないで。これ、私たちのファンだって言ってくれてる駅前の肉屋さんからの差し入れなんだから、ね? こういうのは、遠慮してるとすぐになくなっちゃうよ」
「あははは、うん。それじゃ、遠慮なく」
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