第17話 故郷
町は略奪に遭ったらしく、何件か燃やされていた。
しかし、他の村に比べたら微々たるものだろう。
教会は無事だったようだ。家の壁にところどころ銃で撃った跡のようなものがあるくらいで、おそらくは兵士のいたずらみたいなものだろう。
最初にエラの家に行ってみると、遠くに見えてきた屋根や門は4年前と全く変わらない姿に安心した。
僕は久しぶりにエラの家の門扉の扉を押して開く。兵役に就く前の日の事を思い出していた。あの時は別れを言うべきか、プロポーズしようかと考えてたっけ。
今は、ただエラに会いたかった。
エラはあの時と同じように、来客の足音に気が付いてこちらを見た。
そして、家から飛び出してくる。
「エラ!」僕の頭の中は彼女の姿を見た瞬間にうれしい気持ちでいっぱいになって、何もかも忘れてしまってた。
「おかえり!アベル!」
彼女はアベルに飛び込んで行って抱擁し合った。
故郷へ帰るのは2回目なのに、エラの無事だけを喜んでいた。
長い軍隊と捕虜の生活に、やっと解放されたんだと、町へ着いた時に思って喜んだけど、一番うれしかったのは、エラが無事でいてくれたことだった。
長かったな。そう思うと涙が出てきた。
「泣いてる。アベル。」
と言うエラも、ぐちゃぐちゃの顔をしていた。
「君もだよ。エラ。」
もう、笑っているのか泣いているのかわからないような顔になって、また抱き合った。
「まあ!アベル!いつ帰ったの?」
エラの母親が出てきて肩に手を置いた。
「今ですよ。おばさん。おじさんもいる?」
「ええ。いつも通りよ。裏にいるわ。それより中に入って。呼んでくるから。」
「ありがとう。」
安心した。もう大丈夫そうだ。
歩き出すとエラが手を繋いできて、ドキッとしながら顔を見る。
久しぶりに繋いだ手は水仕事で冷たくて、温めながら歩く。
エラが「こっちも。」と反対の手を出してきて、僕の手に重ねると、少しでも温もりを感じるようにぎゅっと握ってきた。
いつまでもそうしていたい僕たちだったが、家の裏から表に回り込んできたおじさんに、早く家の中に入るよう急かされてしまった。
家に入るとエラの親戚の若い夫婦がいた。この人たちも、他の人たちと街から逃れてきたと言った。
街に留まった人たちは、少なからず略奪の対象になって、目を付けられると逃げるしか無いらしい事は聞いていた。
おそらくは、この若い夫婦も略奪の対象になってしまったのだろう。
エラと僕を見比べるように見て、何か納得したように「良かったね。帰ってきて。」とエラに言う。
そのうれし泣きのような表情にこれまでの経緯が解った様な気がして胸が詰まった。
おじさんが今までの事をいろいろ話してくれた。
ソ連兵がここの町にも来て荒らして行った事、エラが何度も隠れるために小屋へ逃げた事、治安が悪くなったこと。それから、僕の実家がソ連兵に荒らされたこと。
大した事は無いというが、荒らされる前に逃げ出せれただろうか。
そう考えていると、早く顔を見に行ってあげたくなってきた。
いつも気になるのがエラの事ばかりで、少し申し訳なくなる。今も、久しぶりに街に帰ってきて、着いたばかりなのに家に帰っていないのだから。
家に帰ると言って立ち上がると、みんな笑って送り出してくれた。
家に帰ると玄関のドアが変に補修されてあった。
何とか塞いで丁番に引っかけてあるけど、何かされたのは丸解りだった。
両親は無事だったが、家の中の物が雑然としていた。
話を聞くと、逃げている間に家具を持ち出されてしまったらしい。それで、残された服とか書類なんかが片付けられずに山積みになった。
家具とか食器がないけど、大きな損害がなくて良かった。
両親はプラハの近郊の親戚の家に逃げていたらしい。
そもそも両親はスロバキアとアーリアの混血の家系であった。昔はそれで苦労があったらしいのだが、今になってはこれが良かったと言えるのかもしれない。
両方の特徴が出た見た目をしていて、うまくそれを利用して生きてきたようだ。
僕にはそういった事は意識させずにいたようで、初めて聞くところもあったし、そういうところは尊敬できる両親だった。
今はおじさんと、主に鉄や銅なんかの素材を売る仕事をしていて、トラックでプラハとドレスデンを往復している。かなり特殊な商売だけど、意外と悪くないみたいだ。
明日からは僕も手伝って、エラとの将来についても話さなければと思う。
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